怪しい二人
急に話しかけてきたのは、黒髪の糸目の男だった。敵意は感じられないが、信用もできそうにない。
「そんな怖い顔で睨まれちゃ困ります。君ら追われてるんでしょ?俺達もそうそう。とにかくお入りなさいな」
「そこは、俺の家だ」
むっとしてシュレイが声を上げる。
「え?あ、ごめんね。それならなおさら。勝手に住み着いてなんだけど、恩人を悪いようにはしないよ」
男は軽い調子で手招きする。
「どうする?レオ」
「信用できないが、ずっと外にいるわけにもいかないだろ」
「そうだね、シュレイも心配だし」
「僕もあの人は大丈夫だと思うよ」
モーリに続いて、シュレイも頷く。全員の意見が固まった。
*
「俺はバンダ。こっちはライヤ」
ログハウス内には、男以外にもう一人いて、合計六人の人の形をした者たちが集まっていた。ソファや食卓の椅子、安楽椅子など、各々が席に着いてから自己紹介が始まった。
「身分違いの恋に落ちちゃってね。二人で南部から逃げ出してきたの」
ライヤと紹介された女性の肩を抱きながら、バンダが軽い口調で言う。ジルトとモーリは本気にしたようで、目をきらきらと輝かせた。
「ライヤさんは貴族なの?」
彼女は金色の髪をしていた。訊ねたモーリに申し訳なさそうな顔をしたライヤが、バンダの頭を軽く叩く。
「適当を言うな。悪いが、私は貴族じゃない。ほら、瞳の色は黒いだろう?」
彼女が指さした先には、王族の証である青ではなく、黒い瞳があった。
「それより、そっちの人が貴族なんじゃないのか?」
今度は逆にレオに質問が飛んでくる。レオは面倒くさそうな顔をしながら、しぶしぶといったていで答える。
「俺も貴族じゃない」
そして胡乱な目を二人に向ける
「それより、あんたらは何で追われてるんだ?貴族でなくてその髪色なら、魔力を狙われたってところか?」
「鋭いねぇ、君。でもそれよりもっと悪い。ほら、ライヤ、見せてみて」
「お前、何を」
「彼ら信用できそうでしょ?」
バンダがほらほらと急かしている。一同の視線はライヤに集まった。それに気づいて、彼女は溜息をつきながらも、わかったと短く告げる。
丁度机を挟んで向かい側に座っていたジルトに、手を差し出すように言う。大人しくジルトが従うと、ライヤはその手の上に自身の手を重ねた。ジルトがピリッとした刺激を感じると、ライヤの手がどけられたそこに、小さな氷の塊が転がっていた。
「ま、ほう」
「そう、魔法だ。私は魔力を使用することができる。しかも水の応用としての氷の性質だ。今やたらと魔力の高い少女を王族が集めている。それで何をしようとしているのかはわからないけど、いい噂は聞かない。だから逃げてきた」
ジルトはひやりと心臓に氷を突きさされたようだった。
――王は魔力の高い少女たちに酷いことを行っているのです――
ルギフィヤの言葉が頭をよぎる。
自分のせいで酷い目にあっている人たちがいる。それは理解しているつもりだった。ただ実際に、そうなってしまいそうだった人を目の前にして、ぶわりと罪悪感に押しつぶされそうになる。
「あの、私――」
「俺は、レオ」
レオがジルトの言葉を遮った。ジルトが何を言おうとするかぐらい、レオにはわかっていた。
「その子がジルト、横のがモーリ、そこでくたばってるのがシュレイ」
「くたばってない」
次々に指さしながら、レオが名前を教えていく。
「名前を明かしたのは、あんたらの信用に応えたいと思ったからだ。だが俺達は疲れてる。明日でも構わないか?」
言葉は丁寧だったが、レオの口調は強かった。バンダはレオをじっと見つめていたが、やがてふっと口元を綻ばせる。
「いいよ。こちらこそ悪いね、お疲れのところ。お互い背中を刺される心配くらいは拭えただろう。いいよね?ライヤ」
「問題ない」
「よし。ちょっと寝床のスペースが足りないから、雑魚寝になりそうだけど。俺の灯があるから、寒くはないだろう。では皆さん、お休みなさい」
