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竜眼の少女  作者: 五十音
北部にて
13/116

ジルトの暴走

「よお、目が覚めたか?」


 ぱちぱちと目を瞬かせて、ぼんやりとした視界をはっきりさせていく。ジルトの目に映ったのは、顔に大きな傷のある男だった。


「覚醒はまだだと聞いたが、逃げられちゃ困るからな。ちょっと拘束させてもらったぜ」


 ジルトは両腕を広げた状態で、手首を壁に設置された枷に拘束されていた。足には枷がはめられていないが、かかと床がにつけられない程度の高さに枷があるので、足を動かすこともできそうになかった。来ていたコートは脱がされており、上下一枚ずつのみの服のせいで、魔法の灯もない無機質な建物内では肌寒かった。


「ああ、この時をどれだけ待ち望んだか!気絶している間にしてやってもよかったんだがな、やっぱり意識がある状態でやってこそだろう」


 ジルトには男の言葉は理解できなかった。だが、その手に握られたナイフを見て、自分が今から傷つけられるのだということはわかった。


「や、やめて」

「いい!その顔だ!その顔が見たかったんだよォ!」


 か細く吐き出された抵抗の言葉は、男によって笑い飛ばされる。


「怖いよなぁ?誰だって、刃物は怖い。俺のこの傷はどうやってできたと思う?」


 とんとんとナイフを持っていない方の手で、男は自身の顔を指さした。それは、彼の顔を左上から右下まで真っすぐ走る、大きな傷を示していた。


「いくつになっても魔力が使えないのは危機がなかったからだと、親につけられたんだ。俺は無理だと言ったのに、防御もできなかった俺を、親は見放した。傷をつくるだけつくって、奴隷として売り飛ばしたんだ」


 男が何をいいたいのかわからない。困惑した様子のジルトに舌打ちし、男はジルトの服の袖を捲り上げると、そこにナイフの刃を横にして押し当てた。


「うっ」


 ゆっくりとした動作ではあったが、確かに皮膚が裂かれた感触と、ぴりっとした痛みが襲った。


「大事に育てられたお嬢サマにはわからなかったか?俺は、生まれつき魔力が()()()()んだよ!母親の魔力を!受け継げなかったんだ!」


 男が声を荒げるにつれて、傷が増えていく。


「いた、い」

「お前のせいだ、お前のせいだぞ?俺が魔力を得られなかったのはドラゴンの加護がなかったからだ。なぜなかった?ドラゴンの娘なんぞがいたからだ。そんなやつに魔力が!俺の魔力が奪われたからだ!」


 ジルトの右腕が、彼女自身の血で染まっていく。


「痛い痛い痛い!やめて!お願い!」


 動かせない体を必死に捩って逃げようとするジルトの言葉を、男は受け入れなかった。


「痛いだと?!俺の顔が見えるだろ?俺の体が見えるだろ?ここにある傷はほとんどが奴隷として売られてから、飼い主につけられたんだ!痛かった!痛かったのに声を上げることすら許されず!」


 男がジルトの顎を掴み、無理やりに視線を合わせた。


「なぜお前は何の痛みも受けずに生きてきたんだ?俺はお前に魔力を奪われたせいで痛みしかなかったのに。お前に痛いなどと言う資格はない」


 間近にある男の目は大きく見開かれ、血走っていた。顔に刻まれたいくつもの傷も嫌でも目に飛び込んでくる。目があって、耳があって、鼻があって、それらはジルトと同じような位置についているのに、彼女には男の顔が同じ人間のものとは思えなかった。理性というものが飛んでしまった顔は、獣のように本能に満ち溢れているわけでもなく、ひたすらに憎悪に歪んでいて怖かった。


「ああ、泣くんじゃねえよ。俺は優しいからな、お前に価値を見出してやったぞ。その瞳を、俺によこすんだ」


 ジルトの顔を離し、今度は右目にかかる髪を掴み上げて、ジルトの右目を晒した。赤黒く、縦に長い瞳孔をもつ、独特な形の瞳だ。


「竜の目、魔力の源。それがあれば俺だってまともな暮らしができるからな」


 躊躇いもなくナイフの先をジルトの右目の下に添える。

 男が言うには、そこに魔力が詰まっているのだという。ジルトはそんなことは知らなかった。ドラゴンの娘としての自分のことについては、ほぼ無知に等しいのだ。


「私の目を、どうするの?」

「気になるよなぁ?こうするんだよ!!」


 男がナイフを素早く動かした。


「あああああああああ!!!!!!」


 目に近い皮膚が抉られて、ジルトは大声で叫んだ。先ほどまでの撫でるような傷のつけ方ではない。じくじくと疼いて熱を持っているかのようだ。


「あはははは!いい声だ!俺は不器用だからな、痛みなく一瞬にとはいかないさ!大丈夫だ、最終的にはその目玉を抉りだしてやる!」


 狂気的な男の笑い声に呑み込まれてしまったような錯覚に陥る。ジルトはぼろぼろと涙を流すしかなかった。例えその涙によって傷口が痛んでも、止める術がわからなかった。そこら中が熱く、燃えてしまいそうな中、ついにジルトの目の前が赤一色に染まった。



