今はコレに賭けます!
地面にできた穴を見つめて固まるペトラに、リベレッタは少々焦っていた。
(マズイですね…魔法の威力を基準にして地面の強度を確認しましたが、素手でこの破壊力は流石に奇怪でしたか…機械だけに)
少々どころではなく かなり焦っていた。
(何か釈明をすべきなのでしょうが、迂闊な事を口走って墓穴を掘ったら今度こそ 挽回が難しくなりますし…ここはペトラの反応を待つしか…)
「あの、リベレッタさん…?」
そう考えた矢先、硬直していたペトラがついに口を開いた。
「今のは魔技…ですか?でも、相変わらずマナを感じませんでしたけど…」
(魔技…そういえばマナの隠蔽の話をした時、阻害系の魔技や魔法があると言っていましたが…)
ペトラの様子から、あの素手での破壊力は魔技で説明がつきそうだ。
しかし、わざわざマナを隠したまま魔技を使う正当な理由がない。
(既にペトラが魔法を使用した後ですし、私だけマナを隠蔽しても無意味ですよね…『隠すのが癖になっている』という言い訳も できなくはないですが…)
もし今後 更なる戦闘能力を発揮した時、同じ様に魔技で通せるとは限らない。
できれば、魔技以外の方法で説明をしたいところだが…
「今の…ですか?えー、今のパンチはですね…」
(ん?パンチ…?)
その時、リベレッタは先程の打撃が自身にとって『普通のパンチ』であった事に目を付けた。
(コレです!この世界で通用するかは判りませんが、今はコレに賭けます!)
「…今のは魔技ではなく、ただのパンチですが?」
「え、魔技じゃない!?いや、でも ただのパンチでそんな穴は…」
「ペトラは『火事場の馬鹿力』というものをご存知ですか?」
「…はい?」
唐突な質問に、一瞬ペトラの思考が止まる。
「火事場の馬鹿力…緊急時やパニックになっている時に発揮される、通常では考えられない程の凄い力の事です」
あのパンチに驚いたという事と、今まで見てきたペトラの身体性能…
そこから、この世界の人間も魔技や魔法を使わなければ身体能力は地球の人間とほぼ同じと推測できる。
(ペトラを生体スキャンした限りでは、体の構造や成分も地球人類とそれほど大きな差異はありません…なら、動作アルゴリズムも大体同じなはず…!)
「あ、はい。火事場の馬鹿力は知ってます。 でも、それが今のパンチと一体どんな関係が…?」
いまいち話が見えない といった表情で尋ねるペトラ。
「実は火事場の馬鹿力にはちゃんと原理があるんです」
「原理…無意識に魔技を使った、とかじゃなくてですか?」
確かに この世界ならそういった事例もありそうだが…
「ちゃんと魔技以外の理由です。説明しますね」
リベレッタはライブラリにある火事場の馬鹿力の詳細をロードした。
「まず、人は本来持っている力を自分の意志では約20%程度しか使えません」
「えっ!そうなんですか!?」
ペトラが予想より大きなリアクションをする。
魔技や魔法があるせいで筋力はあまり研究されていないのだろうか。
「はい。無理に全ての力を使うと筋肉が損傷してしまうので、脳が制限をかけているのです」
「この制限が興奮などの理由で外れる事で、本来持っている力が全て出せる様になります。これが火事場の馬鹿力の原理です」
ライブラリ内の医学データから、かいつまんで説明をするリベレッタ。
アンドロイドの自分に直接関係ない様なデータも入っているとは、庵藤博士には本当に頭が下がる。
「な、なるほど…」
マナの時と同じく、驚きながらも納得してくれている様だ。
「…えっと、火事場の馬鹿力については解りました。けど…」
そう、まだ肝心の疑問が解決していない。
「はい、ここからが本題です」
魔技を使わずに素手であの破壊力を発揮する方法、それは…
「私は故郷で受けた修行により、脳の制限を意図的に外す事ができるのです。」
どこぞの伝承者の様に、自分の意志で100%の力を出せばいい。
「…つまり、あのパンチ力は火事場の馬鹿力だと…?」
「はい、それを応用した ただのパンチです」
(完璧ですね…この理由なら実際不可能ではないですし、マナを感じなかった理由も『使わなかったから』で説明が付きます)
自らの弁明を自賛するリベレッタ。
しかし、ペトラは まだ何かを考えている様子だった。
「…何か腑に落ちない点でも有りましたか?」
「え? あ、いえ…そうじゃないんですけど…」
(パンチの事は納得している…?では何を悩んでいるのでしょうか)
リベレッタがペトラの真意を測りかねていると…
「あの…ただのパンチでそれなら、魔技を使うと どの位の威力になりますか?」
ペトラから突然 そんな疑問が投げかけられた。
「…何故その様な質問を?」
「はい、私もリベレッタさんの力を見ておけば 森のどの辺りまで行っても大丈夫か今のうちに判断できると思って」
なるほど、実に理にかなっている。
そして非常にマズイ。
(こ、これは魔技を使った攻撃を見せる流れ…せっかく弁明したのに、これではまた振り出しに戻っていまします…!)
やはり『マナを隠すのが癖』で通すか、しかし今後 魔技で言い訳できない攻撃をしてしまったら…
リベレッタは再び訪れた選択に長考を覚悟する…
しかし、即座に先程とは状況が違う事に気付いた。
(そういえば、今回はまだペトラに『攻撃を見せて』いません…!)
そう、パンチの時とは違い今はまだ『見せる流れ』があるに過ぎない。
この事実を踏まえ、瞬時に結論を出したリベレッタは…
「すいません、私は魔技が使えないんです」
無理に理由を付けず、ただ正直に真実を伝えたのだった。