魔女狩りの一族と魔女の過去①
太陽が高く登った頃、ジルト達は山を降りた。
シュレイに乗ったジルトが先頭で、その後ろには同じく獣の姿を取った半獣人にまたがるレオ、モーリがいる。その後ろに半獣人が続いている。
半獣人達はみな活力に溢れていた。ドラゴンの魔力の源ともいえる、ジルトの赤い右目が陽の光を受けて輝いている。今までは隠してきたが、正体が露見した今、隠す必要はない。むしろ、その目が見えることが味方の士気を高める。
百に近い半獣人達に、訪れた先の村の人々は最初怯えを見せたが、ジルトの赤い瞳を、また、その瞳を信頼している半獣人達を見て、覚悟を決めたようにジルト達に加わった。
人の足では遅いので、人間と共に進むことはできないが、たとえ距離が遠くなっても心は共にあると感じる。
「止まれ!ドラゴンの娘!」
中央に差し掛かったところで、一人の女性がジルトの前に立ちはだかる。ジルトが焦る前に、シュレイが足を止めてくれた。
王宮側の人間には半獣人達が都度向かっていたが、どう見ても戦闘能力のない人間に、半獣人も困ったようにジルトを見る。
「なぜ、大人しく王族に捕まらないんだ?!お前のせいで、私の娘は王宮に連れ去られてしまった!
やっと解放されて、ようやくまた一緒に暮らせると思ったのに!」
王宮に攫われた少女の母親なのだろう。ジルトを睨みつけるように吊り上がった目には、涙が溢れていた。
「お前が逃げなければ、まだ一緒にいられたんだ!」
ずきりと胸が痛む。それでもこの女性の要求をのむことはできない。
「私が捕まればいいって言ってるのね」
「そうだ!そうすれば娘は帰ってくる!」
「そうだね……あなたの娘さんが家にいられないのはおかしなことだわ」
ジルトはシュレイの首を撫でる。シュレイは、半分ほどの大きさ――それでも普通の狼よりは大きい――になってから、前脚を伸ばし、頭を下げる。
ジルトはシュレイから降りて女性の前に立つ。
「な、」
女性は驚いた表情に変わる。
ジルトの目にぎょっとしたのかもしれない。それでも、彼女が何度も上下に目を動かすのは、ジルトが彼女の想像した姿とは違っていたからだろう。
赤いドラゴンの右目は歪に見えるが、それ以外は普通の少女と何ら変わらない見た目をしている。
「でもね、私も王族に捕まりたくはない」
「で、でも、私の娘が……お前の、お前のせいなんだ!」
「そうだね。ただ、私はあなたの娘を王宮に閉じ込めろなんて言ってないんだよ」
レオに言われたことだ。
――お前をだしにして好き勝手やってる奴らが悪いんだ――
そう、これは王族がやっていること。ジルトが責任を感じる必要はない。それでも感じてはしまうけれど。
目の前の女性だってそれはわかっているはずだ。
「私は自由に生きたい。それに、みんなにも自由に生きてほしい。
何かの理由で人生を決められるなんて、そんなことあって良いわけがない」
サクラや、ウォートにも、将来を諦めて欲しくない。
「だから、私は、私の意思で今王宮に捕らわれている人達を解放したい。
どうか、ここを通してくれませんか?」
女性は、最初ジルトが何を言っているか理解できていないようだった。
少し時間をおいて、その意味を理解して、泣き崩れながらジルトに道を譲る。見かねた近くの男性が、女性の肩を抱きながらそれを手助けする。
「本当に、戦ってくれるのか?ドラゴンが?俺達人間のために?」
女性を手助けした男性はまだ疑いのある目でジルトを見る。人間によって大事な人を殺されたドラゴンの記憶を見たのだ。疑う気持ちもわかる。
「戦う……」
言って、ジルトはその言葉がしっくりとこないことに気づいた。
「ううん、私達は王都の人と戦いに行くわけじゃない。結果としてそうなってはしまうけど。
みんな、取り戻しに行くんだよ」
大切な人達、自分の一部、そして奪われていた自由を。
「ああ、ドラゴン、守護神様!
