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さくっと読めるお話たち

理屈が通れば、魔法も通る

作者: 藤沢みや

 ◇




 わたしは頭が固い。


 自分で言うのもあれだが、本当に固い。

 困るくらいに固い。


 あ、困ると固いってなんとなく綴りが似てる。




「パミーナ嬢、魔法は想像力がすべてです。さあ、あなたの思い描く炎をその手に」

 などと、魔法学の家庭教師が今日も中庭で仰るが……


 まず、火を手にというのが理解できない。

 火は熱い。

 なぜ、手のひらの上に乗せなければならないのか。

 さらに、先生はその炎を成人男性の指の太さほど浮かせているが、炎がなぜ浮く。

 ものが燃えるには『可燃物』と『支援物』が必要だ。酸素などと可燃物が結びつかなければ燃えないし、着火源がなければ火はつかない。

 蝋燭などを手にして炎をつけるなら、まだ多少はわかるが、『空中』に『着火源』のない炎を出すのが理解できない。

 それは水も同じで、なにもないところから……例えば空中から水分を集めて液体にしたとしても、溢れるほどにはならないはずだ。空中の水分をどれだけ集めればいいかはわからないが、それはこの周辺一帯を乾燥に導くのではなかろうか。

 山火事が発生しそうで怖い。

 風を吹かせというのも困る。

 火や水よりは理解できるが、団扇を仰いで風を起こすなら理解できるが、なぜになにもないところから空気が動くのだろうか。

 理解できない。

 土の壁などもそうだ。

 その土はどこから?

 ここから。

 そんなわけあるかーーい!!!



 そういう、細かいことが気になって、魔法が使えないのだ。



 魔法が使えるのって、幻想的ファンタジーって気持ちはある。

 目一杯ある。

 めちゃくちゃある。

 

 でも、現実を考えると(無理でしょ?)という気持ちが先に来て、魔法が止まる。


「……またですか」

 はあ、と大きな溜息を吐いて魔法学の家庭教師が前髪を掻き上げる。

 キラキラ美形で、顔を隠すために前髪を伸ばしているそうだが、いっそ魔法で鼻の穴を大きくしたり、鼻を鷲鼻にしたり、瞼を腫らせたりした方が美形度が下がっていいと思う。

 対策が中途半端だ。

 なんやかんやと自分の美形な顔が好きだから、きっちりとした対策を練らないのだろう。

 本当に嫌ならば、嘆く前に行動をしているはずだ。

 態度がいちいち格好付けていて、どのポーズが格好いいか鏡の前で決めているような印象がある。

 美形、気持ち悪いな。


 パミーナは、侍女に持たせていた籠から火きり板と火きり棒、乾いた繊維状の枯れ草を取り出す。

 おもむろに構えて、両手を擦り合わせた。

 摩擦で火がつき、煙が立ち上る。

 本当に人力でやれば凄く時間が掛かるが、ここに魔法をプラスして火を起こす。

 うん、これなら理解が出来る。

 吹いている風を少し強くしたり、今ある水を小さな小さな雲にしたりなら出来る。仕組みをなんとな~く、ふわっとちょろっと理解できているからだ。

 火も、つける時の時間短縮程度なら理解ができるから、出来る。


「……わたしの授業で、そのような原始的な道具を出されたのは初めてです」

「まあ、新しい発見があってよろしいですわね」

 にっこりと微笑み返す。

 使えないわけじゃない。

 でも、脳が拒絶するのだ。

 精霊が居たっていい。

 でも、精霊にしたって、たかが人間の一人が願ったくらいで巨大な魔法を使わせるわけがない。そんなことが出来るのは『特別』で『選ばれた』人間だけだろう。

 精霊の声が聞こえたり、神のお声が聞こえたり、妖精と遊べるような幼稚性が必要ではないかと思う捻くれ者だ。

 まず、呪文が訳がわからない。

 なんである単語を唱えれば精霊が叶えるのだ?

 精霊、無料奉仕過ぎるだろう。

 可哀想。

 ちょっと人間と話す程度の見返りが巨大な魔術って割に合わない。

 小さなお菓子をもらって、そのお返しに畑で麦を育てるところから始めるくらい割に合わない。子牛から仕入れてきて、育てて乳牛にして、とれた牛乳をバターにするくらい割に合わない。精霊、損。損過ぎる。だいぶ哀れ。



「先生、いい加減諦めませんか?」

 わたしは何度目かになる提言をする。

 精霊も神も妖精も魔法も理解できない。

「なにを仰いますか。あなたには無尽蔵な魔力があります。それを使わずに腐らせるなど、国家の損失!」

 ――― 大げさな。

 わたしは、先生の真似をして溜息を吐く。

 もったいなかろうが、理解できないことは出来ない。


「パミーナ嬢、」

「パミーナ~! ちょっと~」

 門扉の方から幼馴染みの声が聞こえる。

 振り返れば、その幼馴染みのコルネリウスが駆け寄ってきた。

「ちょっと来て!!」

「へ?」

 ぐわしっ!と手首を握られて吃驚する間もなく、コルネリウスが全力で走り出した。

 魔法学の実技のため、動きやすい服を着ていてよかった。

「コルネ! 痛い!!」

「すまん、でも人の命が掛かっているんだ!!」

「へっ!?」

 人の命?

