ライヤとジル
廃工場から抜け出したジルト達は、再び中央に向かって歩き出した。北部でも山を越えればそれなりに栄えた町が点在する。血や汗や煤で汚れた服を焼き捨てて、予備の服に着替えた一行は、日が落ちる寸前で宿を見つけた。
「ごめんね、ライヤさん。ずっと黙ってて」
二部屋とって男女で別れたあと、荷物を整理しながらジルトがぽつりと言った。
何のことかと不思議そうに首を傾けたライヤは、思い当たったことがあって、薄く笑みを浮かべた。
「ジルトは気にし過ぎだ。誰にだって秘密はあるだろうし、あんなことはむしろ黙っておくべきだと思うよ」
床に座り込んでいるジルトの横に座り、ふわりと頭を撫でる。
「私のことは気にしないでくれ。結局無体を働いているのは王とその一族だ。君が気にすることは何もない」
「ありがとう。でも、本当によかったの?私達と一緒に行動すること」
ジルトがライヤの肩に頭を預ける。規則的にそれを撫でながら、ライヤはからかうような口調で返す。
「ジルトは嫌か?」
「嫌じゃない!嬉しいよ。でも……」
「危険な目に遭うって?大丈夫だ、私もバンダもある程度は強いよ。それにジルトこそよかったのか?私達は君を王に祀り上げたいんだ。嫌じゃない?」
ライヤはぎゅっとジルトの肩を包み込むように抱きしめた。
レオに聞いた話では、ジルトは王になるつもりなどさらさらなかったはずだ。まぶしい程に純粋で、柔らかい心を持つジルトにとって、それが負担ではないのか心配だった。
「嫌じゃないよ。王様にはなるつもりはないけど、ライヤさんが私のことを好きでいてくれるのは嬉しい!」
抱き返してくるジルトに、ライヤはそっと目を閉じた。
――恐ろしい――
頭の中に響く冷たい声を追いやって、腕の中のぬくもりだけを感じる。
「ジルトは、本当に優しい子だな。どうしてこんなに惹かれてしまうんだろうね。まだ会って間もないというのに」
小さすぎる囁きはジルトの耳にはよく聞こえなかった。
「ライヤさん?」
「何でもないよ。うーん、そうだな。これから長い付き合いになるだろうから、私のことはライヤでいいよ」
「本当?!私もジルって呼んで!」
顔を上げて嬉しそうに笑うジルトに、ライヤは思わず破顔した。
彼女がこれほど目いっぱい笑ったのは、本当に久しぶりだった。
*
「さて、レオ君。俺に何か話でも?」
ジルトとライヤが絆を深めている隣の部屋には、重苦しい空気が漂っていた。
獣の姿をとったシュレイとモーリは、着くなりベッドに飛び込んでしまい、今ではすやすやと寝息を立てている。レオはバンダと自身の周りに防音の壁を張って、対面していた。
「お前たちはいったい何者なんだ」
「わぁ、直球だね!」
バンダはあははと笑う。
「気になるのはわかるけど、それは明日まで待ってくれない?」
「なぜ」
「なぜって、これはライヤの口からきいた方がいいからだよ」
「お前については聞いてもいいだろ?」
レオの切り返しに驚いたのが、バンダは一瞬息をのむ。
「つまり、レオ君は俺とライヤは切り離して考えた方がいいと思ってるんだ?」
「実際そうなんだろう?」
「そうだけどさぁ」
降参というようにバンダは両手を顔の横に上げる。
そしてしばらくうーんと唸っていたが、ごめんと開き直る。
「やっぱ皆の前で説明させてほしいというかね。わ、そんな目しないでよ。大丈夫、ちゃんと言うから、今日はもう眠っちゃおうよ。みんなろくに眠れてないし」
「明日、言えよ」
「わかってるってー」
レオは魔法を解除した。穏やかな夜の音が部屋に戻る。いそいそとベッドに潜り込んだバンダを確認してから、明かりを消して自身も床に就いた。
薄暗い部屋の中、バンダはベッドに横たわったまま、暗闇を見つめていた。彼は布団に入ってから眠るまでに時間がかかる。その間の時間が大嫌いだった。
(俺は、何者なんだろうなぁ)
意味もないことを、毎晩考えるはめになる。
今一緒に行動している人たちはそれぞれ何かを抱えている。ライヤの事情はもちろん知っているし、ジルトはドラゴンの娘、レオは訳ありの変色者。シュレイやモーリは特に何も言っていないが、シュレイの髪や瞳の色はただの変色とは違うように思える。山から下りてきたのだから、特徴のない半獣人と考える方が打倒だろう。そしてモーリも、彼にとってはひっかかりを覚える存在だった。恐らく、何かがあると踏んでいる。
昔からバンダは何でもできた。何でも出来たが、何かが特別秀でているわけではなかった。優秀と判断される程度の魔力、学力、武力を以てして学校の上位に君臨し続けたが、けして最上位になることはなかった。それをコンプレックスだとも思わなかった。そこそこの地位を得て、そこそこの人生を送っていくのだと確信していた。何の目的もなく、何となく生きていくのだと。
それが変わったのはつい最近だ。
――ごめんなさい――
綺麗な青い瞳から、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、必死に謝る女の子がいた。出会ってしまった。見つけた、と思った。
――見逃して――
建物の窓から飛び降りようとする少女を引き寄せた。これは打ち首を覚悟せねばならないだろう。いや、その子を引き留めたのは職務上正しい行為だった。
――一緒に、逃げてみませんか?――
その後のこの発言が、行動がとてつもない犯罪行為だった。
それでもよかった。彼にとって、この行動こそが退屈な普通の人生を変える偉大な行動だったのだから。そしてそれは、その子の利益ともなったから。
その子のために生きようと思った。何もない自分の人生を変えてやろうと。だが結局はその子を守るのは、自分のためだ。ある意味利用しているともいえる。
(レオ君はすごいなぁ)
焼けてしまうのも恐れずに、迷わずに火の中に飛び込んで行った後ろ姿。自分がもしその立場になったら、同じことはできるだろうか?それはできるだろう。彼がレオに憧れるのはそこではない。同じ行為としても本質が違う。他者のために全てを投げ打つその姿勢。
(きっと俺は、俺のために助ける。)
レオはジルトを守りたいと思っている。だがそのすべてはジルトが基本だ。ジルトが危ない目に遭うとわかっていても、それを彼女が選ぶのなら、彼はそれに従うだろう。ただの過保護が危険な旅を許すとは思えない。
(彼なら、あの時一緒に飛び降りたんだろうか)
どうにもならないことに思いを馳せる。特別な何かを自分が背負っているわけでもないのに、こんな風に悩んでしまうのが嫌だった。だから、静かなこんな夜は大嫌いだった。
(ああ、せめて。人生最後の夜は、満足して眠れますように)
ゆるりと、バンダの意識は夢に浸っていった。
続きます。




