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竜眼の少女  作者: 五十音
北部にて
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不思議な場所

 教室を出た後、ジルトは森に向かった。

 アグノードの北部の中央には山が存在する。その山より北には森が多く存在し、森と森の間に人々が住んでいる。ジルトの住む孤児院は北部の更に最北端であり、朝お遣いに行った市場のある村までは二つほど森を抜けなければならない。市場付近の住民も、まさかジルトがそんな所から来ているだなんて思ってもいないだろう。何せ、最北端の冬は家の中で暖を取っていても死者が出るほど冷えるのだ。それでも暮らしていけるのは、イルの魔力が強いおかげだろう。彼の性質もまた火である。

 彼によると、これほど寒い土地に森が広がっているのは不思議なのだそうだが、北部は貧しい者が多いせいか、またはその気候ゆえにか、調査に訪れる者は少なく、理由はわかっていないらしい。

 そんなことはジルトにとってどうでもよかった。イルの作ってくれた懐炉を携帯していれば寒さなんて気にならないし、森が嫌いなわけではない。むしろ、お気に入りの場所があるという点においては好きであるし、森が存在する理由なんて言われるまで気にしたこともなかったのだ。

 孤児院に一番近い森の中央に、それはあった。

 貴族のお屋敷が立ちそうな程に大きな池である。去年の冬に見つけて以来、一週間に一度は訪れている。

 冬の間ずっと凍っているその下には大きな骸骨があって、それを凍った水面の上から見ると恐ろしくもあるのだが、何だか懐かしい感じもする。その不思議な感覚はジルトを虜にした。

 ぼーっとしたままそこで一日を過ごしてしまった時に、探しに来たイルとレオに見つかったが、二人ともジルトが訳を説明すると意外にも怒りはしなかったし、この場所を訪れてはいけないとも言わなかった。ただ、行く時には懐炉を二つ持っていくように言われた。懐炉の持続時間はぎりぎり十二時間程度で、当時ジルトの持っていた懐炉はあと少しで効果が切れるところだったのだ。冬に懐炉なしでの外出は死にもつながる。

 そういったこともあって、ジルトは手に握りしめた、革袋から出して魔力を消費し始めた懐炉と、革袋に入れたままの未使用の懐炉の二つを持ってきていた。

 ごろんと池の上に横を向いて寝転がっても、懐炉に触れている限り頬も冷たくない。池の下に見える巨大な骨は魔物の骨なのだとイルが教えてくれた。ごく稀に魔力を宿した動物が巨大化したものを魔物と呼ぶそうだ。

 何故そんなものに心を揺さぶられるのだろうとまた奇妙な感覚を味わっていると、


「ジル」


 声がした。

 ゆっくりと起き上がると、池の端にレオが立っていた。その右手にはアン手作りの編みカゴがあった。


「お前、もう昼だぞ」


 言われて空を見上げると、森の中にぽっかりあいた穴から太陽が顔をだしていた。朝来たときはまだ森の向こう側にいたというのに。


「ごめんなさい」

「いい。もう慣れた」


 何でもない風に言ったレオは、ジルトの横まで来て腰を下ろした。


「スープをもらってきたから、もう少しここにいてもいい。帰ったらアンさんがパンを温めてくれる」


 レオがカゴのフタを開けると、湯気の立った二つのスープが現れた。その器の底にも小さな懐炉の石が取り付けられている。

 スープとスプーンを受け取って、口に入れるとじんわりと温かさが広がった。やはり魔力で外から温めるのと、内から温まるのでは全然違う。


「ありがとうレオ。こぼれないように持ってくるの大変だったでしょ」

「いや、空気の性質は誰にでもあるからな。応用すれば物を動かすことも止めることもできる」

「それは初めて聞いたなぁ。でも、空気って感じしないね」

「勝手にそう呼んでるだけだからな」


 そこで会話を切ってスープを飲み始めたレオに、ジルトは不満げな表情を見せた。

 イルと同じ性質だからか、レオは幼い頃から魔力やこの国の仕組みについて習っていた。ジルトがその現場を目撃してしまった時、イルに頼まれてずっとみんなにも秘密にしていたが、自分にも教えて欲しいと言ってもレオもイルも教えてはくれなかった。それで、自分の他に唯一そのことを知っているアンに、よく文句を言ったものだった。今ではもうそんなことはしないが、何となく不平等だと思ってしまうのはどうしようもない。


「すねるなよ。学校に行けばいずれわかることだろ」

「じゃあなんでレオは先に習ってるの」

「さぁ、何でだろうな」


 またしても答えをはぐらかされ、ジルトはスープを一気に飲み干した。


「ごちそうさま」

「お前な、もうちょっと味わって飲めよ」

「レオだってもう食べ終わってるじゃない」

「俺は普通に食べてこれなんだよ」


 言いながらも、空になった器を受け取ってくれる。二つの器を重ねた器にスプーンを入れて、レオはそれをカゴにしまった。そしてそのカゴを脇に退けると、ジルトの手を握った。


「やっぱり、イルの懐炉は温かいな」


 触れた手の冷たさにに、ジルトは驚いた。


「レオ、懐炉持ってきてないの?!」

「別になくても何とかなる。俺の性質は火だって知ってるだろ?」

「そうだけど」


 寒いことには変わりないのではないだろうか、とジルトは革袋を差し出した。


「これ、使って」

「要らない。お前まだここにいるんだろ。もしものことがあったら困る」


 レオは革袋を掴んで、ジルトのコートのポケットに入れなおした。


「俺はもう少ししたら帰るし、今はこれで十分だ」


 ジルトとつないだ手を掲げて、薄く笑った。めったに笑うことのないレオの表情に少しどきっとしたのは内緒だ。

 レオの顔は整っている。肌は白く、金の髪はさらさらとして、差し込む陽の光に輝いている。同色の睫毛に囲われている、ジルトと似てつりがちな、切れ長の瞳は、深く、それでいて澄んだ青である。

 いつも無表情か不機嫌そうに見える表情をしているため、怖い印象を与えるが、笑うと柔らかいのだ。もっと笑えばいいのに、とジルトは常々思っている。


「なぁ、ジル」

「ん?」

「何で、イルはモーリも一緒に授業を受けさせるんだと思う?」


 笑みは消え、その瞳は真っすぐにジルトを捉えていた。すぐに答えようとしたジルトは開きかけた口を閉じた。レオの瞳の奥に焦燥や、悲しみが見え隠れして気軽に答えていい気がしなかったからだ。

 言われてみれば、変な話である。今孤児院にいる子どもはジルトとレオとモーリの三人だけで、一人で受けさせるのがかわいそうだったからかとも思ったが、前に出て行ったセキは一人で受けていた。

 途端に、ぐらりと感情が膨らんだのを感じた。この場所特有の恐ろしいような、懐かしいようなものである。呑み込まれてしまいそうで、ジルトは考える続けることができなかった。


「わからない」


 呟きほど小さい声で答えると、


「そうか」


 レオは手を離して、ジルトの頭を一撫でした。その顔はもう無表情に戻っていた。瞳にも特に意思は感じられない。

 レオはカゴを持って立ち上がった。


「俺は先に戻るから、暗くなる前に帰って来いよ」


 声の調子もいつもと変わらず、去ってしまうレオに、ジルは取り残されたような気がした。

続きます。

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