例えば、こんな青春を。
2次元でよく見かける、負けヒロインの幼なじみがいる。
主人公は、幼馴染と長い付き合いを持っていたのにも、関わらず、ぽっと出の魅力的なヒロインに惹かれていき、幼馴染は二人の門出を祝うことしかしなかった。
どうして、好意も持たずしてずっと幼馴染と関わることが出来たのか。
どうして、幼馴染の好意に気づいてなお、なあなあな態度を取り続けたままで都合よく関係を続けようとしていたのか。
だったら最初から関わるなよ。
似たようなシチュエーションの作品を読むたびに、俺はそう思うことしか出来なかった。
「女の子の好意だから断れなくて、ズルズルと関係を続けようとしていた」
それは優しさ?甘さ?
俺から言わせれば、それはただの馬鹿、あるいはもっと質の悪い何かだ。
自分自身ですらそれに気づいていないなんて、あまりに愚かで気持ちが悪すぎる。
なんて醜い【二次元の人間】なのだろうか。
それが、よくできた【物語の主人公】の素質なのだろうか。
俺は違う、そんなぬるま湯に甘えたりしない。
物語の時系列でいうならば、主人公がヒロインと出会う、そのずっと前から―――
相生 拓真は佐藤 楓が好きなことぐらい、自分自身でとっくのとうに気づいていたのだ。
何の感情もなく、ただ楽しいからなんてしょうもない理由で10年も関係を続けられるほどには、俺も楓も出来た人間じゃない。
そこに情が移るのは至極当然の話だ。
いや、世界のどこかにはそういう関係があったっていい。お互い別に恋人がいる、仲のいいセフレみたいな関係があったらそれは何と羨ましい事だろうか。
ただ、俺はそんな風に全てを悟り切ったような人にはなれないだけで。
もしも俺が楓に本気で告白すれば、絶対にokを貰えるはずだ。
好きでない男と喋る程楓は暇な人間ではないし、好きでもない男の純情を弄ぶような尻軽女でもない。
そんなに悪い奴じゃない!というよりは、そんなんで面倒ごとが起きたら困るから、というのが何とも楓らしい理由のような気がするけれど。
だから、もしもそんな楓に俺以外の男が出来たら全力で祝福するし、応援だってするつもりだ。
当たり前だ。今までずっと好きだという気持ちを蕾のまま花開かせてなかったのだから、それまでの関係がこれからも続いていくというだけの話。
関係を終わらせたくないのなら、最初から始めなければいい。
そうやって【物語のぬるま湯】に浸かり切っていた俺が、いつか訪れるかもしれない世界の話。
目が覚めた瞬間、ここが現実であることを信じて何度も首を振り回した。
そして起きようと足を伸ばして――俺は自分が風邪をひいて寝込んでいたことを思い出した。
「ん、起きた?おはよう」
俺の物音に反応して、机の椅子に座っていた楓がこっちに向き直る。
机の上に散らばったノートを見るに、一人で勉強でもしていたのだろうか。
学校ではいつもはっちゃけているおてんば娘がテストでいつも上位にいるのは、こうして誰も見ていないところで黙々と勉強をしているからに他ならない。
俺には出来た、いや出来すぎている幼なじみだ。
「熱は?どんな感じ?」
「うーん、寝る前に解熱剤飲んでたから大分マシになったかも」
「そっか、何かして欲しいことはある?」
俺を、愛してほしい。
とっさに浮かんだ俺の気の狂った妄想が、否定できずに言葉になって零れ落ちた。
「じゃあ、俺を愛してほしい」
「はいはい、愛してますよ。これ以上ないくらいの、信頼できる家族としてね」
血が繋がっているわけではない。
義理の兄弟という訳でもない。
だけど、隣に住んでいた楓との付き合いはもう10年を超えているから、俺たちはお互いに家族として愛することにしよう。
―――そう決めたのは、いつかの話。
「ありがとう。俺も愛してるぞ、楓」
―――それを後悔するようになったのは、さらにその後のお話。
「はいはい、家族として、でしょう?どうもどうも」
―――そして、その現状から一歩を踏み出そうとしているのは、今のお話だ。
「いや。ちゃんと、一人の女の子としてな」
「……」
楓の動きがピタリと止まる。俺はそれを許可と判断して、勝手に話を続けた。
「好きです、佐藤 楓さん。僕と、お付き合いしていただけませんか?」
しばらく沈黙の時が流れる。
不思議と、焦りや後戻りできない恐怖などはなかった。
沈黙が苦にならない、こういう時間こそが、俺の大好きな時間だった。
「……はぁ。それ、こんな状況で言うこと?」
呆れたというか、なんというか。
まるで、いつか言われることを分かってたかのように、楓が一つ息をついた。
場違いな告白に対しても、ため息を一つ吐いただけで、椅子から降りてこっちに近づいてくれる楓の姿がなんとも愛しい。
「風邪で寝込んでいる幼なじみから、愛の告白をされました―――なんて、人気の出ないタイトルみたいじゃない?」
「馬鹿言え。こんな状況だからこそ言うんだろ」
元はと言えば、風邪を引いた人の心の弱みに付け込んで俺をメロメロにしようとしたコイツが悪いのだ。
だったら俺だって、楓の心の弱みに付け込んだっていいだろう。
今だったら、楓は冗談でこんな話を躱せやしない。
俺が、こうして風邪で苦しんでいる今なら。
「まあ、うん。ずっと前から知ってたよ」
拓真が私を好きなことも、私が拓真を好きなことも。
楓は何も言わなかったけれど、今の俺に向けてくれている眼差しがどれだけ優しいものかを考えれば誰だって……いや、俺なら分かる。
「にしても、何で言おうと思ったの?
