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竜眼の少女  作者: 五十音
北部にて
18/116

魔女とドラゴン

「結局、先生になってくれそうな人は見つからなかったね」


 風呂から上がったモーリがベッドに飛び込んだ。


「モーリ、頭を拭いてからにしろ。まぁ、難しいとは思っていたが、まず反王政派の奴らが一人も見つからなかったのは驚きだな」


 備え付けの椅子に座りながらレオは地図を眺めていた。この付近の村や町、主要な施設が細かく描かれたそこに、大きなバツがいくつもついていた。


「今の王は乱暴だからね、少しでも疑われたら死をもって償わされるだろう。抗おうとする人が少なくなったのか、上手く隠れてるのかは知らないけど」

「そういえば今日会ったイーリスはドラゴンの娘と思われていたにも関わらず、村の人によくしてもらったと言っていた」

「ふーん、そういう村は今日探った限りではなかったように思ったけど。特殊な結界が張ってあるとかかな」


 一応報告しておくと言った風なシュレイの様子に、バンダは苦笑する。どうやら彼は相当イーリスのことが嫌いらしい。


「にしても、レオ君も随分必死だね」


 レオはまだシャワーも浴びておらず、夕食後部屋に戻ってからひたすらに地図を睨みつけている。今夜は寝る気がないのだろうか。


「当たり前だろ。本当は魔の山で安心してジルは自らの力を学べるはずだったんだ。今ではあの山も安心できない。それにあいつの敵は多い。王族、噂に踊らされて魔力、長寿を狙う者、魔力のない者。団体なのか個人なのかはわからないが、他にもいろんな奴がいる」

「例えば、魔女狩りとか?」


 何気なく一言を添えたバンダを、レオが勢いよく振り返った。


「わ、何?別に差別用語ってわけじゃないでしょ」

「どういうこと?」


 わしゃわしゃと頭を拭いていた手を止め、モーリが訊ねる。


「あー、基本的に女の子は魔力を使えないでしょ?だから魔力を使える女の子を悪しき魔女の末裔として捉える人たちがいるんだよ。ライヤとかも何度か危ない目に遭ったんだけど、その人たちは魔女を根絶やしにすることを目標にしててね、危ないんだよ。だから、魔力の使える女の子を一人にしておかないで、よかったんじゃない?」


 最期はシュレイを説得するつもりで言ったのだが、そのシュレイは難しい表情をしていた。まだ機嫌が直らないのかと呑気に思えるバンダではないかった。

 レオの反応、シュレイが狼の半獣人であること。以上から導き出される結果は。


「もしかして、ジルちゃんはドラゴンと魔女のハーフ?」


 言っておいて、脳内でそれはないと否定する。

 学校の授業で教えられた歴史。悪い魔女を退治した王族が、ドラゴンから魔力をもらった。つまりは魔女はドラゴンにとって都合の悪い存在だったはずだ。


「この国で広まっている歴史なんてあてにならない。人の持つ魔力の始まりはもっと複雑だ。俺だって全部は知らない。ただ、イルによれば魔女狩りの側はある情報筋からジルがドラゴンと魔女のハーフであると既に知っている。そこが問題なんだ」


 しっかりとバンダに向かって言ったレオは、また地図に向き直った。


「俺は元からあの山に住んでいたから、他の精霊や半獣人が王族に抱く恨みはない。ただ、魔女を絶滅寸前に追いやったことに対しては許せないと思っている」


 ベッドに転がったシュレイは、もそもそと上掛けの布団を頭からかぶった。

 バンダは気が抜けたようにベッドに座り込んだ。

 彼らと出会ってほんの数日。今まで自分が見てきた世界が、次々に覆されていく。自分自身が作り変えられていく感覚に心地よさを感じながらも、彼らの行く末を考えると不安が胸を過る。

 随分絆されてしまったなとそれすらも嬉しく思ってしまう自分は、相当なイカレ野郎だろうか。



*



 ジルトの敵は多い。


「忌まわしき魔女の残り火が確認された。クラム、ようやく一族の仇が取れるぞ」

「ああ、そうだな」


 中央と南部の中間に位置するとある森の洞窟。そこは俗に魔女狩りと呼ばれる集団の根城となっていた。

 王族と奪い合うようにして、魔力の高い少女や魔法を使える女性を攫っている。王宮に行けばよい待遇を受け、魔女狩りに捕まれば殺されると噂されているが、実際はそうではない。

