ヒユの思い
ヒユはドラゴンの娘を探し続けた。無駄だとわかっていながら、リアンがドラゴンの娘の存在を感じたという中央に何度も足を運んだ。
そしてついに、その存在を捉えることができた。
「やあ、ちょっといいかな?」
何でもない風に近寄って、ドラゴンの娘の反応を見た。
警戒はしているが、特にヒユに対して特別に思うことはなさそうに見える。
自分は今、こんなにも見えない繋がりを感じているというのに。
「君、ドラゴンの娘だろ」
そう告げても、戸惑ったような反応をされるだけだった。
(誤魔化そうとしてるのか?俺にはこんなにわかるのに、感じるのに!)
苛立ちのまま首を掴むと、苦しそうに歪む顔に安堵する。
それと同時に、薄っすらと罪悪感もある。別にドラゴンの娘に情が湧いたわけではない。ただ、見てくれがただの人間、それも幼い少女なのだ。
ドラゴンの娘はもっと強い存在で、ヒユをどうとでもできると思っていたのに、こんなにか弱いとは思ってもみなかった。
(でもだから何だって言うんだ?こいつは人間の皮を被ってるだけだ。ドラゴンの娘であることに変わりはない)
どうせドラゴンの娘を殺したら、自分も死ぬのだ。今殺す必要はない。もっと育ってから、散々恐怖を味わわせて殺せばいい。
そうして放っておいても、その姿を目にすると、何か言ってやりたくて仕方がなくなる。自分はこれほどの恐怖を味わったのに、なぜお前はそんなに自由に生きているのかと、自分が感じるこの繋がりを一切感じないくせして、なぜ自分の運命を握っているのかと。
本当はそれを言ってやりたいのに、言いたくない。ヒユに言われてではなく、ドラゴンの娘に自発的に気づいて欲しい。
*
今、再びドラゴンの娘を前にしてそれは変わっていなかった。
ただ一つ違うのは、過去を知っていることだ。自分の身に起きたドラゴンによる歪は、遠い昔、人間がドラゴンに与えた苦痛によって引き起こされていた。
リアンはこのことを知っていたのだろう。だから、ドラゴンの娘が歪の原因と言われて、あるいはそれがドラゴン自身と言われていても、そうだとは言わなかった。ドラゴンの咆哮は人間が引き起こしたことだ。
では我が身に降り注いだ不幸は人間のせいなのか?その迷いは、以前はなかったものだ。
何も考えずにドラゴンの娘のせいにしてしまってもいいと思うのに、そういう考えにはならなかった。
逆に気がついた。ヒユはドラゴンの娘にお前のせいだと言ってやるよりも、気づいて欲しかったのだ。お前が俺の運命を握っているのだと、俺がわかるのになぜわからないのかと。俺はあんなに将来に怯えていたのに、なぜお前にはわからないのだと。
自分にドラゴンの娘の存在がわかるように、ドラゴンの娘にも、この哀れな自分に気づいて欲しかった。
「俺は、ドラゴンによって歪められた。死のうと思っても死ぬことができない。
このまま生き続けたら、どうなるんだ?終わりのない生に、ただの人間の体が耐えられると思うか?」
ドラゴンの娘はその言葉に、悲し気に眉を下げた。きっと無意識なのだろう。ヒユの同情を買うために、演技をしているわけではない。本心から、ヒユを哀れんでいる。
(でも、そうじゃない!
気づけ、お前の死が俺の生を終わらせられるのだと!どうしてわからないんだ?!)
「あなたがどうして私を憎むのか、殺そうとするのか、わかった」
(違う、何もわかっていない!憎いから殺そうとしているんじゃない。お前が死ななきゃ俺の呪いが解けない、それだけだ。
俺がお前を憎んでいるのは、気づかないからだ!この期に及んで、なぜわからない?)
