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竜眼の少女  作者: 五十音
アグノードのドラゴン
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解放と再会②

 ヒユに案内された先は、カトレアと同じく分厚い扉で閉ざされた部屋だった。同じように魔力で扉を焼き切って中を覗くと、先ほどとは違い、部屋の中は廊下と同じくらい暗くて寒かった。


「ファレン!」


 その部屋の隅に灰色の髪が見える。記憶の色より濃く見えるのは、この部屋のせいだろうか。

 ジルトは近寄って、蹲るファレンの手足が鎖に繋がれていることに気づく。


「変わり者とはいえ、次期王とも言われる方にこの仕打ちか」


 ヒユは頬を引きつらせた。


「本当に反吐が出る」


 低い声でカトレアが言うと、ヒユは意外そうな顔で彼女を見たが、何も言わなかった。


「ジル、最初にそれを解くなら、盾を出す準備をしろよ」

「うん」

「解呪の呪文はさっきイルの本で見たな」

「うん。覚えてる、大丈夫」


 ジルトは自身にも言い聞かせながら、レオに答える。

 レオとしては、ファレンの意識を確かめて、呪いの魔法がどれくらい効力を発揮しているのか、つまり危険度を確かめてから拘束を解きたいが、ジルトにはつらいだろう。

 ジルトも、レオがそう思っているのをわかって、警戒を保ちつつファレンに触れる。


「いいの?彼女にやらせて」

「ジルがやりたいって言ってることだ。それに、この中じゃジルが一番強い」


 レオはヒユを振り返ることもなく、ジルトを見つめたまま言った。

 本当はレオが危険な役割を担うべきだと思っているし、そう望んでいる。けれどジルトは望まないし、今のジルトが強いのも確かだ。


「ファレン、大丈夫?私がわかる?」


 ジルトはファレンの髪を払い、頬に触れる。ファレンの顔は青白く、目は固く閉じられていた。


「ファレン」


 ジルトは呼びかけながら、ゆっくりと魔力を流し込んでいく。回復魔法は得意ではなかったが、ファレンの体はジルトの魔力を抵抗なく受け入れていく。

 徐々にファレンの顔から険が取り除かれていき、ようやく青い瞳が覗く。


「あれ?ジルト?」


 かしゃりと鎖の音を立てながら、ファレンはジルトの頬に触れる。触れた瞬間、ファレンを戒めていた拘束具は崩れていった。


「ふふ、温かい。初めて君を見た時みたいだ。これは夢なのか?」

「夢じゃないよ――わ、」


 ファレンはジルトの背に手を回し、そのままジルトを抱きしめた。

 ジルトは地面に座っているファレンの胸に収まる。驚きはしたが、やわらかな心臓の音を聞いて安心する。


「ファレン?」

「本当だ、君がいる。夢じゃないのか……」


 ファレンは一度力強くジルトを抱きしめると、そっと体を離す。


「急にごめんね、びっくりさせちゃったね」

「ううん、大丈夫だよ」


 ジルトは立ち上がってファレンに手を差し出した。ファレンはその手を取って、立ち上がる。

