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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
29/116

ルームメイト

 ジルトは落ち着かない髪を触りながら、思い切って扉を開けた。



 *


 男子と偽り入学することになったジルトだが、姿を変える魔法は使えない。なるべく男の子に見えるよう、髪を短くすることになった。その役をかったのはレオで、ジルトはまずレオ達の部屋に向かうことになった。

 寮は門限は決まっているものの、人の出入りについては比較的ゆるく、ジルトがフードを被っていても声をかけられることはなかった。


「ジル、俺達の部屋にようこそ」


 シュレイが先に入って、ジルトに向き直って言った。レオは呆れたような目でシュレイを見て、溜息をつく。


「何だ、何か言いたいのか?」

「何も。ジル、こっちに来い」

「わかった。シュレイ、おじゃまするね」


 ジルトは左右を見渡しながら部屋に足を踏み入れた。

 旅を続けてここまでたどり着いたせいか、レオとシュレイの部屋は物が少なかった。必要最低限の家具はそもそも揃っているのでそれでも事足りるのだが。

 ジルト達の通うテアントルは貴族や財のある家系の子どもが多く、それゆえ寮もそれなりの造りになっている。白い石造りの外壁は汚れを知らず、内部のタイルも一枚一枚磨かれているような輝きだ。二人部屋にしては広い室内にはカーペットが敷かれ、大人でも有り余る大きさのふかふかのベッドや本棚、机、椅子が二つず用意されていて、そのどれにも美しい彫刻がある。風呂とトイレは各部屋一つずつだが、いわずもがな十分な大きさと清潔さを兼ね備えている。


「すごい。素敵な部屋だね」

「俺も初めて見た時はびっくりしたよ。人間の家は北部の山の麓の家しか知らなかったから」


 驚いているジルトに、シュレイも同じように声を弾ませて同意する。


「シュレイ、寝てろ」


 そこに鋭いレオの言葉が飛んでくる。

 シュレイはむっとしてレオを睨みつけた。


「何だよ、久し振りのジルだ。喋っちゃ悪いのか」

「違う。お前、疲れてるだろ。距離の遠かったジルとの連絡、細かくジルの位置を把握しながらの道案内。体力も気力も消費してるはずだ」

「そうなの?」


 心配そうなジルトの視線に、シュレイがうっと言葉に詰まる。


「まだ、慣れてないから、少し。まさかレオに気づかれているとは思わなかったけど。ジルのせいじゃないよ」

「ああ、こいつが未熟なだけだ。あとうるさいから寝てろ」

「うるさいな!わかってるよ!」


 あくまでも静かに言い放つレオに、シュレイは怒って自分のベッドに潜り込んでしまった。そして数秒後には穏やかな寝息が聞こえてくる。


「すごく疲れてたんだね」

「ああ。お前もだろ、ジル。宿主に正体がばれてから、けっこう神経を使っただろう。その上かなりの距離を移動した」

「そうだね。でも、皆に会えたから今すごく元気」


 それは強がりでも何でもなかった。

 レオがベッドに腰かけて、その横に手を置き、ジルトを見る。ジルトは意図を汲み取って、レオの横に座った。

 シュレイの寝息だけが聞こえる静かな空間で、レオは無言でジルトの右手を取り、それを自身の両手で大事そうに包んだ。神に祈りでもささげるかのように、身を屈めてジルトの手を額に寄せる。

 しばらく、レオはずっとそうしていた。ジルトも何も言わなかった。戸惑いながらも、柔らかくレオを見守る。


「ジル、ありがとう。俺のところまで戻って来てくれて」


 レオはジルトの手をはなして、ジルト自身をぎゅっと抱きしめた。


「お前が二度もいなくなった。一度だけでも嫌だったのに、二度も。俺は何もできなかった。お前を守ってやることも、助け出すことも。正直、シュレイがいなければお前とはもう二度と会えなかっただろう」


 レオがこんな風に胸の内をジルトに打ち明けるのは珍しかった。ずいぶん昔はそうでもなかった気がするが、はっきりとした記憶の存在する限りではなかったような気もする。


「俺は、お前がいなくなるのが怖い。酷い目に遭うのが怖い。ずっと傍にいてほしい、安全なところで幸せに暮らしてほしい」


 レオの声があまりにも幼くて、ジルトは泣きたくなった。


「でもお前は危険な道を行くと言う」


 ごめん、と心の中で謝る。

 レオの願いは切実で、それでいて大きなものではない。ただジルトの幸せを願っているだけだ。ジルトが王との交渉など持ち出さなければ叶っているかもしれない願いだ。

 けれど、そう望んで望まれて、叶わない者たちがこの国には大勢いるのだ。王宮に連れ去られた少女、女性たちは、その家族は小さなその願いを抱くことすらできないかもしれない。


「レオ、私は――」

「いい、言うな。わかってる。お前がそういうやつだってことは、よくわかってるんだ」


 ジルトの顔にあたっていたレオの胸板が離れて、代わりに彼女の肩にレオの顔が埋められる。さらりとしたレオの髪がくしゃりと崩れた。


「俺が、強くなるから。お前を守れるくらい。だからジル、俺から離れないでくれ。もし俺のもとからいなくなってしまうのなら、絶対に生きていてくれ」


 何ともめちゃくちゃな願いだった。いつものレオなら絶対にそんなことを言わないだろう。


「うん。わかった。わかったよ、レオ」


 大きな体を抱きしめる。

 今日はいつものレオではないから、その体が震えていることも、その頬が濡れていることも、全部気づかないふりをする。

 レオがいなければ、元奴隷の魔力のない人間に傷をつけられた時、魔力の暴走したジルトはどうなっていたかわからない。レオはジルトを助けているのだと、レオがいなくなって困るのはジルトも一緒であると、そう言ってもよかったが、ジルトは言わなかった。それはレオが求めているものではなかったからだ。

