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それぞれのマリーゴールド  作者: ゆうま
報告
41/43

報告-南家

大きな屋敷の前に立ち、大きく息を吐いた

多少勢力が衰えたとはいえ、大物政治家であることに変わりはない

昨日訪ねた3家とは違う緊張がある


『ゲームの結果報告だね』


押してもいないインターフォンから音声が聞こえる

肩をびくりとさせると笑われてしまった


『緊張しなくても良いよ。上がりなさい』


電動式なのか、勝手に大きな門が開く


「ご案内致します」


使用人らしき人物の後に続いて広い屋敷を歩く

ここで彼は育ち、こんな大きな家にたったひとりでいたのか


「旦那様、お連れ致しました」

「入ってくれ」


開けられた扉の向こうには豪華な装飾品が沢山ある

ソファも豪華で、とてもふかふかしていそうだ

そんなソファに深く腰掛けている人物が手にしていたカップを置く


「朝早くにすまないね」

「いいえ。予め日時を指定されていたということは、息子さんが帰らないとお思いだったということでしょうか」

「まぁまぁ座りなさい」


てっきり時間がないのかと思っていたが、そういうわけではないらしい


「失礼します」


――うわ、想像以上にふかふかだ

寝てしまいたい

その誘惑に負けないよう、手を膝の上に置いた


「名前当てゲームだと聞いたとき、安藤の娘さんが参加しないとは考えられなかった。京太郎なら自分の命を捨ててでも守ろうとすると思ってね」

「だから死ぬだろう―――というわけですか」

「そうだね。殺し合うゲームは自分だけを守ろうとしても出来ないことが多い。だから難しいだろうと思ってはいたんだよ。それでも、帰ってきてほしかったからね。だからゲーム終了から少し経った日を指定させてもらったんだよ」


家でひとりだったと言っていたから、冷たい家族なのかと思っていた

ただ、俺が他人だから言えるだけで当人には厳しかったのかもしれない


「2日目に、ある男の子が殺されます。息子さんはその子のことを思い出しますが、ある女の子は思い出すことが出来ませんでした。不安に駆られた女の子は自分が特定出来ている人物を殺すよう依頼し、同日自分は息子さんを殺しました」

「―――そうかい」


寂しそうに微笑む

それは意外な反応だった


「最後はなんと言ったのかな」

「息子さんが殺した参加者が「自分の死とあなたの死で、あなたの守りたい人が守れるなら素敵」と言ったことに対して「こんなものは素敵じゃない」と返し、他の知っている参加者に「願いが絶対に手に入らない彼女の世界に早く終わりを」と遺します」

「京太郎らしいといえば、京太郎らしい」

「利用され殺されたことには、なにも言わないのですか」


ゆっくりとカップを持ち上げる


「そりゃあ思うところはあるよ。でも決まったことは仕方がないからね」


まるでループすることを知っているかのような口ぶりだ

カマかけかもしれない

慎重に言葉を選ぶ必要がある


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ループすることは知っていたからね。どういう基準でいつ決めるのかまでは知らないけど、その中から結末を選ぶことも知っている」


流石にこれはカマかけで言う内容ではない


「何故そんなことを知っているのですか」

「昔ゲームマスターをやったことがあってね。2日目の朝問い合わせたら教えてくれたよ」

「問い合わせというのは、どこにですか」

「ああ、きみもただのゲーム参加者なのか。喋り過ぎたかな」


外部に漏らしてはいけない情報を確認もせずに話すはずがない

なにか狙いがあるはずだ


「どのようにしてゲームから抜け出したのですか」

「実験段階のゲームマスターは未来の政治家たちだったんだよ。本格的に始動してからのゲームマスターの選定基準は分からない。だからゲームから抜け出す方法は分からないんだ。すまないね」

「では、その問い合わせ先を教えていただけませんか」


少し驚いた表情をする


「それは3つ目だと思っていたよ」

「2つ目だと予想していたのは「ゲームから抜け出せるよう、言っていただけませんか」でしょうか」


微笑んで小さく頷く


「大物政治家が聞いて呆れますね。あまり舐めたことを言わないで下さい。自分のことは自分で解決します」

「それは失礼したね」

「…ですが」


言葉を切ると俺をじっと見る


「もしご尽力いただけるのであれば、是非お願いします」

「面白いね。ここで働くかい」


ここで働くか、ゲームを続けるか

今はゲームの外だとばかり思っていたが、どうやらここもゲームらしい

どちらを行けばハッピーエンドへ向かえるだろう


「仮にここで働かせていただくにしても、このゲームの報告書をまとめてからになります。なので、返事をさせてもらう前に今の仕事の続きをさせていただきたいのですが、よろしいですか」

