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それぞれのマリーゴールド  作者: ゆうま
報告
38/43

報告-綾辻家

姿勢を正してケーキ屋と隣接している民家のインターフォンを押す


『はい』

「ゲーム結果のご報告に参りました」

『…開けます』


少しすると玄関の扉が開き、シンプルな服を着た女性が顔を覗かせた


「どうぞ」


弱々しく微笑む

当人でなく運営側の人間が来たことからある程度察しはついているのだろう


「あなたが出発前の息子さんに言ったように、金井茉莉様も参加されました」

「あの子は茉莉ちゃんを守れたのでしょうか」

「はい、4日目の夕食会で金井様をお守りし、以降最終日まで2人で生き残りましたが、最終日の夕食会でご自分を指名なさいました」


微笑んでいた表情が曇る


「あ、お茶も出さずにすみません。良かったら、ケーキも食べませんか?」

「お構いなく」

「そう言わないで下さい。ね?」


まるでさっきの話しは聞いていないかのように明るい


「では、お言葉に甘えていただきます」

「すぐに準備しますね。あ、紅茶と珈琲、どっちが良いですか?」

「紅茶で」


知っていると分かっているはずなのに、嬉しそうに微笑む

チーズと苺が使われているであろうケーキの良い香りがしてきた

そして、優雅な紅茶の香り


「お待たせしました」

「ありがとうございます。いただきます」

「どうですか?」

「とても美味しいです」

「良かった」


寂しそうな微笑みを見せられると、なんと言って良いのか分からなくなる

だが、このケーキに関してひとつ気になることがある

聞きたいことを聞く前にそれについて聞いてみようか


「息子さんと一緒に食べられる用に作ったにしては量が多い気がしますが…」

「あの子、多分帰って来たら一緒にケーキを作るって言いだすと思って」


キッチンの方をちらりと見る

そこに息子が立つ姿を想像しているのだろうか


「あの子不器用だから、ちゃんと作れるように工程を省いたり作業を簡単にしたりして、同じ感じに仕上がるように試作してたんです」

「なるほど」

「だからお店には出せないけど、沢山あるんです。良かったら持って行かれませんか?」

「いいえ…、これから行くところがありますので」

「そうですか。残念です。良かったら、お店に買いに来て下さいね」

「是非」


ケーキを食べている間、沈黙が流れる

何故なにも聞いてこないのか


「ご馳走様でした」

「お粗末様」


相変わらず表情は「微笑み」だ


「何故ご自分を指名なさったのか、聞かれないのですか」

「ひとりしか生き残れないと分かったから」

「それが正しいか、確かめないのですか」

「なにを聞いても、息子は帰りません。茉莉ちゃんを守れたことだけ確認出来れば、それで構いません」


妙にはっきりとした口調だ


「その金井様ですが、第2ラウンドへ進んでみえます」

「内容は教えてもらえますか」

「詳しいことはお伝え出来ませんが、一言で言うとギャンブルです」


表情が曇る

その理由は恐らく金井茉莉のことを思ってだろう

金井茉莉が名前当てゲームを勝ち抜けたのは、知り合いが多かったことと、綾辻信元がいたことが大きい

ゲームの概要を知らなくても第2ラウンドに知り合いがいないことは予想出来るだろう


「わたしのことをどのような立場の者だとお考えですか」

「息子たちが参加したゲームのゲームマスターだと思っています」

「違います」


はっきりと告げると、少し驚きの表情を見せた


「わたしは息子さんたちが参加されたゲームマスターのゲームマスターです」

「ゲームマスターが同時に別のゲームに参加していて、そのゲームマスターだということですか」

「はい、彼はその事実を知りませんでしたが」

「その彼は、負けたんですね。だからこうして、あなたがここに来ている」


頷くことで返事をする


「彼は最期、わたしにこう言いました」


鞄から木で出来た箱を出す


「指一本…いや、髪一本でも良い。家に帰してやってくれ―――と」


大きく深呼吸をして、木箱を開ける

その中には右の人差し指が入っている


「息子さんたちが参加されたゲームは参加者全員の前で誰かを指して指名するものでした」

「―――この指で、茉莉ちゃんを守ったのね…」

「左投手だそうですね」


箸を持つ手は右だったし、指名のときに指す指も右だった

だから霧島の報告書に記載がなければ知らないままだっただろう


「そうなんです。あの…あのホテルでの呼び名は教えてもらえますか」


おずおずと言ったのは、なにも聞かなくて良いと言った後だったからだろうか

それくらいなら言っても差し支えないだろう


