半獣人シュレイ
ジルトたちは休憩を挟みながらも、ひたすらに魔の山を登っていた。王都のある南部、そこへ行くまでに通らねばならぬ中央は山を越えないとたどり着けない。山の端になればなるほど、人の侵入は容易であり、中央に近くなればなるほど、人は近寄りたがらない。中央や山の反対側の北部の営みは交通のために人がよく訪れる山の端から広がっているため、山の真ん中を越えていくことは身を守り、身を隠すことにもつながる。
本来ならそのぶん危険も高くなるのだが、そうはならなかった。山への侵入を拒む精霊や半獣人は、全てジルトの親であるドラゴンを崇拝していたからだ。山の頂上に近づくほど、精霊たちが姿を現し、ジルトに寄って愛を囁く。危険なはずの旅のスタートが、ずいぶんと穏やかになってしまった。レオは心の中で妖精たちに毒を吐く。
(くそ、全然進まない。余計なことしやがって)
結局夜になっても峠にはたどり着けず、テントを張って夜を明かすことにした。
孤児院を出てきた冬に比べれば、寒さも弱く、周りも敵意を持つ者がいないこの環境は過ごしやすい。だから駄目なんだと思う。気が緩んでしまう。自分がしっかりしなければと、レオはテントの外へ抜け出した。ぐっすり眠っているモーリやジルトはピクリとも動かない。
外に出た瞬間、レオはさっと身構えた。テントの前に人が立っていたからだ。まだレオ達と同じくらいの少年だ。髪は白に近い灰色で、金の瞳が輝いている。
「お前は、誰だ」
いきなり襲い掛かる程レオは馬鹿ではなかった。もし少年が敵ならば、妖精たちが騒いだはずだ。妖精たちを黙らせるほど強い敵であれば、下手に動くのはまずい。
警戒しながら少年を観察するレオを、少年は不思議そうに見つめる。
「お前は変わった色をしているな。お前も半獣人なのか?」
「はあ?俺の色は珍しくとも変な色じゃない。お前が半獣人ならその色にも納得がいくが、お前は人間だろ」
通常、半獣人は人の形に近いが、それでも一見してそうだとわかるほど、動物の特徴を持ち合わせている。目の前の少年にはそれが一切なかったのだ。
「そんなことはどうでもいい。お前はなぜここにいる?」
「それはここにドラゴンの娘がいるからだ。半獣人も妖精と同じでその存在を感じ取ることができる」
答えになっているようで、なっていない。
「あいつに何の用だ」
「危険を知らせに」
「危険?」
たしかに危険なことをしようとはしているが、まだ山からは出てはいない。そうそう危険などないはずだ。
「山に侵入者が。相当強い。早く山を出た方がいい」
「なに?!」
この魔の山に入れるのはイルだけだと聞かされていた。その条件が何なのかは知らないが、魔力の弱い奴ならすぐに山の住人たちに追い返されてしまうだろう。
「急に現れたお前を信用できない」
「ならドラゴンの娘に会わせてくれ。彼女ならわかる」
抑揚なくとんでもないことを要求する。レオは迷った。正直に言うならば会わせたくない。妖精たちと違って半獣人は姿を見せない。目の前の少年が本当に半獣人なのか、ジルトに悪意がないのかわからなかった。
「レオ?どうかしたの?」
逡巡しているうちに、テントからジルトが出てきた。丸腰で何の警戒もない様子に、レオは肝がひやりと冷えた。
「ばか、ジル!」
レオの怒鳴り声で寝ぼけていた眼がぱちりと開いたジルトは、その先の少年を見て固まった。それは恐怖によるものでも何でもなかった。
「あな、たは――」
ジルトが少年に声をかけると、彼は嬉しそうに笑った。
「やっぱり、わかるんだ。俺の主」
レオは自身の目を疑った。
ジルトの髪の下、右目がある辺りが赤く光って、そこから光の線が伸びたのだ。少年に向かって、真っすぐ。少年は驚きもせず、その光に触れ、糸のように首に巻き付ける。彼が自身の首に光の輪を作ると、ジルトの光はふっと消えた。
「これで契約完了だ。お前も、敵意はないことはわかっただろ」
すれ違いざまにそう言って、少年はジルトに歩み寄っていく。
そして彼女の手をとって、地面に片膝をついた。
「俺の名はシュレイ。貴女にお仕えできることを嬉しく思います」
物語の姫と騎士のような光景に、レオはぎゅっと胸元を握りしめた。
