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「さて、これからどうする?」


 その光景を前にして、黒塚くろづかあおいは呟いた。彼らは今、とある邸宅の、中々に広い庭を覗いている。そこには、未明まで降り続いて泥濘んだ地面に、巨大な鳥の足跡と思われるものが無数についていた。


「情報収集? とりあえず、家の人に話を聞くとか」


「......妥当だな」


 葵の言葉に応えたのは、葵の妹であり彼に取り憑く幽霊である黒塚綾乃あやのと、謎の多い少年葛狗くずいぬ

 彼らは、藍染あいぞめりゅうという男が経営する、日本唯一の怪異専門の探偵事務所、藍染怪異探偵事務所にて、日々事務所に寄せられる怪現象や怪事件の依頼を解決する為に、日本全国を東奔西走している。

 葵たちは現在『隣の家の庭に怪鳥が出る』という依頼を解決する為に、目撃された現場へと来ているのだが、依頼人からは


「深夜隣の家にでかい鳥のようなものが出る。詳しい事はわからない」


 と、丸投げもいい所な情報しか得られず、こうして異様な光景を敷地の外から見てぶつぶつとやっていたのだ。


「とりあえず、インターホン押すか――」


「うちに何か用ですか?」


 葵が行動を起こそうとした時、その家の、庭に面した大きなガラス戸が開いて、物静かそうな女性が声をかけてきた。


「あ、すみません。藍染怪異探偵事務所の者なのですが......」


――


 葵がそう声をかけてから、葵たちが家へ招き上げられるまではとてもスムーズだった。

 聞くところによると、件の怪鳥についてを探偵事務所に相談しようかと悩んでいたところだったらしい。


「本当にちょうど良かった、ありがとうございます」


 庭に居た女の主人らしい男が、二人――正確には加えて幽霊が一人――を迎え入れる。


「いえ、どのみち我々は、別の目撃者の方からの依頼を受けて来たのでお構いなく」


 葵が淀みなく言った。

 それを見た綾乃は、意地悪に笑みを浮かべる。


「なんか応対がこなれてきたねえ」


 綾乃を見ることができない者がいる以上、言葉で返す訳にもいかない葵は綾乃の顔がある辺りを殴るふりだけした。


――


 リビングやダイニング、キッチンが一緒くたになっている広い部屋に入ると、先ほどの女性が窓際に置かれた椅子に腰掛けていた。


「どうも」


 軽くお辞儀をしてからそう言う女に、葵は会釈を返す。

 葵と葛狗は、ダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。

 部屋は、壁紙も天井も白く、さらに床は大理石のタイル貼りなので、そこだけ見るとどこかの隔離施設のような印象を受けるのだが、そこにレイアウトされた家具はシンプルながらも部屋に色合いを与えている。


「概要は......見てのとおりです。あの怪物が現れてから、もう半年になります。子供を授ってこれから大変という時に......」


 席に着いた女が不安と恐れの混ざった声で言った。彼女の名前は田上たのうえ真希まきというらしい。よく見ると、腹部が若干膨らんでいる。


「半年、ですか。何か見た目の特徴や、現れるようになった原因の心当たりは?」


 葵が尋ねると、今度は男、田上ゆうが答える。


「夜中の真っ暗な時間にしか表れないので、容姿などはよくわからないのですが、羽根というよりも、毛のようなものがたくさん生えていました。翼のようなものや、あの足跡から鳥のようなものである事には間違いないです。私達には、なんでそんなのが現れるようになったのか、皆目見当が......」


