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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
27/116

ファレンと首飾り

 それは五月も中ごろの、ある日の昼休みだった。


「悪い、呼び出して」


 学校から支給された魔力消費型の通信機器で、シュレイがみんなを集めた。

 学校の食堂の一角にシュレイ、レオ、モーリ、ライヤ改めカトレアが座っていた。バンダは卒業生で、イーリスはこの頃はもう彼らと行動を共にはしていなかった。


「ジルトの正体がやつにばれた」

「何だと」


 すぐに反応したのはレオで、顔をさっと青くした。


「大丈夫だ。追われてはない。何故かはわからないが、そこは安心していい」

「それで、本題は?」


 カトレアが先を促すと、シュレイは一呼吸おいて口を開く。


「ジルトが、中央の図書館に入った。放課後迎えに行くつもりだ。みんなも行くだろう?」

「当たり前だ」

「やったぁ!ジルに会えるんだね!」

「もちろん、私も向かう」


 三人の意志が確認できたところで、シュレイはジルトにその旨を伝えた。

 ようやく、ようやくジルトに会えるのだと、学校に入学してどこか元気のなかった四人の顔に喜びが満ちていく。

 実に一ヵ月半ぶりの再会だった。



 *



 ―ドラゴン―


 思わずこぼれたクラムの言葉が、ジルトの中にずっと漂っている。

 あの顔は、驚きの中にほんの少し悲しみの混じった顔は、しばらく忘れられそうになかった。それはそうだろう。クラムにしてみれば、助けたはずの少女が、彼の活動の元凶であったのだ。

 いたたまれなくなって、思わず飛び出してきてしまった。方向すらわからず、ぐるぐると森の中を迷子になっているうちに、シュレイからの連絡があった。


(ジル、今あいつと一緒なのか?)


 今日落ち合うはずのジルトが未だに中央に入ったと連絡してこないのを不審に思ってのことだった。位置を探ってみれば、ジルトは不規則な動きで森の中を移動している。どこか怪しい場所に誘導されているのではないかという不安もあった。


(ううん、ごめん、シュレイ。私がドラゴンの娘だってばれちゃって、逃げ出してきちゃったの)

(な、今大丈夫なのか?!追手は?)

(たぶん、来てない。クラムの家の周りにはあまり人がいないから、それもあるのかも)

(なるほど。じゃあ俺が案内するから、まずはその森から出よう)

(うん、お願い)


 シュレイは地図とジルトの距離を照らし合わせて、無事にジルトを森の外まで案内した。ジルトが森を出るころには、太陽は高い位置にあった。


(ジル、森を出る前に誰かが追ってきてるか確認しよう。俺が耳を貸すから)

(わかった)


 契約を交わしているシュレイの聴覚をジルトが借りる。その瞬間、今まで以上に鮮明に音が聞こえる。森の葉の揺れる音、動物の歩み、虫の鳴き声。けれどその中に忙しい人間の足音はなかった。


(追われてはない、みたい)

(何故だ?あいつらは魔女狩りのはず)

(魔女狩り?)

(いや、いい。追われてないなら好都合だ。ジル、そのまま中央の学校区に入って、どこかの図書館で待機してて。後で迎えに行く)

(うん、そうするわ)


 森を抜け、しばらく歩く内に、人の生活する範囲内に入る。北部とは違い、活気のある商店が並び、次第に出歩いている人の数も増えていく。

 ジルトが中央へ来るのは二年ぶりだった。

 人が集まり、息をし、生きている。それが伝わってくる中央が大好きだった。大きな広場では今でも着飾った人たちが華麗に演技をしている。

 ぼうっとジルトがその演目に見とれているときだった。


「まだ見つからないのかね、ドラゴンの娘とやらは」


 どきりとして、前髪が乱れていないか確認する。


「見つかってないんだろうね、というか、本当にいるのかね、そんなの」


 レオが言っていた通り、ドラゴンの娘の捜索は行われていたのだ。


「あたしは信じてるけどねぇ」

「そりゃあたしだってドラゴンは信仰してるさ。でも、ドラゴンの娘って、予言によれば獅子と海神様を連れてこの国を壊しにくるんだろう?それなら存在してほしくもないさ」


 モーリが聞いたという占い師の予言の噂はこれだったのだろう。

 ドラゴンの娘ではあるが、ジルトはこの国を破壊するつもりはさらさらない。


「だいたい、何でドラゴンの娘を探してるんだい?」

「そりゃ、力を貸してもらいたいのさ。知ってるだろう?最近、よその国ででっかい戦車を開発して、その力であたしらの国を脅してるのさ。国としてはドラゴンの力でそれを制したいんだろう」

「そんな話があったのかい。あたしはてっきり始末しちまいたいのかと思ってたよ」

「物騒だね」

「だって、大きな声じゃ言えないが、今の王族に不満を持つ者も多いだろう。ドラゴンの信仰者がその娘を国王にって話も聞くようになったしさぁ」


 話し合っていた二人はきょろきょろと辺りを見渡した。


「だめだね、こんな話。捕まっちまう」

「半年ぐらい前にあった反乱騒ぎもあって、敏感だからね。さ、要る物だけさっと買って帰っちまおう」


 広場から離れた二人の女性の姿が完全に見えなくなってから、ジルトも歩き出した。まだ心臓がどくどく言っている。ここは中央。北部よりも王都に近く、それだけ噂も情報も流れている。気を引き締めなければ、と足早に図書館に向かった。


