塔を登る
王都の壁をジルトの魔力でこじ開けると、一斉にみんなで中に入った。
これまでとは違い、そこら中に武装した兵士たちがいる。
「来たぞ!捕らえろ!」
真っ先に狙われるのはドラゴンの娘であるジルトだ。
しかし王都にいる兵も、まさか半獣人に乗ってくるとは思ってもいなかったのだろう。
ジルトを乗せたシュレイが大きく跳躍し、ジルト達は難なく最初の敵を乗り越えた。
「ジル、俺は残って、こいつらと戦う。レオとモーリと先に進んで」
シュレイは人の少ない建物の上にジルトを下ろすとそう言った。
レオとモーリを運んでくれた半獣人も同じように二人を下ろして頷く。
「シュレイ、ありがとう」
「大したことじゃない。それに、また会えるから」
シュレイは首元にある赤い石に触れる。
ジルトが送ったチョーカーは、台座にはめ込まれた石を裏返してつけられることが多かったが、今では日の下で輝いている。
「うん、そうだね、また」
シュレイは来た道を引き返していった。
「ジル、ここからは目立たないように動く。城まで急ぐぞ」
せっかくシュレイが人を振り払ってくれたのだ。誰かに見つかって騒ぎ立てられてはたまらない。
ジルト達はフードを被って城へと急いだ。
「やっと……!よく来てくれたね」
幸いにも誰にも見つからず、バンダと落ち合うことができた。
「誰かに見つかっちゃうか心配してたけど……」
「まあ、こちら側としても、想定外のことが起きたからね。
半獣人が向かってくるなんて、思いもしなかったみたいで。北部や中央から昨日の報告を聞いたはいいものの、対処法まで考える暇はなく、ただ混乱を受けただけでみんな持ち場についてる。
魔女狩りの一族についても、情報としてはあったものの、向こうも歯向かうというより助けることがメインだから、参戦してくるとは思ってなかったみたいだ。
都城を拒んだ騎士もいるし、王都で暮らす人間は元から少ない上に、巻き込まれまいと家の中に避難している。
騎士まで登場したら、今現場で戦ってる兵たちはもうどうしようもないだろうね、精神的にも」
バンダは歩きながら説明してくれる。
「けど、用心してね。ここはここで厄介な人達がいるからさ」
バンダは特に言及しなかったが、ジルトには思い当たる人物がいる。
王直轄軍のヒユ・アマラ。ジルトを殺したいと言っていた男で、歪の影響からかジルトの存在を感じることができる。
「今向かっている塔に、カトレア様、王子、そして君たちの親でもあるアジュガがいる。
あそこの警備をしている人達は他とは比べものにならないくらい強い。本当なら俺が警備を代われたら良かったんだけど、流石にそうはいかなくてね」
「大丈夫だよ。それに、バンダさんには王宮に捕らわれた人たちを助けてもらわないといけないから」
「そうだね、それまで疑われちゃいけない」
ジルト達が隠し部屋に赴いて警戒されるより、王宮の衛兵でもあるバンダが近くに控えていて、攻め入ってくる仲間たちに場所を教える方が、そこに辿りつく人数が増える。
捕らえられている人達はジルトが見た時よりも増えているだろう。いくら警備を突破して、結界を破ったって、そこから全員を連れ出し、安全な場所まで連れて行かなければ意味がない。
そういう意味でも、ジルト達ではなく、数が多い後ろから来る人間や、そういったことに慣れている魔女狩りの一族に任せる方がよかった。
「あそこが、塔だ」
バンダが足を止める。彼の見る方向に高い塔が見える。
「あそこに?」
高い塔は侵入しにくく見えるものの、大した広さはない。上に部屋があるとして、それほど人が入るようには見えなかった。
「正確には、あの塔を登り切ったところにある印から入れる」
「二度手間だな」
「厳重って言ってほしいかな」
レオの言葉にバンダは苦笑した。
「それじゃあ、俺はそろそろ行くね。あまり姿が見えなくても怪しまれるから」
