遅れてきたチート勇者
普通の高校生だった勇者・五十嵐辰巳は
滅びゆく世界を救うべく召喚されたが
なんか来た時にはもう人類が滅んでました。
四半世紀ほど遅いっつーの。
俺こと、五十嵐辰巳が勇者として召喚されたのは、魔王によって世界が滅ぼされ、魔界となった世界だった。
そして、おれは。
一時間足らずで魔王を倒した。
「ふざけんな」
それが魔王の最後の言葉だった。
いやふざけてない。
ありとあらゆる神秘を消滅させる程度の能力で魔王の能力を全て封じ、ありとあらゆる生命を超越した肉体による体技により魔王の身体を粉砕し、ありとあらゆる哲学家を上回る毒舌によって魔王のメンタルを塵芥に変えた。
そして、世界の危機である魔王はこの世から消滅した。
ただし、世界はすでに魔界と化しており、人間はひとりも生き残っておらず、聖なる神々はみなその力を失い、この世は文字通り地獄となっていた。
「そして、俺は元の世界に帰れない」
当たり前だ。
転成とか召喚とか、まぁ、それそれな理由でこの世界に呼び出されて、俺自身も苦労せず超人的な能力手に入れてラッキーくらいにしか考えてなかったけど。
まさか、この世界に来るタイミングが25年もずれ込んでしまうとは。
25年。
オリンピックは6回以上開催されるし、生まれたての赤ちゃんが立派な社会人になるし、戦争が終わってバブルが弾ける。そりゃ、魔王だって世界征服を終わらせるわ。むしろ、20年くらい暇してたとか言ってたわ。二代目魔王ですとか言われた時は、ものすごい複雑な気分になったわ。普通に倒したけど。
「えっと、たしか俺がこっちの世界に呼ばれた理由って、滅びゆく人類を守ってくれだったっけ?」
もう、よく覚えてない。
一時間かそのくらい前の話なのに、なぜかとんでもなく昔に言われた台詞な気もする。
うん。守れてないね。
むしろ、間に合ってないね。守るどころか、あったことすらない。人類に。
おぉ、人類よ。
俺が来る前に滅んでしまうとは情けない。
「さて、どうしよ」
「どうしようの前にいい加減ワシの上からどけ、腐れ勇者が!?」
とくに深い理由があったわけではないが、俺は魔王を下敷きにしていた。
ありとあらゆる生命を生き返らせる能力によって、木っ端微塵にした二代目魔王を復活させて、しっかりとこの世界の現状について喋らせた俺に隙はなかった。
「生き返らせる能力があるなら、それで滅んだ民でもなんでも復活させればよかろう!」
「そんな都合のいい能力あるわけないだろ」
「じゃあワシを粉微塵にしたのに復活させた能力はなんなんじゃよ!」
「そういうための能力だよ」
「ワシ、切れてもいいかの!?」
「それより魔王、魔族ってさ、食べたらちゃんと出すのかな?」
「それよりってなんじゃよ!? しかも今聞くことかそれ!? というかさっさとどかんか!」
「いや急に気になって。というか魔族って何食べるの? ババロア?」
「なんでババロア!? お主の中の魔族、主食ババロアなのか!?」
「ババロアばっか食ってると、腹がゆるくなりそうだよな…」
「んな心配せずともよいわ!?」
「さっき魔王をみじん切りにした時、なんか黒っぽいババロアっぽかったし、もしかして身体がババロアでできてるのかなって少し心配したんだよ」
「生ものならなます切りにすれば、だいたいペースト状になるわ! というかワシの最後、そんな感じじゃったのか!?」
「ちょっと香ばしかった」
「摩擦熱なんかで焼けとる!?」
「いや、あんまりにも見た目がグロかったから、ありとあらゆる生命を焼き尽くす炎を出す能力で焼いた」
「ワシの身体ペースト状にされた上で消し炭にされてた!?」
「なんか調理実習を思い出したよ。焦げたハンバーグ」
