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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
33/116

コリウス・キンラン

 セダムの補講が終わり、夕食をレオ達と寮の食堂で済ませたジルトは、部屋に戻ってシャワーを浴びた。一限の開始は午前八時半。実技の前日は早く寝た方がいいというカトレアのアドバイスに従ったのだ。

 バスルームから出ると、ウォートが帰って来ていた。いつもはジルトの姿を確認してもすぐに視線を逸らす彼が、


「おい、どうした」


 訊ねてきた。

 ジルトは一瞬、布ではやはり胸のふくらみがわかるのだろうかとドキリとしたが、どうやらそうではないらしい。ウォートは近寄って、ジルトの腕を取る。

 そこにはいくつかの切り傷が出現していた。その箇所には見覚えがある。一度クラムの家でも浮かび上がってきたところだ。今回は深い傷跡はないものの、血が出るほどには皮膚が傷ついているので痛い。どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいだ。


「これは……」


 ジルト自身よくわかっていないものをどう説明すればいいのか。

 ジルトが言葉に詰まっていると、どう解釈したのかはわからないが、ウォートは小さく舌打ちをする。


「いや、俺には関係ない。勝手にやってろ」


 どう思われたのか、知りたかったが、ジルトにそれを聞く勇気はなかった。

 部屋に備えられている救急箱を取り出して、傷を消毒し、ガーゼを包帯で巻く。前にもあったことだ、翌日には治るのだと確信していた。

 ベッドに入ると、本を読んでいたウォートはテーブルランプをつける。ジルトはそれを確認してから、部屋の明かりを直接ではなく魔力を使って消した。

 ウォートはジルトに対して相変わらず冷たいが、クラスでの様子を見る限り元からそういう性格なのだろうと思う。サクラに喋りかけられれば適当に返事をしているところをみると、やはりジルトは嫌われているのだろうが、部屋の明かりを消させてくれる配慮から優しい人だと思った。



 *



 翌日、ジルトは授業に遅刻した。

 寝坊したのではない。朝の七時には起床して、朝食もみんなと食べた。準備だって前日にして、当日の確認も怠らず、万全の状態だったのだ。だが学校に向かう途中でクラス長に会った。


「ジルト君、一限は最初は教室で説明を受けるんだよ」


 実践場に向かっていたジルトは、それを真に受けて教室に向かった。何せ、初めての実技授業なのだ。勝手がわからない。

 しかし教室に行けば誰もいない。余裕を持って来ていたが、距離のある実践場までは走ってもぎりぎり間に合わなかった。チャイムから数分遅れて到着したジルトをくすくすと笑う声が聞こえる。


「レーネ君、授業の開始時刻は守りたまえ」


 担任の、例の低い声を聞くと体が勝手にびくりと震える。クラス長に嘘をつかれたとは言えるはずもなく、


「すみません」


 ジルトは謝罪を口にした。


「まあいい、班分けは済んでいる。パートナーのところに行きなさい」

「はい」


 ジルトは恥ずかしさを我慢して、周りを見渡し、ウォートの姿を探した。

 彼の近くにはサクラがいて、手を振ってくれている。彼女と一緒の班であることにジルトは心底安堵した。

 実技の内容は最初から変わらず、最小限と最大限の魔力を放出することだった。ペアが二、三組集まって班が作られているらしく、ウォートとサクラの他に女の子が一人いた。


「初めまして、コリウス・キンランです」


 サクラのパートナーは長い青い髪に水色の目をしていた。囁くような優しい声の少女だった。


「初めまして。ジルト・レーネ」

「私のパートナーで、水の性質なの。彼女以外は火の性質だから、けっこう偏っちゃったね」

「そうなんだ」


 ウォートも火の性質であることは初めて知った。


「私は魔力が使えないけど、コリウスは少し使えるの」

「ほんとに、ちょっとだけれど」


 謙遜しながらも、実技の手本を見せてくれる。

 一班一つ置かれた円柱状の計測機器に二度、魔力を放出する。一度目は弱く、二度目は強く。最初は一本の線が現れて、次に二本の線が現れる。


「魔力量を引き上げるために、なるべく多くの線を出せるように頑張るの。五本全てが現れることはほとんどないけど、四本でたらすごいわ」


 サクラが指した先には、クラス長がいた。彼も火の性質らしく、大きな火が放出され、機器に吸収されていく。その後四本の線が現れ、周囲がわっと湧く。


「少なくとも弱い時と強い時で一本以上の差が出れば、コントロールも上手くいっている証拠ね。強すぎても使えない時があるから」


 その説明はジルトの胸にぐさりと刺さった。彼女自身、コントロールは苦手である。

 計測器が鳴って、準備ができたことを伝える。次はウォートの番で、彼は見事一本の線と四本の線を出して見せた。しかしその炎の範囲は広大ではなく、クラス長のように注目されることはない。