レオはずっと眠りこけていたモーリを起こし、テントを片付けていた。急に現れたシュレイという半獣人をジルトが信用できると判断したためだ。二人は初対面のはずであるのに、ずっと前から知り合いだったかのように打ち解けていた。
「あなたは狼の半獣人なのね」
「そうだ。気持ちいいだろう。今は冬毛だからな」
半獣人であることを証明するかのように狼の姿を取ったシュレイ。ジルトはその毛に手を埋めている。
「ジル、そっちは終わったのか?」
レオが声をかけると、シュレイは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らしたが、ジルトはそんなことは気にせず、まとめ終わった荷物を見せて、立ち上がる。
「もう出られるよ」
「僕も大丈夫。まだ眠いけど」
目を擦りながらも、モーリはしっかりとした足取りだった。
「俺の方も大丈夫だ。じゃあ、山を越えるぞ」
レオが分解したテントを肩に担ぐと、人の形に戻ったシュレイが、そのテントを引っ張り下ろした。
「おい、何するんだ」
「これはもう要らない。途中で休憩もしないし、置いていった方がいい」
「ふざけるな。俺達には家はないんだぞ。いずれまた使う」
「中央に入ってもテントを持ってたら怪しい。本来この山を越えるには正式な許可がいるし、金もかかる。宿に泊まれる金もないやつだと見られて疑われる」
「半獣人のくせによく知ってるんだな」
「レオ!」
嫌味も込められた言葉にジルトが反応する。半獣人は人にその姿を見られただけで、迫害される。イルの日誌に書いてあったことだ。イルから直接いろいろ学んでいたレオならわかっているだろう。
「いいよ、ジル。俺は色以外普通の人間に見えるから。こんなところで時間を食うわけにはいかない」
レオは時間を食わせたのはお前だろ、という言葉をぐっと飲み込んだ。これ以上言い合っていたら本当に時間の無駄だ。
「準備できたなら行くぞ」
再び獣の姿となったシュレイは、先ほどの普通の狼の大きさではなかった。四足で立った状態で、ジルトの何倍も大きい。
「早く乗って。この大きさを保つのは体力を使う」
レオが先によじ登り、モーリ、ジルトの順でその背に乗った。
「うわぁ、ふかふかだ」
モーリが楽しそうに毛をいじる中、三人を乗せた狼は走り出した。
馬のように手綱をつけている訳ではないうえに、道も平坦ではない。振り落とされないようにしがみつくジルトとモーリをレオが支える形で、なんとか移動をつづけた。
満月の下、その光を浴びたシュレイの毛は美しく光っていた。周りの景色は刹那に変わっていく。山を登っていたと思えば、もう下りに入っていた。朝を迎える前には麓についてしまった。
「はぁ、やっぱり、きついな」
三人を下ろしたシュレイは、人の形に戻ってぱたりと倒れた。首筋を伝う汗の量が尋常ではない。
「シュレイ!」
「ジル、俺の荷物持っててくれるか?」
駆け寄ろうとしたジルトに荷物を渡し、不本意ながら、レオが肩を貸してシュレイを起こす。
「おい、どこに行けばいい。テントを捨てさせたんだ。どこかあてがあるんだろ?」
「そうだ。歩いて五分もかからない」
シュレイの言葉通り、すぐにログハウスが見えてきた。
「俺が小さい頃、遊んでもらった人間の家だ。この辺りに入れる人間はそういないし、安全だ」
しかし言い終わった後で、シュレイは鼻をスンとならして、顔を青くした。
「知らない人間の臭いがする」
ここに来て、いきなりの遭遇。別にすべての人間がジルトの存在を知っているわけでも、狙っているわけでもないが、人の済まない山の中央の麓に入ってくる人間は警戒するにこしたことはない。
シュレイの体力は底をつき、十分な睡眠を取れていない三人にとって、これ以上の移動は望めなかった。そもそもはシュレイの知人の家である。もしかしたら彼が会ったことがないだけで、関係者かもしれないが、いきなり満身創痍の子ども達を見て不審に思わない人間は少ないだろう。
四人が迷っている間に、ログハウスの扉が開かれた。
「あー、おはようございます。皆さんお困りで?」
続きます。