「いい加減、ワシの身体を料理っぽく解説するのやめてくれる!? というかそろそろどいて下さいよ、下っ腹押さえつけられてていい加減ヤバイ感じなんじゃけど!?」
「漏らすのか?」
「風穴が空くんじゃよ!!」
「多分それは俺のありとあらゆる重さを自由自在に操る能力のせいだな」
「なにその使い道のなさそうな能力!?」
「いや便利だぞ。魔王の腹の上に乗って徐々に重さを上げていく拷問する時に」
「あ、やっぱり徐々に重くなってる感じがするの、気のせいじゃなかったんじゃね…」
「うん」
「ワシ、下半身の感覚なくなってきてるんじゃけど…」
「正直カッとなってやった。わりと後悔してる」
「あ、じゃ、じゃあどいてくれない?」
「漏れるのか?」
「むしろ、ワシの中身の出ちゃダメな部分がポロリしそうなの…」
「それは、ヤバイな」
「うん」
「ちょっと見てみたくなってきた」
「まてまてまてまてまてまて! ワシ、限界。もう魔法障壁で誤魔化すとかも難しくなってきてるの! あともうすこしでも重くなると、ワシの上半身と下半身がさよならしちゃうの! たぶんその前に、圧迫されたワシの中身がへんなとこから出ちゃうの!」
「お尻の穴とか?」
「お主絶対わかって言ってるじゃろ!」
「魔族の主食がなんなのかわかるな」
「わかるわけないじゃろ! お主は動物の排泄物を見て、判断する学者か何かか!?」
「ありとあらゆる物質の構成成分を解析する能力を使用すれば余裕」
「やめんか! 知的好奇心はもうちょっとマシなことに使うがよいわ!?」
「でも出てくるのって、排泄物じゃなくて、レバー的な何かだよな。それじゃ主食はわからないな」
「お主の興味関心はワシの昨日の献立しかないのか!? 仮にそうだったとして、なんでこの世界の魔王相手にそんなわけわかんないものに興味抱いちゃってるわけ!?」
「だって気になるじゃん。ババロア」
「お主実は今現実逃避しとるじゃろ! そうなんじゃろ!?」
「うん」
「だったらさっさとどかんか!」
「わかった」
俺は魔王の腹の上から降りる。
降りたその瞬間、魔王は両手両足をカサカサと動かし一ミリでも多く俺から離れようとした。なんども、体制を崩し、やっと玉座の影に隠れる形で俺と向き合った。一応魔王の名誉のために、上に乗っていた時に感じた若干のアンモニア臭については触れないでおく。たぶん、本人も気付いてない。
さっきまで禍々しい鎧を身につけ、威厳たっぷりに佇んでいたこの世界の王のすがたはどこにもなかった。
「さて、ほんのわずかな希望を抱いて魔王倒してみたけど、やっぱり元の世界に帰るとか無理っぽいな。ひょっとしたら、今の魔王フルボッコにすれば奇跡が起きて世界救われたりしないかなー、とか思ったけどやっぱ無理だったわ」
「ワシ、そんな理由で四回も消滅させられてるの…?」
「一度でダメなら、三度で?」
「礼をつくす的な判断で!?」
「流石にありとあらゆる星々のエネルギーを集約する必殺技は、すこしやりすぎたかなと思ったけど、まぁ、ありとあらゆる衝撃を収束する能力あるしなんとかなるかなーって感じで…」
「あ。あのワザ、そんな不確かな根拠でワシにぶっ放したんだ…」
「危うく星ごと吹っ飛ぶとこだったけど、まぁなんとかなったし、結果オーライ?」
「結果オーライ。じゃないわ!! ワシなんぞ100億回殺されてもお釣りがくる破壊じゃったぞあれ!」
「ドンマイ」
「ふざけんな!」
それにしても本当どうしよう。
まさか、開始前にゲームオーバーというかタイムオーバーするなんて予想してなかったし、どうしよう。
「お主、どうせクソチートなんじゃし、時間とか空間をねじまげる能力でタイムスリップでもすればよかろう」
「そんな都合のいい能力あるわけないだろ」
「なんなんじゃよさっきからお主の能力とやらは! もうちょい融通効かせてもいいじゃろ! もう、ワシたち魔族の天下なんて終焉なんじゃし、潔くぱっぱと人類の希望とやらを元に戻せばよかろう!」
