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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
34/116

危険な先生

 二限続きの魔力実技を終えて、ジルトは食堂に向かった。昼休憩はみんなに会える、唯一ジルトが安らげる時間だった。

 しかしいつもの場所に向かうと、レオ達の前に誰かがいる。一人はジルトのクラス長で、もう一人は初めて見る顔だった。


「やあジルト君。君、いつも彼らとご飯を食べてるんだろう?」

「それが?」


 いったい何だと言うのか。困ってレオ達の方を見ると、みんな怒ったような顔をしている。特にレオは怒りを通り越して、瞳が氷点下の冷たさになっている。


「知ってるかい?歓迎祭では各学校の一年の展示は色んな人の投票によって順位づけられるんだ。一位になればもちろん、豪華な特典がある。だから他クラスとの交流は避けてほしいんだよね」

「何のため」

「そりゃ展示内容を教えられちゃ困るからさ。模倣なんかはもちろん、先に内容が広まればインパクトも薄まる。大損害だ」

「言わない」


 被せるようにしてジルトが言うが、クラス長は聞く耳を持たない。


「別に君を疑ってるわけじゃない、ただ人間だれしもうっかりがあるだろう。ああ、僕の今朝の伝言もうっかりだったなぁ」


 ジルトの顔に朱が走ったのを、レオは見逃さなかった。


「おい、お前らにそんな権限ないだろう」


 責めるようなレオの声と瞳に、一瞬クラス長はたじろいだが、表情を作り直して、隣の人物の肩を抱く。


「一組のクラス長との相談結果さ。これはクラス単位の取り決めだ。前例だってある。君たちだけじゃないんだから、わがままはいけないなぁ」


 ジルトが初めて見たのは、一組のクラス長だったらしい。

 シュレイの頭に血が上っているのがわかる。まわりがざわざわとし始めた。

 ジルトはこのままでは注目を浴びてしまうのがわかった。自分だけならまだしも、レオ達が好奇の目に晒されるのは嫌だった。


「わかった」


 それだけ言って、くるりと向きを変える。


(ジル!)

(ごめん、シュレイ。みんなに謝っておいて)

(そんなことはいいんだ。何かあったのか?)

(ううん、大丈夫だよ。歓迎祭のあとから、また一緒に食べよう)


 別の食堂に向かう足取りは重かった。

 食事の時間だけが救いだったのに。みんなと一緒にいられるのが嬉しいのに。

 これでは遠く離れていた時と何も変わらない。命の心配をされることはないが、会って笑い合えないなんて。


(泣いちゃだめだ)


 自分がそうすることが相手の一番喜ぶことなのだと理解していた。


(こんなこと、どうってことない。少しの辛抱なんだから)


 研究所にいた時に比べたら、なんてことないんだと言い聞かせる。



*



 昼食を一人で食べたジルトは、憂鬱な気分で三限目の魔法座学を受けていた。


「基礎的な魔法は付与、召喚、変形に分けられます。では、バルディア君、性質ごとの特徴ついて説明してくれますか?」


 はい、と元気よく起立したのはクラス長だった。


「火の性質は付与、水の性質は変形、地の性質は召喚を最も得意とします」

「ありがとう、その通りです」


 見事正解して着席したクラス長は満足そうに口角を上げた。


「ですから、あなた達が二年次までに習得しなければならない学士資格のための試験は、最も得意とする分野の魔法が課題となっています。火は付与の炎刀えんとう炎盾えんじゅん炎鎧えんがい。水は変形の氷剣ひょうけん流水盾りゅうすいじゅん水球すいきゅう。地は召喚の土、根、茎。

 呪文はどれも短く簡単です。故に将来武の道に進む人は、これらの精度を高めなければなりません。呪文は短い程使いやすいですからね」


 うんうんと頷いているクラス長は将来その道を目指しているのだろうか、とジルトは考えてみた。


「次の授業は性質実技ですから、頑張ってください」


 気づけば授業終了時刻となっていた。教科書で予習はしているので授業内容に問題はないが、ぼーっと過ごしてしまったことに気づいてジルトは反省する。頑張らなければと思うのに、レオ達と話せなくなってしまったことがずっと胸の奥にひっかかっている。


「ジルト君、一緒に行きましょう」


 昼の騒動を知ってか知らずか、サクラが優しく誘ってくれる。ジルトは素直にその言葉に甘えることにした。



 *



 性質実技の担当は初めて見る先生だった。橙の髪と瞳を持った、全身が筋肉で覆われた若々しい先生だ。


「みんなそろそろ三つとも魔法は使えるようになったかな?」


 笑った時に見える歯がまぶしい、健康的で元気な先生だというのがジルトの印象だった。実際に自ら動いて生徒たちの出来を確かめていて、みんなも懐いているが、ジルトの前に来ると、すっと笑みを消した。