 つまるところ、家の者でさえも怪鳥に関する情報を持っていないということらしい。

 葵がちらりと隣に座る葛狗を見ると、彼は右手親指と人差し指の間を鼻の下を押さえる仕草をしている。葛狗が、何かを考えている時によくしている仕草だ。


「物置」


 不意に、葛狗が呟いた。

 一言だけだったので、葵が聞き返す。


「物置を見てもいいか?」


 その発言は、田上夫婦に向けられたものだ。

 もちろん、二人に断る理由はない。


――


「ねえ、どうしてここなの?」


 庭の隅に置かれたやや大きめの物置の前で、綾乃が葛狗に聞いた。

 物置は、庭に一本だけある小さめの楓の木の横にある。

 葛狗は、預かった鍵で物置の扉を開けた。


「場所が特定された怪異は、その範囲内に原因がある可能性が極めて高い。それだけだ」


 そう言って、物置を覗く葵達。

 中にはあまり多くの物は入っていない。滅多に使わないであろう物や、庭仕事や掃除の為の道具が置かれているのみ。


「特に何もなさそう......だな」


 葵の呟きに、綾乃が頷く。

 葛狗は、一人物置の中へ入っていって物色を始めた。


「妖気は感じられないが、それはあの家の中でも同じだった。という事は姿を現している時以外は妖気を出さない類いか」


「そういえば」


 唐突に綾乃が話に入ってくる。


「でっかい鳥の妖怪......どっかで......ああ!」


 突然大声を上げた綾乃。

 叫んだのが耳元だったので、葵は顔をしかめた。


「どうしたんだよいきなり」


 苛つきの籠もった声で葵が聞くと、綾乃は興奮気味に話す。


「名前忘れたけど、流産した女が大きな鳥の妖怪になって子供をさらう、みたいな話を聞いたことあるよ!」


 その話を聞き、葵が納得のいった表情になった。


「確かに、奥さんが妊娠した時期と被ってるってのはそういう事か」


 するとずっと無言で物置内を物色していた葛狗が外に出てくる。


「お前らが言ってるのは姑獲鳥うぶめのことだろう。確かに、時期の被りに何かある可能性はある」


 そういうと、葛狗は足跡の一つに近づいて覗き込んだ。


「この大きさなら、普通の人の背丈くらいありそうだよなあ」


 葛狗の斜め後ろから足跡を覗く葵が言う。

 言い終えたタイミングで、葛狗が顔を上げた。


「どうしたの? 何かわかった?」


 綾乃の問いかけに葛狗は答えず、薄らと笑みを浮かべた顔で言う。


「あの夫婦に伝えてくれ、今日の夜に決着をつける」


――


 深夜一時。葵達は、倉庫の裏で化生が現れるのを待ち伏せていた。


「......寒い」


 腕をさすりながら葵が呟く。


「ねえねえ、なんでそんなうっすい服で来ちゃったの? 馬鹿?」


「うるせえな、もういい加減寒くねえかなと思っただけだよ」


「じゃ馬鹿ってことだね」


「あ?」


 例のごとく意味のない言い争いを始めかける兄妹。

 葛狗は、二人を意に介さない様子でじっとしている。

 不運にも新月で、近くに街頭もなく周囲はほとんど真っ暗だ。

 今晩の事を田上夫婦に伝えると、侑が家の中で動きがあるのを待機したいと言い、今も家の中で待っている。


「そろそろか」


 不意に葛狗が呟いた。

 言い合いを止め、葵たちも身構える。

 暗闇の中、聞こえてくるのは風と、それが生む葉擦れの音だけ。

 ほとんどの人は気がつかないが、確実に違和感のある雰囲気が、周囲に漂い始めている。


「ねえ、なんかちょっと変じゃない?」


 ふと、緊張の面持ちの綾乃が葵に聞いた。

 葵は首肯する。


「何かいるけど、不穏な感じがしないな......」


 そう言ったその時、物置の中からゴソゴソと物音が聞こえた。まるで昼間の葛狗のように、何かを物色しているような、あるいは物をひっきりなしに動かしているような音だ。


「これか?」


 葵の問いに、葛狗は何も言わずに頷く。

 少しすると、物置の扉がうるさく物音をたてながら開かれた。


「出てきたよ?」


「みたいだな。葛狗の言った通りだ、ここならいきなり見つかる事がない」


 葵の言うように、外に出てきたそれは、物置の横にいる葵らに気がつかずに庭を徘徊し始めた。


「やはりな」


 それを見た葛狗は、何か確信した様子だ。


「あいつ、何なんだ?」


 葛狗は、葵の問いを半ば無視する形で懐中電灯を取り出し、庭の中心にいるそれを照らす。


――


 それは、目撃情報と合致した鳥のような妖怪。しかしその体の全てが、落ち葉等の掃除をする竹箒でできていて、顔の部分には嘴にあたる部分がなく、代わりに獣のような口がある。懐中電灯の光に気がついてこちらを見る目は一つだけ。

 葵が視界の端に動くものを感じてその方向を見ると、家の大窓から侑が妖怪を見ていた。


「やはり、箒神ははきがみか」


 自分の読みが当たったらしい葛狗。声色から若干満足げな様子がうかがえる。


「箒神って?」


 綾乃が聞いた。

 葛狗曰く箒神は、光を当てている葛狗の方をじっと見つめている。

 侑にも説明する為、葛狗は箒神を照らしながら建物の横へと移動した。葵もそれに続く。


「物置の中で箒だけが乱雑に置かれていた事、そして足跡に竹特有の節が付いていた事からこいつじゃないかと予測したが、正解だったみたいだ」


 侑は、まさに絶句といった表情を先ほどから崩していない。

 そして葛狗は、移動する前の綾乃の質問に答える。


「箒は物をははき出す道具、転じて安産祈願の縁起物でもある。詰まるところ、元々物置にあった箒が、田上真奈の妊娠と呼応して付喪神になったんだろう。どちらかというと神に近い存在、薄気味悪いかもしれないが、怒らせるとお前の嫁に悪影響が出るだろうな」


 最後の一言は、紛れもなく田上侑へのものだ。


「じゃ......じゃあ、これは放っておいたほうがいいという事ですか?」


 侑が震え声で聞くと、葛狗は頷く。


「そういう事だ。子供が産まれれば、姿を現す事もなくなるだろう」


 そう言って、葛狗は懐中電灯をしまい、門へ向かって歩き出した。

 置いていかれかける葵は、軽く依頼遂行の旨を侑に言って、その後を追う。

 残された侑は、葛狗に言われたことの奇妙さに、それが事実であると暫く実感できなかったのだが、自分達が依頼したのが何だったのかを思い出し、少々不安が残りながらも窓を閉め、寝室へと向かった。


 藍染怪異探偵事務所に、笑みを浮かべた母子の写真が同封された感謝の手紙が届いたのは、それから約半年後の事だった。

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