「ブルーです」

「そうですか。あの子、中日ドラゴンズのファンなんですよ」

「なるほど」


それでブルーだったのか


「でも、なかなか安直ですね。茉莉ちゃんは――不思議の国のアリス関連でしょうか」

「はい、ウサギと呼ばれていました」


小さく笑う


「確かに、茉莉ちゃんは死に急いでいましたからね」

「分かってみえたのですか」

「なんとなくですよ」


伝えなくてはいけないことは伝えた

渡さなくてはいけないものは渡した


残りはこの母親とゲームの関係性とその認識について知ること

そして、息子はゲームに参加することについてどう思っているか知ること


「息子さんはあなたがゲームに参加したことがあるのでは、と疑ってみえましたよ。どうしてだと思いますか」

「祖父の代からこの店には借金があったんです。でも、返済をして店の移転までした。そのお金はどこからっていうのはずっと思っていたと思います。自分がゲームに参加して、まさか人を殺したのか?って思ったんでしょうね」


資料によれば綾辻信元の実の母親を殺しているらしい

息子にも「最後の部屋」でそう話した


「あの子には中学生に上がるときに両親どちらとも血縁関係がないことを伝えました」

「そのとき息子さんはなんと言ったんですか」

「想像はしていた。どうして申し訳なさそうにしているのか分からない。夫婦は血が繋がってなくても家族になれるだろ。だから血の繋がりなんて大した問題じゃない。父さん、母さんと呼んでほしくないなら直す」

「本当に中学生ですか」

「私も驚きました」


小さくくすくすと笑う


「今の夫とはあの子を引き取ったあと、前の夫と別れてから出会ったんです。私の子供ですらない子供を愛せるのか、と聞いたら、君が愛しているなら君の子だ、って言ってくれたんです」

「素敵な旦那さんですね」

「はい。夫には交通事故に遭って亡くなった未婚の女性の子供だと話してあります。美談にし過ぎですかね。でも、私にしてみればそんな感じなんですよ」

「いいえ、そう聞こえるように言っているだけで、大切なことを隠してみえます。あなたは偶然通り過ぎた者ではなく、その車を運転していた者です」


微笑み、小さく頷く


「ただ、エンジンをかけたこともないのに公道を走ることを強要された結果だとは思いますが」

「上手い例えですね」


そこは笑うところではないだろ


「―――後悔、していますか」

「いいえ」


少し微笑んだまま俺の目をしっかりと見て言った


「あの子に出会えて良かったと、心から思っています」

「そうですか。では、幸せと巡り会えた不幸なゲームに息子さんが参加されることについてはどう思われましたか」

「なんだかインタビューみたいですね」


くすくすと笑うその姿は、本当に息子を失った母親の姿なのかと疑いたくなる


「私がゲームに参加してからもう16年経ちます。あのときは試運転だったことも理解していましたから、安全に帰って来れないかもしれないことは覚悟していました」

「だから、未来の約束をしたんですか」

「はい。名前当てゲームだと聞いたので、茉莉ちゃんが参加していることだけは間違いなと思いましたから」

「出来れば幸せを持って帰って来てほしい、と」


微笑んで頷く

ある程度覚悟していたのなら分からなくもない部分はある

だが、どこか気持ち悪さが拭えない


「質問は終わりですか?」


知りたいことも知れた

これで俺に用はない


「はい、わたしからの質問は以上です。ご質問がなければ、わたしはこれで失礼します」

「ありません。この子を家に帰していただいて、ありがとうございます」


大事そうに木箱を抱く

ふと、疑問が浮かぶ

気持ち悪さの正体は、これだったのだろうか


「この会話の間、金井様のことを名前でお呼びになりましたね」

「はい」

「しかし、息子さんのことは一度も呼ばれませんでした。何故ですか」

「そうでしたか?」


自覚がないのなら聞いても仕方がない

少し気になっただけで、どうしても知りたいわけではないし、仮にとぼけているのだとしてもこの様子では聞けそうにない

これ以上の長いは無用だ

さっさと退散して次の家に向かおう


「では失礼します」

「はい」


玄関先で微笑んで見送られる

他の親もこんな感じだと本当に気持ち悪いな

だが、次にある2つの選択肢のどちらを先に行っても、恐らくこの気持ち悪さは消えないだろう

霧島のやつ、なんで突然訪ねて来た怪しい客を泊めたりしたんだ

これは本来ゲームマスターの仕事なんだ

だが、そう思うとせめて霧島ひとりだけで良かった、とも言えるのかもしれない

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