南部への侵入
ジルト達は魔女狩りの一族の居住範囲で一夜を明かした。肉体的な疲れはだいぶ取れただろうが、妙に緊張した空間となっていたので、重暗い雰囲気が漂っていた。
洞窟を出れば、晴れた空も見え、魔女狩りと一緒にいても元の空気に戻りつつあった。
「誰だ」
先を行くクラムの声にまた緊張が走ったが、心配するようなことは起きなかった。
「初めまして。私はアンセモン・クリソス。テアントルの教師をしていた」
重く腹の底まで響くような低い声。
クラムは更に警戒を強めたようだが、ジルトは安心する声にほっとする。
「先生!」
「ああ、レーネ君、無事だったか」
アンセモンもジルトの顔を見ると、表情を緩ませる。
「姫様、この男は?」
「信用できるのですか?テアントルは貴族の学校ですよ」
半獣人達は不思議そうな顔で訊ねる。
「信用できるよ。イルさんの……アジュガの友達だよ」
「アジュガの!」
「ふむ、侵入者とは別の友人か」
今まで一緒に学校生活を送ってきたレオやモーリ、シュレイはアンセモンがジルトを守ろうとしてくれていることをわかっている。
知り合いである人間が落ち着いているなら、と魔女狩りも警戒を解く。
「このまま王都を目指すのだろう。まずは南部に入るだろうが、門を通る必要がある」
アンセモンの言う通りだ。ジルト達は南部に入って、更に奥の王都を目指す。
門を開けることはできないだろうから、南部に入るのは手間取るだろうとは予想していた。入ってしまえば、王都や中央、北部に人を割いている南部の奥に進むのは簡単だろうと踏んでいるが。
「私は、その門を通らなくても済む場所を知っている」
「本当ですか?!」
ああ、とアンセモンは頷く。
「アジュガはよく話をしてくれた。秘密の部屋、特別な魔法、いらずら。
今回はそのいたずらだ。卒業後、教師になるまでの一年の間に、隠し通路を作ったと言っていた。
その場所に案内しよう」
アンセモンに着いていくと、森と接する南部の壁に、A.K.という文字が見えた。
「場所自体は私は知らなかった。何かに役立つんじゃないかと探そうとしていたところ、この辺りじゃないかとシュンラ君が教えてくれてな」
フリティア・シュンラ。クラスの副長で、ジルトの正体に初めから気づいていた男の子だ。
「どうして私とアジュガのことを知っていたのかはわからないが」
苦笑するアンセモンに、ジルトも似たような気持になったことを思い出す。
フリティアは、全く何も関係のないように振舞っていても、当人以上にそのことについて知っていたりするのだ。ジルトも知らない魔女やドラゴンの話を知っていたように。
「ここは壁のように見えているが、実際はもう穴が開いている。
向こう側に待ち受けている者もいるだろうが、門の前よりは少ないはずだ。そして、向こうがこの魔法に気づかない限り、この穴をふさぐことはできない。
しばらくはここから侵入できるだろう」
アンセモンは印に手を当てて、呪文を唱える。
「蔦を取り払え、鍵は開かれた」
アンセモンの手の下にあった壁は姿を消し、その向こう側が見える。
「私の受け持ちのクラブは、どうやらとても危険なようで、もうそろそろここまでやってくる。
後ろには仲間がいる。レーネ君、安心して進むといい」
ジルトを見るアンセモンの顔は誇らしげだった。
「先生、ありがとうございます」
「礼は要らない。ずっと、何もできない自分が歯がゆかったのだ。
こうして私に機会を与えてくれた君に感謝する」
ジルト達は穴から南部へと侵入した。
アンセモンはA.K.クラブ、またはその卒業生とそこから派生したつながりを持つ人々を待つとのことだった。
侵入に気づいた兵士はいたが、半獣人があっという間に意識を奪ってしまったため、話が広がることはなかった。
「ジル、後ろからもう人間が入って来てる」
ジルトを背に乗せているシュレイが言うと、近くで半獣人に乗せてもらっていたレオは驚いた顔をする。
「思ったより早いな」
「人数も多い。門で手間取らなかったのがよかったんだろう」
シュレイが言う通りだろう。
それに想定していなかった魔女狩りの一族がいることも大きい。本来なら足を止めて応戦する必要がある場所で、代わりに戦ってくれるのだ。本来ならA.K.クラブの到着を待ってから突入する必要があったが、魔女狩りの一族がいたので、こうして直ぐに突入することができた。
「このまま王都に突っ込む。いい?」
「うん、お願い」
南部の敵は魔女狩りとその後に続く人間に任せ、半獣人とジルト達はひたすらに先を目指した。
*
王都へは、堂々と壁を破って侵入することになった。人数が十分に足りていたからだ。
どうやら南部の兵士については、魔力のあまり多くない人達が魔女狩りの一族の支援を受けて数の有利で対処しているらしく、ジルト達が着いてからそれほど経たずに魔法を使える者達が集まった。
人間に混じって残っていた半獣人が、選別された人々を乗せて走って来てくれたのだ。
「姫様、私は、ここで、しばらく、休みます」
大きな獣の形を取って全力で走ってかなり疲れたのだろう、小さな獣の姿になった半獣人は地面に体を預けていた。
「ありがとう、とても助かったよ」
これだけ同時に進める人がいるとは予想していなかった。王都にどれだけ辿りつけるかが、今後のカギを握っている。
「ジル、安心してくれ。南部の騎士達も加勢するから」
そう言ったのは、バルディアだった。
離れたところから申し訳なさそうに話すのは、操られていたとはいえ、以前半獣人に対して酷いことを言った自覚があるからだろうか。
「ありがとう、バル」
本来ならバルディアはここには来られなかった。アンセモンがまだ幼い一年生を戦いに参加させることはない。A.K.クラブに所属しているわけでもないし、どちらかといえば高位の貴族であるバルディアに参加するメリットはない。
それでも彼自身が望んだ。ドラゴンの守護はバール家の使命であり、自分自身がジルトに忠誠を誓ったからだ。
クラスメイトにも止められたが、それも振り切ってここに来た。
侵入者として南部に入った息子を見て、バルディアの父は王に逆らうことを決意した。貴族であることが、ドラゴンの過去を知ったバルディアの父にとって足を止める原因になっていた。今まで散々ドラゴンの魔力に頼っておいて、それでドラゴンのためになどと言えるのか、と。
その迷いを打ち払ったのがバルディアだった。息子が戦っているのに、迷っている暇などないと、武器を取った。そして、そのバルディアの父に倣って、王家に反旗を翻す貴族たちが増えたのである。
バルディア自身はそこまで考えていたわけではない。ただ、友のためにとこの場に来た。それでも、そのことに動かされた者達はいる。
「サクラとウォートもこの先にいる。二人のことは僕に任せてくれ」
「うん、頼むね」
あれほどウォートの話題を避けていた彼が、何の疑問もなくウォートのことも考えてくれているのがジルトは嬉しかった。
王都に守りを固めているので、南部は割とゆるいです。
続きます。