「随分慎重なんだね。構わないよ」


一先ず問題を先延ばしにしたが、少し好感度のようなものが下がった気がする

だが、今すぐに決められることではないことくらい分かるだろ

それとも、本当にゲームとは無関係だとでも言うのだろうか


今は他のことを考えている場合ではない

南京太郎が家でひとりだった理由、この温厚そうな父親と当人とのズレ、安藤希和との関係が歪になってしまった理由

知らなくてはいけないことが沢山ある


鞄に手を入れると、まず触れたのは朝預かった紙袋

それを無視し、木箱を取り出すと、そっと机の上に置いた


「息子さんの身体の一部です」

「何故…」

「わたしは息子さんたちが参加されていたゲームのゲームマスターが参加していたゲームのゲームマスターです」

「そのゲームマスターは死んだんだね」

「はい。彼は最後に「指一本…いや、髪一本でも良い。家に帰してやってくれ」と言い残しました」


視線が木箱へと自然に移る


「それにどれほどの意味があるのか、わたしには分かりません。なので、知りたくて願いを聞き入れました」

「どうだったのかな」


思わず、手をぐっと握った


「分かりません」


見るまでもなく死を受け入れ、微笑んだ者

死を願った者

物扱いして受け取らなかった者


なにを分かれと言うのだろう


「―――きみはいくつのゲームに参加し、いくつのゲームのゲームマスターをしたのかな」

「参加したゲームは7つです。ゲームマスターをした数は…分かりません。20までは数えていたのですが、数えることを止めてから3年は経ちます」

「それでも心を痛められるのは、素晴らしいことだよ。同時に、心を壊してしまっていないこともね」


ポケットからハンカチを出して差し出す


「涙を拭きなさい」


そう言われて初めて、泣いていることに気付いた

手触りの良い上質な布に下手くそな刺繍がしてある


「この刺繍はここへ引っ越す前、京太郎がやってくれたんだよ。良く分からないけど、強い敵を倒すシーンみたいなんだ」

「そんな大切な物、使えません」

「大切だから、綺麗に洗って返してほしいんだよ」


――本当にゲームとは無関係なのか

関係があるのなら、今すぐ決めろと言うはずだ


「意味は分かるね」


そう言われた瞬間、携帯が鳴った

支給された受信専用の携帯だ


「―――次のゲームの開催が決まりました。舞台はこの家、開始時刻は30分後です」

「どんなゲームか教えてもらえるのかな」

「殺人事件が起きます。扉、窓などは全てビクともしない。電話線は切られ、携帯は電波妨害により外部との連絡も不可能。そうこうしている間に2人目の犠牲者が出ます。犯人は必ず屋敷内にいるはず。犯人を捜しましょう」


鞄に手を入れると朝預かった紙袋を出す

中には拳銃や透明な糸や針金などが入っている

自殺を他殺に見せるためのものだろう


「私はいつからゲームに参加していたのだろう」

「少なくとも、わたしと会ったときからは」

「じゃあきみを個人的に雇おうとしたことが駄目だったのかな」

「ハンカチの間に問い合わせた先を書いたメモを挟んでいることが見抜かれたのではないですか」


そもそも、問い合わせたことが間違いだった可能性もある

朝この紙袋を俺に預けた人物はこう言った


連絡が来たとき正面に座っている相手に渡せ


いくらなんでも俺を雇おうとすることまで視野に入れて行動するのは無理がある

恐らくその前から選択を誤っていたのだろう


「きみはここに残るのかな」

「自由意志とされていますが、残りません」

「じゃあ残された時間は15分程度かな」

「そうなります」


何度か小さく頷くと大きく息を吸った


「京太郎の母親はハーフでね、綺麗な白髪をしていた。そして、京太郎の曾祖父に当たる人物は綺麗な緑色の瞳をしていた。京太郎の顔立ちは童顔の日本人の典型。外見を理由に注目を集めないはずはなかった」


恐らく俺が知りたいと思っていることを理解していて、聞かせてくれる気なのだろう


「テストは常に満点、運動に限らず芸術系でもなにをやらせても上手く出来る。京太郎はそれを自慢したことは一度もなかった。他の子供だちは京太郎より目立とうと自慢ばかりしてきたよ」


自分たちより特に秀でた者を束になって蹴落としたあと、団栗の背比べをして争う

よくある話しだ


「理由を聞いたら「そこそこ出来るだけで威張るなんておかしい。人生の全てを捧げて一番になろうとしている人に失礼だ。だから僕は兄弟みんな嫌いだ」ってね」


肩をすくめて笑う


「身長は小さめだけど顔が良くて勉強も運動も出来る。少し無口だけど驕ることをしない。そんな京太郎がもてはやされないはずはなかった。だけど、京太郎が手を握ったのは京太郎を見てもいない変わり者と言われる女の子だった。なんでその子なのか、最初は不思議だったよ」