「世の中、そんなに甘くないんだよ」
「なんで、ワシ、こんな諦めムードなのに、勝者のほうが困惑してるの!? ワシもう困っちゃうの!!」
「勝利なんて虚しいものなんだよ…」
「うざっ! その悟ったような目、めっちゃうざい!!」
「一度やってみたかった」
「お主さては馬鹿じゃな! もしくは人をおちょくって遊んどるな!?」
「うん」
「それはどっちに対する肯定じゃよ!」
「ところで魔王。プリン食べる?」
「何故!? 何故いきなりプリン!?」
「なんか急に甘いもの欲しくなって…」
「お主さては人の話聞かない人じゃな! そして、こんなこと言うのもなんじゃけど、そこはババロア食っとけよぉぉぉ!!」
魔王は慟哭した。
目には涙を浮かべて、声よ枯れよと魂ごと震わせ叫んだ。
まぁそれはともかく、ありとあらゆる甘味を作るための準備を整えるための物質創造能力により、プリンを作るための道具がそろった。ありとあらゆる甘味を作るための材料を揃えるための物質転移能力により、プリンを作るための材料もそろった。レシピに関してはもう、勘で挑むしかない。
「そこは物質転移だろうが、空間転移だろうがで、レシピとってくればよかろうじゃろぉぉぉ!!」
「知識は、もうどうしようもないんだよ…」
「そこで諦めるなよぉぉぉ!」
とは言っても、牛乳と卵と砂糖とゼラチンを混ぜて固めるだけだから、レシピもなにもあったものではないが。分量だって、ありとあらゆる最適解を導き出す感応があれば、フィーリングでなんとかなるし。
「そして、完成。」
「冷やし固めるのは!?」
「ありとあらゆる物質の時を早める能力でなんとか」
「どうせ加速はできるけど、元に戻せないとかじゃろ!」
「いや、ありとあらゆる能力を無効にする能力があるから、それも打ち消すことはできる」
「融通効くのか効かないのかはっきりせんか!」
「はい、あーん」
「あーん… ってするか!! せめて行動に一貫性を持たせよ! お主ここに来てから、キャラ掴みようがなさすぎるじゃろ!」
「うーん、やっぱりプリンよりババロア派だな。俺。」
「じゃったらババロア作ればよかろうわ!!」
「いやレシピ知らないし」
「そこはなんかもう頑張れよ!」
「本当に好きな食べ物は自分じゃなくて、他の人に作って欲しい。人の心が料理を美味しくするから」
「いい笑顔で、ワシにそんなこと言われても困るわ!!」
「……ないわー」
「自分で自分の台詞に引くな!あぁもう、わけわからん! 勇者っていうのは、もっと、こう、神々しくて清廉な感じとか、口では悪ぶっておきながらなんだ正義感が強いとか、もっと目的意識がしっかりしてるものじゃないのか!?」
「まぁ、目的達成する前に目的消滅してたし」
「そりゃそうなんじゃろうけども!」
「で、本当どうしよう。助けて魔王」
「今更青ざめるな!懇願するな!助けを求めるな!しかも魔王に!」
「あぁ、こんなことなら借りてたDVDさっさと見とけばよかった…」
「お主の前世での心残りそれしかないのか…?」
人類は滅亡しました。
今更魔王倒しても遅いです。
文字通り神は死にました。
あとに残されたのは、よくわからないチートの数々だけです。
「そういえばこの世界って魔界みたいな感じになってるんだっけ」
「ん。そうじゃな」
「魔王の他に魔人とかいるの?」
「まぁ、いるわな」
「どんなん」
「いっぱいおるぞ。魔人種、巨人種、竜人種、翼人種、亜人種、人外種、機械種、不死種などじゃな」
「なんだ、人がいない以外は平和じゃん」
「平和じゃんって、いやいやお主が呼ばれた理由は、その人々を助けるためじゃなかったのかの?」
「あ」
「世界が平和になっても、人が残って無ければ意味がない、というわけじゃな…」
