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竜眼の少女  作者: 五十音
北部にて
14/116

救出

 とある廃工場の一角は、真っ赤な炎に包まれていた。その火元はドラゴンの娘であるジルトだった。彼女を守るように囲った火は、その勢力を大きくさせていく。

 ジルトを傷つけた男は床をごろごろ転がって、何とか移った炎を消そうとしているが、周りは火に囲まれており、その炎は消えそうになかった。


「ジル!ジル!聞こえてるか?!」


 ライヤとモーリが消火作業を進める間、レオはジルトに向かって呼び掛けていた。ジルトの火はライヤの氷に覆われてもその氷を直ぐに融かし、モーリの水も蒸発させてしまう。炎を拡大させないようにすることしかできなかった。これでは一向にジルトに近づけない。


「レオ!何をする気だ!」


 火の中に飛び込んでいくレオに驚いて、シュレイが声を荒らげる。


「ジルの意識を戻す!俺には構うな!お前はこの部屋を砂で埋めることだけ考えてろ!」

「くそっ!」


 氷や水が効かない中で、シュレイの地の性質だけが頼りだった。無機物である砂で炎を覆っていくが、ジルトの火は現実の法則を無視するほど強く、レオを気遣ってる暇などないのも事実だった。


「レオ君!自分の火は纏っていくんだよ!」

「わかってる!」


 火の性質であるバンダは、無理を承知でジルトの炎を操ることによって抑え込もうとしていた。全員が現状を保つのに手一杯。ジルトに火を止めさせることが唯一の打開策だった。

 ジルトの火の海を自身の火で防護しながら進むレオだったが、強すぎる彼女の火を防ぎきることはできず、次第に体に炎が移っていく。

 だがレオはどうでもよかった。自分がどうなろうと、ジルトを助けられればそれでいい。彼は常にそう思っている。

 ようやくたどり着いたジルトの前で、レオは己の火を解いた。彼女の周りは火がない空間がある。とりあえずはジルト自身が焼けてしまっていなくて安心するが、その腕におびただしい数の傷が残されているのを見て、全身の血が引いていくようだった。


「ジル……」


 こんな姿を見たくはなかった。彼女を恨むものがいることは知っていた。安全な山から出したくなかった。結局は山にいても侵入者に傷つけられていたかもしれないが、それでも、ジルトが進んで傷つきにいくのは嫌だった。南部に着くまでにいったいどれ程危ない目に遭うだろうか。


「ジル、起きろ」


 うなだれていたじジルトの顔を上げ、その左頬に手を当てて、軽くたたく。支えるためにジルトの右頬に触れた手がぬるりと湿った感触を持って、レオは気がどうにかなりそうだった。その手を染めているのは赤。ジルトの血だった。


(どうしたらここまで酷いことができる!)


「ジル!起きろ!いいのか、あんな奴のせいで、お前は望まないことをしてるんだぞ!――ジル!!」


 レオの声が届いたのか、ジルトがはっと目を見開いた。


「れ、レオ?私、どうして、ここに」


 気を失っている間に記憶が飛んだのだろうか。ジルトは困惑した様子だった。


「後で説明する。目の前の炎が見えるだろ。消えろと念じろ」

「わ、わかった」


 レオの言葉に素直に従い、ジルトは炎を睨んで消えろと念じた。

 一瞬にして炎は消え、少し焦げた壁の部屋が現れる。


「ナイス、レオ君!」


 ジルトの視界に、見覚えのある顔が映った。モーリ、シュレイ、ライヤ、バンダ。その誰もが汗をかき、疲弊していたのに、走り寄ってきてくれる。そしてふと、倒れている男を発見する。


 ――お前のせいだ、お前のせいだぞ?――

 ――お前に痛いなどと言う資格はない――

 ――その目玉を抉りだしてやる!――


 ジルトの脳内に思い出したくもない記憶がフラッシュバックする。急にかたかたと体が震えだす。自分では抑えられそうにもない。察したレオがジルトの目を手のひらで覆って、優しく頭を撫でてくれる。


「大丈夫だ。もう、大丈夫だよ、ジル」


 レオの匂いがして安心したジルトの体は、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。


「シュレイ!ジルの枷を壊してくれ」

「ああ、もちろ――ジル?!その傷は!」

「いいから、早く!」


 近づくにつれてジルトの傷の状態がはっきりとわかる。血にまみれた腕を傷つけないように、そっとシュレイは枷を土に変え、ジルトの腕を解放した。

 倒れ込むジルトをレオが受け止めて、座った自分の上にその上半身を乗せさせて、横たわらせる。


「これは酷いな。回復の魔法が得意な者はいるか?」


 ジルトの腕を優しくとって、ライヤが周りに訊ねるが、誰もいい顔はしなかった。回復魔法は性質に関わらず、全員が使える魔法だが、それを得意とするものは国の中でも少なかった。


