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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
26/116

ジルトに想いを馳せる

南部、王都。王族達はそこにある城で暮らしている。


「カトレア、気はすんだのか」

「はい、お父様」


 王城の一室、広い居室は床一面が毛足の長い絨毯で覆われており、そこに跪いた少女は意匠の凝らされた椅子に腰かける父親の言葉を頭上から浴びていた。顔はずっと地面と向き合ったまま、耐えるような面持ちでずっと肯定の言葉を紡ぎ続ける。


「お前は変なところで気が弱い」

「はい」

「わかっているのか?あの出来損ないの代わりに表に立つのはお前なのだぞ」

「はい、存じております」

「ふん、ようやく受け入れたか。外に出て十分思い知っただろう。お前は王族だ、下民共とは違うのだ。お前には王の気質がある」

「……はい、よく理解しているつもりです」

「よろしい。では下がりなさい」

「はい、失礼いたします」


 立ち上がった少女は丁寧にお辞儀をして、父に背を向けた。


「ああ、それと」


 使用人が扉を開けようとしたところで、父が再び口を開く。


「地下から気に入ったのを二、三持って行ってもよい。入学祝いだ」


 ぴたりと足を止めた少女は、ぐっと下唇を噛みしめる。


「はい、もし見つかればそういたします」


 振り返って微笑みを浮かべて返事する。


「では、お父様、長いお別れにはなりますが」

「よいよい、四年などあっという間だ。ぜひ、王に相応しい器になってきなさい」

「はい。努力いたします」


 またお辞儀をして、今度こそ部屋を出た少女の顔からは表情が消えていた。足早に自身に与えられた部屋に向かい、そのベッドに飛び込んだ。


「くそっ!」


 力強く叩きつけたはずの拳は、柔らかなマットレスに吸い込まれぽすりと軽い音を立てたのみだった。


「何が王の気質だ!ただの悪趣味だろ!!」


 使用人が聞けば顔を真っ青にしそうな言葉を、シーツに顔を押し付けて言う。少女は、カトレアは悔しかった。何も言い返せない自分が、何もできない自分が。


「なぁにをもごもごやってるんです?」


 不意に聞こえた呑気な声にバッと顔を上げると、そこには見慣れた顔の衛兵がいた。


「勝手に入ってくるなよ」

「いやぁ、ノックはしたんですよ?殿下」

「殿下はやめろ、バンダ」


 糸目の男ははぁいと気の抜けた返事をする。


「では何とお呼びすればよろしいので?カトレア様?それともライヤの方がお気に召しますか?」

「はぁ、何でもいい。私は疲れた」


 ベッドに倒れ込むと、カトレアはごろりと体を反転させた。


「湯を準備させますか?」

「いい、黙ってろ」


 ゆっくりと体を起こし、ベッドの端に腰かけるようにしてバンダと対面する。


「それで?何の用だ?」

「喋ってもよろしいので?」

「用がないなら――」

「ああ、ああ、ただの冗談じゃないですか」


 待ってくださいよとひと騒ぎしたあと、バンダはカトレアの許に片膝をついた。


「何の真似だ?」

「そんな嫌そうな顔しないでください。どこかのお嬢様が気難しいからって、私が護衛を仕ったんです」


 そっとカトレアの手を取り、バンダはその甲に唇を落とした。


「私、バンダ・ヒスイ、貴女様に仕え、この命ささげることをこの国の守護神ドラゴンに誓います」

「ふ、この国の王族はドラゴンを道具くらいにしか思ってないだろうに」

「形式上なんですよ、文句言わないでください。それに、あなたが変えてくれるんでしょう?」


 カトレアはぱちりと目を開いて、瞬いてから挑発的な笑みを浮かべた。


「お前も一緒に、だ」

「はは、これは失礼いたしました」


 バンダは深く頭を下げてから立ち上がる。


「で、どうします?お父上からのプレゼントでも受け取りに行きますか?」

「いや、いい。私は、二度とあそこに行ってはいけない」

「そうですか。では私から適当に言っておきます」


 バンダは礼をして、カトレアの部屋を去った。


「だめだ、私は」


 カトレアの頭に、忌々しい記憶が蘇る。

 暗い部屋、逃げ惑う奴隷、それを鞭打つ男達。


「ああ、ジル、私の光。どうか無事でいて」


 一人取り残された部屋で、カトレアは友の無事を祈るしかなかった。



*



 あの日、あの時に全てが変わった。

 あの時、レオは四歳だった。まだ何も知らなくて、ただ心の弾むままに生きていた。危ないと言われていた森に、興味本位で足を踏み入れた。もちろん仲良しのジルトもモーリも一緒に。危ないから帰ろうと止めるジルトを無視して、森の奥に足を踏み入れた時、巨大な影が現れた。

