第1話 授かった力
僕は勇木ヒロ。日常をただ普通に過ごしているだけの高校二年生。いや、普通には過ごしていなかったかも知れないが。
突然『異世界』に来たと言われて、正直どうして良いものやら、悲しむことすら忘れて呆然としている。
こういうファンタジーの世界は一応知っている。しかし、あくまで御伽噺のようなもので、自分が本当にそういう世界に来るとは思ってもみなかった。
何故こんな世界に来てしまったのか……。どこまで地球の常識が通用するのか、どんな非常識なことが起こりえるのか、不安は募るばかりだが、言語が通じるのは不幸中の幸いだ。
ざわめきが落ち着いてきたところで、王女はゆっくりと言葉を続けた。
「皆様をこの世界へと喚び寄せたのはわたくしです。この世界『イストリア』は、もうすぐ終わりを迎えます。魔神の王が復活して、世界を滅ぼすというのです。
伝承によると、それを阻止出来るのは、異世界から来られた皆様しかおりません」
「このクソアマっ、いきなり出てきて勝手なこと言ってんじゃねえぞ。なんでオレ達がそんなことしなくちゃならねーんだ。ふざけたこと言ってねーで、さっさと
オレ達を元の世界に帰せ」
よく響く、ドスの利いた声で叫んだのは凶獄力也。学校一粗暴な問題児だ。
「お、王女様になんという無礼なことを……」
王女の横に居る側近らしき男達が、呻くように言葉を発する。5人の男のうち、4人は大臣らしき中年で、もう1人は騎士のような格好をした体格の良い男だった。
その屈強な男に、ピリリとした緊張が走った。
僕たちがいくら訳の分からない状況だとはいえ、さすがに言葉が過ぎたようだった。
「待ってくれ! 口は悪いが、凶獄の言っていることは間違っていない。オレ達がそんなことをしなくてはいけない理由が、どこにあると言うんだ。そちらの状況は分かるが、オレ達には関係ない。申し訳ないが、すぐに元の世界に帰してもらえないだろうか」
一瞬張り詰めた緊張をほぐすように、場を速やかに収めたのは、イケメンでスポーツマンの十六夜タクヤ。学校内でファンクラブがあるほどのモテ男だ。
こういう時の空気を読む速さ、そして頼りになる行動力はさすがだ。
「こちらの都合で招いておいて大変申し訳ありませんが、元の世界へ還す術をわたくしたちは知らないのです。伝承には、『イストリア』を救ったあと、元の世界へ還られるとあります」
「そんな……」
「無茶苦茶だ、こんな身勝手なこと許されていいのか?」
「しかし、それ以外に帰る方法が無いとなると……」
王女から元の世界に戻る手段が無いと聞かされ、誰もが動揺を隠せなかった。
平凡な日常が、いま残酷な悪夢へと変わった。
もうあの普通の日々には戻れないのかも知れない……。昏い絶望がみんなの心を蝕んでいく。
「一つ聞かせて下さい。私達が喚ばれてしまったのはもう仕方が無いですが、他国でも同じように召喚された人たちが居るのですか? この世界の各国に、私たちと同じような仲間が居るのであれば、私たちも少しは心強いのですが……」
発言したのは、クラス委員長の三枝よう子。性格は少しキツイが、これまた緊急時には頼りになるしっかりした女の子だ。
「皆様をこの世界へ喚び込んだ『異世界召喚』という儀式ですが、これは我がエーアスト国でしか行うことの出来ない秘術なのです。その説明のため、少し我が王国に伝わる伝承をお話し致しましょう」
千年前、この世界イストリアが滅びの道を辿った時、神人という存在が世界を救った。その神人は、竜の王すら遙かに凌ぐ力を持ち、力を分け与えた9人の女性を従えて、魔神の軍団と戦ったという。
戦いは熾烈を極めたが、無事神人が魔神達を打ち砕き、魔神の王を封じた。これが『神人と9人の聖女伝説』である。
この国エーアストは、神人と共に戦った聖女の血脈が残る唯一の国らしく、召喚出来るのもこの国のみ、しかも王女しか出来ない。
そして約千年の封印が解け、来たる魔神王の復活に備えて僕たちを召喚したとのことだった。
「召喚の儀式はもう二度と出来ません。このままでは全員が滅びてしまうでしょう。皆様こそが最後の希望なのです。どうかこの世界を救って下さいませ」
僕たちは救世主として、この世界に喚ばれていたとは……。
全員言葉が出なかった。それはこの運命を受け入れるしか無いという、静かな決意だったのかも知れない。
ほかに帰れる方法が無いのだ。どんなに無茶な状況でも、前に進むしか無い。
「伝承によると、皆様がこの世界イストリアに来る時に、神の力を分け与えられるとあります。それは『ギフト』や『エクストラスキル』と呼ばれるモノで、魔神への有力な対抗手段になります」
え、そんな力を貰えるの?