「君がレーネ君か。クリソス先生から聞いているよ、計測器を壊すほどの魔力の持ち主なんだってね」


 声は平坦で無感情。向けられる視線には嫌悪が混じっていた。

 クリソス先生とはジルト達のクラス担任である。ジルトが計測器を壊してしまった以上、学校側に連絡するのは当然だが、何故こうも情報が回るのが速いのか。ジルトも薄々感じてはいる。黒髪に黒目。平凡な変色者でもない者が推薦で二組にいる。目をつけられているのだ。


「君、魔法は使えるの?」

「炎盾と炎鎧なら」

「そうか。では実力を見せてもらってもいいかな?君ほどの人物にとってこんな授業は退屈だろう?」

「いや、そんなことは」


 ジルトの言い分を聞く気はないらしい。班に一つ与えられた盾と鎧より一回り大きく重そうなものがジルトの前に投げ捨てられる。


「さあ、みんなに見本を見せてくれ。先生と実演といこう」


 にこりと笑みを張り付けた先生は本気なのだ、とジルトは感じた。ジルトの魔力量を知るクラスメイト達でも流石に無理だろうと同情の目を向ける者がいる。もちろん、面白がってくすくすと意地悪く笑う者が大半だが。


「先生!危険です!」

「ああ、そうだね。モンターニュ君は離れていなさい。大事な体だ」


 サクラが止めに入っても聞き入れない。

 ジルトはやるしかないのだと、鎧と盾を身につける。まだ成長途中、しかも少女であるジルトにとってその鎧と盾は重すぎる。それでもそうしなければ、命を取られてしまう恐ろしさがあった。


「火よ纏え、炎鎧。火よ防げ、炎盾」


 呪文を唱えれば、鎧と盾にぶわりと炎が広がった。


「うん。物体に安定して付与されているね。さて、それが動いてもできるかどうか。剣に変えよ、氷剣」


 呪文を唱えた先生は、手に浮かべた水から、二本の氷の剣を作り出した。大きな刀剣は彼だからこそ扱えるのだろう。

 周りにいた生徒たちがじりじりと二人から距離を取る。これはもはや授業の範疇をこえていた。


「じゃあ行くぞ、レーネ君!」


 走り出した先生が、一本の剣をジルトに振り下ろす。重い盾を前に突き出して防御するも、ジルト自身が軽すぎて攻撃を受け止めきれず後ろに飛ばされる。そこにいた生徒たちが左右に散ってジルトを避けた。


「さすが、火力は十分だね」


 ジルトの盾に当たった剣は、周りが少し溶けて水を垂らせていた。しかしそれも、彼がひと振りすれば元の氷の剣に戻る。

 やっと立ち上がったジルトに、先生は次々と剣を振っていく。溶けかけた剣も、次の攻撃の時にはすっかり固まっていて、ジルトの受けるダメージはどんどん蓄積されていく。

 あまりに一方的な展開に、目を背けてしまう生徒も出始めたが、先生が攻撃をやめる気配はない。実演とは名ばかりでジルトを甚振れればそれでいいのだろう。


 その()()を止めるのは先生しかできない。なぜならジルトは防御のみしかできないからだ。向こうが剣を振る限り防御は解けない。そうすれば、目の前の男が本気で切りかかってくるのを本能的に感じていた。


「ジルト君!」


 先生がジルトの盾に当たった剣にそのまま力を入れたところで、サクラが叫ぶ。彼女が最も恐れていたことが起きようとしていたからだ。押し付けられた剣を防ぐために盾は動かせないというのに、もう一本の剣がジルトの体に迫っていた。


「やめて!」

「切り裂く火よ、炎刀!」

「流水盾!」


 サクラとジルト、先生が同時に叫ぶ。

 ジルトの手に現れた炎の剣が、先生の氷剣を受け止め、一瞬にしてとかす。初めての炎刀の魔法はジルトのコントロールがきかず、先生自身にまで及ぼうとしていたが、危機を察知した彼は咄嗟に流水盾の魔法で防御した。


「くっ、熱いな」


 何とかジルトの炎刀を防いだものの、あと一歩で自身が燃やされてしまうところだった先生は、ジルトが炎刀を消しても流水盾を解かなかった。


「先生、あの、すみません」


 むしろ危害を加えてしまったジルトの方が動揺している。初めての魔法が上手くいくとは思っていなかったが、人を危うく燃やしてしまうところだった。その事実が彼女には恐ろしかった。


「なるほど。アジュガの再来と言うわけか」


 ぼそりと呟いた声はおそらくジルトにしか聞こえていなかった。


「レーネ君。変色者でもない君がこの学校、しかも二組に在籍し、途轍もない魔力を有している。俺はそのことを認めることができない」


 真剣な声で告げられても、ジルトはどうしようもなかった。つまりはジルトの髪や瞳の色が変わらない限り、これからいくらジルトが実力をつけようが、成果を上げようが彼は態度を変えるつもりはないのだ。


「実演の協力どうもありがとう」


 全く心のこもっていない声だった。

 何か変色者に強いこだわりがあるのか、それともジルトを誰かと重ねているのか。向けられる敵意の裏側はわらない。

 先生はみんなの方に向き直ると、また爽やかな笑顔で再会を促す。クラスメイト達は空気の緩急に一度停止したが再び実技を再開した。

続きます。

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