痺れを切らして、いつか私から言うのかなーって思ってんだけど」
「ヘタレで悪かったな」
「そうだよ。これからは直してね」
そっか、これからがあるのか。
だったらそんな大切な一日を風邪で寝込むなんて、俺はなんて勿体ないことをしてるんだろう。
「ところで、どうして今言わなきゃいけないと思ったの?」
そう聞いてくる好きな人の声音は、どこまでも優しい。
「夢を見たんだ。楓が他の人と結婚している夢を」
だったら、せめて。
俺が今告白した理由は、その誠意くらいは見せないといけない。
「へー。どんな人だった?私の旦那さん」
「身長は高かったような気がしたけど……顔は覚えてねえな。
俺の方がイケメンじゃねえかってみっともなく思ってたぐらい」
「それ、よっぽどだね」
「ほんとにな。何も言い返せねえよ」
俺の醜い嫉妬心もよっぽどだし、自分の方がカッコいいだなんて自意識過剰もいいところだ。
楓にとっては、俺なんかよりも夢の旦那さんの方がカッコいいからその人を選んだというのに。
「それでさ、楓がブーケトスならぬブーケキックをやろうとしてさ」
「うん。後で死ぬほどツッコミ入れたげるから、そのまま続けて」
夢の中でも、現実でも、楓は自由奔放だ。
そんなんだから好きになったんだ。
「ブーケなんて蹴ったら普通はその場に散らばるだろ?」
「まあ、そうだね」
「でもなぜか、楓が蹴ったブーケは空高く舞い上がってさ。
参列客の俺たちに、花びらがひらひらと舞い落ちていったんだ。
茎の部分が当たって痛がる人も、花びらを掴んで喜ぶ少年も、呆れ顔で見つめながら祝福している楓の両親とか。みんな笑顔で楓の方を向いてたよ」
「……それは、拓真も?」
「いや、俺は……」
言葉がそこで途切れる。
自分の心臓がキュッと縮こまったのが分かった。
夢だと分かっているのに、痛みの限度を知らない心がどこまでも痛んで壊れそうだ。
「そっか。辛かったね」
無意識のうちに震えていた左手が暖かな両手に包まれたとき、俺は初めて自分が泣いていたことに気づいた。
楓の両手から抜け出した左手で涙を拭い、ぽっかり空いた両手のスペースにその手を戻す。
今思うと凄く汚いような気もするが、楓はそれに何も答えずじっと俺の手を温めてくれていた。
「だからさ、、やっぱり、そうかって思ったんだよ」
10年間も膨らませ続けてきた蕾が、いよいよ花開く時が来たのだ。
春をじっと待っていたさなぎが、成虫にかえる時が来たのだ。
なんて言うと聞こえはいいが、
実際は、自分の心がはち切れそうで辛かったから言わざるを得なかっただけだ。
結局は自分の我がままでしかないのだ。
世界はやっぱり、後ろ向きな行動だらけで出来ている。
「ん。そっか。やっぱり私の魅力に耐えきれなかったか」
そんな後ろ向きな俺を常に前へと引っ張り続けてきてくれたのが、佐藤 楓という俺の幼なじみだった。
感謝も、恋慕も、冗談も、本音も。
全ての感情を受け止め続けてきてくれた楓に対して、『好きだ』という未熟な言葉でしかこの思いを返せないのが何とももどかしい。
「10年間も我慢してきたからこんな変な場所で告白してるんだろうが」
「あっ……んふふ、そっか」
そんなに嬉しそうに笑わないでくれ。悲しみから幸せに叩きあげられた感情の落差に心が付いていかなくてどう振る舞えばいいのか分からない。
「それで、拓真は私にどうしてほしいの?」
「……冗談言わないのか?