深い海底のような絶望しかなかった状況に、ひと筋の光が差すようだった。
「頭の中で『ステータスオープン』と念じてみて下さい。皆様の目の前に、各自の能力が表示されるはずです」
言われた通り頭の中で念じてみると、目の前に文字と数字の羅列が出てきた。
「皆様のお名前の横に、その授かった能力名が書かれているはずです。確認してみて下さい」
「あっ、ほんとだ、なんか書いてある」
「『肉体強化』ってなんだ?」
「私は『超能力』って書いてある。なんか強そう」
みんながいっせいに、自分の能力らしき名前を口にする。
「えっと、能力名の横に数字が書いてあるんだけど、コレはなんですか?」
「えっ、オレのにはそんなの書いてないよ」
「それは能力の序列です。数字が書いてあるのが『ギフト』と呼ばれる、選ばれた者のみが持つとても強力な能力です。数字が書いていないのは『エクストラスキル』と呼ばれる、特殊な能力です」
「えっ、じゃあ数字が書いてないオレの能力って大したこと無いの?」
「そんなことはありません。確かに『ギフト』の方が強力ではありますが、『エクストラスキル』もそう引けを取るものでもありません。そして『ギフト』の序列も、単純な強い順というわけでもありません。皆が素晴らしい可能性を持った救世主なのです」
王女の説明が続く。
「ただ、『ギフト』の方には、『経験値2倍』というスキルも付いていると思います。これは成長が2倍早いということなので、持っていない他者よりも有利に働くことと思います」
「あ、ホントだ! 『経験値2倍』ってのがある」
「え~っ、なんかそれずるい!」
「いや、考えようによっては、持ってないヤツは2倍頑張ればいいだけの話だろ」
「お前この状況でもの凄いポジティブだな」
クラスメイト達は、口々に自分の状況を話して、お互いの情報交換をする。
『ギフト』を貰った、いわば勝ち組の連中は、表情緩やかに少し安堵しているようだ。逆に貰えなかった人達は、自分の置かれた状況に不安を感じていても仕方ない。
1つ言っていいですか。
僕、何も能力書かれてないんですけど?
「では皆様の能力をこちらへご報告して頂いて、そのあとお食事と、今後のことについて色々とご説明させて頂こうと思います」
クラスメイト達は1人ずつ前に出て、王女の側近に自らの能力名を報告していく。その間、気のせいか、王女がやたらと僕の方を見ていることに気が付いた。
まあ気のせいなんだろうけど。
各自の報告が進み、残りはあと数人という状況になってくると、何故かその横にいた大臣らしき男達の様子が落ち着かなくなっていた。それとは逆に、王女は目を輝かせるようにして僕を見つめてくる。
まあ気のせいなんだろうけど。
いよいよ最後の1人、僕の番になり、報告をしに前に出ると、大臣らしき男達は身を乗り出して、僕の言葉に耳をそば立てた。
「えっと……何も書いてありません」
「えっ?」
「ええっ?」
「えええっ?」
広い宮殿内に、頓狂な声が響き渡る。
最初のが王女、二番目のが大臣達、三番目がクラスメイト達の驚愕の声だ。
「ばかな、そんなばかな、こんな事あるわけが……」
狼狽える大臣らしき男達。何か予期せぬ事が起こっているのは間違いないようだ。しかし、僕には何が起こっているのか知る由も無く……。
「ギャハハハハハ、勇木、お前ここでも役立たずなのかよ!」
後ろのクラスメイト達から、嘲笑の声が湧き上がる。いつものことと言えばそれまでだけど、今回は見知らぬ人たちの前、しかも超美少女な王女の前で笑われると、さすがに居心地が悪かった。
その王女が、僕の前に小走りに駆け寄り、信じられないといった表情で僕に語りかけてきた。
「よくステータスをご覧になって下さいませ、お名前の横じゃなくても、どこかに能力が書いてありませんか? その、『勇者』……とか?」
「まさか~」
失礼と思いながらも、さすがに笑ってしまった。
この僕が勇者とか、どんな冗談なんだろう。そんなこと、絶対に有り得ない。
しかし、王女は諦めきれないかのように、僕をひたすら見つめ続ける。
クラスメイト達の笑いがまだ続く中、僕たちは食事の席へと移動するのだった。
◇◇◇
「何故勇者のギフトが居ないのだ? 勇者は世界に1人だけということなのか?」
「今回コレだけ大掛かりな儀式で、最大限の人数を喚び寄せたというのに、コレではなんのために召喚したのか……」
「一応、今回は消えた人間は居ないようじゃ。儀式の前の反応と、実際に召喚された人数は一致しとる」
次の場所へと歩き去る小柄な少女、小鳥遊すみれを見つめながら、大臣達はこっそりとつぶやく。
「あれが賢者か……今度こそ失敗しないように上手く育てなくてはな」
「魔女の悲劇は決して繰り返してはならぬ……」
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「む……来たようじゃな」
連なる山脈を越え、峨々たる山々の最奥、人が到達出来るとは思えない遙かな秘境の地より、その声は発せられた。
それはかつて太古の地球に君臨していた、『恐竜』と呼ばれるモノに姿が似ている存在だった。
「あれからもう20年か、今度は成功しておると良いが……。コレが最後のチャンスじゃからのう。もはやギリギリ、なんとか間に合えば良いが……」