第7話 落ちこぼれたち
騎士達とのパワーレベリングは3日間続き、今日はこの世界に来て6日目の朝。
戸惑い続きだった生活にもだいぶ馴染み、異世界の知識もあらかた覚えることが出来た。
こんな状況でここまで問題無く異世界に対応出来たのは、個室を貰えたことも大きい気がする。恐らく、ほかのクラスメイトにもそう感じている人は多いだろう。
やはり一人になってゆっくり出来る時間はとても大切だ。
現在の僕のレベルは7まで上がった。クラスのみんなも大体同じくらいなはず。いや、ギフト持ちの人はもうちょっと上かな。『経験値2倍』のスキル持っているみたいだし。
この『経験値2倍』はエクストラスキルの一種なので、異世界人以外は持っていないそうだ。
因みに、2倍の速度で成長するけど、レベルが上がっていくと次に上がるための必要経験値も増えると言うから、見た目のレベルの差としてはそこまで大きく広がらないとのこと。計算上、ギフト無しがレベル10の時、ギフト持ちはレベル14くらいになるとか。
レベル10に対して、レベル20くらいになっちゃいそうなイメージあるけどね。まあでも、2倍の速さで成長していることには違いないので羨ましい限りだ。
さて、今日はいよいよ実際に生徒達が自分で戦うとのこと。
最初は上がりやすいということで、あっという間にレベル7になったけど、ここからはそう簡単には上がって行かないらしい。パワーレベリングだと、経験値を騎士達と折半してるしね。
なので、騎士達とのパーティーを解消して、今日からは生徒達だけでパーティーを組んで戦闘をする。因みにパーティーは4人が基本らしい。
一応、騎士達の戦闘を間近で見てきたので、頭では大体のイメージは掴んでいる……と思ってる。
みんなに遅れずに、なんとか付いていきたい。
◇◇◇
クラス全員でいつもの狩り場へとやってきた。
「よし、じゃあ実戦を始める。これまでバトルについて色々教えたはずだ。それをよく考えて、各自バランスの良いパーティーメンバーを選んで4人組を作れ」
オルドルさんの指示に従って、次々に4人組が出来上がる。僕は戦士の五味君、神官の観定さん、魔道士の金子さんとパーティーを組んだ。
全員パーティーを組み上がったところで、騎士達が何かモンスターをこちらに追い込んできた。
「最初の戦闘はさすがに緊張するだろうと思って、一番弱いモンスター連れてきたぞ。ほぼ誰でも簡単に倒せるジャイアントスラグだ」
騎士達が追い込んできたのは1mほどの巨大なナメクジで、ウネウネと身体をくねらせながら、思ってる以上に速い動きでこちらへと近づいてくる。それも10匹。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああっっっっっ」
女子達の悲鳴があちこちで上がり、何人かはその場を逃げ出してしまった。
これは無理も無い。今夜彼女たちは悪夢にうなされることだろう。
「こらっ、お前らっ、この程度で悲鳴上げてたら、この先とてもやっていけないぞ!」
オルドルさんから叱咤される。
確かに見た目は気持ち悪いが、攻撃は体当たりしかしてこないので、初心者でも問題無く倒せた。
それにしても一番最初でこれとか、先が思いやられるなあ……。パワーレベリングして貰ってホントに良かった。
何度か戦闘しているうちに、ジャイアントスラグにはすっかり慣れ、もうこの程度なら全く問題無くなった。レベルも7あるしね。
次に騎士達が連れてきたのは、ホーンラビットという角の生えた兎。パワーレベリングで倒したポイズントードやレイジマタンゴも狩りやすいらしいんだけど、そいつらは攻撃方法がちょっと特殊らしい。騎士達はあっという間に倒してたんで、どんな攻撃してくるのか分からなかったけど。
ホーンラビットは頭の角で突き刺してくるだけだから、落ち着いて対処すれば、簡単に倒せるということだ。相手の攻撃に対する防御を覚えるのにも都合がいいらしい。万が一突き刺されても、レベル7あれば致命傷にはまずならないとのことだ。
何より見た目が弱そうなのがありがたい。
「動きをよく見て、相手の攻撃を盾で受けてから、もしくは横に避けてから、相手の着地を攻撃するんだ」
ホーンラビットの動きは速いが、単純な攻撃しかしてこないので、みんな落ち着いてそれを捌く。次々に倒されていくホーンラビットたち。
「そうだ、みんな上手いぞ」
僕のパーティーの五味君も、無事ホーンラビットを倒した。
次は僕の番だ。騎士達が次のホーンラビットを連れてくる。
落ち着け、いくら僕でもこの程度なら全く問題無いはず、イメージでは華麗に斬り殺せてる……。
……。
あれ? なんだ? イメージ通りに身体が動いてくれない。
単純なホーンラビットの突きを、盾で受け止めるのが精一杯だ。
みんなあんなに簡単に倒してたのに、なんで僕だけ……?