普段なら、『筆おろし?』とか『おかゆのロシアンルーレット?』とか言ってくるだろ」
「あのねぇ。折角今いいムードだったのに、水を差さないでくれる?はい、お水」
「ああ、ありがとう」
水だけに、、なんて言わない時点で、楓も本当は凄く緊張していたのかもしれないということに、今更ながら気が付いた。
「こっちだって、急にそんなこと言われちゃったから今どうしていいか分からなくて割と焦ってるんだよ?」
改めて楓の方を見返すと、まるで茹でだこのように耳まで真っ赤に染まっていた。
自分の言葉でこんなに慌ててくれていると思うと、申し訳ないと同時になんだか嬉しい。
男の子は、いつだって好きな女の子にちょっかいをかけたくなるものだ。
「それはどうも、悪いことをしたな」
「そうだよ、さっきからずっと心臓がドキドキしっぱなし。触ってみる?」
「俺にそんな度胸ない事を分かってて言うなよ」
「っへへ。ずっとドキドキさせられっぱなしで悔しいからお返しだよ」
こんなしょうもないやり取りで笑ってくれる楓が愛おしくてしょうがない。全くもって俺はこんな風邪で寝込んでる場合ではない。
「ったく……っつー!背中痛ってえ!」
「ああもう、急に体を起こそうとするから」
「しょうがないからお姫様のキスで起こしてくれ」
「嫌だよ、今の拓真寝起きだから絶対に口クサいでしょ」
「問題点そこなのかよ」
「だってさ。告白がこんな風になっちゃったのなら、ファーストキスぐらいは、ちゃんといい思い出にしたいじゃない」
「それだと、まるで告白はいい思い出じゃないみたいな言い方だな?」
「それは、その……死ぬほどいい思い出だけどさ」
聞かなきゃ良かった。可愛すぎる。
「でも、ほら。もしも子どもに『お母さんたちが付き合いだした時って、どんな感じだったの?』って聞かれたら、ほら、その……凄く恥ずかしいじゃない、嬉しいけど」
「え?そんなところまで考えてたのか?」
「まあ、うん。はい。……ダメだった?」
ああもう、俺の馬鹿!
だからさっきから何でいちいち分かり切ったことを聞くんだ!
風邪で苦しい思いをしているはずなのに、顔の緩みが収まらない。
傍から見ればまるで精神異常者だ。
「ゴメンね。私の恋も10年物だから、ちょっと重くて」
「そうだな。俺にしか背負えない重さだな」
「……もう!ほら、病人なんだからさっさと寝て風邪治して!」
「ほいほい、病人は大人しく寝ております」
普段からやり慣れてる冗談のやり取りが、今日はこんなにも楽しい。
ただ一つだけ違うのは、今日だけは俺も楓も相手への恋慕を包み隠さず話しているということだ。
「あ、そうだ。手を握ってくれないか?」
「え?別にまあ、いいけど……普通逆じゃない?」
「楓の手は温かいから、触ってるだけで落ち着くんだよ」
「さいですか」
「それに、ほら。また同じ夢だったら、今度は俺が楓の旦那さんになってるだろ」
「……さいですか」
誰だお前は。俺はこんな浮わっついたセリフを喋れるような人間じゃなかっただろ。
やっぱり熱があるからこんな変なセリフも言えてしまうんだな、さっさと治して早く普段の俺に戻ろう。
その身体の熱がどこから来るのかすら深く考えないままに、俺は眠りの世界に就いた。
そっと触れた手のひらは、とても温かかった。
初めまして、ペンネームで遊んでたら本当に留年しそうでヤバい落胆 竜念と申します。
あらすじでも書きましたが、普段は『逆張りオタクの俺たちは、多分両想いだけどまだ付き合いません』(https://ncode.syosetu.com/n3468fx/)
という小説を毎日更新しておりますので、そちらも見て頂けると幸いです。
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