バンダはそういうと、さっそく床にごろりと転がってしまった。絨毯が敷いてあるとはいえ、なんの躊躇いもない行為に、バンダ達も眠たかったのだろうとレオは察した。何せまだ早朝よりも早いくらいなのだ。
「ジル、お前はソファかライヤと一緒にベッドを使わせてもらえ」
明らかに動揺しているジルトの肩に手を置くが、ジルトはレオを振り向こうとはしなかった。
「私、ソファで寝ようかな。ありがとう、レオ」
心ここにあらずなジルトに、この場で何か言ってやることはできず、ソファに歩いて行ったジルトの背中を見つめることしかできなかった。一度眠れば落ち着くだろうかと淡い期待を込め、レオも地面に体を預けた。
魔の森の裾に位置する一つのログハウス。その中に六人の子ども達が眠っていた。その中で寝室でベッドに横たわって眠っているのはライヤのみだった。金の髪のレオ、黒い髪のバンダ、茶髪のモーリ、銀鼠の髪のシュレイ。彼らはみなリビングの床に体を預け、深く寝入っているようだった。同じ部屋のソファで体を休めていたジルトはむくりと体を起こす。床に散らばる色取りどりの頭に、感動を覚える。アグノードの住人のほとんどは黒髪、もしくは茶髪である。それが普通とされている。それがこの一つの家だけでは普通ではないのが面白かった。
時は早朝。窓から差し込む光は柔らかく、就寝してから数時間ほどだった。疲労が蓄積していたので寝るには寝られたのだが、彼女の心は落ち着かず、直ぐに目が覚めてしまったのだ。床に眠る者たちを起こさないように、そっと家を出る。
ひやりと冷たい風が気持ちよくて、膝を抱えて地面に座り込む。ぼうっとしていた頭がだんだん冴えていくのがわかった。
「早いんだな」
背後から聞こえた声に首だけ振り返ると、長い髪を風に遊ばせながら、扉を閉めているライヤを発見する。
「目が覚めちゃって」
「ふふ、私もだ。少し話でもしよう。隣いいか?」
「どうぞ」
ジルトが少し横にずれると、ライヤがその隣に腰を下ろす。
「ジルト、と言ったな。歳はいくつだ?」
「十四。レオも一緒。ライヤさんはいくつなの?」
「ん?私は君の一つ上、十五だ」
「すごい、大人っぽいのに一つしか違わないのね」
「そうだな。私もジルトはもう少し下だと思っていた。逆に君は子どもらしさが残っている」
何でもない会話。ただ、同年代の女の子との会話はジルトにとって新鮮で、胸が弾んだ。
「そういえば、昨日は気を悪くさせてしまっただろうか?」
「え?」
真っ直ぐ前を向いたまま、声には心配の色を乗せて、ライヤが訊ねる。
「ほら、就寝前顔色が悪かっただろう?」
ずん、と心が重くなる。
ライヤは魔力を持ち、かつその魔力を使用できる存在であった。そして逃亡生活を送っているのは、ジルトの存在故に、王がそういった特別な者たちに酷いことをするからであった。
ジルトはそもそも隠し事が得意ではない。自分のせいで辛い目に遭っているライヤに、自身のことを隠しているのは嫌だった。
「あのね、実は私――」
ライヤの目を見ようと、視線をずらした時だった。視界の端に、見慣れた人物が映る。
「どうした?」
言葉を切ったジルトを不審に思って、ライヤがジルトを見ると、その表情は複雑なものになっていた。悲しみと、期待と、驚愕とが混ざり合っていた。
すくりと立ち上がったジルトが、何かに引き寄せられるようにして、ふらりふらりと歩いていく。
「イルさん!!」
ライヤが今まで聞いた誰の、どんな声より切ない響きで、ジルトが誰かの名前を呼んだ。それがジルトの育て親だとはわからずとも、大事な人だということは理解できた。ライヤは敵に対処するために上げた腰を落とし、その様子を眺めることにした。しかし、それをすぐに後悔した。
「ジルト?!」
大事な人にたどり着いたはずのジルトが、その大事な人に腹部を殴られ、その場に倒れ込んだからだ。
ライヤが駆け寄るより早く、イルと呼ばれた男がジルトを抱えて現れた黒い大きな穴の中に消える。何が起きたのかは理解できなかったが、まずい事態になったことだけはわかった。ライヤはログハウスに駆け込んだ。
続きます。




