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竜眼の少女  作者: 五十音
アグノードのドラゴン
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ヒユとリアン

 ヒユ・アマラは中央よりの北部で生まれた。

 貧しい農民の家系で、両親とも魔力が少なく、魔法をほとんど使えない父親は、いつ王宮に連れていかれるかといつも心配していた。魔力の全くない人間は基本的にヒユの生まれた村から出ていて、王宮も奴隷を集めるために注目していたのだ。

 そんな両親から生まれたヒユは生まれながらに貴族並みの魔力を持っていた。周りで難しい魔法を使える大人も少なく、ヒユのその魔力量が発覚したのは、適齢よりかなり早く進学校が記載された手紙が届いた時だった。

 平民は掲示を見に行くのが普通なので、ヒユの父はついに自分が奴隷として連行されるのかと怯えていた。しかしふたを開けてみれは、息子の魔力が多いので貴族の学校に入れろということだった。

 それなりに家族仲は良かったが、その手紙が来た日、ヒユの人生は大きく変わった。


「あなた!やめてちょうだい!」


 母のこれほど大きな声を聞くのは初めてだった。

 揺れる視界に、自分の手が赤いのがぼんやり映って見える。


「離せ!こいつは、家の子じゃない!俺とお前から、魔力の多い子どもが生まれる訳がない!」

「やめて!私の子よ!私が産んだじゃない!」

「お前の腹を借りて、魔物が生まれたんだ!そうだ!こいつは魔物だ!」


 父親は、ヒユに鍬を突きつける。その刃先に赤いものが見える。そこでヒユは、あの鍬で殴りかかられたのだと理解する。

 手紙を見た父親が、ヒユの腕を掴んで家の外に放り出し、立てかけてあった鍬で襲いかかってきたのだ。


「父、さん?どうして?」


 ヒユは手紙の内容も知らない。いきなり親に殺されかけて混乱していた。


「ヒユ!逃げなさい!父さんは、おかしくなっちゃったのよ、早く!」

「俺はおかしくなんかない!離せ!こいつを、こいつを殺さないと!」


 いきなり逃げろと言われても力が入らなかった。また、母親が父親を抑えていられる時間も長くなかった。

 母を振り払った父が、ヒユに近づき、鍬を大きく振りかぶる。

 死ぬんだと思った。実際、振り下ろされた鍬の刃先はヒユの頭に届いていた。尋常ではない痛みに、出せる限りの声を出して叫び、意識が途切れた。

 しかし、ヒユは再び意識を取り戻した。

 視界に青白い顔をした両親を見て、先ほどまでのことは夢だったのではないかと思った。

 だが、父親の手には血まみれの鍬が握られていて、自分の手も赤く染まっている。


「あ、う、うそ……」


 先程まで自分のことを愛情に満ちた目で見てくれていた母親が、今は恐怖におののきながら自分を見ている。


「だから、だから言ったんだ!こいつは人間じゃない!」


 ヒユは頭に手をやった。そこには先程受けていたはずの傷がない。髪に血はついているけれど、頭はどこも切れていない。

 自分でもおかしいと思った。理解できなくて、手が震え始める。


「はい、そこまで」


 急に知らない人の声が混じった。


「うん、やっぱり来てよかったね」


 よそ者には厳しいはずの両親は、何も言わずに頭を地面に着けていた。

 それもそのはずだ。急にやってきた目の前の男は、虎の顔のバッジをつけていた。

 それがヒユとリアンの最初の出会いだった。


 ヒユはリアンに引き取られた。

 もうあの家にはいられないことはわかっていても、ヒユはとても悲しかった。


「貴族じゃなくて、貴族の学校に行く子どもは、みんな迎えが来るの?」

「いや?それはないんじゃない?」


 リアンはヒユと一緒の卓で朝食を取りながら何でもない風に言う。


「じゃあなんで来てくれたの?」

「この国では子どもにあった学校に進むように通達が来る。どうやって振り分けられてるかわかる?」

