表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それぞれのマリーゴールド  作者: ゆうま
報告
43/43

報告-城野家

大きな屋敷の前に立ち、大きく息を吐いた

霧島の報告書によれば「お爺様が仕組んだこと」であってほしいと願ったらしい

彼は死ぬ直前に専属の運転手の身を案じたようだ

霧島も気にしてる様子が伝わってきた

事情を知って有給を申し出たのなら、殺されてしまう可能性や、別のゲームに参加させられる可能性が高くなる


彼は自分が名前を聞かれたことをすぐにゲームに結び付けた

頭の悪い人物だとは思わないし、悪役を買って出る様は勇敢だとも言える

それなのに、どうして金井茉莉がホテルに入って来たときに再度名前を言ったのか

危険な行為であることは、ルールを知らない者からしても明らかだ


恐らく家でなにか言われたことが関係しているのだろう

それを確かめなくてはいけない

インターフォンを押す


『ゲームマスターだね。入りなさい』


例の通り自動で開いた門の向こうにいたのは使用人ではなく杖をついた老人だった

お爺様がお出迎えとは、随分結果報告を楽しみにしていたんだな


「さ、ガーデンでお茶でも飲みながら話そうか」


そう告げると歩き出してしまう老人の後ろを慌てて追いかけた

だが、歩みはゆっくりで追いつくのは難しくなかった


「どうぞ」

「失礼します」


手入れの行き届いた、綺麗な庭だ


「歩はここで読書をするのが好きだったのだよ」

「確かに、慣れた人は落ち着く場所なのかもしれませんね」

「気に入らなかったかな」

「いいえ、とても素敵だと思います。ただ、殺風景な部屋で暮らしている者としては煌びやかで少し落ち着かない気持ちになります」

「いつ死ぬか分からないから――かな」


小さく笑って頷く


「お孫さん専属の運転手の方はどうなさっていますか」

「退職して今は熱海にいるが、それがどうかしたのかね」

「お孫さんが最期に「幸せな老後を過ごせよ」と仰ったので、確認させていただきました」

「そう言うと思っていたのでね、運転手にはオペラの鑑賞チケットを渡して「歩には言わず、必ず行きなさい」と言っただけなのだよ」


なにを思うかまで予想して予め手を打っておいた

それだけ聞けば孫思いにも思える

だが、それは死ぬことが分かっていたとも言える


「城野家に雇われている身であることは重々承知しております。ですが、わたくしがお仕えしたいのは歩様でございます。歩様が戻られるまで、暇を頂けないでしょうか。そう―――言われてしまったのでね、熱海の別荘を貸しているのだよ」


運転手は随分と入れ込んでいたんだな

仕える、というと運転手よりも執事みたいだな


「他にはなにか言っていたかな」

「「これはお爺様は仕組んだことなのだ、きっと。そうでなくては」と。それが本当の最期の言葉です」


俯いて悲しそうに微笑む


「デモンストレーションで死んだのだね」

「はい。出発の前、なにかお伝えになられたのですか」

「どうしてかな」

「最初に受付にいらしたとき以外にも、お孫さんがフルネームで名乗られたからです」


はっはっはっ、と上機嫌な様子で笑う


「最初に運転手のことを聞くものだから偶然かと思っていたが、優秀なゲームマスターの様だね」

「ありがとうございます」

「本名で招待しないなど、随分舐めた真似をしてくれる。城野家の名が廃るぞ。思い知らせてやりなさい」

「それだけですか」

「ああ、そうだとも。だから、やはりあの子を残しておくべきだったのだよ」


まるでこの家からデモンストレーションで殺される人物を出さなければいけないかのような言い方だ


「兄は全てにおいて完璧。弟は少し出来が悪いが、夫婦が可愛がっている。妹は力を強めるためある家の者と結婚させなくてはいけない。残るは歩だ。歩が憎まれ役を買って出ていることは夫婦も理解していたよ。それでも、夫婦は弟ではなく歩を出したのだよ」

「歩さんは恐らく、出発前のあなたの言葉でホテルでなにか起こることに気付かれたと思います。そして、名乗らないようにと書いてある招待状と名乗れと言わんばかりのあなたの言葉」


