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竜眼の少女  作者: 五十音
アグノードのドラゴン
112/116

王族の消滅

 高い声は子ども、それも少女のものだった。


「これまで国を護ってきたのは王族よ!ドラゴンが勝手に決めないで!」

「あ~、暴れないでよ、面倒くさいなぁ~」


 気だるげなリアンに拘束されているのは、金色の髪に金色の瞳、塔にいたジルトを毒矢で射たイーリスだった。


「なんだ、あいつは?」

「王族としての契約を行わずに追放された子どもです」


 ドラゴンの問いに答えたのはヒユだった。ファレンと一緒に戻っていたので、近くに控えていたのだ。


「危険な思想故に王家から追放されたシャガ家の娘、イーリス・シャガ。

 シャガ家自体は追放後、結局は葬られることになりましたが、イーリスはドラゴンの娘だと疑われたため家を追い出されており、王家も後を追えていませんでした。

 追放の際の魔法によって瞳も金色になっていますが、そもそも彼女は何も知りませんでした」

「瞳の色と魔法に何の関係がある?」

「王家の子はみな、王家の秘密を持って生まれてきます。その証が青い瞳――記憶であり、金色の髪――鎧です。

 基本的には入学前に記憶をつなぎ、秘密を口外しないよう契約のための魔法がかけられます。追放の際に金色になるのは、その記憶が消されて鎧しか残らないから、とか」

「なるほど」

「カトレア様は入学前に逃亡したので記憶を繋げられていないし、ファレン殿下は記憶をつないだ後も契約の魔法を跳ね返したため、余計危険視されてたんだよ」


 ヒユはジルトにそう教えてくれた。


「ちなみに、最も重要なことは、あの娘が先ほどジルト・レーネを射殺そうとしたことです」


 ヒユの言葉に、ドラゴンの魔力が揺らいだのがわかった。


「ヒユさん!」

「事実だろ?それに、さっきから君の獅子がずっと怖い顔をしてる。他にも何かやってるんじゃない?」


 言われて初めて気がついた。

 レオの青い瞳は氷のように冷たく、いつもは宥めるモーリも、塔でのことを見ていたからか、レオには構わずじっとイーリスを見つめていた。


「ドラゴンとて不死ではない。あの者はドラゴンの魔力を受けるに相応しくないな」

「な、なに言ってるの!」

「俺の力を返してもらうと言っているんだ」


 イーリスはリアンの拘束から逃れようと激しく暴れ出す。


「嫌だ嫌だ嫌だ!