「うん、ありがとう、バンダさん」
「いえいえ~」
明るい調子で言ったバンダは、立ち去ろうとしてから、もう一度ジルトを振り返る。
「ジルちゃん、うちのお姫様をよろしくね」
真剣な表情に、重い声。バンダのイメージからは遠いが、それだけカトレアのことを想っているのだろうということがわかる。
「うん、もちろん」
ジルトはしっかりとバンダの目を見て頷いた。
*
ジルト、モーリ、レオは三人で塔を登った。
陽の光が遮られる塔内は少し寒かった。ずっと階段を登り続けているので凍えるほどではないが、寒さが恐怖になるような感覚がある。
「ジル、大丈夫か?」
先頭を歩いていたレオが立ち止まって振り返る。
「うん、平気」
立ち竦んでしまいそうではあるが、逆にこの恐怖から逃れるために一気に塔を登り切ってしまいたい気持ちにもなる。
「ジル、もしつらかったら、言ってね」
後ろから、まだ慣れない落ち着いたモーリの声がする。
「レオも、ジルに何かあったら知らせるから、前に集中してね」
「ありがとう、モーリ」
「ああ、頼む」
後ろにモーリもいるのだから、何も怖がることはないと言い聞かせてまた一つ階段を登った時、急にジルトの横の壁に穴が開いた。
「ジル!」
「久し振り、ドラゴンの娘。少し、話をしようか」
穴から入ってきた男――ヒユはジルトの腰を抱いて、そのまま外に飛び出す。
「待て!」
「レオ!後ろ!」
ジルトを追おうとしたレオに、後ろから刃が迫る。
モーリのおかげで、何とかぎりぎりで避けることができたが、体勢を崩したレオは穴から落ちそうになる。そこをモーリが引っ張って、二人仲良く階段に転がった。
「おっと、避けられるとは。
でも、君たちにあの子は追わせない。僕の相手をしてもらうよ」
剣を下げたのは、肩までの金髪の男――リアンだった。茶色の垂れ目が優しい印象を与えるが、さっきレオを刺そうとしていた。
虎の顔の描かれたバッジは王直轄軍に所属していることの印だ。
「くそ!モーリ、直ぐに倒してジルを助けるぞ」
「もちろん」
レオとモーリはリアンを睨みつけた。
一方、ヒユに連れ去られたジルトは塔の頂上にいた。
乱暴に置かれたジルトは、痛みに顔をしかめながらも立ち上がってヒユと対峙した。
「よかったな?ここに来たかったんだろう?」
ヒユはジルトが何を目的として塔を登っていたのか、気づいているようだった。
「――あなたは、私を殺すの?」
「何だ?おしゃべりは嫌いか?」
ヒユはつまらなさそうに呟く。
ジルトが知っているのは、ヒユが自分を殺したいということだけ。時期ではない、と言っていたが、こうして自分からジルトに会いに来た以上、今がその時なのだろうと思う。
「もちろん、お前を殺す。
本当ならもっと、もっと成長してから殺してやりたかった。子どもを殺すなんて、ただの弱いものいじめにしか見えないだろう?
だが、そうも言えなくなった」
ゆったりと話しながら、ヒユはジルトに剣を向ける。
「炎盾」
咄嗟に盾を出したが、ヒユは攻撃してこなかった。
「困った時の対処が逃げる、守りに入る、なんて全くドラゴンらしくないよね、ほんとさ!!」
苛立っているのか、眉根に皺が寄っている。
「どうして、あなたは私を憎むの?」
ドラゴンに歪められた。ヒユはそう言っていたが、ジルトには普通の人間のように見える。セキや、ドラゴンに見せてもらった吸血種のようには見えない。セキ達だって、最初は人間にしか見えなかったが、みんな学校に入る年齢くらいにはそれによって大きく見た目に影響を受けていた。
「ふ、ははは!!
あーあ、嫌になっちゃうよ!俺は!こんな……!!」
ヒユは剣を下ろさないまま天を仰いで笑ってから、ジルトを睨みつける。
「……いいよ、聞かせてあげる、ドラゴンの娘」
濃い藍色の瞳は、酷く歪んでいて、そして声は子どものように幼く聞こえた。
続きます。