「知らないよ」

「僕が見てるの」


 ヒユは疑いの目でリアンを見た。


「そんな顔しないでよ。僕こう見えて長生きなんだからね」


 目の前の男はどう見ても二十代だ。長生きと言われてもさらに目を細めるしかない。


「毎年、適齢の子のリストを見て、その魔力を見る。ついでに、魔力量の多そうな子も見つけておく。だから君みたいに早く連絡が届く人もいる。

 それで、君の魔力を見て、いや、感じて思ったんだ。もしかしたら、君も僕と同じなんじゃないかってね」


 ヒユは立ち上がって、リンゴとナイフを持ってくる。そして、リンゴを机に置くと、ナイフをヒユの胸に突き立てた。


「え?」


 ヒユは激しい痛みに意識を飛ばす。

 次に目を開けた時、まだ胸にナイフは刺さっていた。


「ごめんね。でもわかるよね?今のこの状況、人間なら死んでるよね?」


 リアンはナイフを抜く。ヒユの体から血があふれ出る。

 それでもその血は徐々に止まり、傷が塞がるのがわかる。


「どうして……俺、死んでないの?」


 リアンは悲しそうに微笑んだ。


「ドラゴンによるひずみって言うんだ」


 リアンはヒユを着替えさせながら話す。


「人間がドラゴンから魔力をもらう時に、手違いが起きたのか、何なのか。人から変えられてしまった者達がいる」

「それってずっと前の話じゃないの?」

「そうだね。けれど、その影響が出るのが授かった時よりずっと後、今になることもある。それが君だよ」


 ヒユの着替えが終わると、リアンは血まみれのナイフを処分した。

 飛び散った血もふき取られ、元の光景に戻ると、何事もなかったかのように錯覚する。


「その影響は様々だ。人の姿から大きく変わってしまったり、栄養が取れる方法が限られてしまったり。

 君、そして僕の場合は、これだね」


 その言葉で、リアンも死なない人間だということがわかる。


「そう嬉しそうな顔をしないでよ。君の場合は僕より深刻だよ」

「どうして?死なないだけでしょう?」

「そう、()()死なないだけだね」

「リアンは違うの?」

「言ったでしょう?僕は長生きだって。君は不死だけど、僕は()()不死。

 つまりね、僕はどうとでもなるけど、君の場合、老いて死ねないんじゃないかって問題があるんだよ」

「え?」


 リアンは悲し気に眉を下げる。


「今は良い。けど、成長して、大人になって、その後おじいさんになったら?不死が老いで死ねると思う?

 人が死ぬより先まで生きてしまったら、どうなるんだろう。体だけ朽ちて、意識だけ残るんだろうか」


 リアンの言葉にヒユはぞっとした。

 老いれば、身体も衰える。肉は落ち、骨も浮いてくる。普通はそこで死ぬけれど、その先まで生きてしまったら?


「で、でも、そんなに長くは生きられないでしょ?」

「ヒユ、生きられるよ」


 目の前のリアンは若者に見える。それでもその諦めも含んだような、遥か遠くからの声に聞こえるその言葉が、永くを生きてきた声に聞こえる。


「俺、どうすればいいの?」


 あの日父親に殺された日から、流されるままに生きてきた。何も理解できなくて、したくなくて、ただただ今を生きてきた。

 それなのに、急にこれから待ち受けていることを告げられて、ヒユは怖くなった。悲しくなった。

 ぼろぼろと涙が流れる。


「ヒユ、今は何もしてあげられない。僕自身の問題も解決できていないから、君に何か有益な解決策を告げられるわけもない。

 でもね、僕たちの歪はとてもよく似ている。僕も永い間色々と調べて来た。だから、きっと君と助け合えると思うんだ」


 リアンはヒユの涙を拭ってくれた。


 それからは一緒にこの呪いを解く方法を探した。

 そもそもリアンが永い間調べているのに方法がわかっていないのだから直ぐには見つからないだろうという考えもあり、常にこのまま年老いたらどうしようという不安がつきまとってきた。