本気で八方塞がりだった。
「いやいやまだ手は残ってる」
「いや無理じゃろ…」
「ほら、俺、人だし。俺が平和で幸せなならめでたしめでたし」
「人として最低な願望を口にしておることに気がついておるかの…?」
「いや、だって俺しか人残ってないから、俺が一人でも頑張るしかないじゃんよ!」
「あと、ワシからすればお主は、人ではないと思うぞ」
「なん、だと…!?」
「お主が人というか人類に分類してはならないものだということだけはわかる」
「ってことは…」
「うむ。お主含め、この世界にはもう人間とやらは残っておらんと確信しておる」
「…ですよねー」
「…ワシが言うのも筋違いじゃが、お主これからどうするつもりじゃ? お主のその力があれば、こんな地獄のような魔界でも、割と好き勝手できると思うのじゃが…」
「あ、もしもし母さん? 実は俺、死んだんじゃなくて異世界に飛ばされたっぽいんだよ。しかも、そっちに帰ってくる方法ないって。…うん、ありとあらゆる世界につながる電話があるから声を聞かせたりすることはできるよ。…うん。…うん。うん、わかってる。ごめん、母さんや父さんより先にいって。うん。うん、元気。大丈夫、そっちじゃ単なる高校生だったけど、こっちじゃ伝説の勇者みたいだから。あは、俺も全然信じてない。え、父さんと代わりたい? うんじゃあ、帰ってきたら俺の番号にかけてきて。また連絡するから。うん、ありがとう。そっちも身体に気をつけて。うん。それじゃ。」
俺は今時珍しくなってしまったケータイを懐にしまう。
「というわけで、今後ともよろしく」
「なんなのじゃお主のその台無し感!なんなんじゃ、なんで違う世界に電話が通じるんじゃよ! というか、電話って! ワシなんで電話知ってんの!? もうワシ自分で自分がわからないんじゃ!」
「ドンマイ」
「慰めにしてもぞんざい!?」
「で、魔王。文字通り世界をぶち壊すのなんて容易な俺だけど、目的も心残りも欲望もないけど、そんな俺がこの世界で好き勝手暴れていいの?」
「いいよ! という馬鹿はおらん!」
「だよね。物理的に世界を半分こできるし…」
「するな! えぇい! ならば、ダメもとで…ワシのモノとなれ! 勇者!」
「いいよ」
「いいのかよ!」
「血肉の一片まで、魔王のものにしていいよ」
「こわっ! お主のその自暴自棄感怖いわっ! もう少し自分のこと大切にせよ!」
「具体的には?」
「ほ? そ、そうじゃな…」
魔王は思案する。
「う、うむ。美人をはべらせ酒池肉林。ありとあらゆる快楽を極める。気に入らない相手は力ずくで排除。手を変え品を変え、世界を思うがままに操る?」
「基本、それ、魔王の目的とかだと思う」
「しかし、お主の力ならそのくらい余裕だと思うが…?」
「世の中そんなに甘くないんだよ」
「な、何故じゃ!?」
「ハーレムなんて人間関係のるつぼだし、快楽も極めれば毒だし、恐怖政治は俺より周りが危ない。そもそも、世界を自由になんて、操れるわけがない」
「ワシら魔王の存在全否定!?」
「まぁ、勇者だし」
「魔王よりも恐ろしい勇者じゃがな!」
「それより、魔王、トイレどこ?」
「この脈絡のなさ! …あっちの通路を右に曲がって…!」
「ありがとう」
「なんなんじゃ、魔王の城でトイレ借りる勇者って…」
五分後。
「ふぉぉぉ!」
「いや、ありとあらゆる精密機械に改造できる妙なチートがあったんで、トイレをウォシュレットにしたけど…」
「あぁ、これは…」
「うん、まぁ、その、他人の褌で相撲を取るみたいで、若干の申し訳なさがあるけど、ほんとなんでもありだなこのチート」
さすがは神様か女神様か世界の管理人だかわからないけど、天上人的な人がくれた万能チートだ。それで納得していいのかほとほと疑問だけど、それでいいのか?