「どうした? 受けてるだけじゃ敵は倒せないぞ」
そうは言われても、どうしてもこれ以上の動きが出来ない。飛んでくるゴキブリから必死に逃げるように、ホーンラビットの突きを大げさに躱すだけだった。
見かねた五味君が軽くホーンラビットを倒す。
「お前こんなモンスターにビビりすぎだよ」
呆れかえったように五味君が言う。
すでに自分の戦いを終え、僕の戦いを見ていたクラスメイト達からも嘲笑の声が上がった。
「おかしいな、君レベル7なんだろ? こんなモンスターに苦戦するわけが無い。ちょっとステータスを見せてくれ」
ステータスは自分で見るだけじゃ無く、他人に見えるようにもオープン出来る。僕はステータスをオープンさせ、オルドルさんに見せた。
「んーレベル7だなあ……ん、なんだこれ、おかしいぞ。ちょっと君もステータス見せてくれ」
オルドルさんは五味君のステータスもオープンさせた。
五味虫雄 Lv7:戦士の心得 戦士
HP 470
MP 00
SP 46
STR 60
VIT 67
AGI 45
DEX 38
INT 16
LUK 14
勇木ヒロ Lv7: 魔法剣士
HP 210
MP 29
SP 29
STR 24
VIT 24
AGI 23
DEX 23
INT 26
LUK 11
「なんだこのステータスの低さは……これはレベル4にも満たない数値だぞ」
オルドルさんが驚きの声を上げる。どうやら僕のステータスは相当低いらしい。
甘かった……レベルがみんなと同様に上がっていたので安心してた。ステータス比べとかしたこと無かったから気付かなかった。
「いやしかし、いくらステータス低くても、ホーンラビット程度なら問題無く倒せるはずだが……一体君はどうなっているんだ?」
恒例となったみんなの大爆笑が草原に響き渡るのだった。
神さま……いやこの世界だと女神フォルティーナ様か。どうかこれ以上僕に試練を与えないで下さい……。
ほか、僕たち戦士職だけじゃ無く、魔道士達のために時間稼ぎの練習とかもした。
パーティーメンバー金子さんの魔法の完成まで、僕と五味君でホーンラビットを引きつける。詠唱終了後、無事魔法が放たれた。
「火炎焼却ーっ」
初の魔法射出だった。ほかのパーティーでも、次々に魔法は成功する。
そして体力の回復に、観定さんが神聖魔法を発動させた。
「回復」×2。
魔法は成功し、僕と五味君の体力が回復していく。
これで今日の訓練は一通り終わりだった。目標をクリア出来なかったのは僕だけ。
『獣使い』の香山さんと犬飼君は、今日のところは見てるだけとなった。まあ彼らは戦闘技術いらないらしいんだけどね。
「諸君に言っておく。戦闘において1つだけ注意して欲しいのは、怪我による身体の欠損だ。回復魔法では欠損部分は修復しない。というか、欠損を修復する魔法は存在しないのだ。だから、冒険者の中には片目を失ったり、指、腕、足の無い者が多々存在する。重々注意して欲しい」
そっか……魔法も万能じゃ無いんだな。
それにしても、さすがにこの状況はまずい。僕だけこんな状態では、パーティーに迷惑を掛けてしまう。
なんとかしなくては……
◇◇◇
「うおりゃああああああああああっ」
片側だけ結び上げたセミロングの髪をなびかせ、問答無用の勢いでホーンラビットに突進する女戦士。『超感覚』を持つ猪熊リンだった。
彼女は1ヶ月前に転校してきたばかりで、まだクラスに馴染めていなかった。ちょっと空気の読めないところも、理由の一つになっている。
完全無防備で突っ込む彼女を見て、慌てて指導の騎士が駆け寄ってくる。
「まてまて、今の話聞いてた?」
