二話
あれからどのくらい経ったのか。
時間はあまりわからないがおそらく、やっと目的地まで三分の一と言ったところだろう。
本当はもっと先まで行きたかったが、道を歩くに連れて山はどんどん影へと隠れて行く。
「……そろそろ野宿しないとダメですね」
正規のルートはどうしても道のりが遠くなる。
しかし正規のルートを通らなければ、強力な魔物も出やすくなるのに加え、迷いやすくもなる。
私のような子供…と言うかひ弱な人はどうしても正規のルートを通らざるを得ないのだ。
辺りを見回し、何もいないのを確認すると少し道から外れ、手頃な隠れやすい場所を見つけると木を組み、カインさんにもらった発火装置を取り出し、魔力を込めて使う。
ぼうっ
そんな勢いのいい音と共に広がる赤い、暖かい光は歩き疲れた身にしみる。
魔道具は本当に便利だ。特に魔法がほぼ使えないような人にとって、魔力を通せば使える魔法道具は最早神。
そしてしばらく、魔物が来ないからか心の余裕が出来、脳裏にラルフ村での出来事が思い出されていく。
おじいさんに拾ってもらった日の事。
初めてカインさんと会った日の事。
初めての冬越え。
自分の魔法についてや、自分の不死性について。
大変なこともあったけれど…
多分、楽しかった。悲しいことなどはこれっぽっちもなかったのだと思う。
「8年間は……長いようで、本当に短かった…」
そうしてだんだんと、微睡み始めて仮眠を取ろうとしたその時、小さな声が耳を掠める。
私にはそれが人の言葉に聞こえた。
だけど、人の姿は全く見えない。
つまり、これは人ではないと言うことだろうか。
鞄からもしものため、小さなナイフを取り出す。
「………誰…ですか?」
声のする方へ、発火装置を灯火に近づく。
「っ……」
「…あれ?これは…」
そこにいたのはボロボロの小さな獣。
辺りに何も居ないことを確認して、獣をよく見る。
ふさふさの尾や体に似合わない真っ白な羽。
比較的暖かい気候、ゲンフブル大陸の方に住んでいると言うアズバールのはずだ。
そんな動物が、何故寒いはずのキュアノーラ大陸にいるのか…
何はともあれ、これではいずれ凍え死んでしまうだろう。
ナイフをしまい、ハンカチを取り出し、アズバールを優しく包み、焚き火の近くに戻る。
「……早く、元気になってくださいね。死んではダメです…」
パンとスニィの実をを取り出し、口にしながら私は心に決めた。
仕方ない、一徹することにしよう…
「まぁ…死なない私は寝なくても平気でしょう」
ふぅと溜息をつき、あの声の正体がなんなのか警戒しながら星の浮かび始めた空を見上げた。
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「〜!〜〜!」
ユサユサ、ユサユサと自分の体が揺れる感覚。
そして大きな声が聞こえる。
「おチビちゃん!おチビちゃん!起きて!」
「んぅ……?」
人の声に反応して目が覚めてはっとした。
私は確かあのまま明朝までは起きていたはずだ。でも今の感覚からして耐えきれずに居眠りしてしまったのだろう。慌てて火を確認するが弱々しく、まだ灯っている。
あまり寝ていなかったことにほっとして、今度は死んでしまわないか不安だったあのアズバールの事が気になり始めた。
少しキョロキョロして気付いた。
肩のところに見えるちょこんとした動物。
そしてやはり人らしき痕跡がどこにもないのに人の声が聞こえたような…
「ちょっと、どこ見てるの?アタシはここにいるわよ?」
「え?ど、どこですか?」
気のせいではないらしい。
やっぱり声がするが…どこにもそんな人はいないし見えないのだ。
「もう!ここよここ!」
その声と共にアズバールに頬をビンタされた。そして理解する。
このアズバールが声を出していたことに…
しかも、模様からして雄だろうにオネェ語で喋っていることに。