「のう、お主よ…」
「そういや、魔王名前は?」
「は、名前?」
「そ、俺は五十嵐辰巳だけど、魔王の魔王は」
「ふっ、よくぞ聞いた… って、戦う前に述べたわい!わすれたんか!」
「え、そうだっけ?」
「そうじゃよ! お主の、チートならありとあらゆる情報を完全に記憶する能力とかあるじゃろ!」
「あるけど」
「ならば思い出せるじゃろ!」
「知ってるか? 記憶って、完全に頭の中から消えるんだぜ?」
「いい笑顔!?」
「たしか、えっと、…鈴木だったっけ?」
「そうじゃ、ワシこそこの世界を統べる魔王、鈴木…! なわけないじゃろ!アホかっ!」
「じゃあ、伊藤?」
「さてはお主、ありふれた日本の苗字を上から順番に言って、あてずっぽうで当てる気じゃな!?」
「俺のありとあらゆる苗字を記録する記憶能力があれば、余裕だ」
「ふざけんな!」
「ふざけてない! 山田! 田中!」
「異世界の魔王が日本の苗字名乗っとるわけがないじゃろぉぉぉ!」
「…そだね」
「今気がついたのかよぉぉぉっ!
もうやだこいつ! こんなんに負けるとか最悪なんですけど! もぅ、もぅ!」
「わ、ごめんごめん。ほ、ほら俺のありとあらゆる味の飴玉を出す能力で出した飴あげるから!」
「魔王を飴で釣るな! …何味?」
「ハッカ」
「ワシ、ハッカ嫌い」
「俺も嫌い」
「なら何故出したし!」
「これ食べないと次の味出せないんだよな…」
「さっきからお主のチート、融通きかなすぎじゃろ! しかもよくよく聞いてみると変な能力ばっかりあるし!」
「しかたないな… ありとあらゆる味覚を遮断する能力! ありとあらゆる食物を瞬時に溶かす唾液! ありとあらゆる匂いを遮断する鼻栓! ありとあらゆる食物を分解する酵素! ありとあらゆる嫌いな食べ物を好きになる能力!」
「ハッカ味の飴玉舐めるためだけに本気出し過ぎじゃろ!?」
「…うぇ…」
「しかも失敗してるし!?」
「口の中スースーする」
「ありとあらゆる後味の悪さを無くす能力とかでなんとかすればよからう!?」
「そんな都合のいい能力あるわけないだろ」
「だ、か、ら、なんなのじゃお主のそのチートは! いやもうそれチートでもなんでもないじゃろ!わけわからんわ!」
「ところで魔王、名前は?」
「くそがっ! ワシの名はルシフェル二世じゃよ!」
「なるほど…」
「これを伝えるためだけに、なんでこんなに苦労しとるんじゃよ…」
「その名前剥奪したから」
「ふざけんなぁぁぁ!」
「ふざけてない! ありとあらゆる封印を施す攻撃で倒した相手は、その力を名前とともに失う」
「返せ!」
「いやだけど?」
「なんでじゃよ!」
「魔王の力を封じた勇者が、自ら封印を破る真似するわけないじゃん」
「ふざっ… けて、ないの…」
「もとい、返せない」
「やっぱりふざげてるじゃないかぁぁぁ!」
「まぁ、ほら、名前なんて飾りみたいなものだし…?」
「その飾りを受け取るために、多くの魔族たちが血で血を洗う闘争を、してたんですけど! え、てことはお主今魔王の資格持ってるの!?」
「いや、俺勇者だし。封印のために剥奪した名前って、消滅するし」
「魔王制終了のお知らせでしたーーー!?」
「ドンマイ」
「ふざけるなぁぁぁ!」
「あれ、これってひょっとして、魔王名無しになってる?」
「ルシフェル二世の名前がなくなっただけで、エイリス・ジャバウォックの名前はのこっとるわぁぁぁ!」
「ところでご主人様、さっきから叫んでばかりですが。お疲れではないでしょうか? 今湯浴みの支度をいたしますので、少しお待ちください。夕食はその後にしましょう」
「ワシどっから突っ込めばいい!?お主の唐突なワシへ敬愛姿勢か!?お主の唐突な口調の変化か!?お主の唐突な従者っぽい行動か!?」
「浴室の準備ができました」
「お主のとんでもない仕事の速さか!?」
「お背中流しましょうか?」
「もうよいわ! いろんな意味でお腹いっぱいじゃわ! ええい! 風呂くらい一人で入れるわ馬鹿もん!」
◆
三十分後。