「まぁ、みんなで頑張れば何とかはなるんじゃない、こともないか……」


 ジルトの顔についた血に気がついたバンダが、右目にかかっている髪の毛を上げた。その下には、腕よりも深い切り傷があった。


「ジル!い、痛いよね?大丈夫?」


 泣きそうになったモーリが、自身の手をジルトの顔の上にかかげて、回復魔法を始める。


「俺は腕を。ジル、痛いけど少し我慢してくれ」


 シュレイがジルトの腕に回復魔法をかけ始めた。


「ごめん、みんな。巻き込んでしまって」


 ジルトは申し訳なかった。自分の不注意で捕まって、気を失ったせいで魔力を暴走させた上、怪我まで治させている。不甲斐ない気持ちでいっぱいだった。


「ジルト、君がそんな顔をする必要はない。私達は助けたいと思って君を助けに来た。巻き込まれただなんて思っちゃいないよ。それに悪いのは君じゃないだろう」


 ライヤはジルトに向かって優しく微笑んだ後、立ち上がって床に転がっている男の方に向かって歩いていく。


「あ、ライヤ?加減はしてね?」

「わかってる。私だって流石にそこまで無神経じゃないさ」


 振り返らずに答えたライヤに、バンダはあちゃーと頭を抱える。


「ライヤさん、どうしたの?」

「どうって、別にどうもしてないんだけど。ちょっと君やモーリ君には刺激が強いかな?あの子けっこう――」


 男の元にたどり着いたライヤは、足で男を転がし、仰向けにさせた。そして思いきり――――男の腹を踏みつけた。


「――暴力的なんだ」


「吐け、誰の指示だ」


 男を踏みつけながら、ライヤが問いかける。

 長い脚が沈むたびに、男の口から汚い嗚咽が漏れるが、彼女は気にすることなく更に深く踏む。


「ぐぅ、ぉえ!や、やめろ!」

「やめろだと?お前はジルトにそう言われてやめたのか?」

「あいつは、人間じゃねえ!あいつのせいで俺は!」


 未だにジルトを責める言葉を吐く。レオはジルトの耳を塞ごうとしたが、ジルトはゆるりと首を横に振ってそれを拒んだ。彼女はその男の声を聞くべきだと思ったのだ。


「人じゃなければ痛めつけてもいいとでも?」

「っああ、そうだ!あんな化け物がどうなろうが知ったこっちゃねー!魔力以外価値のない生き物だ!」


 シュレイが物凄い形相で男を睨みつける。ジルトの治療にあたっていなければ、すぐにでも男の喉笛を噛み切っていただろう。


「なるほど?」


 ライヤは男を蹴り飛ばした。壁まで飛んだ男がガハッと息を吐き、呼吸を取り戻す前に、ライヤは足先を男の腹にめり込ませた。


「抵抗できない少女を痛めつけ、反省の色を見せないお前は人間じゃない。だったらやめる道理もない」


 空気すらも凍えるほど冷たい声に、男は初めてライヤの顔をじっくりと見た。真っ黒な瞳に光を宿さず自分を見下ろしている彼女の顔に影をつくっているのは、金の髪だった。


「あ、き、貴族。貴族様!お、お許しを!何でも、何でもします!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!俺が悪かったです!どうか、ご容赦を!!」


 先程までの強気の態度とは一変して、男はがくがくと震えだした。情けなく鼻水と涙を垂らしながら、ライヤに許しを請う。男を見下しているライヤの口が動きかけた時だった。


「ライヤさん!やめてあげて。その人、何だか様子が変だよ」


 ジルトがレオの膝から上体を起こし、叫んだ。その顔に血は付着したままだが、傷は閉じているようだった。


「これは、貴族にトラウマでもあったのかねぇ~」


 動けないジルトの代わりのように、バンダが立ち上がって男のもとに近づく。


「やりすぎでは?」


 ライヤの耳元で小さく囁くと、しゃがみ込んで男の体の検分を始める。震えの止まらない男の靴を脱がして、その足首を見た。そこには紋様が刻まれていた。


「これは……シャガ家の家紋だなぁ。この人は元奴隷だね」

「確かにそう言ってた」


 ジルトがそれを認めると、ライヤは肩をピクリと動かし、そのまま黙ってジルトたちの方に戻った。


「シャガ?どこかで聞いた気がするな」

「そりゃどこでも耳にするだろうね。何たって貴族の中でももっと高貴な王族なんだから。さてさてお兄さん、俺はあの子よりは断然優しいからねぇ、色々教えてくれると嬉しいな」


 レオに軽く答えると、バンダは言葉通り優しい尋問を始めた。

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