どうか、我らの家族をお救いください!」
ジルトの道を塞いでいた女性は、涙を拭って、祈るように両手を握り合わせた。
近くにいた人、様子を見に出てきた人たちもみな、その後に続く。
「うん、きっと、救ってみせる」
ジルトはそう言って、またシュレイに乗り、歩みを進めた。
「ジル、いちいちあんなことしてたら進まねえ。次からは力づくで退かすからな」
レオはちょっと怒っているようだった。
「うん、ごめんね」
「でも、頼もしかった」
照れくさそうなレオの言葉のあと、後ろで、モーリが小さく笑った気がした。
*
その後も進み続け、陽が沈む前に中央と南部の壁辺りまで進むことができた。
半獣人の数も半分ほどになっているが、それでもまだ大所帯ではある。
「どうする?このまま突入するか?」
「半獣人の方が夜目が利きますが、かなり飛ばしたので少し休んだ方がいいでしょう。
それに明日には人間も合流するといいます。数が多いほど、敵を混乱させられます」
レオと半獣人が相談していると、がさり、と音がする。
「誰だ!」
シュレイがジルトの前に立つ。
森の方から姿を現したのは、ジルトも良く知る人物だった。
顔の右半分が白い髪で隠れた男――
「クラムさん……」
クラム・クローバーだった。
「ジル、知り合い?」
シュレイは警戒の体勢を解いたが、それでもまだジルの前に立ったままだった。
「うん、えっと……」
狼の半獣人であるシュレイにクラムのことをどう伝えたものかと悩んでいると、クラムが先に口を開く。
「俺の名はクラム・クローバー。魔女狩りの一族の長だ」
瞬間、シュレイの毛がぶわりと逆立つ。
「シュレイ、待って!」
「どうして?」
「話を聞したいの。クラムさんは私を保護してくれた人でもあるし――」
「その時はジルが魔女って知らなかったからでしょ。あの時は追ってこなかったからこっちも追及しなかった。今姿を現した以上、放っておくことは出来ない」
他にも狼の半獣人はいる。複数の唸り声がする中、クラムは地面に膝をついた。
「俺はここから動かない。どうか、話をきいてくれないだろうか」
*
情報屋――フレグ・ルナが魔女狩りの一族の住処にやってきてしばらくした後、アグノードの住民は不思議な夢――過去の記憶を見た。
そしてその後、魔女狩りの一族だけに届けられた記憶があった。
「ねえ、大丈夫?」
幼い子どもの声に、同じく幼い少女は顔を上げる。
黒い髪をした男の子が、少女に手を差し出していたのだ。
「ありがとう」
少女は男の子の手を取って立ち上がる。
「転んで、痛かったでしょう?怪我はない?」
「うん、平気だよ。ほら!」
少女は――魔女は自分の傷を癒して助けてくれた男の子を見てから、大人たちの言葉を思い出して固まった。
人間は魔女を襲ってくるから、むやみに魔法を使ってはいけないと言われていたのだ。
「わあ!本当だ、すごいね!」
魔女の予想とは違い、男の子は魔法を褒めてくれた。
そこから二人は仲良くなって、しばらく大人たちに隠れて遊んでいたが、人間は魔女について人間の大人からきいたのか、いつしか遊び場に来なくなっていた。
「ひどいお話だねえ」
「まあレーネ、そんな言葉どこで覚えてきたの?」
「お姉ちゃんたちが言ってたの」
「もう、また何か言ったのね。
いい?人間の中にもいい人はいるのよ」
「何か言ってるのはあなたの方でしょ?こっぴどく振られてるってのに、よくそう言えるわね」
「振られてない!し、あれはそういうのじゃないの!」
人間と魔女は仲良くできない。わかっていたことだ。
それでも魔女はあの少年との日々を大事な思い出にしていた。そしてまた、会えたらいいと思うのだった。
続きます。




