ルート⑨6日目昼
6日目昼会いに行く人物:苺
さて、ここからだ
ここまで記憶の限りでは違うところはなかった
ナンバーに行っていて、ウサギは死亡
選択肢にあるのは苺のみだが、俺が会いに行きたいのは苺だから問題がない
苺が今いるのは簡易キッチンだ
前のときと同じだから、そのときと同じくキッチンの掃除をするフリをして行く
「こんにちは」
「こんにちは。紅茶ですか。レストランのものでは不十分でしたでしょうか」
パックの紅茶を妙に丁寧に淹れている
「前に教えてもらったことがあるんです。パックの紅茶でもとっても美味しく淹れられる、簡単な方法。それを試してるんです」
「それをどうなさるんですか」
「もちろん自分で飲みますよ。冷めないうちに」
「ウサギ様のことが関係しているのですか」
探る様な視線をこちらに向ける
「はい。金井さんに教えてもらったことなので」
「本名で指名する必要はあったのでしょうか」
「もちろんです」
「どうしてですか」
「「あの子」がウチを守ってくれるって、証明するためですよ」
それが例え本当だったとしても、それだけが目的だとは思えない
だが、まだ言動を変えるわけにはいかない
「本当にウサギ様のことがお嫌いだったのですか」
「どうしてですか?」
「嫌いな人物の覚えているエピソードは大体嫌なことです。ですが、苺様は今でもパックの紅茶を美味しく淹れられる方法を覚えていて、試しています」
「そこに嫌なエピソードがあったかもしれないですよね」
「それなら淹れようと思わないはずです」
「殺したこと自体は悪いと思ってるの。それだけ」
分かっていたはずなのに、急に落ち着いた声色で言われるとドキッとする
「だからウチはもう、本当に危ないと思ったとき以外は本名で指名しない」
ここだ
「苺様、それはもう不可能です」
「どうして」
「片付けをしようとして会議室Bに入ろうとした際、まだ中にはブルー様とナンバー様がいらっしゃいました」
「だからなに。ウサギを運ぼうとしてたんじゃないの。」
「ブルー様は「お前は自分の守りたいものだけを見てれば良い。帰って、あいつの居場所になってやれよ」と仰っていました」
苺が俺の瞳を覗き込む
「つまり、ブルー様はお2人を特定なさっています」
「それがなに。分かってやったことなんだけど」
「まさかブルー様がどちらも指名されないとお考えなのですか」
「そ、そうよ」
ここで言い淀むのか
それならこう仮定出来る
ナンバーが遅れて指名するのは想定外の出来事だった
本来であればウサギが生き残った状態で自分だけが危険な目に遭うはずだったが、ナンバーが指名に成功してしまったためナンバーも危険な状況にある
それを分かっていて、自分に指名を集めるため思わせぶりなことを言った
目的は自分がウサギに指名されること
それが叶わない状況で自分に注意を集めているということは、ナンバーを守るつもりがあるということになる
元は自分が蒔いた種だという気持ちもあるのだろう
「状況が変われば人の気持ちは変わります」
「なにが言いたいの」
「殺さなければ殺される…最初にそう仰ったそうですね」
ぐっと拳を握る
考えろ
生き残る方法を、生き残らせる方法を
「だけど…これ以上あの子を巻き込むわけにはいかない」
「それは鴬様もナンバー様を指名出来るということでしょうか」
「ウチらは小さい頃いつも一緒だった。ウチが出来るから出来ると思ってるだけ」
なるほど、確かに言われてみればそういう考えもある
苺は現段階で鴬の本名を思い出せないと思っていたが、思い出せているなら話しは違う
「では、どちらを指名するのか、考えなくてはいけませんね」
「それなら選ぶ必要はない。鴬のことは正直、あまり覚えてないから」
これは誤算だ
まだ「あのときの子」くらいにしか思い出せていないのか
誤算と言っても最初の計画に戻るだけでなんの問題もない
こっちの方が簡単だからラッキーだと思ったのだが、そう簡単にはいかないらしい
「思い出せる材料が少ない。もう少し見ないと…。でもそんな悠長なことを言ってる場合じゃない」
俯いて口の中でなにか言って考えている
ぱっと顔を上げると紅茶のパックの入ったカップを見る
「あー、長い時間入れ過ぎちゃった」
「待って下さい」
流そうとするので思わず止めてしまった
「捨てるなら、折角なのでいただいても良いですか?」
「良いけど…」
「飲んでみたいです」
首を小さく傾げるが準備をしてくれる
「砂糖とミルクはどうしますか?」
「ストレートでいただきます」
「はい、どうぞ」
「いただきます」
うん、美味しい
確かに長い時間入れ過ぎているけど、普通に淹れるよりは断然美味しい
「とても美味しいです」
「良かったです」
普段はあんなに嘘の雰囲気をまとっているのに、小さく微笑むその姿に嘘は全く見えない
「じゃあ片付けはよろしくねん」
「はい。ありがとうございました」
「どういたしまして。ウチも、ありがとう」
「なにが…でしょうか」
「ブルーが言ったこと、教えてくれたから。知らなかったらウチ、指名しようなんて考えもしなかった」
別ルートで苺を見て来ても、少し意外だと思った
やはりブルー、ウサギとは違う
2人には絆が確かにある
「でもその紅茶、実際そんなに美味しくなかったと思うけどねん」
照れ臭かったのか、話題を変えられてしまう
「飲んだことがないものを評価することは出来ません。なので、わたくしにはこの紅茶の方が美味しいです」
「優しいんですね」
そう言われると分かっていても、良い返事は思い付かなかった
「でも、なにもかも…敵わない」
「そんなことないです」
背を向けて歩き始めていた苺の背中に言葉を投げた
「お2人には絆があります。あの2人にはないものです。相手を思う気持ちにだけは、嘘はないはずです」
「だけって酷いこと言うねん」
振り返って、笑う
「でも、ありがとう。それを誰かが知っていてくれるだけで、ウチは救われる気がする」
少し涙の溜まった目が、太陽の光を浴びてキラキラと光っている
それはとても美しい
「救われる方法が他にもあったんだ」
呟く様に言って声をかける間もなく簡易キッチンを後にした
呼び留めようとしたときに出た手はなにも掴めず、カップを両手で包む様に持った
救われる方法が「他にもあった」ということは苺の考える救われる方法は全て実行出来なくなっているのだろう
ウサギを「金井郁」で指名することとなにか関係があるのだろうか
話す度に謎が深まる人物だ
だが、見ていて面白い
目的のためには手段を選ばない場合もある
それは行き過ぎない場合、人間味があると評価される
苺はその類だろう
実際、ナンバーを守ろうという気持ちはある
最初の印象とは随分違う
この6人の中では一番好きかもしれない