 もぞり、とレオが動く。ジルトの肩から顔を上げて、腕で涙を拭っているようだった。


「はぁ」


 再び向き合って見たレオの顔には涙のあとは見当たらなかった。


「よし、切るか」

「うん、お願い」


 何事もなかったかのように、しかし互いに何か体の奥の方に何かを残しながら。

 レオはジルトの髪を切る用意をする。カーペットに紙を敷き、予め購入しておいた専用の鋏を持ってくる。

 手先の器用なレオは丁寧に、素早くジルトの髪を切っていく。孤児院でも、初めはみんなの髪はアンが切っていたのに、いつからかレオの役目になっていた。


「よし、できた」


 洗面台の鏡でジルトは出来上がりを確認する。慣れない鏡は、壁にもう一人自分が立っているような感覚になるが、本当に違う人のようだった。

 肩まであった髪は首が見えるまで短くなり、前髪も今までのように顔の片方いっぱいを覆うようではなく、頬のあたりまでになった。


「レオ、これ見えないかな?」

「大丈夫だ。多少見えたとして()()すぐに赤い色だとはわからない。それにセダムさんから眼帯をもらっている。これをつければ大丈夫だ」


 片目で物を見るのは慣れないかもしれないが、とレオが眼帯をつけてくれる。目のあたりだけを覆う革製の物だ。目に当たる側だけ柔らかい布で覆われている。


「あとは胸の上にこれを巻いておくように」


 レオが渡したのは黒い布だった。端と端が繋がって円のようになっている。引っ張ると伸びて、力を抜くと元に戻る。


「生地が固いからきついかもしれないが、学校にいる間は絶対につけてくれ。部屋とかならもう少し柔らかい布とかで代用してもいい」


 ジルトの胸は大きい方ではない。まだ未発達だが、やはり触れれば柔らかく、何かの拍子で女だとばれてしまうのは避けたかった。


「わかった。眼帯と、これをつければいのね」

「そうだ、あと言葉遣いはーー」


 レオは入学時から考えてきた注意すべきことをジルトに伝えていく。特に無防備になりがちな就寝時に一緒にいてやれない代わりにそれ以外の時間はジルトを全力で支えてやりたいが、学校という場所はそれが難しい。普段なら気にならないようなところまでレオが細かく言うので、ジルトは頭がパンクしそうだった。



 *



 容量いっぱいに詰め込んだ情報を整理して、ジルトは自室となる部屋の扉を開ける。

 レオ達の部屋と変わらない造りの部屋に、ジルトのルームメイトはいた。


「何、あんたがルームメイト?」


 ぼそりと呟くように言ったのは、紫がかった黒髪の少年だった。黒いよれた長袖に、灰色のゆったりとしたズボンを着ているのに、身にまとっている雰囲気は闇のように黒く、冷たかった。金色の瞳が鋭くジルトを射抜いている。


「ジルト。よろしく」


 短く告げて中に入り、扉を閉める。

 部屋の中には既に宿においてきたままだったジルトのリュックが置かれていて、その少ない中身を出していく。手鏡と本は鍵付きの引き出しにしまっておいた。

 ジルトの荷解きは短く、それほど時間稼ぎにはならなかった。本当なら色々喋りかけて聞いてみたいことがあるが、ジルトの声は特別高い訳でもなく、低い訳でもない。声変わり前の男の子と言えば通じるが、あまりしゃべらないようにとのことだった。

 同居人は椅子に座り、読みかけの本を手に持ったままジルトをじっと見つめるばかりで何も言わない。せめて向こうから喋りかけてくれれば、少ない返答で関係を築くことだってできたが、ジルトとしてもあまりしゃべらない方が身のためなのかもしれない。


「君の、名前は?」


 それでも最低限の会話は必要だ、とジルトは思う。

 聞けば、ルームメイトが学校においてのパートナーとなるらしい。座学なんかは別だが、実践的な魔法の授業などは二人一組が基本となる。


「俺はウォート。あまりしゃべりかけないでくれ」


 そう言ったきり、くるりと壁の方を向いてまた読書を再開してしまった。

 しゃべりかけるなと言われた以上、ジルトが気をつかいながら無理に喋る必要はなくなったが、会って初めて、しかも十分も満たない間に嫌われてしまったのかと不安にもなる。


(いや、喋るのが得意じゃないのかもしれない)


 ジルトは不安を押し込めて、バスルームに向かう。まだ日が沈んで間もないが、歩きどおしだった午前で汗をかいていたのと、疲労故の睡眠欲求のせいだった。

 風呂から上がり、短くなった髪を乾かせば心地よい眠気が襲ってくる。ベッドメイクされた皺ひとつないシーツを手繰りながら、ジルトはベッドに潜り込んだ。ふわりと柔らかく沈むマットレスに、ジルトの意識は遠のいていった。

続きます。

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