「くそぅ、なんなのじゃ。バスルームが凄まじく機能的になっておったわ… 様式美を崩さぬまま、機能だけを高めるとか、あやつは建築家か芸術家のどっちじゃ。いや勇者か。魔王の城のトイレと浴室を改造する勇者とか聞いたことないわ…」
「ってことは、辰巳さんって異世界からやってきた勇者さんだったんですか?」
「あぁ、とは言っても倒すべき魔王が4年前に死んでるんじゃ、何しに来たのかわかんないけどな」
「ってことは、ひょっとして本当はアタシたち全員がアンタの敵だったりするのか?」
「本来ならそうなんだろうけど、俺個人としても、あなたたちと敵対したいと思わないな」
「……」
「あぁ、できればこれからも仲良くしたい」
「ギャハハハ!魔王軍と仲良くする勇者とか聞いたことねー!」
「そもそも、人間の勇者なんて21年前に滅んでるでしょう?」
「うわ、遅い遅いとは思ってたけど、本気でめちゃくちゃに遅かった!?」
「……」
「そ、そりゃそうだけど。いや、そこまではっきり言われると立つ瀬ないな…」
「ギャハ! ヴェリアにまで言われてるぜ!」
「…あんまりからかうなよ、エリザ」
「ふふ、辰巳さんって不思議な方ですよね。人間でも、魔族でもない。ひょっとして神々の遣いだったりするのでしょうか?」
「うーん、見方を変えればそうともいえそうだな。もっとも、その神が文字通り死んでるんだが」
「死んだ神の遣い、ってか!? ギャハハハ、なにそれカッケー!」
「って、さっきから馬鹿にしすぎだろエリザ!」
「……」
「まて、ヴェリア。正直いうとお前の言葉が一番胸にくる…」
「あらあら、ヴェリアにエリザ。あまり辰巳さんを困らせてはいけませんよ」
「……」
「ちぇー、わかったよマリベル」
「ふふ、辰巳さんが本気で私たちに危害をくわえようとしたら、私たちなんて二秒で消し炭ですよ」
「否定しないけど、そこはかとなく傷つくな、その評価。…ってヴェリアさん? さりげなく距離置くのやめてくれません?」
再びあははと笑いが起こる。
女三人寄らば姦しいなんて言うが、想像以上にパワフルだった。
ダークエルフのマリベル。
人狼のエリザ。
吸血鬼のヴェリア。
それから、今調理場で後片付けをしているリッチのルキア。
魔王の側近の中でも特に強い力を持つこの四人は「四天王」であり、数々の勇者を返り討ちにしてきた歴戦の闘士たちだそうだ。入れ替わりはそこそこしているそうだが。
「タツミぃ… 今日アタシの部屋に来いよ。アタシとどこまでも気持ちいいことしようぜ…」
「あら、年中発情期の駄犬は口だけじゃなくて頭も悪いみたいですね。辰巳さんは貴方と違って人なんですよ。獣と交尾するような人がいらして?」
「いってろババア。無駄に年だけ重ねた淫乱ビッチが、綺麗事抜かしてんじゃねぇよ」
「あら、躾のなってないワンちゃんは、雄の前でお尻をふりふりするしか殿方の誘い方を知らないのでしょう? 口先だけの雌犬は、肉の棒でも夢想しながら耽っていればいいのですわ」
「…おい年増の娼婦。いっとくけど、若作りにも限界ってもんがあるから、せいぜいたるんだ贅肉が好きだっていう稀有な変態に見初められることでも期待してろよ、ビッチ」
姦しかった。
あ、ヴェリアは二人に聞こえないように「…で、シよ」と、魔王城でもかなり人目がつかない場所を俺に教えていた。
ちなみにエイリスの食事が終わり次第、ルキアと残った仕事をすることになっている。とはいえありとあらゆる家事を精密かつスピーディに行う技術を持ってすれば、食事のあまりでルキアと一杯やれるくらいの時間はできそうだった。
「あのー…」
「っと、エイリス様。湯浴みはもうよろしかったのですか?」
「それよりワシはお主がこの三十分足らずでなにをしていたのか気になるのじゃが…」
「普通に食事の準備とその他もろもろをしてただけでございます。」
「うん、ワシはそのその他もろもろという部分が気になって仕方ないのじゃよ…」
「マリベルとは少し話をしただけですし、エリザとは軽い模擬戦をしていただけですし、ヴェリアとは魔法について語り合っただけですし、ルキアとは仕事していただけです」
「嘘じゃ!」
「いやいや」