 ジルトは学校区に入って一番初めに目にした図書館で、シュレイ達の迎えを待つことにした。落ち着いた色の、歴史がありそうな図書館だ。

 この時間帯は学生は学校にいることが多いのか、ジルト以外に子どもを見かけることはなかった。それどころか、受付に座っていた老人以外の人と出会わなかった。

 何となく本の背表紙をなぞりながら、ふらふらと書庫をうろつく。字はイルとアンから習っていたため読めないことはないが、難しい言葉ばかり並んで、どんな本なのかは全くわからない。イルから託された本の目次に記されたタイトルも、ちらほらと見受けられる。


(ちっともわかんないなぁ)


 諦めて、椅子に座る。

 外から差し込む日差しをまぶしいと思っていると、それは誰かによって遮られ、影がジルトをすっぽり包んだ。


「こんにちは」


 ジルトの前に現れたのは、ジルトより少し年上の青年だった。

 灰色の髪に、青い瞳を持っている。シュレイは白に近い灰色だが、目の前の青年は黒と白の間のような色だった。


「久し振り、って言ってもわからないかな?」


 首を傾げて、ふわりと微笑む。優しく細められた目は、昔を懐かしんでいるようだったが、ジルトにはわからなかった。いや、微かにひっかかるものはあるが、それが何だかわからなくて、もやもやする。

 すっと青年の長い指がジルトの首元に伸びる。それが嫌ではなくて、大人しくしていると、彼の手はジルトの首にかかっているチェーンをすくって、その先を引っ張り出した。

 炎を模った透明な結晶の中に、燃えるように赤い石が守られている。これはジルトが中央でもらったものだ。誰にもらったかと言えば――。


「あ、あの時の!」

「ふふ、思い出してくれたかな?」


 ジルトが中央に行って初めての夏、市場で出会った男の子があげる、とこの首飾りをくれたのだ。その男の子は灰色の髪で、青い目をしていた。

 随分と背が伸びたが、たしかに、あの時の男の子である。


「僕の名前はファレン。君の名前を教えてくれる?」

「私はジルト。どうしてあなたはこれを私にくれたの?」


 ずっと聞きたかった疑問をぶつけると、ファレンはまた優しく微笑む。


「それは、元は君のものだからだよ。その中の赤い石はね。僕はたまたま君の魔法の欠片を拾っただけだ。君のその石があまりに綺麗だったから、飾りにしてみたんだ。会えるとは思ってなかったから、あの時はびっくりしたなぁ」


 あの時、はジルトと市場で出会った時のことだろうか。

 それより、ジルトには気になることがあった。


「この石が、私の魔法の欠片?」


 ファレンはジルトが魔法を使えることを知っているのだ。もしかすると、実際にジルトが魔法を使ったところを見たことがあるのかもしれない。それも、中央でジルトが彼に出会う以前に。


「大丈夫。君が魔法を使えることは誰にも言ってないよ。魔法が使える女の子は貴重だからって王宮に集められているって話だからね」


 それはつまりドラゴンの娘であるジルトを手に入れるために王族達がやっていることなのだが、その罪悪感をジルトが打ち明けることはできない。


「ありがとう。助かるわ」


 礼を言うのみにとどめておく。


「ね、ジルトは学生なの?」

「えっと、いや、その」


 ジルトは学生ではない。

 しかしその事実を伝えてしまえば、何故わざわざ学校区の図書館にいるのだという疑問が生まれてしまうのはジルトにだってわかっていた。学生と偽ることもできたが、それはそれでこの時間帯に学校外にいる説明をしなければならない。


「ごめんね、困らせたかな。答えにくかったら答えなくて大丈夫だよ。ただ、僕が君にまた会いたかったから。もしジルトが学生だったら会えるかなと思って」

「私に、会いたい?」

「うん、君ともっといろんなことを話してみたい。ジルトは嫌かな?」


 ジルトは大きく首を横に振った。

 ファレンが首飾りをくれた人物だということはわかった。だが、ジルトの魔法を見たのはいつなのか、とても気になった。それでなくても、何となくファレンの人柄を好ましいと思ったのだ。人の少ない北部で育ったジルトにとって、他人はとても興味深い存在だ。話してみたいと思った。


「そう、嬉しいよ。だったら、またこの図書館に来て。僕はここの五階によくいるから」

「五階?」

「うん。あんまり人が来ないから、秘密基地みたいで楽しいよ」

「そうなの?見てみたいなぁ」

「是非おいでよ。それじゃあ、僕はそろそろ行かなきゃ」


 またね、とファレンがジルトの頭を撫でる。そっと瞬きをした直後、ファレンは目の前から姿を消していた。屋内なのに、どこからか風がひゅうっと吹いた。

続きます。

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