セダム・ベンケ
一方、レオ達は研究施設を持てるほどの研究者を絞り出そうと宿に戻った。そして部屋に入ったところで、予期せぬ人物と出会うことになる。
「初めまして。君たちがドラゴンの娘の仲間かな?」
ジルト達の部屋の扉を開いた先に、一人の老人が立っていた。薄い金髪に、灰色の瞳。右手に何かを握っている。その男の近くに、口の開けられたジルトのリュックが転がっていた。
「どうか警戒しないで欲しい。君たちに、安全な居場所を提供するためにやってきたんだ」
どこかぎこちない発音。聞いたことのある特徴。
レオとモーリはその男が誰なのかを理解した。
「お前!!」
レオが男に近づいて、その胸倉を掴む。
男を睨みつけるが、しばらくすると、ぎりぎりと歯を食いしばり、何かに耐えるように目を閉じて、その男を解放した。
「あんたが、ジルが助けたっていう異国人か」
「ああ、そうだ。無知であった私を恥ずかしく思う」
ジルトがドラゴンの娘だと知られるようになったのは、偶然にもジルトがこの男と接触し、彼の話す異国語を難なく理解できてしまったことに始まる。
ドラゴンの娘はあらゆる言語を理解する。それを二人は知らなかった。ジルトはまだ自分がドラゴンの娘であると知る前だった。
異国人の彼にとって、この国で自分の祖国の言語を扱えるものがいるなど、珍しくて仕方がなかっただろう。ドラゴンの話など露知らぬ異国の者が、それを誰かに話すのは当然のことともいえた。彼が話す相手といえば南部や中央と結びつきの強い役人に限られていた。
ただ、それだけの話である。ありえないような偶然がありえてしまっただけの話。
この男を責めるのは間違っていると、レオは理解していた。ただ、どうして、どうして出会ってしまったのか。どうして最北に来てしまったのか。どうして、ジルトに会わずに帰ってくれなかったのか。そう思わずにはいられなかった。
「こんなことになるとは思わなかった。というと言い訳がましいが、私はあんな心根の優しい、まだ幼い女の子が何かに追われるような状況は望んでいなかった。今も同じだ。どうか、私の提案を受け入れてくれないだろうか?」
男の名はセダム・ベンケ。以前からアグノードという国に興味があり、ずっとその国の研究をしたいと願っていた。アグノードは閉ざされた国であり、貿易を介しての関わり以外を他国と持ちたがらなかった。当然、アグノードを訪ねるのも無理な話であり、その国から国内トップの学校の教員の募集がかかった時には絶対にこの機を逃すかと思った。そして現在たった一人の外国人教員として中央の貴族の学校に在籍している。
教育は政治の影響を受けてはならないという決まりがあり、表面上、学校はこの国で唯一独立した機関であると言える。その学校から出た者が騎士や政治に関わる者になるので、実際には深いつながりがあるが、その建前を保つため、中央の学校は各校、その場所、またはその場所にいる人物を特定できないような魔法がかけられている。また、南部の政治に関わる人物達が中央の学校区に踏み込むことは滅多にない。
基本的には誰がどの学校に行くのかは決められているの(孤児院出身の者はそうではないが、基本的には庶民の学校に振り分けられる)だが、各教員は五人まで自分の推薦する人物を独断で入学させることができる。その制度は金のある貴族がより上位の学校に子どもを通わせようとしてできたものなので、その推薦を受けた人物が詳しく調査されることはなく、むしろ偽の情報が作られるほどの力の入りよう(実際に行くはずだった学校での情報は消え、卒業後に偽の情報が本人の情報となる。その際には推薦の情報は消え、一般の学生と同じ記録のみ残る。推薦を受けた者は偽名で過ごすので、卒業後に推薦入学だとは指摘されない。その話をするのはタブーという暗黙の了解もある)で、ジルト達の存在を隠すのに丁度よいのだという。
「人数は五人まで、時間も学校を卒業するまでの四年間と限られているが、少しは力になれるのではないかと思ってね」
「四年あれば、少しは王族の熱も冷めるでしょうね。俺は卒業したし、テアントルならライヤは入学予定の学校だ。たぶんイーリスちゃんもそうでしょ?」
「え、ええ」
バンダの言葉にイーリスは頷いた。
「ただ、問題なのは、肝心のジルちゃんがいないってことだ」
驚いたセダムに、レオが詳しい事情を説明した。
セダムが王族側の人間でないことはわかっていた。もしそうなら、居場所が知れているドラゴンの娘のもとに一人では来ない。また、それによって居場所を突き止めたであろう、ジルトに渡した防御魔法の紙をあれほど大事に握りしめたりしない。
レオの説明を聞き、セダムはなるほど、と優しくイーリスを見た。彼女はかっと顔を赤くしてそっぽを向く。
「君の言う通りシュレイがジルトを探知できるなら、話は早い。研究所は三か月に一度視察があるからね。役員に場所を知らせるために一瞬だけ防御魔法を解くんだ。その一瞬でも場所を知ることはできるかい?」
「俺なら、できる」
「それなら大丈夫だ。研究所同士は距離が離れてるから、確実に行けるよ。私の立場を利用すれば、侵入も簡単だ」
とんとん拍子に話が進んでいく。
レオは狭まっていた視界が、広く開けていくような感覚に陥った。
やはり、力のある大人が味方にいると心強い。レオやバンダは頭はいいが、如何せん経験もなければ、権力もない。
「セダムさん、ありがとう。助かるよ」
「いや、これで彼女の人生を取り戻せるわけじゃない。私にとってはこれは償いなのだ。こちらこそ、受け入れてくれてありがとう」
瞳の奥に宿る誠意を見つけて、レオは優しく微笑んだ。わ、珍しいとモーリが呟いたが、レオは周りの反応を気にする余裕がなかった。
安全性の高い場所も、魔法を学ぶ場も、支えてくれる大人も見つかった。あとはジルトの帰りを待つだけである。
(ジル、お願いだ。どうか生きててくれ。今は何もしてやれなくてごめん。どうか、耐えてくれ)
レオの願いは果たして、通じるだろうか。
推薦制度についてはそういう制度があるという程度の認識で問題ないです。
続きます。




