原因不明のマイノリティー 2
「ホープレス…アイランド?」
「そう。本当に分からないのね。学校でも、家でも一番最初に習うはずなのに」
少女は理解できないと言った様に首を傾げてこちらをじっと見た。ホープレスアイランド、法律のどの制約がない世界。一度聞いたら忘れることなんてないような世界なのに、なぜ僕にはその記憶がないんだろう。
「なんで僕はここに?」
「私にもわからない。ただ、ここに送られる条件としては政府に社会不適合者と判断されること」
「社会不適合者…」
「記憶がない以上、理由が何なのかは知らないけど、一つ言えるのは貴方も社会から見捨てられたの」
「確認するけど、貴方はここに来た理由も、ここがどこだかもわからない。ホープレスアイランドについての記憶が全くない。そういうこと?」
「多分、そういうこと」
僕がそう言うと少女は机から何かを取り出した。
「な、なに」
「私のここ、数字が浮かび上がってるのわかる?」
少女が首の左側面を見せて、指で撫でると、緑色の光で数字が浮かんできた。
「見える」
「あなたの首にもこの番号がある。これはここに送られてくるときに埋め込まれる管理用のチップ。首の左側、触ってみて。これで見て」
少女はさっき机から取り出したのであろう鏡を僕に差し出した。
「…本当だ」
「その番号、むやみに人に見せないほうがいいよ」
「なんで?」
「この世界で唯一自分が自分であることを証明してくれる番号よ。このチップは政府が特殊に作ってるからこの場所で一番頭のいい博士でも解析は不可能とされてる。つまり自分が本物であるということを証明するもの」
「本物?」
「この場所で自分を自分であると証明するものはそのチップしかない。それがなくなればいくら本人であったとしてもオリジナルとしての価値をなくす」
「オリジナルとしての価値?」
「この場所にはクローンが存在するのよ。この場所を自分の配下に置こうとするやつが、私達を従わせるためにクローンを使って内部から壊そうとする。向こうも向こうでできる限りこちらの番号を把握しようとして、新しくこの世界に来た人間から狙われやすくなる。だからむやみに番号を見せないほうがいい。そして、絶対にこのチップを渡してはいけない」
「埋め込まれてるから渡すことはいんじゃ?」
「なに甘いこと言ってるの? 誘拐されてチップを手術で取り出されて奪われるのよ」
想像するとサアッっと血の気が引いた。
「顔にでやすいのね。心配しなくてもこの建物はこの空間で一番安全よ」
「そ、そうなんだ」
ドンドン
「ありさ、いるか?」
「はい」
少女が扉を開けるとガタイのいい男の人が数人立っていた。
「ありさ、そいつは?」
「…今日来たばかりです。何か御用ですか」
「ああ、いや、夜中にお前が見慣れない人間を担いで部屋に戻ったっていう目撃情報が多かったんだ」
そこまでいうと男は少女の耳に顔を寄せ、言葉を続けた。
「お前が裏切ってスパイでも連れ込んだんじゃないかと思ってな」
「それは失礼しました。建物の入口に倒れていて、医務室も閉まっていたので部屋で看病していました」
「そうか。で、そいつの素性は」
「履歴書は、ありません」
「は?」
「それに、記憶もありません」
「記憶が、ない? それは確実なのか? 嘘をついている可能性は?」
「今の私には彼が嘘をついているようには見えません。ただ、念のためにチョーカーはつけてあります」
「…そうかならいい。今日のところはそれでいい」
「僕は、ここにいないほうがいい?」
「なぜ?」
「僕の疑いが晴れないんじゃここの住民の人に迷惑をかけるかもしれないから」
「出ていったところでその疑いは晴れるの?」
「それは…」
「死にたいなら出ていってもいいけど」
「そうじゃなくて」
「じゃあなに」
「君は、なんで僕をここにおいておくの?」
「今の私には貴方が嘘をついているようには見えないからよ。それに、そのチョーカーをつけた貴方と、私では私のほうが圧倒的に強い。貴方が変な行動をしても私には止められる自信がある」
「そ、そっか」
「ここの住民に配慮したいなら、あまりでしゃばった行動をしないことね。普通に生活をしていれば問題はないから」
「わかった」
ぐうううう
「あ、ご、ごめ」
「無理もないでしょ。少なくとも貴方は夜中の二時から何も食べてないんだから」
デジタルの時計を見ると、17:35と表示されていて、15時間も食べてないことがわかった。
「地下に食堂がある。そこにいこう」
「でも、お金とか」
「ここにお金なんて概念も存在しない。いくよ」
少女に連れられ、地下に行くと、多くの人で賑わっており、食べ物のいい香りがしていた。
「この世界は制約がない。だから皆のモラル、人間性が試される。食堂も、警備も、その他の仕事も全部皆で分担してる」
「よく、規律が保てるね」
「ここが一番安全なのが皆分かっているからよ。仕事を怠ればここにいられなくなる。自分の身の安全は保証されない」
少女はそう言っているが、食堂で働いている人は皆笑顔で、仕事をやらされているような感じはしない。
「その割には皆楽しそうに働いてるけど」
「重労働ではないからね。この建物に住人は約一万人。年配の方は約五百人、働けない子供は約千人、働き手は残り全員。八割以上が働ければ重労働が課せられることもない」
「僕も、なにかしたほうが」
「そのうちね。あ、琉杏さん、二人分お願いします」
「新入りかい?」
「ええ」
「いい男だね、すぐに前線に出られそうだ」
「琉杏さん、その話はまだ彼には早いです」
「そうかい」
「一回、外に出てみる?」
「いいの?」
「この建物周辺は安全よ。それに、なにか思い出すかもしれないし」
「分かった」
「貴方が倒れていたのはここ、私が巡回していた時に見つけたの。体は冷え切っていたから倒れたのは二時よりずっと前ね」
「あ、なにか落ちてる」
茂みの中になにか光るものが見えた。
「なに、それ」
「カプセル、かな」
手のひらサイズのカプセルを開けると、USBと、布が一枚入っていた。
「USBと、布? 刺繍してあるのはなにかのマークみたいだけど。USBはだいぶ破損してる」
「帰って修復してもらおうか、なにかヒントになるかもしれないし。このマーク、見覚えないの?」
「ない」
少女はカプセルにUSBと布を戻すとそれをショルダーバックにしまった。
「貴方、ここの事についてほとんど知らないのよね」
「うん」
「私は、私達は、まだ貴方を信用しきれていない。理由は2つ。1つ目は履歴書がないこと、2つ目は時期」
「時期?」
「この世界には年に一回だけ人が送られてくる。今年は九回目。でもその九回目の輸送はもう終わっている」
「みんなと一緒にいなかっただけで何がそんなにおかしいの?」
「この世界は戦力が二分化されていてね。今私達がいる方は治安がいい。ただ、もう片方の方は治安がすごく悪い。輸送先はその治安が悪い方に設置されている。だから犠牲者が出ないように私達は見張りをしていた。それでも救えたのは数十人。一度囚われたら向こうからは脱出できない。考えられる可能性は一つ。貴方がスパイだという可能性」
「僕はそんなんじゃ」
「証明ができないのよ。さっきも言ったけど、この世界には法律などのルールがない。よって個人を証明できるものは履歴書と番号のみ。ただ、番号はその人が