そういう機能は搭載されてないですね
「ひぁぁああ!?」
あまりにも予想外な出来事にペトラは素っ頓狂な叫び声を上げながら飛び退き、尻もちをついた。
「…安心してください、貴女に危害を加えるつもりはありません」
冷静にそう告げた女性は、ペトラの方を一切見ず、起き上がった時の状態のまま何処か遠くを見つめていた。
(…これは、タスク優先度最大の秘匿ファイル?)
セットアップ後のシステムチェックをしていると、ある一つのファイルがピックアップされた。
(『起動後に即、これを確認しろ』と言う事でしょうか)
暗号化を解除すると、どうやら映像データのようだ。
―再生
《…あー、えー、んーっと…何から話せば良いかな》
映像は、散らかった大きなテーブルに寄りかかった男が、カメラに向かって歯切れ悪く語りだす場面から始まった。
部屋が薄暗いので細部まで分からないが、くたびれた白衣を着た30代くらいの男だった。
《とりあえず まず謝らせてくれ、スマン!》
男はテーブルから離れ パン! と顔の前で手を合わせ頭を下げた。
《って、いきなり言われても何の事かサッパリだよな…スマン》
先程よりやや緩んだ表情で、男は再び謝る。
《聞かれてるかもしれないから細かい事は言えないが…お前は多分、どこか遠い所にいるはずだ》
《それが場所なのか、時間なのか、はたまた次元か空間か…》
そう言った男の声は、どこか少し楽しそうだった。
《こういう形でお前を守るのが、今の俺にできる精一杯でな…》
《ホント、不甲斐ない親父でスマン!》
三度目の謝罪。
《一応、どんな場所に飛ばされても対応できる様に準備はしたつもりだ。》
《流石に、全部が全部 完璧ってわけには行かないだろうが…》
男は再びテーブルに寄りかかると、わしゃわしゃと髪を掻いた。
《お前には そこで自由に…『生きて』もらいたいんだ》
そう言うと、数秒カメラを見つめ沈黙する。
《お前の行く末を見届けられないのは、科学者としても、親としても残念だが…》
《お前が無事に生きてさえいてくれれば俺は満足だ!》
ニカッ と達成感に満ちたような顔で男は笑った。
《これからお前が何をするのか、何処へ行くのか…》
《それはもうお前の自由だ。自分で考えて、好きなように生きてくれ》
《…あ、くれぐれも誰かに利用されたりするんじゃないぞ?もし悪い男に捕まったらパパ泣いちゃうから》
男は、わざとらしく声を震わせ戯けてみせた。
《…それじゃ、元気でな》
《ユヅル 庵藤から『リベレッタ』へ…愛と願いを込めて》
―再生が終了した
(ユヅル 庵藤…『重力を利用した新エネルギーを生み出し、アンドロイド開発でも第一人者として活躍する天才科学者』)
(映像内の発言からみて、私を作ったのも庵藤博士のようですね)
得られた情報を元に、リベレッタは現状把握を進める。
(しかし『自分で考え自由に生きる』ですか…難題ですね)
(生物であれば種の保存を目的にできますが…)
咄嗟に自身の機能を確認する。
(…そういう機能は搭載されてないですね)
一瞬乱れた感情モジュールが再び平常に戻った。
(となると、まずは目的の設定が最優先でしょうか?目的を見つける事を目的として行動を開始する…ん?それはつまり目的が見つかっているので既に完了なのでは?)
などと、リベレッタが危うくループ思考に入りかけていると…
「あ、あの~」
ずっと様子を眺めていたペトラが、おずおずと話しかけてきたのだった。