王族の嘘
「ひとまず、王族については今の話が真実だ。
後は、今の国王に、ドラゴンの娘についての誤解をといてもらおうか」
アジュガは王族の中では一番静かな男の前に立つ。
「お久しぶりですね、国王」
「ドラゴンの娘についての誤解などあるものか。今の状況を見ればわかるだろう。
国を壊せるほどの危険な力を持っている」
「もともと起源からして壊れていた国でしょう、人間の言う国というものは。
ジル、おいで」
アジュガに呼ばれたジルトは、一瞬にしてその隣に立っていた。
ジルトではなく、アジュガがジルトをワープさせたのだ。
突如現れたジルトに、思わず退く人もいる。だが、ジルトと共に王都に来た人間以外の大半は、間近で見るドラゴンの娘の姿に恐れより驚きを抱いた。
遠目に見て少女だとはわかっていたが、実際の姿を見て、瞳以外は普通の幼い少女であることをより実感する。
「ジルがここまで来たのは、王族を倒したかったからじゃない。王宮に捕らわれている人々を助けたかったから、そうだろう?」
アジュガの言う通りだ。アジュガの日記を読んで――今思えば、アジュガが当事者だったのだから、そのことについての記載が多かったのだろう――この国の暗い部分を知り、ルギフィヤから王族がドラゴンの娘を探すために不幸な目に遭っている人々がいることを知り、助けたいと思ってここまで来た。
「人々を助けたかったのなら、投降すればよかっただけだ。無駄に逃げ回るから被害が大きくなったのだ」
ずきり、とジルトの胸が痛む。それを察したアジュガがそっとジルトの肩に手を置いた。
「なぜ投降する必要が?そもそもなぜ、王族はドラゴンの娘を探していたのです?」
「簡単だ。ドラゴンの娘がこの国を壊す、そう予言があったからだ」
「予言については疑いません。それさえなければ、王族はドラゴンの娘の存在を知ることもなかったでしょうから。
ですが、それなら予言を行った者にドラゴンの娘の場所も聞けばよかったのでは?」
「予言者はいなくなったのだ」
「なぜ、いなくなったのです?
予言者は予言をわざわざ王族に伝えている。伝えるべきだと思ったからそうした。その後姿を消す理由がわからない」
「そこまでわかっているのなら、お前の憶測を話せばいいだろう」
投げやりになった王に、アジュガは苛立ちを隠さなかった。
「お前の責任はお前が果たせ。
いいか?俺が今お前に魔法をかけずに話させているのは、できれば聞かせたくない話をこの子に聞かせているのは、お前に懺悔の機会を与えたいからじゃない。
王族の撒いた種が人々に誤解を植えつけ、この子に害が及んでいるからだ。
お前の間違いはお前が正すんだ」
王の前に炎が現れる。アジュガの出したものだ。
「イルさん!」
「ああジル、ごめんね」
慌ててジルトが声をかけると、アジュガは火を消した。王の表情は恐怖で歪んでいるわけではないが、脅しは十分きいたと判断した。
「予言者が姿を消したのは、私達が彼女の思惑通りの行動をとらなかったからだろう」
「回りくどい。王族が何をしたか言うんだ」
王はぐっと息を飲んで、諦めたように口を開いた。
「予言を正確に伝えなかった」
「正しい予言は?」
「正しい予言は、こうだ。
”ドラゴンの娘が、獅子と海神を連れてこの国を壊し、そして正しい形に導く”」
アジュガ達の会話を静かに聞いていた人々がざわざわとする。
「そんな、予言を途中で切るなんて」
「まったく意味が変わってくるぞ」
「誤解なんてないだなんて、よく言えたものだ!」
一通り騒ぎが収まったところで、アジュガは王に言う。
「予言者は信じていた。王族はドラゴンに認められた人間なのだと。だから伝えた。
当時から魔力を持たない人間が増えていることが問題になっていた。外国が兵器を作り上げ、魔法で優位に立っていたアグノードの立場が危うくなっていた。
だから、現状が何かが間違っているのかもしれない、そしてドラゴンが再び人間に力を貸してくれるのかもしれない。そう思って、予言者は王族に希望を与えるつもりで伝えたのだ。
まさかその間違いが、王族であるとは思わずに」
それなのに、王族はその予言を喜ばず、また、一部だけを切り取って悪意のある形で流した。
何かが変だと思った予言者は、それで身を隠したのだ。
「元の質問に戻ろう。
王族はなぜ、ドラゴンの娘を探していた?」
「中には殺してしまえという者も――」
「シャガ家の話はいい。なぜ探していたかと聞いているんだ」
アジュガは王の言葉を途中で遮った。
ジルトを思ってのことだろうが、ジルトはアジュガの言葉の方が気になってしまった。
(シャガ家。どこかで聞いた気がする)
そして、階段の上に残されたレオ達の顔が強張るが、それはアジュガもジルトもわからなかった。
「ドラゴンの娘を探したのは、その力を利用するためだ。
そもそも王族も本当にドラゴンがいるとは、そのドラゴンがあの時殺した人間だったとは確信できていなかった。そうだろう、と思ってはいたが、実際にドラゴンの姿を見たことはない上に、その後魔力が減っていたこともあって、咆哮のあと本当に死んだのではないかと思っていたのだ。
それがドラゴンに娘がいた。つまりドラゴンは存在したということで、その娘が来るのであれば、咆哮したドラゴンは動けないか、子を残した後死んでいる。
これほど都合の良いことはなかった。ドラゴンがいるのなら、また咆哮させればいい。そうすれば魔力は満ちる。
そしてドラゴンは元は人間。つまり娘もまた人間として育つはずだ。育ち切る前に捕えてしまえばこちら側でどうとでも操れる」
徐々に王の言葉に熱がこもっていく。
「そしてまた魔力が減少すれば、再度咆哮させればいい。ドラゴンを手中に収めれば後はそれを繰り返せばいい。王族でドラゴンの繁殖を管理できるのだからな!