 そしてジルトの入って来た方、みんながいる場所を見た。


「カトレア、よかった。無事だったみたいだね」

「ファレン王子……。あなたもご無事でよかった」

「うん。それから君は、王直轄軍のヒユ・アマラだね?」

「はい。お目にかかれて光栄です、殿下」

「そんなに堅苦しくなくていいよ」


 ファレンは苦笑して、今度はレオとモーリを見た。


「君たちが、ジルトの家族だね」

「ああ」

「そうだよ」

「大きくなった姿を見られてよかった」


 そう言うと、ファレンはジルトの手を引いて二人の前まで歩く。


「初めまして。僕はファレン・オーキー。ジルトには仲良くしてもらっている」

「俺はレオ。ジルの家族だ。あんたの話はジルから聞いた」

「僕はモーリ。ジルの家族だよ。会えて嬉しい」


 握手をしあう三人を、ヒユは何とも奇妙な顔で見ていた。


「ヒユさん?どうしたの?」

「どうしたもこうしたも。王族に敬語を使わない子どもたちを見るとひやひやするんだよ」

「ああ、そっか」

「まあ、俺が口出しすることじゃないけどね」


 ヒユは雑にジルトの頭を撫でた。


「さて、君たちはジルトの目を探しに来た、で合っているかな?」

「そうだ」


 ファレンの問いにレオが頷く。


「では、それは僕に任せてもらえないかな?」

「それは……ありがたいが」


 レオ達はジルトの目がどこにあるのか正確には知らない。ファレンに心当たりがあるのであれば、任せてしまう方が早いだろう。


「ファレン、大丈夫なの?」


 ジルトは心配だった。カトレアのように整えられた部屋ではなく、薄暗く冷たい部屋に長い間いたのだ。ジルトの回復魔法を受けたとはいえ、万全ではないはずだ。


 その言葉にファレンは柔らかく笑う。


「うん、大丈夫だよ。だって、君に会えたからね」


 ファレンは優しい青い目でジルトを見て、その頬に触れた。


「ずっと、君の綺麗な瞳が隠れているのはもったいないと思っていたんだ。

 今の黒い目も素敵だけれど、君自身の目が両方揃っている姿を見てみたいとも」


 今では晒されたジルトの赤い瞳のまわりを指で優しく撫でてから、ファレンは手を離した。


「ヒユ、ついてきてくれる?君がいたら助かる」

「もちろんです」


 ヒユは驚きつつも素直に応じた。


「ファレン王子、私は……」


 おずおずとカトレアが話しかけると、ファレンは真っすぐに彼女を見て答える。


「カトレア、君はジルトと一緒に行くべきだよ。大切な友人なんだろう?」

「はい。ジルと一緒に行きます」


 カトレアはそれまであった惑いを全て打ち払って、笑顔で告げた。


「うん、それじゃあみんな、また後で会おう」


 ファレンの言葉で、ジルト達は別の方向へと進んだ。


 残るはアジュガの救出のみだ。

 バンダと情報を共有していたカトレアについて、アジュガのもとに辿りつく。


「ここがバンダの言っていたところだ」


 カトレア達が閉じ込められていた場所とは違い、部屋の間隔は狭く、扉もない鉄格子から覗く部屋の中は必要最低限のものすらない。あるのは寝台代わりの藁と、トイレくらいだった。


