報告-厚地家
田舎によくありそうな一軒家のインターフォンを押した
この家族は出来れば後に回したかったが、政治家様の都合でそれは出来なかった
そして、地理上の都合で椎名剛かここを先に行くかの2択だった
少し効率は悪くなるが、綾辻信元の家をこの後にしておけば良かった
この気持ち悪さとやり切れなさを持って赴くのは気が引けてしまう
『お待ち下さい』
この家のインターフォンにはカメラがついている
そして、今日はゲーム開始から12日が経過している
来るのを待っていたのだろう
もちろん、娘が帰って来ることを願って
「どうぞ」
出て来た母親は憔悴していた
帰宅に1日かかることがないことは、出発の時点で分かっている
だからある程度予想はしていただろう
勧められた椅子に座り、背筋を伸ばし、大きく深呼吸をした
そして、木箱を置く
「娘さんの身体の一部です」
「どんな…最後、でしたか?」
「2日目、1年前に自殺された友達の無念を晴らし、翌日本名を当てられ亡くなられました」
「誰が当てたかは教えてくれないんですか」
俯いて話していて、俺とは目が合わない
「事件に発展してしまうと困りますので」
「そうですね。でも、それなら今ここにいるあなたも危険だと思いませんか?」
このゲームに対する憎しみは普通よりも大きいはずだ
なんせ子供を2人も奪われている
こんな風に落ち着いて話す方がおかしいと言える
過去、厚地家の長男はゲームに参加し、勝ち残った
だが、帰宅後自殺
周囲からしてみればゲームで死んだことと同義だろう
「そうかもしれませんね。娘さんを死に追いやった者の仲間が目の前にいるのですから」
「あなた知らないの」
「なにをでしょう」
「加奈の兄のことよ」
「家族構成はご両親と娘さんの3人だと聞いておりますが、お兄さんがいらっしゃるんですね」
もちろん無策でこんなことを言っているわけではない
俺が知っていたとなれば、怒りの矛先が俺に向きかねない
自分が知っているのは、あくまで「厚地加奈が参加したゲームに必要な最低限の情報」だと思わせる
「死んだわよ。参加者が相棒を選べるゲームで、相棒に選ばれたからとかなんとか意味の分からないことを言って連れて行ったわ」
霧島の報告書には「自分の意志で意図的に誰かを殺した様だ」と書いてあった
そして「同時期に厚地兄をいじめていたグループのリーダーが失踪している」とも
厚地兄が参加したゲームの内容は知らないが、恐らくいじめの主犯格が相棒に選んだのだろう
コントロールしやすい、とかそんな安直な理由で
そして、厚地兄が裏切ったことでそいつは死んだ
ゲームから帰った翌日は普通に学校に登校したらしい
だが、帰宅後妹にゲームでの罪を伝え、自殺
恐らく以前となにも変わらない生活を送る恐怖と罪悪感に耐えられなかったのだろう
「失踪人扱いでしたら家族構成には含まれているはずですが…」
「自殺よ。帰ったあと、自殺したの」
随分乱暴な言い方をする
まるで自殺したことによって厚地兄を嫌悪しているかのようだ
それとも、人を殺したからだろうか
母親からなにか言われて自殺した可能性もあるのか
「そうでしたか。把握不足、説明不足、大変申し訳ございません。そしてなにより、ケア不足で息子さんの人生を終わらせてしまいました」
そんなものは存在しないが、あるように思わせるのが得策だろう
それに、この母親は俺を殺さない
頭を下げて死角が増えたところで問題はない
「ところで」
顔を上げて姿勢を正すと、木箱に視線をやる
「中身はご覧にならないのですか」
「見ると泣いてしまいそうなので、あなたが帰ったら見ます」
「…ご家族のアフターケアもわたしの仕事です。泣いても良いんですよ」
こうして対面して報告をしているのは、結果を聞いた家族の反応を報告書にまとめるためであって、決してケアのためではない
今の台詞で怒らせてしまうことも十分分かっている
「娘の命を奪ったあなたに言われたくないわ!」
思った通りの台詞
「大体!あなたが子供たちを人殺しにしたのよ!」
これも概ね予想通り
やはり霧島が人を殺したことについて深く言及していたのは、兄のことがあったからだろう
「落ち着いて下さい」
「落ち着いていられるはずないでしょ!娘が人殺しとして死んだのよ!」
やはりそこか
やらなければやられる
そんな状況であることは理解しているはずだ
なのに、どうしてこうも怒っているのか
「SFは好きですか」
「急になんなのよ」
「タイムリープをご存じですか」
「だから!なんなのよ!」
真剣な眼差しでじっと相手の目を見る
「大切なことです。答えて下さい」
視線を俺から逸らすと少し考えるような仕草をする
なにを考えているのだろうか
俺がこの問いをした理由など分かるはずもない
この問いにどう答えたらどうなるのか、シミュレーションでもしているのだろうか
だが、それは意味のないことだ
「タイムスリップなら分かりますけど、どう違うんですか」
「様々な定義がありますが、簡単に言うとタイムスリップはある人物が本人のまま時間を移動することを指します。対してタイムリープとは、時間が巻き戻ることを指します」
「平成で暮らす20歳の自分が昭和に行った。着いた先で本来自分は5歳のはずなのに、20歳のまま。それがタイムスリップ。そういうことで良いかしら」
「はい。では、タイムリープとは具体的にどういう事柄を指すのでしょう」
じっと俺の目を見る
ここで意味のない質問をすることは考えられないだろう
娘になにが起きたのか、察しはついたはずだ
「なにも知らない状態に戻る。起こった出来事がなかったことになる。―――3日前に戻ったとして、その自分は自分が体験した3日間の出来事を知らない。記憶や身体の状態なんかが完全に3日前に戻っている。そういうことかしら」