 急ぐ?

 じゃあ、この蹴る力を普段の三倍にすれば、三倍早く走れるのでは?

 わたしはコルネリウスとわたしの脚力が三倍になっている姿を思い描く。

「うぉ!! さすが、パミーナ!!」

 なぜかコルネリウスが笑っている。

 人命が掛かっているのではないのか?

 よくわからないが、彼に案内をされて海岸へ降りる。

 そこには人集ひとだかりが出来ており、コルネリウスは彼らに声を掛けて奥まで進み始めた。

 海が見えた……海岸には、大きな船が打ち上げられている。

 船? 見上げても木の塊にしか見えないくらい大きい。

「奇跡的に船体は無事なんだ。魔法師が見えない薄い布みたいなもので包んで船が壊れないようにしたらしい」

「へ~」

「こっち」

「へ?」

 なんで連れてこられたのかわからないまま、コルネリウスはどんどんパミーナを連れて奥まで進んでいく。小舟というよりはちょっと大きいけれど、でも言葉にするには小舟? 中船って聞いたことがない。じゃあ小舟でいいか。小舟が用意されていて、漕ぎ手が二人乗っている。

「先生も乗る?」

 コルネリウスが先生……魔法学の家庭教師、宮廷魔術師長エーデルトラウト・マラヴォワに声を掛けた。

「……乗ります」

 ふぁさぁと髪の毛を掻き上げて先生が苦々しげに言う。

 なんか、気持ちが悪い。

 視力も悪くなるから前髪を切った方がいいと思う。

 パミーナはそんなことを考えながら、小舟にいつの間にか乗せられていた。

「なあなあ、パミーナ。この小舟、船を覆っている布を魔法で引っ張っているんだ。あの船がどれくらい軽かったら引っ張っていけると思う?」

「引っ張る? ……ううーん、今の百分の一くらい?」

 わたしがそう呟くと、小舟が沖に向かって進み出した。海岸で歓声が起きる。

「船を壊したくないんだよね」

「ううん、その魔法の布?を倒れないように脇に添えればいいんじゃない?こう、手で包むみたいに」

「うんうん、あとは?」

「やっぱり百分の一じゃ重いかな? 二百分の一くらい?」

 わたしの声に連動するかのように小舟の動きが速くなる。

 振り返ろうとしたらコルネリウスが沖を指した。

「さっきの大きな船だったら、どこくらいまで連れて行けばちゃんと浮くかな?」

 周囲を見渡すと見慣れた大岩岬があった。

「あれが真横に来たくらいなら大丈夫じゃなかった?」

「そうだな、それくらいまで進めば大丈夫だよね」

 小舟は安定して沖へ進んでいる。

 先生は後ろを見て美形な顔のあらゆる部分を見開いていた。なんだか台無しだ。

 だけれど、コルネリウスに沖を見させられる。

 両頬を挟んで向きを変えるのは止めて欲しい。首が痛い。

 それにしても、コルネリウスは相変わらずだ。

 わたしを変な事故現場へ連れてきて、あーだこーだ言ってくる。わたしが居たって邪魔なだけなのに。

 そりゃあ、あの船が三百分の一くらいになればわたしだって両手で掬い上げて沖まで運んであげられるけれど、そんな力はないと思う。

 あれ、船のスピードが上がった?

「あの船が三百分の一になったら、どれくらいの大きさなんだろう?」

「よくわからないけれど、だいぶ小さいんじゃないか?」

「質問に質問返しをするのはよくないと思うの」

「じゃあ、海岸に戻ってから、船のサイズを船長さんに確認しようか」

「いや、お仕事している人の邪魔をしちゃダメでしょう!」

 わたしはコルネリウスにメッをする。

 地道にコツコツと働いている人達は素晴らしい。

 やっぱり、どんな世界でも一所懸命、地道にせっせと労働に励むのがいい。素敵。

 手のひらに浮かせて炎を出したりなんて、大道芸みたいなことをしたくない。

 まだ口の中に酒成分の強いお酒を含んで、吹き出して火をつける方が想像できる。

「パミーナ、あの船はモーリス岬の向こうの港を目指していたんだって」

「へ~。じゃあ、右の方に向かっていけばいいのかな? モーリス岬の向こうってマイア港? それともメーリング港?」

「たぶん、メーリング港じゃないかな」

「じゃあ、そこまで無事につけばいいね」

「だな~」

 相変わらずコルネリウスはわたしの頬を挟んで、モーリス岬の方を向かせている。痛いのに。

幼気いたいけな乙女の頬を鷲掴みにするのはマナー違反だと思うの」

「まあまあ、もうちょっと付き合ってくれたら、たぶんあの船の船長さんが明日にはいろいろ見せてくれるよ。メンゲヴァイン国のメトフェッセル港から来たらしいよ」

「メトフェッセル港? メンゲヴァイン国のフルーツっておいしいのよね~。あの船の荷物、全部無事だといいわね。フルーツって些細な衝撃で傷んでしまうもの。おいしいフルーツが傷むなんてこの世界にとって大きな損失よ」