ああ、複数産ませれば、それだけ魔力が増えるかもしれない!」
ジルトは怖くなった。もし王族に捕まっていたとしたら、そんな目に遭っていたのだと。そしてそれを嬉しそうに話す王が理解できなかった。
アジュガはジルトの肩に添えた手に力を籠める。
「聞いただろう!王族とはこういう考えの連中だ。
今までドラゴンの娘が捕まれば悲劇は起きなかったと考えていた人は考えを改めてくれないか。
悲劇は全て王族が引き起こしていた、それだけが事実だ。
それでもドラゴンの娘が捕まって、王族の目論見通り魔力が増えたならと考える者は本当の予言を思い出せ。ドラゴンの娘は正しい形に国を導く。王族が導くのではない。壊されなければ正せない国を作った王族が、破滅以外の道を進めると思うな」
アジュガの言葉を聞いても王の笑みは崩れない。
「本当にその娘に国を導くことができるとでも?王族の知るドラゴンは、アジュガ、お前のように両の目が赤かった。その娘は不完全だ」
また広場がざわりとしたところで、空に人が現れた。飛んでいるのではなく、風に乗っているかのような姿に、王族もジルト達も同じ人物を想像した。
王は口角を吊り上げる。
「アジュガ、残念だったな。私の愚息が助けに来てくれたようだ」
「助けに?自分で檻に入れておいて何を言っている?」
「救ったつもりで開放したようだが、その愚図には魔法をかけておいたのだ!
お前のこの忌まわしい魔法も効かぬ彼奴に、そう簡単に勝てると思うなよ」
王は高らかに笑った。
(傀儡の魔法のことだ!
助けに行った時はそんな風に見えなかった。魔法はかけられていないと思っていたから、解呪もしてない。王に魔法をかけられていたとしたら、ファレンは今……)
ジルトは不安を抱いてファレンを見たが、こちらに降りてくるファレンの瞳は優しかった。
「残念ながら父上、僕の呪いはもう解けていますよ」
ファレンは地面に伏せた父親を一瞥すると、ジルトの前に跪いた。
「ファレン!この役立たずが!何をしている!」
「何って、王族が奪ったものを、持ち主に帰すのです」
アジュガの手がジルトの肩から滑り落ちる。
「ジル……」
目はジルトに差し出されたファレンの手に釘付けになっていた。
「やっと……!!」
ファアレンの手の中には、赤く輝く魔力の結晶があった。それを目にして、ジルトはスロニウムに連れられて王宮に入った時感じた、自分を呼ぶ存在はこれだったのだと確信した。
「これはドラゴンの娘、ジルト・レーネの左目です」
ジルトは震える手でそれを受け取る。
魔力の結晶はジルトの手の上で眩しい程に輝き、広場中に温かで優しい光が広がった。
全員の注目を浴びながらその光を包み込むように魔力の結晶を握りしめると、自分の中にそれが還ってゆくのがわかる。
次に目を開けた時、ジルトの両眼は赤く輝いていた。
王族はドラゴンに詳しくないので、ドラゴンの力の継承方法も、ドラゴンが同時に複数存在しないことも知りません。
ルエスは元々ドラゴンで、だから目の色が赤くて、ドラゴンは人間の姿をしている、という認識でした。
ドラゴンの記憶が共有された後はルエスが元々ドラゴンだったわけではないと知っていますが、実際にドラゴンの娘が人間の姿(ルエスと同じ髪と瞳の色)をしていたので、人間の親子ではドラゴンの力が受け継がれるという考えです。
余談にはなりますが、予言が伝えられたのは先王の時代ですが、現王も考えを改めることなく、むしろ状況を酷くしたので、アジュガは王に責任を取れと言っています。現王は自分のせいじゃない(始めたのは前王)という考えです。
続きます。




