報告-安藤家
大きな屋敷の前に立ち、大きく息を吐いた
今度は南家のようにはいかないだろう
なんせ、子供のためと考えたとはいえ、死ぬかもしれないゲームに参加させようとした親だ
しかも母親は完全にいない者にしてしまっているらしい
妹の態度は不明だが、少なくとも母親の前ではいない者としているだろう
『ゲーム会社の人ですか』
少し幼い声がインターフォンから聞こえる
妹だろう
「はい。お父様はお見えでしょうか」
『出かけました。手紙を預かっています。入って下さい』
南家と同じように、自動で門が開く
「こちらです」
使用人の後ろを歩いて進むが、玄関近くの部屋で足を止めて言われる
南家と違い、応接室に通されるらしい
「こんにちは」
「こんにちは、希和さんの妹さんですね」
「はい。春です」
「霧島といいます」
座ると向かいの椅子を手で勧められる
「失礼します」
「――あなた、本当にただのゲーム会社の人ですか?」
どこまでをどんな風に聞いているのだろう
この様子では、ゲーム会社の人が来るからこう伝えて、くらいな気がする
だが、何故そんなことを聞くのか
「そうですが、何故ですか?」
「私、何歳だと思います?」
質問に質問で返すなよ
「お姉さんは高校2年生ですよね。なんとなく年子ではない気がするので、中学2年か3年でしょうか」
「正解。中2です。大人っぽいと言われますが、しょせんは「子供の大人っぽい」です」
そういうところが可愛くなくて言われているのだと思うが
「それに、お姉ちゃんのことと関係してることは分かってます。高校生であることは知ってるはずです。いくら有力な政治家の子供だろうと、子供は子供です。ガキが手で勧めた椅子に「失礼します」って座るってなんなんですか」
これは文句なのか
褒められているのか
「わたしにとっては仕事相手のご家族ですから。妙に丁寧なのは癖なので、気になさらないで下さい」
「よく分かんないことで怒られてるのに笑顔を崩さないし、正直気持ち悪い」
「お父様に知られては困りますから」
お前みたいなガキに怒るなんてエネルギーがもったいないだけだ
そう言ってやれば満足するのだろうか
だが、そんなことはしない
なにがゲームに巻き込まれる選択肢か分からない以上、変わったことはしないに限る
子供に、どころか怒ることすらキャラじゃない
キャラ崩壊は死亡フラグだ
「そうですか。それで、結果はどうだったんですか?」
「お父様がご在宅だと思ったので特に資料はご用意させていただいていないのですが、どのようにお聞きになっていますか」
「オーディションを兼ねた合宿に行くって。合格したらそのまま収録に入るからしばらく帰らない。仮合格だと合宿の延長。不合格は帰宅。合格か仮合格か、どっちなんですか」
帰っていないのだから、どちらかだと思うのは当然だ
そして、結果によっては現状を変えられるという希望を持っているのだろう
ゲーム会社の者が訪ねて来る
オーディションの直後に収録
訪ねて来ると分かっていて外出
伝言がある
期間については聞いていなさそうだな
仮合格だと伝えるのが無難だろうが、伝言を先に聞きたい
「実は今日参りましたのは、オーディションの結果をご報告するためではないのです」
「じゃあなにしに来たんですか。オーディションはどうなったんですか」
「ご家族と面談させていただいてから合否を決めさせていただくということで合意をいただいていたはずです」
「それじゃあ無条件で不合格ってことですか?!」
怒ってくれる子で良かった
きっと2人でいたときは普通の姉妹だったんだ
「それはお姉さんの10日間の頑張りを否定していることになりますので、絶対にしたくありません。ですが、お約束を守っていただけないご家族となると…」
言葉を濁して視線を逸らす
「家族って、ほら、私がいるじゃないですか」
「しかし、未成年です。お母様はご在宅ですか?」
「母はいません」
母親の確認をする前に手紙に触れるのは変かと思ったが、間違いだったか?