ドラゴンの娘は以前より魔力が多くなっていた。ヒユにはそれが感じられる。人の範疇には収まらないほどの魔力を以てして、まだわからないのだろうか。
「でも、少しだけ待って欲しい。
今、仲間がここに閉じ込められている人達を解放しに行っているの。あなたも、その人達のことを心配してたはずでしょう?」
彼女の言うことは正しい。
ドラゴンの娘ではないかと疑われて、窮屈な生活を送らざるを得なくなった人々。自分と同じように、ドラゴンという存在に人生を歪められてしまった人々に、同情と哀れみを抱いていた。
――お前のせいであんなところに閉じ込められてる女性や少女を見て――
――お前のせいで人生を歪められてしまった人たちを見て、どんな気分だ?――
ヒユがそう言ったことを覚えていたのだろうか。
「は、無駄だよ。あの結界はお前だから解けたんだ。その辺のやつらには破れない」
これは嘘ではなかった。
ヒユが結界を張ることになったのは、王都で反乱騒ぎが起きた後だった。
ドラゴンの娘が見つかって、解放されると喜んでいた人々は、道具のように使われると聞いて抵抗した。騒動の後、二度と変な気を起こさせないようにと結界を張るように命じられた。
上の命令には従うしかない。それでも、今まで閉じ込められていた人々に無体を働こうとした輩がいたことも知っていたから、魔力だけやたら多くて、何の知性もないやつらが簡単に通り抜けできないように強固な結界を張ったのだ。救ってやることはできなくても、せめてこれ以上酷い目に遭ってほしくなかった。
結界が破られて焦って現場に向かって、そこにいたのがドラゴンの娘でほっとした。だが、それまでは誰にも破られていない結界だ。大勢に攻められても解けないだろう。
「そんな……」
「もういいか?」
「あなたは、あの人たちを解放したくないの?」
「そういうつもりはないが、少なくとも魔女狩りには任せられないね」
何があって魔女でもあるドラゴンの娘に協力しているのか知らないが、魔女狩りは王都の人間として敵対してきた相手だ。少女達を救っているつもりなのか知らないが、強引なやり方で攫っていくから、姉妹離れ離れになることもある。そういった場合、王宮からは死んだと伝えられる。そう伝えられた残された方は目に見えて気力がなくなっていく。
ヒユは魔女狩りを信用していない。結界を解くつもりはない。
「それに、目の前のドラゴンの娘は、俺一人すら助けられやしないじゃないか」
「それは……」
ヒントを出し過ぎたかと思ったが、ドラゴンの娘には自分がその歪をなくせるという考えが全くないのだろう。
目に見えて狼狽える姿に逆に怒りが湧く。
「お前は――」
何か言ってやろうとした時、背後から気配を感じた。
人ではない、高速で自分に向かってくるこれは――。
「危ない!!」
ドラゴンの娘はさっきまでの狼狽が嘘のように、素早くヒユの肩を掴んで体を横に移動させる。しかし、先ほどまでヒユのいた場所に、今はドラゴンの娘がいる。つまりは、矢はドラゴンの娘に刺さる。
「うっ!」
幸い急所には当たらなかったようだが、矢じりには何か塗られているのか、日に当たって歪に光っている箇所がある。
ヒユにはその液体に心当たりがあった。
「俺が贈った……」
嫌がらせのように、ドラゴンの娘に贈った毒だ。もちろんヒユが渡した訳じゃない。都合の良い人間がテアントルにいたのだ。ドラゴンの娘に恨みを抱いた少女。
「うふ、あはははは!当たった!
私ったら、弓の才能もあったみたいね」
王城の窓から見えるのは、金の髪に金の瞳。イーリス・シャガだ。
明らかにヒユに当たるはずだった矢がドラゴンの娘に当たって喜んでいる。弓の才能なんて欠片もないだろう。
水を差されたヒユとしては報復してやりたい気持ちはあるが、そんなことをしている暇はなかった。
「あれ?力が、入らない」
猛毒が入っても死んではいないが、ドラゴンの娘の体は塔の外に向かって傾いていた。毒によって体を制御できず、ヒユを助けた時の勢いを吸収できなかったのだろう。
「くそ!」
気づいたら、ヒユはドラゴンの娘の後を追って、塔から飛び降りていた。
ヒユはジルトの歪んだ表情に安堵したのではなく、ジルトが感情を乱したことによって漏れ出したドラゴンの魔力に心地よさを感じているだけですが、本人の考え方がああなので、そう捉えています。




