原因不明のマイノリティー
目が覚めると真っ白な天井が目に入った。体を起こそうとすると、手首、足首、首に違和感を覚えた。首だけを起こして確認をすると、僕はベッドに寝かされていて、手足はそのベッドに鎖で繋がれていた。幸運にも全く動かせないという訳ではなく、肘を後ろについて上半身を起こし、辺りを見渡した。
六畳程の部屋は壁も天井も白く、僕から見て右側にドアがあり、左側の壁の上部には小さくて四角い窓が付いていた。家具は僕が寝ているベッドと、正面の壁一面を覆うほどの大きさの灰色のクローゼットが置いてあるだけで、殺風景な部屋だった。
ふと首の違和感を思い出し、右手を恐る恐る首に持っていった。カチ、と指先が無機質な物にあたり、左手も合わせて確認すると、首に機械がはめてあるようだった。
ここはどこだ? 僕は、何故ここにいる?
「気が付いた?」
声のする方に目を向けると、茶髪でセミロングの少女が、少し長い前髪の隙間から金色の瞳を覗かせていた。少女は口元を布で覆い、迷彩柄のようなデザインの服を纏っていた。音もなく、いつの間にかドアを開けて部屋に入ってきていたらしい。
「誰…?」
「それは私のセリフ。貴方は誰? 何が目的でここに来た?」
少女は近づいてくる事なく僕に問いかけてきた。
「僕の質問に答えてよ。それと、これ全部外して!」
「それは出来ない」
「は? 君、僕に対して何やってるのか分かってるの? 犯罪だよ!」
「犯罪って、貴方何言ってるの? とにかく私の質問に答えて。貴方は誰。何故ここに来た」
先程と同じ質問を受けて僕が口を噤んでいると、少女は腰に手を回して何かを取り出して僕に向けた。
カチャ
「け、拳銃」
「もう一度聞く、死にたくなかったら私の質問に答えて。貴方は誰、何が目的でここに来た」
「目的? ほ、本当に何も覚えてないんだ、ここが何処かもわからない」
拳銃を向けられ、僕ははさっきまでの威勢を失った。本当に何も分からない僕は、慌てて弁解をした。そんな僕の態度を見て、焦れったくなったのか、少女は眉間に皺を寄せて拳銃を握り直した。
「隠しても無駄。早く答えて」
「ほ、本当にわからないんだ」
僕の返答に、ついに少女は苛立ちを隠せなくなったのか溜息をついた。
バンッ
弾が僕の頬を掠って壁に埋もれた。時間差で頬がジンジンと痛みだし、熱を持ち始めた。
「死にたくなかったら本当のことを言って」
「本当の事って、何も知らないのに話せることなんてなにもないっ!」
「…そう」
そう言うと少女は拳銃をおろし、腰のホルダーに戻した。
「貴方、自分が何者か分かる?」
「もちろん、分かるに決まってるだろ」
「じゃあ今から聞く質問に答えて。名前は何?」
「なんで個人情報を言わなきゃいけないの」
拳銃が視界から消えたことによって気が緩んでいた僕は思わず反抗的な姿勢になっていた。しかし、少女が無言で腰に手を回そうとしたので、僕は慌てて弁解した。
「う、嘘嘘、名前は更科相良」
「年は?」
「24」
「性別は、男で合ってる?」
「うん」
そこまで答えると少女は少し考え込んだ。
「…気がつく前の最後の記憶は?」
「家の自室で勉強をしていて、リビングで物音がしたから見に行こうとしてドアを開けたら急に眠くなって来て、起きたらここにいた」
「今までに犯罪とか、何かした覚えある?」
「ある訳無い」
「引きこもっていた?」
「いや、大学も普通に行ってる。ていうか、質問内容おかしくない? もういいでしょ、僕をここから開放してよ」
「…四肢の鎖だけ外す」
「首は」
「まだ完全に信用できたわけじゃない」
そう言うと少女は近づいてきて僕の四肢についた鎖を外した。
ドンッ
「うっ…」
外された瞬間、僕は少女の腹部に蹴りを入れ、ベッドから降りてドアへ一目散に駆け出した。
ガチャッ
勢いよくドアを開けると、目の前にがたいのいい男の人がいた。