「普通にやってるだけでそんなフラグ立ちまるわけないし、バルフェルキアに至っては親しい仲にしか呼ばせない秘密の名前で呼んでおるではないか!」
「ドンマイ」
「わけわからん!」
「俺も実はよくわかってない」
「だろうな! どう見ても魅了の魔法とかありとあらゆるハーレムを作り上げる能力でも使った結果じゃろう!?」
「魅了の魔法なんてあるのか?あとそんな都合のいい能力なんてあるわけないだろ」
「魔族には効きづらいが、あるわっ!というか、都合のいい能力あれよ! そうじゃなきゃ説明つかんだろ!」
「だから、俺もかなり困惑してる」
「だろうな!執事言葉が抜けとるぞ!」
「っと、申し訳ございません。エイリス様。」
「そのとってつけたような執事ロールはもうよいわ! 普通にせい!普通に!」
「魔族の主食って、普通にパンなんだな。血の滴る肉とかおどろおどろしいスープとか想像してたけど案外普通なんだな」
「お。おぅ。急に普通になりおって… お主は魔族をなんだと思っとったのじゃ?」
「人類の敵?」
「その通り過ぎて返す言葉もないが、だからって腐肉を啜るとか嫌過ぎるじゃろ」
「もしくはババ…」
「ババロアとかほざきよったら、お主の配属先をジャイアントの男衆と同じにするぞ」
「ババババリアっ!」
ありとあらゆる攻撃から身を守るバリアが俺を包み込んだ。
エイリスはバリアにて吹っ飛ばされた。
「…生きてるか?」
「…ワシは悔しい。勇者の防御障壁に当たっただけで、体力のほとんどを持っていかれる現状が。」
「正直すまなかった」
ありとあらゆる傷や痛みを治す癒しの光を浴びせつつ、涙目のエイリスをあやした。
◆
現状を報告します。
俺は勇者として魔王を倒すように神様に言われてこの世界にやってきました。
ところが異世界にやってくるタイミングがずれてしまったようで、魔王が現れてから25年後の時間にやってきてしまいました。当然、魔王の世界征服は完了しており、俺をこの世界に連れてきた神様たちは皆、滅ぼされてしまっていました。もちろん人類は滅んでいます。
腹いせに魔王を倒しましたが、元の世界には帰れません。
そんなことはどうでもよく、今後の自分の身の振り方について考えなければならなかったのですが、どさくさに紛れて魔王軍に入れてもらいました。
というかこの世界。人類が滅んでいて、弱肉強食で、暴力が支配していること以外は案外平和だったので、まぁ、無理に勇者こと俺が魔族を滅ぼさなくてもいいやと無理矢理結論づけました。
というか、特にこれといった努力もせずにさまざまなチート能力というかバグ技が身についているので、気を抜くと堕落しそうです。働きたくない的に。
なのでいっそのこと、自分の持っている能力を全て封印してみました。無駄でした、本当に能力だけ封印されましたが肉体の強さだとか、感覚の鋭さとかは普通に残りました。ほんと融通の効かない力ですこれ。ありとあらゆる能力を封印する能力をありとあらゆる能力をなかったことにする能力で打ち消せるのか試してみましたが、調整中だそうです。
どことなく融通以前の問題がある気もします。
まぁ、そんな自分の力なんてどうでもいいので、とにかく病気にならず健康第一に過ごしたいと思っていますので、そちらも身体には気をつけて下さい。
五十嵐辰巳
PS
この手紙はありとあらゆる郵便物を知人に届ける魔法によって配達しています。宛先を書いたとしても、返信はできません。
なにかあったら電話のほうに連絡してください。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
名前:五十嵐辰巳
読み:いがらし たつみ
身長:平均的
体重:気にしてない
種族:勇者
能力:神さまとかそういう感じの存在から受け取った999999個のチート能力
説明:とりあえず『ありとあらゆる』チート能力を使いこなすことが可能で、老いることがなく死ぬことがない。ありとあらゆることが出来るが、なんでも出来るわけではないため、本人的には『不便な能力』と思っている。
余談:ちなみに両親ともに何度も世界の危機を救ったことがあるらしいのだが眉唾である。