*



 レオ達は話し合いの末、全員でジルトの救出に向かうことになった。ジルトが連れ去られた場所であるログハウスを拠点にすることは二度と出来ないからだ。シュレイがジルトの存在を追ってたどり着いたのは、山の中央エリアにあるログハウスとは遠く離れた、山の端と中央の間にある廃工場だった。シュレイの鼻によれば、二人以上の臭いはしないらしく、全員で動いた方が撤退が速く済むという判断もからでもあった。

 それより大事な理由は、ジルトの魔力の性質にあった。



「ジルの目を得るには、ジルを傷つけることが必要だ」

「まぁそうだろうね。どちらかというとジルちゃんを痛めつけるって感じになるんだろうけど」

「それはまずい」


作戦を立てる中、レオはモーリにさえ秘密にしていたジルトの過去を共有することにした。できれば言いたくはなかったが、状況が状況だったのだ。


「約10年前、北部の端で大爆発があったのは知ってるか?」

「知っている。何回かに分けて調査団も派遣されたはずだ」


 ライヤが頷く。


「確か、巨大な魔物が丸焦げになって固い北部の大地に穴が開いたんだったね……もしかして?」


 バンダはにいっと口角を上げながらも、冷や汗を流した。


「想像の通りだ。魔物に襲われたジルトがした。あいつが今まで自分の魔力に気づかなかったのも、当時の記憶と共に魔力が封じられたからだ」


 レオは今でも鮮明に覚えている。

 守ろうとして前に立ちはだかったジルトが、両腕を広げた。強い意志を宿す瞳が魔物を捉えると、ジルトの手から赤い炎が出て、魔物を襲ったのだ。当時はまだ魔力をうまく使いこなせなかったレオを守って、ジルトはいろいろなものを失った。本来なら既に行われていたドラゴンとしての覚醒も行われていないし、自身の記憶もなくしてしまった。


「あの時、ジルは初めて魔力を使った。コントロールができなかったから、イルが封じるまでずっと放出しっぱなしだった。最近は魔法を使ったりしてある程度のコントロールはできているが、もしジルが自己防衛のために魔力を暴走させたらここら一帯が吹き飛んじまう。俺はイル以外にジルの魔力を封じられる人はいないと思っている」


 そうなればジルト自身の身も危うい。ジルトが限界を迎えて魔力を使う前にたどり着かなければならない。とにかく急がなければと焦るレオだが、実際にどうするべきかはわからなかった。


「落ち着きなよ、レオ君。敵が大勢にしろ少数にしろ、そこは関係ない。最悪の事態はジルちゃんの魔力が暴走すること。だったら、全員で乗り込めばいい。ジルちゃんが無意識に使ったのは火の性質。なら、ライヤの氷は相性抜群だ。それにライヤは魔力の容量もでかい。俺ら男には無理だが、女であるライヤなら魔力を受け止めることもできる」


 本来女性は魔力を放出するのではなく、吸収するようにできている。魔力を使えるライヤだが、だからといって魔力吸収ができないわけではない。しかし、ライヤの魔力が強くて性質が氷であっても、魔力を受け入れられたとしても、ジルトの魔力を抑えられるかはわからない。

 レオの考えを見透かしたように、バンダが説明を続ける。


「別にライヤ一人に任せようってわけじゃない。モーリ君も水の性質だし、シュレイ君は地の性質。みんなの魔力を合わせれば、封印が少し破られただけの、突発的に起きた魔力の解放はどうにかなると思うんだけど?」

「つまりは全員で行くのか?!もし敵が多かったら、ジルトにたどり着く前に捕まってしまう」

「まぁそこは慎重に確認してから乗り込もう。俺の予想では一人だと思うけどね」


 バンダの予想通り、敵は一人。よって全員で工場内に乗り込んでいたのだ。


「レオ、急いだほうがいい。ジルの魔力が強くなってる」

「何だと?!ジルのいるところまであとどれくらいなんだ?!」


 シュレイの衝撃的な発言に、緊張が走る。

 シュレイはジルトの存在を知るには便利だが、物理的な障害が考慮されていない分、より近い道をみつけるのは難しかった。


「壁を壊せればすぐ向こうなんだけど」

「じゃあ俺が――」


 壊す、とレオが続けることはできなかった。


 ――あああああああああ!!!!!!――


 可哀想なほど悲痛な声が響いた後、ぼんと音がして目の前の壁が勝手に壊れたからである。そこからジルトの暴走が容易に想像できた。


「ジルちゃん、とんでもないな」


 壊れた壁の穴から身を焼くほどの熱風が吹き込んでくる。じっとり汗をかいてしまうほどの魔力量に、一同は唖然とするしかなかった。


「私達で収められるものなんだろうか?」


 全員の心境を代弁したライヤも、ひきつった笑みを浮かべるくらいしかできることがなかった。

続きます。

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