最初は、か

2人のズレは案外息子の思い込みだったのかもしれない


「安藤の奥さんとは親子参観で初めて会ってね、すぐに気付いたよ。娘さんはアダルトチルドレンだ。ピエロやスケープゴートの類のタイプで、自分が目立つことで家庭内の不和や問題を見えにくくしている」


それなら納得がいく

南京太郎を庇うときだって、自分が目立つことで注意を引こうとしていた

理論的に戦うことはあの場面なら難しくなかったはずだ

それでも、悪役っぽく目立つという選択をした

それ以外にどうすれば良いのか分からなかったのかもしれない


「多分京太郎はそれが分かったんだろうね。だから手を差し伸べた。希和さんのほしいものは最期の言葉から察するに、母親からの愛情関係かな」

「一般的にそれは無償で貰えるもののようですが」


視線を逸らすと小さく微笑んでまた俺を見る


「詳しい経緯は知らないけれど、安藤は京太郎と希和さんをゲームに参加させようと言ってきたんだ。当然断ったよ」


当然の判断だろう

ましてや子供思いだと思わせるこの父親だ


「安藤家では完全に一人娘ということになっていたらしくてね。希和さんを庇い続けることに限界を感じたらしく、近所でも噂になるくらいの京太郎が参加したゲームに勝ち抜くことが出来れば――と思ったらしいんだ」


なにが原因かは知らないが、ロストワンと化したわけか

それでも父親は努力した

でも、なにも変わらなかった


当時安藤の方が政治的に優位な位置にあった

恐らく断ったことが原因で嵌められ、勢力を落とすこととなったのだろう


「時間がないから詳細は省くけど、安藤の奥さんの策略によって元の地域で政治活動が出来なくなった私は、実家のあるここへ引っ込んだ。母が体調を崩した時期でもあってね、説明が簡単だったからここを選んだんだ」

「事情を知らない子供たちは戸惑ったでしょうね」

「京太郎以外の子たちは拮抗する勢力がなくなるから学校で威張れると喜んでいたよ」


どんな子供だよ

是非母親の顔が見たいね


「京太郎は田舎で威張るためだとひとり私を軽蔑していたよ。でも事情を話すわけにもいかなかったからね。ゲームから帰って来てくれたら打ち明けられると、元に戻れると、思っていたんだ」


木箱を見る目は悲しそうだ


「希和さんは生き残ったのかな」

「いいえ、4日目に」

「そうか…。希和さんの願いのことは分からないけど、京太郎が希和さんに願ったことは叶ったんだね」


願いが絶対に手に入らない彼女の世界に早く終わりを

これのことだろう


「そうですね。ゲームマスターも「この場所、あの場面で彼女が願ったことは彼には分からないだろう。それでも、彼の彼女への最低限の願いは叶い、そのとき彼女は笑っていた。だから、彼は穏やかに「いい」と言えるのだろう」と綴っています」

「京太郎が残っているということは、別の回のことだね」

「はい。ですが、それは問題ではないと思います。息子さんは確かに、あの場所での希和さんの願いも、自分の願いも叶えました」

「ありがとう」


穏やかに微笑む

感傷に浸らせてあげたいのは山々だが、こちらには時間がない


「もうひとつ気になっていることがあります」

「なにかな」

「息子さんと希和さんの関係が歪なものになってしまったのは何故なのでしょうか」


不思議そうに首を傾げる


「京太郎と希和さんは最初から共依存のようなところがあったから、元から歪だったと言えば歪だったかもしれないね」

「共依存…ですか。それなら、自分の命が危ないからと言って相手を殺せるものなのでしょうか」

「共依存の「ようなところ」があったと言ったんだよ。似て非なるものだったとは思うけど、あの関係をどう言葉にして良いのかは分からないな」

「そうですか。分かりました」


ゲーム開始まで残り17分


「お話しを聞かせていただき、ありがとうございました。それから、心からのご厚意を疑ってしまったこと、申し訳ございません」


微笑んでゆっくり首を振る


「では、失礼します」

「あなたの名前を聞いても良いですか」

「佐久良吉野です」

「佐久良さん、ありがとう」


少し深いお辞儀に応え、俺も普段より深くお辞儀をして部屋を出た


南京太郎が父親の愛情を知ることはなかった

だが、帰っても別のゲームが待っているだけなのかと思うと、最低限の願いを叶えた南京太郎が一番の勝者なのかもしれない

そう思えてしまう

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