 私は特別なのよ!女の子だけど魔法だって使えるし、変色者だもの!」

「確かに、魔力への適性はあると見えるな」

「そう!そうよ!だから奪わないで!」

「何を勘違いしているのか知らないが、俺は何も奪わない。

 返してもらうだけだ」


 ドラゴンの瞳が輝きを持つ。イーリスの体から同じく赤い色の魔力が流れ出し、ドラゴンの瞳へと誘われていった。


「お前に残っている魔力が、お前自身の魔力だ」


 イーリスの髪も瞳も、金の輝きを失っていく。かろうじて薄い色ではあるが、この国では一般的な茶色に分類される色になる。

 彼女の身に着けている豪奢な金色のドレスだけが取り残されていた。


「ああ!私の魔力が!」


 地面に倒れ込むイーリスに、リアンは必要もないだろうと拘束を解いた。

 あまりにも悲惨な姿に、広場の熱気も冷めてしまう。


「魔力を与えると言ったそばから返してもらったからな。誰かしらに魔力を授けて、嘘ではないと証明したいが……ジルトの目を取り戻したのは誰だ?」


 再び民衆の方を向いたドラゴンの前に、ファレンが跪く。


「ファレン・オーキーです」

「お前か」

「はい、ですが、僕も魔女を滅ぼした一族、王族の一人です」

「そうかなのか?俺には王族だなんだと言われてもわからないからな。

 それにお前は随分と海神に気に入られているようだ」

「僕が?」


 ファレンは思いもよらぬ言葉に、顔を上げた。


「ああ。

 王族と言ったが、お前を支持する者はいるのか?」

「……少し」


 ファレンは独自に動いているとビジウムは言っていた。

 ファレンの後ろで、何人もの若い騎士たちが声を上げた。


「そこに転がっている腐った王族とは違います!」

「人々を救おうと、この国のために動かれていたのです!」

「そういえば、村で見たことあるかも……」

「王族だなんて思いもしなかったが、私は助けられたことがある」

「ドラゴン!その子は私達のお友達ですよ!」


 騎士に続いて、集まっている平民や、妖精たちまでもが声を上げる。


「少し、とはずいぶんと多いのだな」

「ありがたい限りです」


 ファレンは照れ臭そうにまた首を垂れた。


「ファレン、人間の指揮はお前が取れ。後はジルトが導いてくれる。

 反対するものはいるか?」


 ドラゴンの言葉に、視線がA.K.クラブの集まりに向く。

 ここまで乗り込んで来たのは、反王政派やドラゴンの信仰者だ。もともと、王族を退けたい、ドラゴンを王にしたいと願ってきた人々だ。


「ドラゴンがそう望むのなら、従います。この国を導くのはドラゴンですから」

「王族であるからではなく、彼であるから、なのであれば、その者が王となっても何の支障もございません。国のために動くのであれば、私達は支持します」


 ファレンが王族の色をしていないのも、受け入れるのには大きな理由となるだろう。


「決まりだな」

「待ってくれ」


 流れを止めたのはアジュガだった。


「どうした?」

「そこの子がドラゴンの魔力を授かるのに異論はない。ただ、その子は王族だ。一度、その鎖を解いておきたい。後に憂いを残さないようにね」

「よくわからないが、お前のしたいようにすればいい」

「ありがとう」


 アジュガは安心させるようにファレンに微笑むと、眼前に這いつくばっている王族に冷たい笑みを向ける。


「これからの時代はドラゴンが導く。偽りの王の存在は不要だ。

 水は清らか、濁りを許さず、留まるを許さず。薄汚れた頭巾は焼かれて消える」


 アジュガの呪文が終わると、王族の周りに水が浮かび上がり、王族たちの体内に消え、また出てくる。その水は空で一つになると、どこかへと消えていった。


「な、なんだこれは!」

「君たちの呪いを解いてあげたんだよ」


 ジルトの目に最初に映ったのはファレンだったので気づかなかった。

 王族達は金色の髪と青い瞳を失い、黒か茶色へと色を変えていた。


「ファレン王子は!」

「もともと呪いにかからなかった。きっと、それだけ魔力に適応してるんだろうね」


 灰色の髪も、青い瞳もファレンはそのままだった。


「そして、あの子も」


 アジュガにつられて振り返ると、階段の上に少し変わった友の姿が見える。


「カトレア……」


 青い瞳はそのままだが、金色だった髪が銀へと変わっている。


「独自の魔法を持つ者は魔力への適性がある。あの色が、あの子の本来の色だよ」


 カトレアは驚いたまま、自分の髪を見て、それからバンダを見て、何かを堪えるように体を丸めた。バンダがその背を撫でてやる。

 ずっと王族であることを悲しく思っていたカトレアにとって、その象徴である色から解放されたのは嬉しかったのだろうとジルトは思う。


(良かった、これなら、ビジウムさんの言っていたことは避けられそう)


 王族の印象は悪い。ドラゴンに認められたファレンはともかく、王政の象徴としてカトレアが捉えられてしまったら、いくら王族がなくなっても普通の少女として生きていくのは難しかっただろう。


「アジュガ、気は済んだか」

「もちろん」


 アジュガは長年の鬱屈が解消されたのか、とても生き生きとした笑顔を返した。


「それではファレン・オーキー、お前に力を与える」


 ドラゴンは体をかがめて大きな顔をファレンに寄せる。ファレンは、目を閉じて、ドラゴンに身を委ねた。

 二人の額が触れ合うと、そこから赤い光が流れ、ファレンの中に吸い込まれていく。

 遠くで妖精たちが嬉しそうにはしゃいでいるのが見えた。

 光が見えなくなるとドラゴンは顔を上げ、ファレンも目を開けてドラゴンを見上げる。


「ファレン、お前にはドラゴンの魔力がある。この国のためにその力を使ってくれ。

 半獣人や精霊たちも力を貸そう」


 ドラゴンの言葉に、半獣人達が更に深く首を垂れる。


「そして、俺の娘を頼む」


 ドラゴンはジルトを見て、その赤い瞳を細めた。

 嬉しそうな、でもどこか悲しそうな表情にジルトは胸の奥がずきりと痛んだ。


「さあ、俺の言葉は伝えたぞ。

 人間の指揮はファレンが取る。人も半獣人も精霊も、この国のためにジルト・レーネに力を貸せ」


 ひときわ大きく響いた声に、そこかしこで歓声が上がる。


「アジュガ、後は任せたぞ」

「もちろん」

「ジルト、こちらへ」


 ドラゴンに呼ばれてジルトはその足元に近寄る。

 ドラゴンに召喚されたモーリとレオは、ジルトに声はかけず、静かに見守っている。


「お父さん」

「ああ、我が娘、ジルト。

 よくぞここまで生き抜いてくれた。仲間を率いてその目を取り戻したおかげで、俺もこうして回復することができた」

「うん」

「ジルトならきっと、良き道を示せると信じている」

「うん。私も、そう信じている。信じてくれる仲間がいるから」


 ジルトがドラゴンに体を寄せると、ドラゴンはジルトを包み込むように首をジルトの肩に巻き付けた。

 それから名残惜しそうにジルトから離れる。


「父は一度山に戻る。ジルト、この国を頼んだぞ」

「うん」


 寂しさはあるが、ジルトはぐっと堪えて、父の背中を見送った。

 ドラゴンは力強く地面を蹴り、空に上がる。それに続いて、妖精や半獣人も山の方に帰って行った。

 大勢の人の歓声に包まれてドラゴンは消えた。


「さ、後始末をしないとね」


 そう言ったアジュガの声は明るかったが、ジルトの頭を撫でる手はとても優しく慰めるようなもので、ジルトは寂しさを埋めるようにその手に頭を預けた。

続きます。

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