「正解です。娘さんを含む参加者の皆様にはチェックインの夜からのおよそ9日間を10回以上やり直していただきました」
鋭い眼差しで俺を見る
信じがたいとは思っているだろうが、完全に疑っている眼差しではない
それよりも、なにが言いたいのか知りたいのだろう
「娘さんはあることが2日目の朝に起きるとき以外は最終日まで誰も殺さないことや脱出の提案をします。そのあること、というのが無念を晴らされたと先ほどお伝えさせていただきました、友達に関する手紙を受け取ることです」
「その手紙にのせられて人を殺すのね」
「誰かの作戦だとしても、それは殺人よりも許し難い行為だ――そう仰ってみえました」
「手紙にはなんと書いてあったのかしら」
「存じ上げません」
報告書にその内容はなく、霧島も見ていないようだった
恐らく読んですぐに破るなり燃やすなりして捨てたのだろう
「そう。それで、手紙を受け取るとき以外は人を殺さないのね」
「いいえ。そのご友人を死に追いやった人物も参加されていました。その方に自分を殺さなければ殺すと脅され、その方を殺します」
「あの子はっ―――」
「ですが、娘さんは最後まで本当に良いのかと問い続けていました。殺せてしまうほど憎い相手を殺すことを、最後まで躊躇い続けました。そして、本当にこの道しかなかったのかと後悔されていました」
「だからって殺した事実は消えないわ!」
強く机を叩く
椎名家よりしっかりとした机だったため、机が揺れて木箱が揺れて蓋が取れてしまうことはなかった
「分かったわ。今言った結果は結果の一つというだけで、加奈はその子を殺していないのが最終的な結果なのね」
大きく目を開いて、前のめりになって俺を見る
その目をしっかりと見て、はっきりとした口調で言う
「いいえ。最初にお伝えした結果が最終的な結果です」
「なんでよ!殺さないときのことを詳しく教えて!それから、どうしてその結果を最終的な結果に選ばなかったのかも!」
随分と興奮させてしまったな
ただ、俺は知らなくてはならない
報告書に書くためではなく、霧島をただのゲームの敗者にしないために
俺だってゲームなんてしたくない
だけど、どうやったら抜け出せるのか分からないんだ
「誰も動かず膠着状態のまま4日目の夜にやり直しとなる場合と、ご友人を死に追いやった彼が前触れもなく動き出し殺される場合です」
「殺さない場合は死ぬという結果しかないと言うの」
「はい。参加者全員が生き抜くことに必死でした。自分の身を守るために殺すことを余儀なくされる場面は当然、多くみられました」
殺し合いのゲームに参加しているんだ、殺さないという選択して生き残ることが難しいことくらい分かるだろ
「どうせ死ぬならどうしてその結果にしてくれなかったの!」
何故そこまで人を殺していないことにこだわる
綾辻信元の母親は人を殺したことについてなにも言わなかった
むしろ「茉莉ちゃんを守った」と嬉しそうにしていた
椎名剛の父親は殺したことを前提に話しをしていた
その考え方の方が普通だろう
参加したのは殺し合いのゲーム
誰かを殺すことでしか生き残れない場合の方が圧倒的に多い
「そのときは、後に残った2名が相討ちとなり勝者が不在のため、選択することが出来ませんでした」
「意味が分からないわ!」
「じゃんけんで例えましょう。10人が一斉にじゃんけんをします。負けまたは、あいこの者から抜けて行く、というルールだとします。最後に残った2人があいこでした。勝者は誰ですか」
「どちらかが勝つまでやれば良いのよ」
わざと大きなため息を吐く
「お忘れですか。これはデスゲームです。負けまたは、あいこの者は死にます。プレイヤーはもういませんよ」
「だから、時間を戻すのよ」
「2名になったところからやり直したところで、その参加者が出す手は変わりません。だから最初からやり直すのです」
黙って俯いてしまう
「お分かりいただけましたか?」
「……分かったわ」
「こちらの木箱はどうされますか」
「いらないわよ」
当然かのように首を傾げて言われる
殺人を犯した娘などいらない、ということか
兄の件でなんとなく察しがついていたから、あそこまで殺さないことにこだわった
だが、殺してしまえば何人だろうと変わらない
だから恋をしてしまった男の子からの依頼を断ろうとしなかったのだろう
「分かりました。ご質問がなければ失礼させていただきます」
「加奈の兄…七宮が参加したゲームについて調べて、聞かせてもらえませんか」
人殺しは家族じゃない
だから最終的な結果が人殺しであろうと、ループの中で殺さず生き残ったものがないか知りたいのだろう
「出来ません」
「どうしてよ!」
「わたしが知ることが出来るのは「このゲームに関する必要最低限の情報」のみです。なので、お兄さんが参加されたゲームの情報を知ることは出来ません」
「ずっと嘘を吐いていたのね」
そのつもりはないが、そう捉えるのか
「そのつもりはございませんが、誤解を与えてしまうようなことを申したのであれば、申し訳ございません」
「あなたの謝罪は薄っぺらいのよ!」
そこまでケチをつけられるとは
これでも割と気持ちを込めて言っているのだが…
「もう良いわ!早くこれ持って出て行って!二度と来ないで!」
これ…か
椎名剛の父親同様なにを言っても無駄だろう
木箱を鞄に仕舞うと、家を後にした
綾辻家に行ったときの気持ち悪さ、椎名家に行ったときのやり切れなさ
それに加えを怒りに似た感情を抱く
もちろん、俺がその感情を抱くことが間違いだとは分かっている
だが―――
霧島なら上手くやれるのだろうが、俺にはとても無理だ
ため息しか出ない
今日はもう戻って明日の政治家様に備えよう




