表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それぞれのマリーゴールド  作者: ゆうま
報告
39/43

報告-椎名家

ある古いアパートの一室のドアをノックした


「どちら様でしょうか」


薄いドアの向こうから男性の声がした


「ゲーム結果のご報告に参りました」

「ああ…」


まるで忘れていたかのように聞こえた

10日間も息子がいなかったのに、だ


「わざわざすみません。狭い部屋ですが、どうぞ」

「おじゃまします」


ドアを開けた男性は瘦せこけていた

気力も体力もなさそうで、今にも消えてしまいそうな雰囲気だ

それなのに、妙に存在感のある、不思議な感じのする人物だ


「息子は、死にましたか」


冷蔵庫から自作っぽい麦茶を出すとコップに注いで正方形の机に置く

自分は置いた場所の正面ではなく右側に座ると、手でそこに座るよう勧める仕草をしながら問われた


「ま、まるで…死んでほしかったように聞こえますが…」

「そうです。私はあの子が恐ろしくて…このゲームの話しが来たときは、渡りに船だと思いました」

「息子さんが恐ろしいんですか」


確かに、ホースこと椎名剛はルートによって行動が極端に違う

それこそ、まるで多重人格のように

だが、それを恐ろしいと言えるかと問われれば、違う気がする

霧島の報告書や映像に目を通したが、基本的に善人であることには変わりがないように思えた


「信じられないかもしれませんけど、二重人格なんです。基本的に同じ様な行動をするので、親である私でも見分けられないときがあります」

「息子さんは「一般的に言う良い人物」であるようにお見受けしましたが」

「片方はそれから外れることはありません。でも、もう片方は時折悪魔の様なことをします」


もしや、それが彼女を巻き込んだ詐欺事件だろうか


「息子さんの最期についてですが――」


生唾を飲み込んだのが分かった


「息子さんは2日目の早朝に細工をし、2日目の夜「彼女」の友達である参加者に本名で指名されるように仕組みます。そして、それが成功したため、2日目に死亡しています」

「本当ですか」


息子が死んで安堵のため息か

随分追い詰められていたんだな


だが、詐欺事件について調べたが、それほど巧妙な手口ではなかった

計画の首謀者であったとしても、そこまで怯える必要などないはずだ

犯人グループが生贄として出頭させたひとり以外は捕まっていないが、そいつの供述を読めば、どこをどう捻っても首謀者でないことは明らかだ


それとも、そんな悪魔を育ててしまったことによる罪悪感のため、より恐怖が増幅しているのだろうか

それなら、どんな気持ちで息子と接してきたのだろう


「剛は、剛のまま死ねたんですね」


安堵の表情に笑みが浮かべられる

いつか息子が悪魔に全てを乗っ取られてしまうことを案じていたのだろうか

いつか息子の人生が悪魔に滅茶苦茶されることを恐れていたのだろうか


基本的にループの話しはするな、と言われている

そうでなくとも、この親には言わない方が良いだろう


厚地加奈に本名で指名するよう脅すようなルートがあること

厚地加奈を本名で指名するルートがあること


知らない方が幸せな場合もある


勝手に他人が決めることではないのかもしれない

だが、知ってしまえば知る前に戻ることは出来ない

だから他人が決めるしかない

俺は、知らない方が幸せだと思う


椎名剛が椎名剛として死んだのか、俺にはよく分からない

そんな俺が伝えたところでなにも分からないだろう

霧島なら知っている情報だけで上手いこと言えたのかもしれないな


「申し訳ありません。わたしには分かりかねます。ただ、そう信じても良い結果だと、わたしは思います」


霧島の報告書には、指名失敗ペナルティを最初にCとすると3日目の夕食会で豹変する場合がある、と書かれていた