「イルさん、大丈夫かな……」

「大丈夫だ。あいつは強いから」


 レオが励ますように言うが、その声は震えているように聞こえる。いつもは明るいモーリも、表情が硬くなっている。歩みを進めるにつれて不安が大きくなっている。


「ジル?」


 そんな中聞こえた、懐かしい声。

 およそ一年ぶりの声に、ジルトは胸の奥が熱くなる。


「イルさん!!」


 声のする方に走ると、僅かに光って見えるものがある。灯だ。温かい、懐かしい灯だ。

 邪魔な鉄格子を焼き払うと、一瞬、地下の中が明るくなる。その中で、目の前の人物が浮かび上がって見えた。


「イルさんだ!!」


 目の色だけ赤になっているけれど、ずっと自分を育ててくれた人を見間違うはずもない。

 地面に腰を下ろしているアジュガに抱き着くと、カトレアの時と同じように、魔力の拘束具が外れた。


「あはは、ジル。すごい成長だね」


 優しい声が耳元でする。触れた箇所から温もりが伝わる。

 あの寒い日に、離れ離れになってしまった。どこにいるか、生きているかもわからなかった人が、今、確かに目の前にいる。

 ジルトは溢れる涙を抑えきれなかった。


「イルさん、もう、会えないかと思った」

「寂しい思いをさせてごめんね。ジル、今までよく頑張ったね」


 ジルトの頭を撫でるアジュガの手が止まる。


「モーリ……そうか、ジルの魔力が解放されて、君にかかった魔法も解けたんだね」


 ジルトの後を追ってきたモーリは、本来の年の姿に戻っている。モーリは、茶色の瞳を潤ませて、アジュガの元に駆け寄った。


「イルさん!僕、全部思い出したよ。何もわからないままで、もうイルさんに会えないかと思ってた」

「モーリ、怖い思いをさせてごめんね。また会えてよかった」


 ジルトと一緒に、モーリも抱きしめたアジュガは、最後の一人を待つように顔を上げる。


「イル……」

「レオ、今まで大変だっただろう。ジルとモーリを守ってくれてありがとう」

「俺、俺は……ちゃんとはやれなかった」

「やれたよ、レオ。だから今、こうして君たちはここにいる。

 本当は僕が迎えに行かなきゃいけなかった。レオ、ありがとう」


 レオは、その言葉に涙を流して、大人しくアジュガの腕の中に納まった。


「ああ、みんな。怖い思いを、寂しい思いをさせてごめんね。

 そして、助けに来てくれてありがとう」


 アジュガはようやく我が手に戻った子どもたちを、確かめるようにぎゅっと抱きしめた。

 しばらくそうしていると、落ち着いたのか、レオから順にアジュガの腕の中から出る。


「イルさん、アンさんは一緒じゃないの?」


 唯一腕の中に残ったジルトの問いに、アジュガは暗い顔をした。


「一緒に捕まったはずだけど、それ以降はわからない」

「その人なら、既にここを出ています」


 告げたのはカトレアだった。


「初めまして。カトレア・オーキーです」

「ああ」


 ゆっくりと中に入ってきたカトレアに、アジュガは表情を緩めた。


「初めまして、ではないね。僕の道具は君の助けになったかな?」

「やっぱり、あなたが中央であった商人だったんですね」


 ジルトが最初にカトレアを目にした時、彼女は王族の青ではなく、黒い瞳をしていた。それは中央で商人にもらった道具で瞳の色を隠していたのだ。そしてその道具を売ったのが、当時中央に来ていたアジュガだった。


「そうだよ。

 それで、君がさっき言ったことは本当なのかな?」

「はい。

 ジルトの存在が露見し、テアントルに南部の者が集まっている間に、何者かによって牢が破られていたと聞いています」

「は、少しはマシになったみたいだな……」

「イルさん?」

「何でもないよ」


 アジュガはにこりと笑ってジルトの頭を撫でる。


「とにかく、アンさんは無事だよ。全てを終わらせたら、一緒に迎えに行こう」

「うん」


 アジュガはジルトと一緒に立ち上がる。


「イル、ここからどうするんだ?」

「まずはジルの目を取り戻さないと」

「それなら、ファレンが行ってくれてるよ」

「ファレン?次期王が?」


 アジュガも王族の名前くらいは知っている。


「ジルはその人と親しいの?」

「うん。ファレンは中央にいた時、このネックレスをくれた人だよ」


 その言葉に、アジュガは赤い瞳を丸くしてから、はあ~と長い溜息をつく。


「まさか、贈り主が王族だとは思わなかった」

「イルさん?」

「中央でジルがそれをもらってきた時、僕は肝が冷えたよ。ジルが魔法を使ったところを見たことがあるやつが接触してきたってことだからね」

「そうなんだ。あの時は何も思わなかった」

「それが正解だよ。最後の謎が解けて僕も安心したよ」


 アジュガは目の前のカトレア、そしてファレンの話を聞いて、王族にもましな人間はいるんだなと思った。そして、それがジルトと同世代の子どもであると気づき、その変化はやはりジルトによってもたらされているのだろうと確信した。


「じゃあ、あとは王子を待とう。

 それまでに王都にいる王族を全員集めておこう。勝利の宣言のためにね」

「他の王族を集められると思ってるのか?」

「レオ、甘いね。僕にはお見通しだよ。

 ジルがここまで来たってことは、協力してくれてる人がいるってことだろう?ドラゴンとも接触したようだから、半獣人もいる。

 それに何より、ジルはとても優しくて強い子だから。きっと今、ここには僕たちの味方の方が多い、だろう?」


 ずっと閉じ込められていたというのに、今の状況を把握している。レオはイルには敵わないなと思った。


「さあ、後はジルが安全に暮らせるように、最後の仕上げといこう」


 アジュガは嬉しそうに笑った。

続きます。

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