「さすがウォート君、尊敬するなぁ」

「うん、一点集中でこれだけ威力を出せる人はいないわ。流石のコントロールね」


 二人の少女に褒められても、ウォートは何でもない、といった顔をしている。そして苦虫を噛み潰したような顔でジルトを見る。早くしろということだろうか。


「ジルト君、弱い時はそっと水をすくうみたいな感じでやるといいよ」


 計測器の前で戸惑っているジルトに、コリウスが助言をくれる。


「それは水の性質だね。ジルト君の場合は、優しく小さな明かりをつけるイメージになるかな」

「あ、そうだね、ごめんなさい」

「ありがとう」


 二人の少女に礼を言って、魔力を出す。優しく、明かりをつけるように。

 計測器は一本の線を出した。

 ジルトはほっと胸をなでおろす。昔よりは自分の意志が炎に伝わるようになってきたと考えていいのだろうか。


「よかったね、とりあえず成功だよ。次も頑張って」

「うん、その調子」


 大げさなくらい褒めてもらえるので、ジルトはとても嬉しかった。クラスには馴染めないものだと思っていたが、この二人となら仲良くなれるかもしれない。

 最大限の魔力を放出するのは怖い。怖いが、レオには加減をするなと言われた。そうでなければジルトがここに来た意味がなくなってしまう。

 ジルトは目を閉じて、指先に意識を集中した。

 強く、強くと念じて出した炎は、ぶわりと、ジルトが思った以上に広がり、実戦場の奥まで一気に広がった。


「うわ!」

「何だこれ!」

「誰か消せ!水の性質!」


 全ての計測器が作動して炎を吸い取るが、すべて消えることはなかった。ピーピーと警告音を鳴らしている。それが更にその場の者を動揺させた。


「モンターニュ君!」


 低い地響きのような声で、その動揺はびたりと固まる。


「は、はい、先生!」


 呆気に取られていたサクラが返事をし、ジルトの火に手をかざすと、その火はサクラの中に吸収されていったように見えた。

 炎の消えた実戦場は未だピーピーと機械が喚きたてる音だけが聞こえる。


「レーネ君」


 その空間に割って入る、低い声。

 ジルトは今度は震えなかった。担任の声にも戸惑いが含まれていたからだ。


「君がやったのか?」


 信じられないと目が語っている。それ以外にも何か感情が見えるが、それが何なのかジルトにはわからない。


「はい」


 泣きそうになりながら答えると、担任はそうか、と呟く。


「君には他の方法を考えた方がいいかも知れないな」


 肩に置かれた手は想像と違って、優しかった。


「さあみんな、授業に戻れ!彼ぐらいの魔力を出せるようにな!」

「先生!でも機器が」

「奥に新しいものがある、それを使いなさい」


 クラスのみんなの視線は変わった。ジルトをせせら笑うようなものから、怯えの混じったものになった。

 馬鹿にされたくはないが、怯えられるのも嫌だとジルトは思う。こんなことならまだ馬鹿にされていた方がよかったと。


「ジルト君、何を落ち込んでるの」


 声をかけてくれたのはサクラだった。


「すごいことじゃない。線一本は出せたんだから、暴発ってわけじゃないでしょう?」

「でもあなたに迷惑を」

「気にしないで。私は魔力の容量が大きいの。魔力は使えないけど、魔力吸収はできる。それが他の女性より桁違いにできるってだけ。案外私達って相性いいかも知れないよ」

「そうだよ!すごかったね、さっきの。私も頑張らなきゃな」


 コリウスもジルトをフォローしてくれる。


「う、ん。ありがとう」


 ジルトは泣きそうなときに励まされる方が泣いてしまいそうになるのだということを学んだ。

 ウォートはつまらなさそうにその光景を眺めているだけだった。

続きます。

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