1回目と2回目では厚地加奈を脅さなかったが、3回目以降は脅したためだろう

その理由を霧島は2日目で確認出来ていた厚地加奈の殺意が確認出来ていなかったためではないか、と推測している


今父親から聞いた話しと総合すれば、殺せる情報は十分にあるのに殺意のない厚地加奈に業を煮やした悪魔が暴走した

いつからか正確には分からないが、少なくとも3日目の夕食会前までは本来の椎名剛だったのだろう


指名失敗ペナルティを最初にBとすると他の参加者に動きがあるため、見ていて面白かった

だから放置していた

最後に罪を告白したのは、種明かしをするマジシャンのような気分だったのだろう

ただ、霧島の解釈は少し違う


犯罪を犯すサイコパスにありがちな行動だと報告書に記載している

殺人をアートと呼ぶようなタイプの場合は特に、それが自分の作品だと自慢したくてたまらないらしい

椎名剛にとってあそこは、最高の場所だった

外に情報が漏れることはない

そんな場所で語ってみせることで、捕まることなく自慢が出来る

ずっと誰かに言いたくて、言いたくて、言いたくて、言いたくて仕方なかったことがやっと言えたから笑っていたのだ、と


指名失敗ペナルティを最初にAとすると最初に重要な情報が明かされるため、悪魔の暴走を止められないと考えた本来の椎名剛が先手を打った

これから生きて行くであろう厚地加奈のことを考え、恨みを買うような内容にした

手紙の内容は霧島も知らないようで、報告書には記載されていない

だから、手紙の内容が事実なのかは確認しようがない


「はは…、確かにそうかもしれません。細工をしたとおっしゃいましたが、なにをしたのか教えてもらえませんか」

「手紙を書いてドアに挟んだだけです。自分が書いたとバレないように他の参加者に文字を書いてもらって、新聞の切り抜きのようにした手紙です。内容は確認出来ていないので分かりません」

「それは―――そうですか…」


目を伏せる父親の表情は読めない


「1年前…私の経営していた芸能事務所は倒産の危機でしてね」


しばらくして俯いたまま小さな声で話し始めた

その話しになることは予想していたが、何故今このタイミングなのか

だが、この話しを聞くことは案外重要かもしれない


「モデルを目指していた剛の彼女さんがグラビアアイドルとしてうちの事務所からデビューすると言ってくれたんです」


悪魔が語ったことが本当だとは限らないし、複数の視点から物事を見ることは大切なことだ

霧島の言う通り自慢がしたかったのなら、誇張している部分があるかもしれない

真実を知ったところで現実でどうするわけではない

ただ、データとして残しておく必要があるというだけだ


「でもそれは嘘で、AV女優だった。しかも制作会社は詐欺グループで、売上がないどころか機材代なんかは未払い。一発逆転のはずが借金生活になりました」

「なんと言って良いのか…」

「でもね、それで終わらないんですよ」

「泣きっ面に蜂、ですか」


力なく頷く

話しの先を知っているだけに、聞きたくないという気持ちになる


「彼女さんが何度もレイプされたことを苦に自殺したんです。当然息子は落ち込むと思いました。それで、奮発してすき焼きを夕飯に出したんですよ。そしたらなんて言ったと思います?」


随分不器用な人だ

でも、とても温かい人だ


「今日なにかの記念日だったかな。って―――それで、気付いたんです。悪魔の方が仕組んで、本当の人格は、本当の息子は、なにも知らないんだって」

「そのとき息子さんは彼女さんが亡くなったことも知らなかったんですか」

「はい、知りませんでした。それどころか、グラビアアイドルが嘘だったところから知らなかったんです」


いくら本物の人格と似ているからといって、ずっと気付かなかったなんてショックだろうな


「私は悪魔に問いただしました。すると悪魔は「互いに思い合いながらすれ違うその様は、見ていて面白かったよ。でも、飽きちゃったんだ」だとさ。殺してやる。そう思いましたよ」