なにが起こるかも分からないのに、何故名乗ることが出来た


「到着時に名乗るのならまだ分かります。ですが、歩さんはもう一度名乗ります」

「他の宿泊客を見かけたとき、かな」

「はい、後から入ってきてチェックインの順番待ちをしている人物がいると分かった上で再度フルネームで名乗ります」


そして、聞いていた金井茉莉に指名される


「そして、名前当てゲームを行うと聞いたとき、歩さんは一度参加しないと仰います」

「それもルールなどを話させるためだろうね」

「そう思います。そして、そのとき既に死ぬことを覚悟されていたかと」

「頭の良い子だ。そうだろうね」


だから金井茉莉にあんなことを言った

これから行われるであろうデスゲーム

その最初のターゲットにされるであろう人物、少なくとも一番不利になる人物


「お前が聞いていたことなど知っている。同情するぞ」

「それが名前を言われたときの最初の言葉かな」

「はい。既にデスゲームが始まることを理解してみえます。恐らく、この時点で事態を把握していたのは役割を与えられていた2名のみです」


金井茉莉は「まさか死ぬとは思わなかった」と言っているが、城野歩が苦しみだす前に「さようなら」と言っている

明らかに矛盾しているが、そのことに誰も気付かない

恐らく混乱していて記憶が曖昧なのだろう

金井茉莉自身もこんな簡単なミスをしてしまうほど、混乱していた


「こちらを―――」


出しかけていた木箱を鞄に仕舞う

老人は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻る


「お兄さん」


背後から幼い声が聞こえた

芝生のため足音が聞こえず、近くまで来るまで気付かなかった

あのまま木箱を出して会話を続けていたらどうなっていたか…


「やっぱり、歩兄さんは死んだの」

「どうして「やっぱり」そうだと思うのかね」

「歩兄さん、出発する前に僕に言ったんだ。「兄さんには出来ないことを、今度はお前がやるんだ」って」


出発の前から自分がいなくなることを覚悟していたのか

確かにあの招待状は怪しい

それに、チェックインの時間も指定されている

だが、それだけで


「僕が「歩兄さんが旅行に行ってる間だけね」って答えたら「恋愛で言う蒸発の意味を調べるんだ。それに似たことが起こっても、お爺様以外には言ってはいけない」って言われたんだ。今やっと分かったよ」


恐らく弟は中学生だろう

2人の兄の役割を理解していたのか

この分だと自分の役割も理解していただろう


「僕はこれから少し疑り深くなるよ。でも急に変わるのは変だし、今の役割もまだ必要だと思う。サポート宜しくね、お爺様」

「ああ、苦労をかけるね」


微笑み合う2人の関係性が変わったことは以前の2人を知らなくても分かった


「僕はね、歩兄さんのことが好きだったんだ。だから歩兄さんを殺した父さんと母さんを許さないよ。僕が行けば良かったんだ」

「死ぬと分かっているのに、ですか」

「敵わない相手なら、いっそのこと殺されたい」


―――安藤希和

そうか、そういうことだったのか


「歩兄さんはそれを理解してたから、レースゲームみたいな、あまり頭を使わないゲームで僕に勝ったことはないんだ。わざとだって気付いてることも、満足しないことも、分かってた。それでも、一度も勝ってくれなかった」


少年の目から涙がぼろぼろと零れ落ちる


「父さんと母さんは兄さんのことばかり褒めるから嫌だった。兄さんも僕も代わりはどっちかが出来る。だけど、歩兄さんの代わりはどっちにも出来ないんだよ」

「それはこの家の中での話しです。学生の頃、特にアルバイトの出来ない小学生中学生は家と学校が世界の全てです」


安藤希和がアルバイトを出来る環境にいるはずはなかった

つまり、家と学校が世界の全てだった

家では存在を否定されていた

学校でのことは分からないが、いじめはなかったにしても淡々と過ごすつまらない日常だと思っていただろう


「今何年生ですか」

「中学1年」

「学校でなにか嫌なことがあるんですね」


少年が小さく頷く


「だから死にたいのではないですか。どうせなら敵わない相手に殺されたい。つまり、さっき仰ったこととは順番が逆ですね」

「―――お兄さんはどうして歩兄さんが殺されるのを黙って見てたの」


じっと見つめられ、された質問にドキリとした

曖昧なことを言えばなにが起きるか分からない

瞳を見ればそれがひしひしと伝わってくる

そして、その瞳に映った自分は随分と焦っているように見える


「自分の命を守るためです」

「分かった。僕は歩兄さんの言う通りにする」


背を向け歩き出す

角を曲がっても足音が遠のくのを聞いて、老人に向き直った


城野歩も家の中という狭い枠でしか捉えられていなかった

どれほど頭が良くても、環境でそれを活かせないというのは悲しいことだ

弟にはそうなってほしくないものだが、恐らくそれは無理なのだろう


「こちらを」

「なにかな」


机の上にあるのはさっき出しかけた木箱


「お孫さんの身体の一部です」


聞いた瞬間目が大きく開く

慌てた様子で木箱を開けると、優しい笑みを浮かべた


「―――おかえり」


受け取った綾辻信元の母親も、南京太郎の父親も、これは言わなかった

霧島はこれを思っていたのだろうか


帰ることに意味があるのではない

帰り、それを迎えてくれることに意味がある


だったら霧島は行かなくて正解だったかもしれないな

迎えてくれたのは6軒の内1軒だけ

受け取ったのが残りの5軒の内2軒

安藤家は状況的に渡せなかっただけで、受け取りはしただろう

ただ、霧島が望む言葉を言ったとは思えない


「では、わたしはこれで失礼します」

「待って。あなた、名前は?」


どうして名前など知りたがるのか、俺には分からない

呼び分ける記号に過ぎないのに


「秘密です」

「そうかい」

「失礼します」


立ち上がり小さくお辞儀をすると屋敷を出た

報告書をまとめれば、このゲームは終わりだ

金井茉莉が進んだゲームのゲームマスターは他の誰かがやっている


「これは―――」


身体に勢い良くなにかが当たり、宙に浮いたのが分かった

再度強い衝撃

自分は地面に転がっていて、視界には車がある

はねられた


これが意図的であることは分かった

俺が今見つけたのは、一輪の花だったからだ


花言葉は「絶望」


「あーあ、一体どこで選択を間違えたんだ」

「ナスタチウムの決意」から続いた名前当てゲーム、そして「それぞれのマリーゴールド」はこれにて完結です。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

正しい終焉に選ばれた者が進む次のゲームは「オダマキは救えない」というタイトルで明日から上げます。良かったら読んでみて下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