 それでも一緒に探してくれるリアンがいることが、何かしているという事実がかろうじてヒユの精神を保たせていた。

 学校を卒業後はその実力を買われて、リアンと同じ王直轄軍に配属された。とはいえ、リアンも立場は高くないらしく、火急の事件でもない限り暇な時間が多かった。

 それから数年後、リアンが血相を変えて家に飛び込んで来た。


「ドラゴンの娘が、いた」


 その日リアンは次の入学対象者を見て回っていて、中央に行っていた。


「ドラゴンの娘?どんなやつ?」

「いや、姿は見てない。でも、近かった。きっと直ぐ側にいた」

「中央に?」

「うん、急に現れたのかも知れないし、ずっといたのかも知れない」

「ずっといたなら、もっと早く気づいてるだろ」

「でもすぐ気配が消えた。何か、彼女にとって心を乱すようなことが起きて、気配が漏れただけなのかも知れない。いや、そんなことはどうでもいい」


 リアンは珍しく取り乱していた。手が震え、目が泳いでいる。


「リアン?」

「ヒユ、わかったかも知れない。僕たちの呪いを解く方法。

 ドラゴンの娘の存在を感じて、そして思った。ドラゴンに対するのとはまた違う感覚だって。

 僕の中の人ではない部分が、強く反応した。あの子に、僕の魂は繋がっている。ドラゴンの娘が死ねば、僕たちも死ぬ」

「ドラゴンの娘が死ねば……。じゃあ、殺さないと」

「殺すの?」


 リアンが驚いたようにヒユを見る。

 ヒユからすれば、リアンのその反応の方が驚きだ。


「当たり前だろ。俺は今ほっとしてる。ようやく、ようやく見つかったんだ」


 人ではない何かになって、生き続ける恐怖からやっと解放される。


「でも同時に怒りもわいてきた。俺はこれまで、この恐怖とともに過ごしてきた。頭がおかしくなりそうだった。普通に暮らしていても、常に自分の行く末が気になってしまう。

 そいつが原因だったなら、殺してやりたい。俺の今までの恐怖を、返してやりたい」

「原因は……」

「そいつだよ。ヒユは俺に隠してることがあるだろ?俺達がこんな風になってしまったことについて、詳しく知ってるのかもしれない。

 でも、そういうの関係なしに、そいつが俺の命運を握ってるなら、俺はそいつが憎い」


 何が原因だとか、そんな話はどうでもよかった。ヒユにとっては、終わらせることが大事だった。そして、終わりと同時に、これまでの自分の人生を清算したかった。


「絶対殺してやる」


 決意の固いヒユに、リアンはそれ以上何も言えなかった。


「わかった。でも、それまで僕は君の傍にいるよ。今までと一緒でね。

 そして、君が救われるように手助けする」

「救う?ドラゴンの娘を殺せば済む話だろ?」

「そう、かな。

 まあ気にしないで。君と一緒にいるのは楽しいからさ」


 リアンから動揺はすっかり消えていた。


「君は嫌?」


 そう問われて嫌だとは返せない。


「別に、今まで嫌に思ったことはないし、お前は意外としっかりしてないから心配だね」

「ええ?そんなこと言う?」

「本当のことでしょ。

 ひとまず、偉くなる。今はドラゴンの娘を捕獲するように言われている。つまり、そいつが捕まったら、簡単に手出しできない場所に連れていかれるはずだ。

 もしそうなっても、隔離される前なら近づけるように、お偉いさんにならないと」

「まあ偉くなるのもいいかなあ」


 リアンは軽い口調だったが、努力するヒユを置いて、すぐに地位を上げていった。ヒユはそれに置いていかれまいと、更に努力した。

 そうして二人は貴族を押しのけて、特別な地位に着いた。あるいは、貴族の対面を保つために、特別な地位が与えられた。

リアンの事情は王族も知っていますが、それ故に北部の魔の山、そしてそこより北には行けません(ドラゴンに近づけたくないため)。

イル(アジュガ)が結界を張っていたので、最北端付近に来ていてもジルトには気づけません。中央でジルトの存在を感じたのは、ジルトの動揺で魔力が揺れて、イルの結界が一瞬解けたからです(フレグとの邂逅)。


続きます。

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