「先手必勝と思って」
「よく敵を見て戦いなさいって言われたでしょ!」
ホーンラビットにもう一度猪熊リンが突っ込む。
「おりゃああああああああっ」
「待て待て待て待て、だからよく見て!」
「よく敵を見てから突っ込みました!」
「見るのは『敵の動き』だ!」
猪熊リンは、女子では珍しい前衛職の戦士だ。もう一人前衛職の剣士が居るが、それは『精神統一』の剣持美咲。彼女は高校一年生の時、全国高校剣道大会で3位になるほどの天才剣士だ。剣士はむしろ天職と言ってもいい。
それに対し、猪熊リンは完全な素人。授かった能力も前衛職向きとは言えず、どうして戦士を選んだのか、指導の騎士は理解に苦しむ。
「余計なお世話かもしれんが、今からでも後衛職になった方がいいんじゃないか?」
「あたし、魔道士でも突っ込んでいく気がするんで、戦士でイイです」
そう言われてしまっては、騎士としても返す言葉が無い。
旅立ちの日までに、なんとかこの少女を一人前の戦士にしてやらなくては……。
◇◇◇
2人の男子がホーンラビットの注意を引きつけ、一瞬動きの止まったところを、狩人の矢が仕留める。
「華城さん上手だよ、凄い凄い!」
「オレ、本番のパーティーでは華城さんと組みたいなあ」
『幸運体質』の華城麗子だった。彼女は中学の時、ちょっとだけ弓道をやっていたので、狩人を選んだ。
身体のラインが分かるくらい背筋を伸ばして姿勢を正し、長い黒髪をなびかせて弓を撃つその姿は、とても様になっていた。
クラス内では控えめな部類だが、長身でスタイルの良い彼女は、男子に密かに人気があった。しかし、家がとても裕福というのもあって、一部の女子からは嫉みの対象になっていた。
彼女たちは恐らく勘違いしているだろうが、華城麗子は男性が嫌いだった。男を信用していなかった。それは彼女の家庭の事情に起因する。
「誰かさん、胸が邪魔で矢を撃ちにくいんじゃない? そんなんで戦闘大丈夫?」
「大丈夫よ~。そんだけエロい身体してれば、男子に守って貰えるでしょ」
そばで見ていた女子から、当てつけのようなヤジが飛ぶ。
「別に男とパーティーなんか組みたくないけどね」
ぼそりとそう呟いて、彼女たちに背を向けるのだった。
◇◇◇
「まだ~? そろそろ疲れてきたんだけど」
「は、はい、もうちょっとなんです、だからその……」
前衛の男子から不平をぶつけられ、眼鏡を揺らしながらあたふたとする女子魔道士。
ショートボブの黒髪にカチューシャを着けた、かなり小柄な女の子『知識の書』の倉橋友美だ。
前衛の男子2人は、すでに数分間もホーンラビットの気を引いている。疲れるのも当然と言えるが、対人恐怖症気味な彼女は、魔法の完成を男子に急かされ、さらにパニクってしまう。これでは逆に、魔力操作は遅れる一方だ。
高めた魔力をしっかりと安定させずに詠唱をすれば、魔法の暴発も起こりえる。倉橋友美は、この魔力を安定させる魔力操作がとても苦手なようだった。
「わりい、コイツもう倒すわ」
囮役の男子は、あっさりとホーンラビットにとどめを刺した。
倉橋友美のあまりの愚図さに、呆れて物が言えなかった。
「ご、ごめんなさい……」
倉橋友美はクラスでも飛び抜けて鈍くさい子で、それが理由の仲間ハズレが怖くて、いつも言われるがままにしていた。ただの便利な使いぱしりだった。
同じような境遇の勇木ヒロへのいじめは、倉橋友美もなんとかしたいと思っていたが、とても勇気を出せなかった。
この世界でも役に立てなかったら……
本日、魔法職でただ1人魔法を発動出来なかった倉橋友美。目標をクリア出来なかった2人目の存在であった。