王族と赤い目の商人
翌朝、六人は宿の食堂にいた。
子ども六人が席を囲んでいるのは異様な光景だったかもしれないが、他の客や宿の主は気にしていなかった。
バンダは十七歳で、本来なら学校に通っているはずの年齢なのだが、彼はその頭脳の優秀さから適齢期を待たずして庶民でありながら貴族の学校に入学し、去年卒業を迎えたのだ。その後すぐに就職先を見つけたため、立派な身分証明書を持っている。ジルト達を次の入学生としてしまえば、中央に向かって旅をしているというのも別段変な話ではなかった。学校の寮は半年前から受け入れを始めるので、同じくらいの歳の子も周りに見受けられる。
「それで?お前たちは本当は何者なんだ?」
レオが怪しい発言をしても、周りの者は気にもしない。昨夜と同じような防音壁を空気の壁のように設置しているからだ。更に周りには適当な会話が聞こえるようになっている。
先に話を聞いていたバンダとは違い、ライヤはびくりと肩を震わせる。それを慰めるように、ジルトがライヤの手に自分の手を重ねた。
ライヤの強張りが解ける。ジルトの手をぎゅっと握りしめて、数回深呼吸をしてから口を開く。
「私は、この国の王族だ」
小さい声だったが、外部の音が遮断されたこの空間でははっきりと聞き取れた。
バンダとレオ以外が驚きの表情を見せるが、ジルトとモーリの顔はすぐに輝く。
「やっぱりライヤはお姫様だったんだね!」
「すごーい!僕、初めて会ったよ!」
ライヤは困ったように眉を下げながらも笑ってその声を受け止める。
「俺は、王族は嫌いだ」
この中で一人、恐ろしく冷たい雰囲気を纏ったのは、シュレイだった。
恨みや怒りはそこになく、ただ虚しい底のない闇が瞳に渦巻いている。
「俺は、半獣人だ」
その言葉に、ライヤの顔がさっと赤くなる。
王族が命じたことにより、半獣人は魔の山へと追いやられた。普通なら追いやった恐怖が目の前に現れた時、顔を青くするものだが、ライヤはそのようには思ってなかったのだ。
「申し訳ない。私の一族が君たちにしたことは愚かだと思っている。謝って許されることではないが」
彼女は自身を、王族を恥じている。
頭を深く下げたライヤに、シュレイはふっと表情を緩めた。
「俺こそごめん。体が勝手に反応した。王族は嫌いだが、あんたはいい人だってわかってる。ジルが好きな人は俺も好きだ」
シュレイも頭を下げる。
ジルトはほっとしたように息を吐いて、モーリと向き合って微笑みあった。
「それで、あんたたちは今の王族を不満に思っている。だから新しい王としてジルを探してたってことでいいか?」
レオが確認を取ると、バンダが頷いた。
「そう!本当にいるとは思わなかったけどね。最初はただライヤが王族が嫌だからって逃げただけだったんだ。あ、俺は城の護衛ね」
「護衛が姫にこんなことを許していいのか?」
「だめに決まってるじゃん。ただ王族の側も、ライヤを今すぐどうにかしたいわけじゃないし、いずれ帰ってくるって思ってるから、捜索を命じてはいないんだよ。だから俺も見つかったところで処罰無し。姫の護衛としてついてってました、っていえば万事解決だ」
他に聞きたいことは?と楽しそうに話を続けようとするバンダに呆れながら、レオは防音壁を解除した。
「ない」
「じゃあ俺から質問!レオ君なんで包帯なんて巻いてるの?」
からかうように問うてくるバンダに、お前はわかってるだろうという表情を向けながら、レオは自身の目元に触れた。
「魔力が高ければ金髪はそれほど珍しくない。ただ目まで青かったら王族だと思われる。それよりかは盲目と取られた方がまだマシだ。俺はライヤみたいな便利な道具は持ってないからな」
「よくわかったね。それじゃあ――」
「今日は休息に充てようと思ってるから、各々部屋で休むなり、必要なものを揃えるなりしてくれ。ジルは絶対に一人にはならないように」
「あれ?レオ君無視はひどいんじゃない?無視は」
バンダに構うことなくモーリに話し始めるレオに、ジルトがおろおろしていると、横からライヤがフォローを入れる。
「レオがバンダの扱い方を覚え始めただけだ。気にするな」
「そうなの?」
「ああ、あいつはああいうやつなんだ」
「ライヤ、君だけは俺の味方だろ?」
「私はジルの味方だ」
「ひどい!」
騒がしい朝食は、食堂の雰囲気に馴染んでいた。誰も彼らがただの子どもではないとは疑わない。
朝食を取り終えた六人は、二つのグループにわかれて市場を巡っていた。ジルト、ライヤ、シュレイは新しい服や旅の物資の補給に、レオ、モーリ、バンダは先生となる人物を探しに。