 なぜか背後が光っている気がする。

 隣の先生は、さらに口を大きく開けて……そして膝を付いてしまった。

「ねえ、コルネ。先生ってば船酔いかしら?」

「……うーーん、先生には刺激が強かったのかもね」

「刺激?」

「臭いフルーツでも載ってたのかも」

「臭くてもおいしいフルーツがあるっていうけど、ちょっと躊躇しちゃうよね」

「でも、一口くらいなら挑戦してみたいでしょ?」

「え、わかっちゃう? 自分で買うのは嫌だけど、もらえるなら一口食べてみたい~」

「わがまま~」

 などと、きゃっきゃと話している内に、小舟は無事に沖に着いた。

 ようやく手を顔から離されて、後ろを振り向けばそこには巨大な船。

 まるで子供の後ろを心配して着いてきた母親のような状況になっている。

「あれ? さっき海岸にいた船よね?」

「魔法使いが頑張ったんだよ」

「へ~。その魔法使いさん、偉いわね~」

「うん、きっとその人にもフルーツがプレゼントされると思うよ」

「え~、羨ましい~」

「じゃあ、帰ろうか。すみません。牽引を解きますよ~」

 大きな船の上から了解の声が飛んでくる。それを聞いて、コルネリウスは呪文を唱える。大きな船を包んでいた魔法が解けたらしい。少しばかり揺れるけれど、暫くしたら落ち着いた。

「では、失礼します~」

 コルネリウスの魔法で、小舟が走り出す。大きく弧を描いて海岸を目指し始めた。

 相変わらずコルネリウスの魔法は凄い。

「わたし、ちょっと前に方に行くね」

「落ちないように気をつけてね」

「ふふ、コルネがわたしを落とすわけないじゃない」

 笑って言えば、コルネリウスが「そうだね」と笑い返してくれた。そのまま船首に進んで座る。ずっと立ちっぱなしだったから、座れただけでほっとする。

 潮風が心地いい。

 海岸に集まっていた人達は、みんな沖の船を眺めている。

 あの船、そんなに有名な船なのかな?

 後でお父さまに確認してみよう。

 そう思いながら、わたしは潮風を大きな口を開けて飲み込んだ。







 ◆


「先生……パミーナにいちから想像させるのは無駄だって何度も言ったでしょう?」

 コルネリウスは宮廷魔術師長エーデルトラウト・マラヴォワに向かって苦笑いをする。


 パミーナは、本人無自覚の補助魔法であの大きな船を沖まで無事に動かしてしまった。

 あれだけの力を使っているのに、本人は疲れてもいない。

 魔力量だけなら、宮廷魔術師になれるレベルだ。

 しかし、本人は魔法を夢物語と一蹴して、信じる気がない。どれだけ説明しても理解を拒絶する。

 宝の持ち腐れである。

 ただ、パミーナは自分の想像の範囲内なら巨大な力を行使することが出来た。

 船が布みたいな魔法に包まれていると言われれば、そんなものなのかと受け入れて保護魔法でさらに包む。

 船が真っ直ぐだといいと思えば保護魔法でバランスを保持してしまう。

 浅瀬を進んだのに船は傷むこともなく、ついでに中の荷物も無事になり、フルーツの傷は消え失せただろう。

「すべて、本人、無自覚っ」

 エーデルトラウトが両手で顔を覆う。

 一般的な魔術師へ導こうと思ったのにいっさい受け入れられず、自慢の顔面も通じない。宮廷魔術師長という役職すらパミーナは覚えていないのかもしれない。

「まあ、パミーナの魔法は行使するにはコツがいるから、先生には難しいと思うよ」

 コルネリウスが苦笑いを浮かべる。

「宝の、持ち、腐れっ!!」

 おいおいと泣く美形の宮廷魔術師長を無視して、コルネリウスは海風をむパミーナを見つめて笑う。




 戻ったら、部下に命じて積み荷のフルーツを分けてもらおう。



 そして、彼女が幸せそうに頬張るのを特等席で眺めるのだ。




「ねえ、コルネ。やっぱり人間が台風起こしたり、火柱作り出したり、山火事を雨を降らして鎮火するとかってあり得ないと思うのよね~」

 船首からのんびりした声が届く。

「またそれ? 昔から言っているよね」

「だって~」

 叔父の国王に頼んで、先生には王都に帰ってもらおう。



 パミーナには、現実的ではない魔法など……必要ないのだから。







おしまい


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