暗い表情で顔を伏せ、暗い声で小さく言った今の態度を見れば、事情を知らなくても地雷だったことは明白だ
「そうなのですね。失礼しました」
「いえ…」
バッと勢い良く顔を上げる
「そうだ、手紙。せめて、手紙を読んでからにしてもらえませんか」
「はい、是非拝見させて下さい」
立ち上がり近くの棚から取り出す
読まないように予めあそこに入れておいたのだろうか
「これです」
「拝見します」
私は希和の無事を心から祈っていました
ですが、希和が旅立ってから11日目である今日、未だに希和は帰ってきません
死んだのだと、分かっています
どんな最期かは聞きたくありません
京太郎くんも参加していて、彼に敗れたことでしょう
南家が引っ越した頃、私は一番精神的に参っていた時期でした
妻の言うがまま、南をはめる様なことをしてしまいました
とても後悔しています
もしあのとき自分の意志が少しでもあれば、南が田舎に引っ込むことはなかったでしょう
そうしたらゲームに巻き込まれずに済んだかもしれません
今から謝罪しに行きます
謝って許されることではありません
自己満足のために行くのです
例えそれがゲームの選択肢で、自分にとってのバッドエンドを迎える行動だとしても行動を変えるつもりはありません
妹の春から合宿のことは聞いたと思います
仮合格で海外に合宿へ行った際になにかの事件に巻き込まれたことになる様、頼んであります
春には仮合格だと伝えて下さい
お願いします
「――――駄目だ」
行ってはいけない
2人目は誰が殺し、殺されるのか
それは考えても無駄だと思っていた
殺されたように見える仕掛けをして、犯人役を用意して、逮捕したように見せかけるのだろう、と
実際に殺しはしないだろう、と
だが、違った
2人目に殺されるのは安藤希和の父親だ
正確には南京太郎の父親が殺し、自殺したという筋書きだろう
「どうしたんですか。なにが書いてあったんですか」
「もう、このままじゃ駄目だ」
ゲームは随分前に始まっている
既に安藤希和の父親は死んでいるだろう
「お姉さんは仮合格に出来るように上に掛け合う」
「じゃあなにが駄目なんですか」
「お父さんはもう帰らない」
「は?なんでよ。その手紙見せなさいよ」
立ち上がり、手紙を持った手を高く上げる
中学生の女の子がジャンプしても届くはずがない
「見せられません。そして、お父さんは帰りません。お母さんと向き合って下さい」
「知ってたの」
「はい、お姉さんはアダルトチルドレンのロストワンというタイプです。いない者として扱われる、振る舞う」
ジャンプするのを止めて、床に視線を落とす
「その分私が大変なんだから。いないならいないで良いのに、成績表やテストの結果は見たがる。そのときだけお母さんは私を希和って呼ぶ」
「完全に存在を消すのは無理だったんだと思います。その前はピエロやスケープゴートといった、周囲の目を引くことで他の問題に目が行かないようにする役割だったようですので」
「確かに、ちやほやされてたお姉ちゃんの記憶がぼんやりあります」
「アダルトチルドレンの多くは条件を満たせば愛が貰えます。ですが通常、親からの愛というものは無償で貰える物です」
小さく頷く
多少大変だろうと、無償で貰っているという自覚があるのだろう
「お姉さんはただ、無償の愛が欲しかった。せめて、ピエロでいたかったんだと思います」
「でも、どう向き合えば良いのか分からない。なんでお父さんは帰って来ないの」
「では、取引をしましょう」
念には念を入れる必要がある
遺体で発見されることを知っていたと思われる男を警察は探すだろう
どうにかしてくれるとは思うが、全面的に信頼するわけにはいかない
都合が悪くなれば捨てられる可能性は十分にあり得る
「聞いてからです」
元いた椅子に座り直すと、俺の目をしっかりと見た
「わたしは春さんにお母さんとの向き合い方を伝授します。その代わり、オーディションや手紙のことは言わないで下さい」
「でもインターフォンは録画されてます。あなたの顔も映ってますよ」
「それは困りました。随分とハイテクなんですね」
「割とピンチっぽいのにその発言…信じて良いんですか」
正直な感想を言っただけなのだが、少し呆れられている気がする
「はい。必ず効果がありますよ」
「じゃあ映像を消します。昨日の夜省エネモードにしたつもりが、電源を切ってしまっていた。データが消されてることにはすぐに気付くと思いますが、知らないで通せば大丈夫です」
「かなり荒い計画ですが、仕方がないですね」
「文句があるならもっと良い案出して下さい」
「機械には疎いのでありませんね」
苦笑いを作って首を振る
「それでお願いします。追求が辛い場合もあるかもしれませんが、大丈夫ですか」
「お母さんで慣れてるから多分大丈夫」
データが消されていることにすぐに気付かれると言ったのは、刑事ドラマからの知識だろう
辛い追及についてのイメージもドラマからきているはずだ
結構大袈裟に作られていると思うが、一体どんな家庭なんだ
「で、お母さんとの向き合い方は?」
「まず、お姉さん視点の話しをしない。しても「お姉ちゃんだったらこう言っただろうな」までです」
「テスト見せるときとかは、なりきるしかないじゃない」
「預かって来たよ、と言えば良いのです」
何度か小さく頷く
「そして、お姉さんの名前で呼ばれたら「お母さんがいない者として扱うから本当にいなくなっちゃったよ」と言います」
「は?お姉さんその内帰って来るんでしょ?」
「そしたら「帰って来てくれて良かったね」と言えば良いのです。お母さんも本当はいることを分かっているのですから、きっと大丈夫です」
訝し気な目で見られる
「私自身のことはないんですか」
「楽しそうに暮らして下さい。それだけで大丈夫です」
「本当ですか」
「試さなくても良いんですよ。私は春さんに教授する代わりに、春さんは映像を消して、そのことやオーディション、手紙のことを言わないと約束しました。既に取引は成立しています」
「分かりました。試すか試さないかはまだ分かりませんが、覚えておきます」
木箱は置いて行けないな
「では失礼します」
「お母さんには会わなくても良いんですか」
「はい、取引をしたのは春さんだけですので」
「そういうこと」
小さく笑う
ドアノブに手をかけると、手が重ねられて出て行くのを止められる
「本当の名前を教えて」
「イマドキの子はこんなに鋭いのですか。怖いですね」
「茶化さないで」
「吉野です」
満足したのか、手を離す
「さようなら。ありがとう」
「さようなら」
安藤家を出て、カフェに腰を落ち着かせる
インターフォンに録画機能があったとは知らなかった
今更南家に戻っても無駄だ
消していてくれているか、元々録画していないか、ここは信じるしかないな
彼は信じても良いだろう
そういう油断が命取りだと分かってはいる
だが、実際もうどうしよもない状況だ
信じるか祈るしか手がないなら、俺は信じる
神なんていてたまるか
そうだろ?
「食べられた巴旦杏」霧島佐久良