 彼らは一族の誰かが呪いを引き継いで生まれる。顔の右半分を覆う黒い痣は大昔に魔女にかけられた呪いであり、成長するにつれてその痣は酷い痛みを発し、五十を過ぎるか過ぎないかのところで、痛みによって死に至る。それを解くには魔女という一族が滅びねばならぬのだと言い伝えられてきた。

 彼らはずっと魔女を恨んでいる。だから魔女の生き残りを見つければ残虐なやり方で殺してやろうと思っている。だがその恨みは魔女以外には向けられない。

 魔力の高い少女達が王宮で口にしたくもないほど酷い仕打ちを受けているのは知っている。それはドラゴンの娘と噂される魔女の子孫が原因だ。だからその少女達はいわば同じく魔女を恨むべき同胞であり、悲劇から逃れさせるために攫い、守り、育てるのだ。

 その内の一人であるトーチがそっとクラムに寄り添う。


「私も一緒に戦うわ」

「ありがとう。だが魔女の残り火についての情報は少ない。ドラゴンの娘、赤い目、そして確かに存在すること。これくらいしかわかっていない。俺達はお前たちを危険な目には遭わせたくない」


 クラムはトーチの綺麗な桃色の頭を撫でて、そっと自分の腕を掴む手を離させた。


「魔女に、報復を!!」


 立ち上がり、拳を突き上げると、それに従うように、他の者も拳を掲げる。

 炎が揺らめく洞窟の中、不気味なほど熱を帯びた合唱が響いた。



 *



 王都。南部の最も南に位置する最も栄えた土地。

 贅をつくした王宮の中、兵と見られる二人の青年が壁に寄りかかって職務をさぼっていた。


「聞いた?ドラゴンの娘が確認されたって」

「あー聞いた聞いた。よーやく現れたってわけね。待ちくたびれたよなぁ」


 金色の髪に垂れた茶色の目をした男と、藍色の髪と瞳を持つ男。どちらも王直轄軍の証である虎の顔が描かれたバッジを胸に付けているため、通りかかる一般兵士は声をかけることもできなかった。


「まーったく、やめて欲しいよな。生け捕りが目的だから出向けないとか。何のためにここまで偉くなったんだよ。なぁ?リアン」


 藍色の目を流した男は、金髪の男に訴える。


「えー?僕は単に楽しいからだよ。ヒユはなんでだっけ?」


 全く取り合ってもらえず、がくりと肩を落としたヒユ。


「まったくお前は」


 もう一度壁によりかかりながら、ヒユは笑顔で言う。


「ドラゴンの娘を殺すためだよ」



 *



「変身魔法が完璧にかかる魔力のない人間は、農園で働かされるか奴隷になる。中々手に入りにくい逸材だったのに、残念だったね」


 足元に転がる死体には目もくれず、窓枠に座って、外を眺める男がいた。白いローブを身にまとった、奇妙な男である。


「すみません。殺すつもりはなかったのですが、暴れまわってうるさかったので」


 同じく白いローブの女が、男の足元に片膝をついて控えている。その後ろにも数名、同じような恰好をした人間達がいた。


「いいよ。ちゃんと処理しておいてね」


 男はふわりと立ち上がる。窓枠に立ち、階下を見下ろした先に、何かを見つけてくすりと微笑む。


「じゃあ俺、ちょっと行ってくるから」

「あ、主人マスター!お待ちを!」


 制止の言葉も聞かず、主人はそのまま窓から飛び降りた。夜の闇に消えた主人に、室内の者たちは取り残されてしまった。

 自由気ままな彼の後を追う者はいなかった。


 魔力の象徴であるドラゴンと忌み嫌われる存在である魔女。その二つの種族の子として生まれたジルトは、生まれながらにして多くの者を敵にしていた。敵味方問わず複雑な思惑が絡まり合うこの国で、ジルトは懸命に生きていく。

続きます。

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