「―――でも、本当の息子さんも殺すころになってしまうから止めたんですね」

「はい」


うな垂れるように俯いていた顔を上げる


「長い話しに付き合わせてしまって申し訳なかったです」

「いいえ」


微笑んで言うと、木箱を机の上に置く


「息子さんの身体の一部です。許可が出たので持ち出したのですが、辛いのであればこちらで保管いたします」


力強く睨まれる

変なことを言ったという自覚はない

一体どうしたのか


「……二重人格で、片方が悪魔だからって、息子に死んでほしいと思うと思いますか」


最初の問いに戻ったのか

意味が分からない


「個人の物差しなのでわたしには分かりません」


こういうときの俺の回答は変わらない

個人の考えが色濃く出る場面では特に、自分に置き換えて考えることなど不可能だ

何故ならば、自分と相手では歩んできた道が違う

知っていることが違う

自身を取り巻く環境が違う

同じように物事を考えることなど、出来はしない


「そんなわけないだろ!」


机を強く叩いた拍子に木箱の蓋がずれる


「では、何故」


はっきりとした口調で、しっかりと目を見て問う


「これはこれで楽しんでいるから良いんだよ。それに、俺には彼が必要なんだ」

「それは…息子さん本人が?」

「ええ、全てを話して治療に行こうと言ったら、そう言われたんですよ」


ずっと悪魔の存在に気付いていた

それどころか彼女を死に追いやった人物を必要だと言っている

普通じゃない…

椎名剛はなにを知っていて、なにを知らなかったんだ


「それをっ聞いたときの!俺の気持ちが分かるか?!」


仮に俺が感受性豊かで人の痛みに寄り添える人間だったとしよう

それでも、無理だ


「―――分かりません。計り知ることなど、出来ません」


家族の大切さを知らない人間に、この父親を少しでも理解することは出来ない


「剛が2日目の早朝に細工したってあれ、悪魔がやったことですよ」

「どういう意味ですか」

「なんと言ったのかは知りませんが、悪魔に頼んでやってもらったんです。その後に会話があったのなら、そのときは剛だったと思います」


なにを根拠に―――

では南京太郎と会話したのは悪魔の方か?

この父親の言うことを信じないのなら、あれは悪魔が言ったことなのか?


指名失敗ペナルティを最初にCとしたとき、3日目の夕食会で暴走したのは悪魔で間違いないだろう

だが、4日目の夕食会では椎名剛本人のはずだ

台詞を思い出せば、考えなくても分かる


では指名失敗ペナルティを最初にBとしたとき、いつどのとき、彼は悪魔で、彼は本人だったのだろう

悪魔は「互いに思い合いながらすれ違うその様」を面白いと言っていたらしい

であれば、10回目、椎名剛がひとりで生き残ったとき、最後に罪の告白をしたのは―――


「彼も、悪魔だったのか…」


だから以降、霧島の報告書に椎名剛の登場率が減るのか

単に同じことをしているから割愛しているのだと思っていた

恐らく思考回数自体が減っているのだろう


霧島は椎名剛の二重人格に気付いただけではない

そのどちらもが悪魔だということまで気付き、それを報告書に記載しなかった

その真意を確かめることは出来ないが、なんとなく霧島らしいと思った


「なにを見聞きしてそう思ったのかは分かりませんが。そういうことです」


木箱を乱暴に掴むと中身を見ずに蓋を閉め、俺に押し付ける


「詳細は知りたくありません。二度と顔を見せないで下さい」


でも、椎名剛は確かに、彼女のことが好きだった

だからあんなことを言ったんだ


「息子さんが彼女さんを好きな言質ならあります」

「聞きたくないと言っている。それに、それが嘘ではないとどう証明するんだ」

「それは…」


出来るはずがない

人の認識というものは曖昧だ

勝手に都合の良いように上書き保存して、そのことに気付きすらしない

だから複数人の証人がいて初めてそれが事実だと認定される


椎名剛のその発言自体が嘘の可能性だってある

だが、あの状況で嘘を吐く必要性など皆無だ


「出来ないんだろう。帰りなさい」


押し付けられた木箱をぎゅっと抱きしめて立ち上がる


「失礼します」


背筋を伸ばしたまま部屋を出て、マンションから死角になっている道を曲がると、思わず座り込んだ


「受け取るだけ受け取ってくれても良いのにな」


どんな性格だろうと、自分の子供であることに変わりはない

失踪扱いで墓にも入れてやれないんだから、せめて…

いいや、もう無駄だ

今から訪ねてなにか言ったところで、耳を傾けてはくれないだろう


綾辻家に行ったときの気持ち悪さに加え、やり切れなさを抱く

次はどんな思いを抱かなくてはいけないのか

分からないが、次に行く以外の選択肢は、俺にはない


だが、俺の中での一番辛い報告が塗り替わることは、多分ない

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