解放と再会①
ジルトはいまいち状況が理解できないまま、自分を助けた、かつて自分を殺そうとしていたヒユの腕の中にいた。
「そろそろ毒も抜けきったか?」
「え?う、うん」
ヒユの問いに答えると、ジルトの全身に痺れが走る。
「う!」
「あと少し我慢して」
ヒユの言葉通り、びりびりとした感覚は続いたが、痺れが与えられていた時間は短かった。
「回復魔法?」
「そうだよ。かなり痛みがあると思ったけど、意外と騒がないんだな」
塔の上から落ちたとはいえ、ヒユが衝撃を和らげてくれていた。体育祭での決闘では魔法による傷だったので、それよりはマシだったのだろうとジルトは思う。
「ジル!大丈夫か?!」
しびれを払うように手を握ったり開いたりしていると、安心する声が聞こえた。
「レオ!モーリも!」
二人とも塔からおりて走って来てくれたのだろう。
ジルトは立ち上がって、二人の元に駆け寄った。
「怪我はない?」
「うん、ヒユさんが治してくれたから」
モーリに答えると、レオが前に歩み出て、ヒユとジルトの間に立つ。
「変なことはしてないよ。そして、今後その子に危害を加えることもない」
「そうか」
「君たちの相手をしていた男はどこに行ったの?」
「ああ、用があるからと王城の方に向かった」
「そう?なら、俺が行かなくても問題ないね」
ヒユは立ち上がると、三人に向かって手を伸ばす。
「俺は、君たちの案内をしよう」
*
ヒユはジルト達を連れて塔の最上部までワープした。
「お前もワープできるのか」
「ある程度の距離で、安定した場所からならね。まあ、今回は座標の特殊性もあって楽だよ」
ヒユは足元の印に手を当てる。
「この印自体、ワープの魔法が込められているようなものだから」
印に魔力が流れ込むと、ジルト達は全く別の場所に移動していた。
室内だというのはわかるが、日も差さないので辺りは暗く、肌寒い。
「ここは……」
「ジル!!」
懐かしい声に、ジルトの足は勝手に動いていた。
「カトレア!」
目の前に現れた重そうな扉に手を当て、魔力で焼き切る。
扉の向こうは、通路のように暗くはなく、魔力の灯がついていた。そのおかげで、部屋の中は快適な温度に保たれていた。
「ああ、ジル!良かった。無事だったんだな……」
カトレアは捕らわれの身であっても、特に酷い扱いを受けていたわけではないようだ。食事もきちんと与えられてはいたのだろうが、少しばかり頬がこけているような気はする。
「カトレア、会いたかった」
ジルトは久し振りの友に抱き着く。すると、ばちりと音がした。
「今のは?」
カトレアは驚いたように青い目を見開いてから、おかしそうに笑う。
「魔力を抑える器具が壊れたんだ。ふふ、ジルは何もしようとしてないけど、勝手に。魔力に耐えきれなかったんだね」
そう言ってカトレアはジルトを抱きしめるように手を伸ばし、ジルトに触れる前にその手を止めた。
「ジル、私は――」
言いかけたカトレアを遮って、ジルトは自らカトレアの腕の中に飛び込んで、その背に手を回した。
「カトレアは、私の大切な友達だよ。それは私が出会う前にあなたに何があっても、変わることはない。
だから、あの時の話は今しなくて大丈夫。終わったらゆっくり話そう」
「ああ、そうだな」
カトレアはようやくジルトに触れ、その肩に顔を埋めた。
「カトレア、無事でよかった」
「レオ、君も無事でよかった。隣は、モーリ?」
カトレアが知っているのは、幼い男の子だったが、今はレオと同じ年頃の少年になっていた。
「驚かせちゃったかな?色々あってね」
「そうだな。驚きはしたが、君は確かにモーリだよ」
懐かしい雰囲気に、カトレアは安堵する。
「カトレア様、そろそろよろしいでしょうか?」
そう言ったのはヒユだった。
「ヒユ・アマラ?なぜお前がここに」
王直轄軍のヒユの存在はカトレアも知っている。氷の剣を作り出したが、その手はジルトに止められた。
「カトレア、今は敵じゃないの」
「だが、危険な男だ」
ドラゴンの娘に異様な執着を持っていると聞いたことがあった。そのために、優秀でありながらドラゴンの娘の捜索に参加させられなかったと。
「お言葉ですが姫様、私はあなたの方が危険だと思いますよ。
ドラゴンの娘、君はこのお姫様が過去に何をしたか知っているみたいだけど、よくそんなに近くに寄れるね。俺は君を今すぐにもその王族から引き離したいくらいだよ」
「過去の行いは消えないけど、今のカトレアはそんなこと絶対しないわ」
「本当に、とんだお人よしだよね。
まあいい。次は誰?近くになら王子もいらっしゃるけど」
「王子……」
ヒユの言葉に、カトレアは暗い顔をした。
「どうかしたのか?」
「何もなければいいが、呪いの魔法……傀儡の魔法の解読に成功したという話があった。
今までは色々と外に出られていたようだが、捕まったのであれば、もしかするとその魔法をかけられているかもしれない」
「傀儡の魔法……」
ヒユは厳しい表情になった。
「もしそうなら厄介だな。王の意志に染められているなら、こちらを攻撃するかもしれない」
「そんなに危険なの?」
「その魔法がというよりは、王子がだけど。 魔法自体は大したことはない。人を操るんだから忌み嫌われるべきものだけど、魔法をかけた側の操り方次第だ。
で、今はドラゴンの娘を捉えたいと考える王族が、強い力を持つ王子に魔法をかけている。それが危険なんだ」
王子、ファレン・オーキー。
ジルトはファレンのことを少しは知っているつもりだけど、よくは知らない。特に、彼の素性については。
ファレンから身分を明かされたことはないし、ジルトも正体を告げたことはない。それでもファレンはジルトがドラゴンの娘であることを知っていたし、今はジルトもファレンが王族であると知っている。
「ジル、どうする?今必ず彼を助け出す必要はないが」
レオが訊ねると、ヒユは驚いたようにレオを見る。
「正気?普通ならここは止めるべきだよ」
「ああ、わかっている。俺は正気だ」
青い瞳は真っすぐにジルトを見ている。レオはいつだって、ジルトの意見を聞いてくれるのだ。
後ろにいるモーリも微笑んでジルトを待っている。
「王子を、ファレンを助けよう。ファレンはきっと、ここでじっと待ってるのは嫌だと思うから」
元々ファレンは人々のために動いていた。だからこそ、王族たちから危険視されていた面もある。
「ジルは、彼を知っているのか?」
「知ってなきゃ、王子を呼び捨てになんてしないでしょうよ」
先に聞いていたレオとモーリは、今当たり前のように話していたけれど、カトレアもヒユも、そして元々は誰も、ファレン以外は誰も知らなかった。ドラゴンの娘と王族がとっくの昔に出会っていて、お互い交流していただなんて。
ジルトは服の上からネックレスの飾りを握りしめる。
「ファレンとは友達だよ」
会って話した回数はそう多くないけれど、取り留めのない話をするのは楽しかった。ジルトが落ち込んでいた時は励ましてくれた。
この国をどうしたいかなんて壮大な話、例え話で一度したくらいだ。それでも一緒に動きたいと思った。お互いの成すべきことは違うかもしれないけれど、目指すべき方向は同じだと思うから。
「行こう」
ジルトはカトレアの手を取って、部屋の外に踏み出した。
続きます。




