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竜眼の少女  作者: 五十音
北部にて
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孤児院

「これ一つと、そっちの二つください」


 透明感のある声が、活気のない市場に響いた。

 声の主は、この辺りでは有名な少女だった。村はずれの孤児院で生活する、ジルトである。


「はいよ。お遣いえらいねぇ、ジルト」

「止してよ、もうお遣いって年じゃないんだから」


 苦笑する少女の髪は艶のある黒で、長い睫毛に縁どられた目尻の上がった瞳も黒い。整った顔立ちの少女であるが、右目だけ、長い前髪によって隠れている。両親から受けた酷い傷があるのだろうと人々は予想したが、可愛らしい少女の顔を歪めるようなことはしたくなかったのだろう、誰もそのことには触れなかった。


「それで、生活はどうだい?中央はやはり金がかかっただろう」

「さすがに二年もいたらね。でも、セキが出て行ってから、だいぶ安定したと思うよ」

「確かあいつは大食らいだったねぇ。とはいえ、まだ苦しいんだろう。売り物にはならないが腹の足しにはなるだろうから、これも持っていきな」


 店の女主人が所々傷のついた果実を袋に入れて、ジルトに渡した。


「ありがとう!助かるわ」

「いいんだよ。あんたの顔を見れんのもあと一年ちょいなんだ」

「もう、私は戻ってくるって言ってるのに」

「いいや、あんた程かわいけりゃ中央なんてもんじゃない、南部でもいい暮らしができるよ」

「本当に違うんだってば」

 いくらジルトが否定しても店主は結局、理解してくれなかった。



 *



 「おかえり、ジル。お買い物ありがとう」


 ジルトが帰宅すると、優しい表情の女性が出迎えてくれた。彼女はこの孤児院のたった二人の職員の内の一人であり、ジルトが母のように、姉のように慕っている人だった。


「ただいま、アンさん。おまけに果物も貰っちゃった」

「まぁ、有り難いわね。私が保存庫に入れておくから、ジルは教室に行ってらっしゃい」


 ジルトから買い物用の袋を受け取ると、アンは教室の方へジルトの背中を優しく押した。



 「おかえり、ジル。冬の朝は寒かったろう、なるべく灯りの近くにお寄り」


 教室ではもう一人の職員、イルが一冊の本を手に持って、黒板の前に立っていた。その前には同じく孤児院で育った同い年のレオと、三つ下のモーリが座っていた。


「今日はレオが灯をつけてくれたからね、直ぐに温まるよ」


 ねぇ、と言われたレオはたぶんな、と呟いて、灯りの近くの席を譲ってくれた。ジルトが席に着くと、イルが、


「では、始めようか」


 綺麗な白いチョークを手に取った。


 「ジルとレオはあと一年と少しでこの家を出ることになる。十六の誕生日は学校で迎えなければならないからね」


 話を聞いていた三人は黙ってうなずく。過去に年上の仲間が家を出る際に、何度も聞いた話だった。

 貴族庶民関係なく、二十歳の成人を迎える前にそれぞれの将来について学校で学ぶというのがこの国の決まりである。貴族は四年、庶民は二年間中央にある全寮制の学校に通い、己の適性にあった職業を見つけるのである。

 以前は庶民も四年間であったが、稼ぎ手を四年も失う上に学費までかかるとなっては金に困ってしまうという庶民一同たっての願いで短縮されたのだ。もちろんジルトとレオも庶民向けの二年制学校に入学するのだが、孤児院出身の者は学費が免除される。


「君たちの行く学校の生徒はみな庶民だから、初めて学問を学ぶ人も多いだろうけどね、孤児院出身者は残念ながらあまりあたたかく迎え入れてもらえないから、少しでも知識をつけておいた方がいい」


 だから先に少しだけ、学校で習うはずのことを今教えるんだと言うイルの顔は悲しげだった。

 お金に余裕のない人々が、お金を払わずに同じ待遇を受けている者を厭うのは仕方のないことでもある。勉強ができないよりは勉強ができる方が文句を言われにくいという話だ。


「まぁ、そういった理由もあるんだけど、僕は前職が教師だからね。教えるのが楽しいんだ。君たちにも楽しく学んでもらえたら嬉しいな」


 重くなった教室内の空気を和らげるように、イルは優しく微笑んだ。


「ではまずは基本から。私たち人間に宿る魔力についてはもう知ってるね?」


 三人とも肯定の返事をした。


「じゃあ代表してレオ、説明してみて」


 指名された当人は不機嫌そうに眉根を寄せながらもわかったと口を開いた。


「魔力は誰もがこの世に産まれてくる時に母親からもらう力のことで、男のみがその力を使うことができる」

「ありがとう、その通りだ。そして魔力には性質があり、火、水、地の三つが代表的だ。レオの場合は火だね」


 イルはジルトとモーリの間を指さした。

 そこには薄い円柱状の土台の上で燃え盛る炎があった。そういえばレオが灯をつけてくれたと言っていたなとジルトは思った。


「厳密にはこの魔力で作り出した火と自然界の火は違う。触れても火傷しなかったり、逆に燃え上がる速度が速かったりね。でも、魔力の火は自然界の火の概念に縛られている。この話は難しいから学校でじっくり習ってね」

「イルさん、私にも性質があるの?」


 ジルトは疑問を口にした。

 男と違い、女は魔力を使うことができない。だが、魔力を有する以上は性質も存在するのだろうか?


「いい質問だね、ジル。答えはある、だよ。そもそも、どうして女性が魔力を使えないかというと、体の構造が違うからなんだ。女性は子供を産むために内側に魔力を溜め込む。男性はその逆で力を放出する。女性が出産したり男性が魔力を使ったりしてその量が減った場合、両者とも回復はするんだけど――」


 途中でイルは口を閉ざした。

 目の前に座っている子供の内二人が困惑の表情を浮かべており、もう一人が咎めるような視線を自身に向けていると気づいたからだ。


「ごめん、話が逸れた上にいきなり難しいこと言っちゃったね。うーん、構造についてまでは庶民の学校では詳しくやらないね。中央に行ったら資料がいっぱいあるから、もし興味があったら調べてみてね」

「わかった。ごめんねイルさん、私頭がよくないから」

「いやいや、ジルは賢いよ。僕が先走ったせいだから、気にしないで。ごめんね、モーリも」

「僕は平気だよ。だって僕が学校に行くまではまだ三年あるから」

「……そうだったね。もう少しわかりやすくしないとなぁ。よし、今日はここまで」


 イルは使うことのなかったチョークを置き、本を閉じた。


「本当にごめんね!明日からはちゃんとした授業にしてみせるから。あ、いや、明日は君たちの誕生日だから授業はお休みだね。明後日から、明後日からはどんな質問にも的確に答えられるようにするから!」


 言うやいなや彼は本を抱えて教室を飛び出して行った。恐らく自室で学校の指導範囲を確認して授業計画を練り直す為だろう。これは毎年のことで、三人は特に驚きもしなかった。


「何で毎年やってんのにわかんねぇんだろうな、あの人」

「イルさんは頭がいいから」

「そうだったら同じことしないんじゃないの?」


 モーリの素朴な疑問にジルトがたしかにそうだと悩んでいる間に、彼も教室を出て行ってしまっていた。相変わらずモーリは自由だなと思いながら、ジルトも教室を出ることにした。最後に残ったレオは何かを考えこんでいるようだった。彼の魔力で作られた炎はゆらりと揺れていた。

続きます。

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