「助けてください! 拳銃を持った人に監禁されていたんです!」
「…おめえ何いってんだ?」
「だ、だから拳銃を持った人に…」
カチャ
言葉を続ける前に後頭部に違和感を覚え、僕は恐怖で体が固まってしまった。
「かいりさん、私の管理下です。不意を突かれました。まだ来てまもなく、混乱しているようなのでご容赦願います」
「そうか、また住民が増えたのか」
「はい」
男の人は少女の言動に驚きもせず、淡々と話しを進めていた。
「今回みたいに目を離すなよ。俺がいなかったら勝手に外に出て殺されていたかもしれないんだぞ」
「申し訳ありません」
次の瞬間、首の機械からピピッという電子音が聞こえ、だんだん息が苦しくなり、そのまま僕は意識を手放した。
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目を覚ますと、僕はまた天井を見上げることになっていた。
「…はっ」
勢いよく起き上がって周りを見渡すと、少女は何処からか持ってきた椅子に座って電子媒体を触っていた。
僕が起きたことに気づくと、電子媒体をしまい、腕と足を組んだ。
「ああ、死んでなくてよかった」
少女の言葉に、自分はさっき首に付けられた機械が締まり、息ができなくなって気を失った事を思い出した。首を確認するも、相変わらず機械は外されていなかった。
「さっきのは…」
「捕虜が逃げ出した時に首を締めて気絶もしくは殺すための道具。それよりも、なんで逃げたの?」
「なんでって、君に殺されないようにするためだよ! 拳銃を持った君から逃げて何がおかしいの?!」
そう叫ぶと、少女は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「貴方、本当にここの事を知らないのね」
「そういえば、さっきの男の人も共犯なの? 君が拳銃を持っていることを容認していた!」
「共犯と呼ばれる筋合いはない。彼はこの建物の住人で、隣に住んでいるだけ」
銃を所持している事がさも当たり前の様に振る舞う少女に、僕はますます不信感が募っていった。
「ここに住んでいる人は皆異常者なの?!」
「五月蝿いわね、私より年上なくせに。少しは落ち着いてくれない?」
「落ち着いていられるわけ無いでしょ!? 警察に連絡を入れなきゃ…」
気を失う直前、スマートフォンをズボンのポケットに入れていた気がする。が、後ろのポケットにも入っておらず、僕は少女を睨みつけた。
「ねえ、僕のスマホ返してよ」
「私は持っていない。そもそもスマホがあっても警察に連絡なんて出来ない」
「僕が連絡できなくても親が捜索届けを出してくれる。そうすれば君も終わりだね」
余程見つからない自信があるのだろうか。僕の言葉に、少女の顔色が変わることはなかった。その代わりに少女はため息をついて、左右の足を組み替えた。
「捜索届なんて存在しない」
「何を言ってるの? 捜索届も知らないなんて非常識だね。僕のほうが年上だって言っていたけど、君何歳? そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだよ。警察が僕のことを見つけてくれるさ」
「警察なんて組織も存在しない」
「君、大丈夫? 警察って知ってる?」
そう言うと流石に煽りすぎたのか、少女は僕の胸ぐらに掴みかかり、動けば鼻先が触れる距離に顔を近づけてきた。
「人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ。今の自分の状況わかってる? 捜索届も警察も分かるわよ。それを踏まえて存在しないって言ってるの」
「は?」
「ここはホープレスアイランド。法律や条約などのルールが存在しない、常識の世界から追放された者たちの世界。貴方もマジョリティーから見放されたマイノリティーなのよ」