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竜眼の少女  作者: 五十音
北部にて
23/116

魔女狩りの役目

 クラム・クローバーは魔女狩りの一族の筆頭である。顔の右半分が魔女による呪いで大きな黒い痣に覆われており、不規則にズキズキと痛む。

 彼らの復讐の相手はもちろんその呪いをかけた魔女。

 人間が魔力を授かった際に絶滅したかに見えた魔女は、実は生き残りがいたのだ。魔女が死ねば消えるはずの呪いが消えていないのがその証拠であり、ずっとそれだけを頼りに魔女の生存を信じてきた一族は、情報屋によりその子孫の存在が明らかになり活気づいた。

 やっと積年の恨みを晴らすことができるのだ。

 呪いの発現に規則はない。呪いの保持者が死ねば新しい呪いを受ける者が誕生する。母たちはみな怯える。次に産まれてくる命が呪いを負っていたらどうしようと。どこまでの血縁が呪いの対象となるのかはわからない。故に結婚を諦める者も多く、一族は繁栄しない。


 クラム自身に強い復讐心があるのかといわれれば、そうでもなかった。彼にとって呪いは初めからあるもので、痛みもまだそれほど大きくない。

 だが、一族のみなが呪いの発現者であるクラムを中心に集まり、目的を遂げようとしているのだ。一族のみんなの想いを無駄にするわけにはいかなかった。それに他の者に比べれば弱いだけで、全くもって魔女への恨みがないわけでもない。特に、魔女がドラゴンの娘だとわかってからは、それにより傷ついている少女達がいるのに、何の行動も起こさない魔女の子孫に苛立っていた。

 大きな力もあるのに、なぜこの事態を放っておくのか。人間達がどうなろうと知ったことではないとでもいうのだろうか。


「うっ」

「クラム、大丈夫?」


 ずきりと不定期に襲う痛みに唸ると、魔女として迫害を受けていたトーチが不安そうにクラムの顔を覗き込む。


「大丈夫だ。心配してくれてありがとな。俺は家に戻るから、お前も早く自分の家に帰るんだ」


 諭すように頭を撫でると、しぶしぶながらもトーチは、はぁいと返事をして養母のもとへ向かった。



 *



 魔女狩りの一族は南部と中央の間の森の洞窟を彼らの集会所として、家族単位でその周辺に暮らしている。呪いの発現者の最期は見るにも聞くにも堪えないようで、故にその者は一族たちの家がある辺りから少し離れた場所で一人で暮らす。

 クラムは先代の発現者の遺した言葉により、小川の近くに家を建てた。水の流れる音はそれだけで癒されるらしい。

 家に入る前にその川の水で顔を洗う。そうすると、痛みが小さくなっていくような気がするのだ。

 さて家に入ろうかと立ち上がった時、背後でどさりと音がした。振り返ると、黒い髪の少女が倒れていた。

 先程までは人気のなかったこの場所に、急に現れた少女に一度身構えるが、その少女が動く気配もない。警戒しつつも近づくと、その両手両足首に赤黒い痕があった。これは王宮から助け出した少女達にもよくついていた。

 警戒などしている場合ではない。

 クラムは駆け寄って、その少女の上体を起こし、自分の脚でそれを支えると、そっと顔に手をやった。

 目はかたく閉じられたままだが、涙を流した痕がある。まつ毛が濡れている。長い前髪を上げると、右頬が血塗れになっていた。


「おい、聞こえるか?」


 軽く揺すっても反応はない。

 クラムは少女を家の中に運び入れた。顔を拭って、体を拭いて、そっと自身のベッドに横たえる。

 何故こんなところに急に現れたのかはわからないが、傷ついた少女が得たいの知れない敵であるとは考えにくかった。


 翌朝になって、ようやく少女は目を覚ました。

 クラムが一人で静かな朝食をとっていたところ、寝室からドンと大きな音がしたため、すぐにわかった。

 その後ドアが開けられる音がして、ぱたぱたと可愛らしい足音が近づいてくる。

 ついにクラムのもとに辿り着いた少女は、彼を見て怯えたように一歩後ろに下がった。


「あ、あなたは誰?ここは……研究所ではないの?」


 来ていた服から何となく察しはついていたが、彼女が以前いた場所にクラムはカッと血が煮えたぎるのを感じた。

 それを理性で抑え込んで、精一杯優しい笑顔をつくる。子ども達に怖いと評判の彼の顔はそれでもまだ優しいとは思えないが。


「怖がらないでくれ。俺は君の敵じゃない。君が倒れているところを発見しただけだ」


 出来るだけ優しく言うと、少女ははっと顔を上げる。


「ご、ごめんなさい!助けてくれたのに」

「いや、いいんだ。君が謝ることは何もないよ。ああ、その髪、おそろいだな」


 クラムは普段は自身の呪いの痣を前髪で隠している。

 少女の緊張を解くためにその話を持ち出すと、少女は自分の長い前髪をいじりながら微笑んだ。


「そうだね」

「さて、何か食べるか?パンやスープならあるぞ」


 食事をすすめると、すんすんと匂いを嗅いだ少女が、泣きそうな顔で笑った。


「うん、食べたい」


 アンさん、と漏れた声に自分では気づいていないのだろうか。クラムは大事な人の名前なのだろうと予想する。

 鍋を火にかけ、パンを焼き、バターを塗り、スープをすくう。

 ほかほかと湯気の立った朝食に、ジルトは嬉しそうに席に着いた。


「温かいご飯は久し振りな気がする」


 ゆっくりとスープを啜り、パンを齧る。少女は美味しいねと笑ったが、急に顔を真っ青にして口を手で押さえた。

 クラムは手近にあったボウルを掴むと、それを少女の前に差し出した。


「構わないから、出すんだ」


 少女はためらってから、諦めたようにボウルの中に吐き出した。


「ごめんなさい」


 恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになった顔に、クラムは胸が詰まる思いだった。

 この子が謝る必要なんてないのに。ろくに食事もできなかった環境に長く居たせいで体が食べ物を受け付けていないのだろう。


「君は、魔力が強い、もしくは使えるのか?」


 ぴくりと動いた彼女の体から自分の予想が正しいことを知る。


「怯えなくてもいい。ここはそういった子たちを匿う場所でもあるんだ」


 汚れてしまった少女の口元を清潔な布で拭き、ゆっくりと説明する。

 王族達に連れ去られた少女や、そうなりそうな人達をこの森で匿い、育てていること。既に魔力を使える女性も集団に属していること。魔女狩りの話は無駄に怖がらせてしまう恐れがあるのでしない。

 説明を聞く内に、少女は体のこわばりをといていた。


「そうなんだ。助けてくれる人が、いるんだね」


 嬉しそうに微笑む少女に、君もその一人だと告げると、複雑そうに表情を歪めた。


「ありがとう。でも、私はここには居られない」

「何故だ?ここでは君が傷つけられることはない。魔力の扱い方も知ることができる。ああ、もしかしたら君はもう使えるのかも知れないが」

「ううん、私は全然だめだよ。でも、そうじゃないんだ。私は、ここにいちゃだめなの」


 少女は立ち上がる。が、力が上手くはいらないのか、よろけてしまった。

 クラムはそれを支え、再び椅子に座らせる。


「君にどんな事情があるかは知らないが、しばらくはここにいなさい」


 クラムもここにいることを強制するつもりはない。本人の意志にそぐわないことをしてしまえば王族と一緒だ。

 だが、まだ食事も喉を通らないほど深いダメージを負っている少女を一人行かせてしまうことはできなかった。

続きます。

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