「先生を探すってどういうこと?」
宿の外に出る前に、ジルトは率直にレオに訊ねた。レオはまた防音壁をつくり、簡単に説明する。
「俺達は王に話をしにいくだろ?まぁライヤ達からすればお前を王にしたいわけだが、どちらにしろ、今のジルのままじゃだめだ。お前の大きすぎる魔力を扱えるようにならなきゃな。話を通すには力がいる。それを行使しろってわけじゃない。ただお前が立派な力を持っているって証明ができるようになってほしい」
そうだ、とジルトは思った。
自分はまだ、力の扱い方を知らない。初歩的な魔法は使えるが、その魔法でさえ規模が大きくなれば制御が効かなくなる。下手をすれば、自分の意志とは反対に誰かを傷つけてしまう可能性もある。
「俺だけじゃ心もとないから、反王政派かつドラゴンの崇拝者の中から実力のある大人に先生としてついて来てもらう。北部は王族の住む南部から離れてる。ここの方がそういう人達は多いんだ。今の内に見つけ出したい」
「私は、行かなくていいの?」
「俺が信頼できると判断するまでお前と接触させたくない。俺のことを完璧に信用できない状態でも、こちら側に踏み込んでくれるくらい意思の強いやつがいい」
それでいいのだろうか。今のジルトに王になる気はさらさらない。反王政派でドラゴンを崇拝する者は、つまり、ライヤ達のようにジルトを王にしたいと思っているはずだ。不安そうな顔をするジルトに、バンダが優しく微笑む。
「そんな顔しないの。俺達に任せといてよ、ジルちゃん。無条件にドラゴンに力を貸したいって人も、けっこうこの国にはいるんだよ?」
よしよしと頭を撫でられて、ジルトは素直に頷いた。
「あ、いたたたた、レオ君つねらないで」
「行くぞ」
「またね!ジル」
ふっと周りの音が戻り、三人が人の流れに呑み込まれていく。
「大丈夫だ、ジル。私達も行こう」
「うん」
「俺はこんなに人がいるところは初めてだから、楽しみだ」
「そうだね!」
ライヤとシュレイにも励まされ、ジルトは久し振りの豊かな市場を楽しむことにしたのだった。
朝食後、とはいえ、ろくな睡眠をとっていなかったジルト達が起きたのは昼近くで、太陽は高い位置にある。あたたかな春の日差しに包まれながら、市場を歩く。昨日駄目になってしまった衣服を購入し、保存食やちょっとした魔法道具も手に入れた。それらはすべて、彼の申し出でシュレイの手に収まっている。
「ライヤの目はどうなってるの?」
「ん?これはね、一度中央に行った時に、商人に売ってもらったんだ。薄い膜のようなもので瞳の色を隠してる。かなり値が張ったんだよ」
ライヤが苦笑する。その当時を思い出しているのだろうか。
「そう、その商人は黒い髪なのに両目が赤くてね。最初は噂のドラゴンのと思ったが、その商人は男だったから違ったんだ。けどとてもよくしてくれてね、印象に残ってるよ。そう、ちょうどジルがつけてるネックレスの石みたいな色だった」
ライヤが指さしたジルトの首には、小さな飾りのネックレスがつけられている。飾りの中央には明るく澄んだ赤い石があり、その周りを炎を模った透明な結晶が囲んでいる。
これはジルトが昔中央に行った時にもらった物で、ずっと大切にしているお守りのようなものだ。
「そうなんだね。会ってみたいなぁ」
ジルトはネックレスの飾りをいじりながら、つぶやいた。
赤い目の人間。魔力が高い者は髪や瞳の色が変わるというが、赤い瞳はドラゴン以外存在しないのだと、イルの研究調査が日記に書かれていた。本当にいるなら、話をしてみたい。
「それをジルに付けることはできないのか?」
後ろからシュレイが話に混ざる。
「たぶん無理だろう。魔力の高い者に姿を変える魔法は効かない。これは特別な魔法が込められていないし、ほとんど魔力も帯びていないが、逆に言えば僅かな魔力は込められている」
「なるほど」
話しているうちに宿に着いた。一度荷物を置くために部屋に入ったが、レオ達が戻ってきた痕跡はなかった。
一度昼を食べに外に出ようということになり、再び身軽に市場に向かっていた時だった。
「やめて!放して!」
「うるせぇ!金を払えない奴は客じゃねぇ!奴隷商にでも売ってやる!」
定食屋と見られる店の前で、一人の少女と店主が争っていた。逃げようとする少女の手を乱暴に捻り上げ、店主がどこかへ連れていこうとしている。
「あ、あの!」
ジルトが声をかけた時、店主と少女の間に蔓が現れ、店主の体を絡めとった。
続きます。