 それは魔物と呼ばれるものの中でも一段と大きいものだった。見上げれば顔も見えないほどに大きい。


「レオ!何してるの!」


 恐怖から、思わず魔力を使ってしまった。

 ぼっと燃え上がった炎に気づいた魔物は暴れだして、木々をなぎ倒す。


「逃げよう!レオ!」


 ジルトに引っ張られて、漸く走り出したものの、上手く足が回らない。

 途中で転び、ジルトもモーリも共倒れとなった。魔物が粉砕した木の欠片がモーリの頭にぶつかる。


「モーリ!」


 まだ幼かったモーリは防御も出来ず、頭からだらだらと血を流して、意識を失った。立てないレオに、動けないモーリ。ジルトだっていっぱいいっぱいだったはずだ。それなのに、彼女はレオを責めもせず、ただ守る為に前に立った。

 伸ばしてもそれほど長くならない腕を精一杯広げて、レオとモーリを守る為に。

 彼女の小さな手からぼっと火が出る。ぴしりと何かが割れる音がして、赤い光が線上に広がっていく。

 その眩い光の中、燃え盛る炎は魔物へと移っていった。焼ける痛みに悶えた魔物は地を踏み鳴らして、のたうち回る。こちらも巻き込もうと思ったのだろうか、魔物は突進してきたが、ジルトにたどり着く前に、大きな爆発音がして、魔物はレオ達の視界から消えていった。しばらく揺れていた地面も、次第に静かになっていきいつの間にか収まった。


「ジル、ありがとう」


 おそるおそる目の前の少女に声をかけるが、彼女は未だに炎を放出させたままだった。


「ジル?もういいよ、大丈夫だよ。火を消して」


 振り返った彼女は、泣いていた。


「レオ、わかんない。私、」

「ジル!焼けてる!死んじゃうよ!!」

「どうしよう、レオ、熱い。熱くて、痛い」


 本当に死んでしまうんじゃないかと思った。

 水の性質のモーリは気を失っているし、自分はまだ魔力の使い方をよくわかっていない。下手をすれば余計にジルトを燃やしてしまう気がして、何もできなかった。


「ジル!あ、どうしよう、僕。い、イルを呼んでこなくちゃ」

「レオ、その必要はないよ」


 穏やかな優しい声がした。


「ジル、いい子だ。よく頑張ったね。さあ、こっちへ来るんだ」


 いつの間にか駆け付けたイルが、優しくジルトに近づいていく。


「や、やだ。イルさんが燃えちゃう」

「大丈夫、いい子だから。さぁ」

「レオ!あなたも怪我してるじゃない。ジルはイルさんに任せて」


 アンに手を引かれて森の入り口に向かうまで、レオは燃える炎の中のイルとジルトをじっと見つめていた。



「レオ、いいかい、もう二度と危険な場所に行ってはいけないよ」

「うん、わかった」


 翌日、ジルトを背負って帰ってきたイルは、寝ずに待っていたレオの頭を優しく撫でた。


「イル、モーリはどうしちゃったの?」


 昨日は混乱していたが、モーリはレオと一緒には帰っていなかった。イルの後ろに浮かんでいる大きな水の球の中に、モーリが閉じ込められていた。


「それは、モーリの魔法なの?」

「ああ――いや、違う。レオ、レオはジルのことが大切かい?」

「うん。大事だよ」

「じゃあ、レオにだけ秘密を教えてあげる。これは、ジルにもモーリにも、誰にも言っちゃいけないよ」


 その日から、レオとイルの秘密の授業が始まった。

 ジルトがドラゴンの娘であることはもちろん、彼女の置かれている状況も、この国の成り立ちもすべて学んだ。魔法だってイルに教えてもらった。セキの話も、いつか来るお別れも、そのための魔法も。

 ジルトもモーリも何も覚えていない。

 一人あの日の記憶を抱えたまま、けしてあのような状況をつくらないために、孤独なんてどうでもよかった。ただ大事な二人を守りたかった。

 自分のせいで危険な目に遭ってほしくない、もし二人が困っていたら、命を差し出してでも助けたい。そうできる力が欲しい。

 必死に。そうやって生きてきたのに。


 今、この場所にジルトがいない。


 どうすればよかったのだろう、と思う。

 ずっとあの山で暮らしているのがよかったのだろうか、でもそれではその夜の襲撃者に命を奪われたかもしれない。ではこれでよかったのか?この国のためにジルトが命をかける状況を良しとはできない。

 こんな国のためなんかに、ジルトが犠牲になる必要なんて、全くないはずだ。

 どうしてイルはジルトにあの本を渡したのか。ジルトに国を変えさせたかったのか?それともただの偶然か。


(イル、俺はどうすればいい?)

(ジル、早く会いたい)


 ジルトの場所がわかるシュレイが、うらやましかった。

続きます。

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