「アズバールが…喋ったんですか?すみません、気付かなくて…」
「あら?おチビちゃん面白いわねぇ…アズバールが喋ってるのよ?しかもオネェ語で。驚かないの?……まぁいいけれど…おチビちゃん名前はなんて言うのかしら?アタシはシンって言うの」
「え?おチビちゃんって…私ですか?…私は藤堂燈…藤堂が姓で燈が名です」
「へぇ、燈ね。助けてくれたの燈でしょ?ありがとう」
シンさんは翼を羽ばたかせて肩から私の目の前まで来ると一礼する。
もしも、あのまま暖を取ることが出来なければ奇跡でも起きない限り、シンさんは凍え死んでたのかもしれない…
けれどそれでも私は暖の取れるところへ連れて行っただけなのに大袈裟な気もした。
「そんなに対したことはしていませんが…どういたしまして。……怪我の方は大丈夫なんですか?」
それにまだ傷が完治していない体、そっちは平気なのだろうか…
「これ?大丈夫大丈夫。…ちょっと逃げていたら魔物に襲われちゃっただけで…情けないけれど疲れて倒れてたって言うのがほとんどなのよ」
「なるほど、そうでしたか………大変でしたね。…これからどうするんですか?」
「うーん、どうしようかしら。…そもそも行き当たりばったりな旅だっからねぇ、またブラブラすると思うわよ」
からからとシンは笑いながら言うが、中々に勇気の有る行動だと私は思う。
目標も、目的も、意味もとくに考えていない旅とは案外難しい物だろうに…
「なるほど、では…そうですね。もし、よろしければなんですが…私自身、正直心細かったんです。シュネーベまで一緒に来てもらえませんか?」
「あらあら、随分可愛いこと言うわね。その方が年相応な気がするわよ?…でも、なんでシュネーベなのかしら?」
確かに、シンさんが疑問に思うのも不思議ではない。なぜなら今いる地点ならば誰でもラルフ村の方が近いと断言できるからだ。
断言出来る理由は降り積もる雪、春の月から夏の月初めまで雪が降るのはラルフ村特有の気候だから…
「私、ラルフから旅に出たんです。それに知っているかもしれませんがシュネーベは港街なんですよ。そこからならゲンフブル大陸にもいけますし…駄目、ですか?」
「まぁ!その歳で長旅のつもりなの?燈は凄い子なのね。…いいわ、ゲンフブル大陸にも一度戻りたいと思ってたのよ、一緒に行ってあげる!」
「本当ですか?…ありがとうございます。とても嬉しいです」
そう言われてほんの少しウキウキとした、浮くような気持ちを心に感じる。
これは何度も感じていた、嬉しさだ。
そう信じて精一杯微笑んだつもりなのだったが…
「ええ、どういたしまして…にしても本当に真顔のままね。感情が顔に出ないタイプ?」
「あ、それは…はい……感情欠落とでも言いましょうか。喜怒哀楽、感情全てが希薄なんですよ。なので多少の心の浮き沈みで判断してます」
「そ、それは随分…曖昧ね?でも驚かなかったのも理解できるわ」
「ご理解頂けて良かったです」
「少し燈の性格掴めて来た気がする…」
多少呆れを含むかのような言い方。
でも、どう捉えられても仕方ない。
そう思っていたらふと思い出した、そろそろ香水をつけないと魔物に見つかる可能性が有る。
香水を鞄から取り出し、自分とシンさんに一回分つけた。
「わぷっ、何これ!?」
「魔物除けの香水みたいのものです。キャラバンの方から買いました」
「……色々持ってるわね…」
「まぁ、一人旅ですので持っておくに越したことはないと…思って………」
「……今度は…何?」
言葉に詰まった。
シンさんの後ろにいるあれはもしかして…いや、多分もしかしてもない気がするけど…
「シンさん。シンさんの襲われた魔物とは、紫色の体毛で全長は私の三倍くらいというか…ベグの一回り大きいくらいじゃないですか?」
「え、えぇ…。言われてみればそうかもしれないわ。暗くて良く見えてなかったけれど…」
「後ろ、見てください」
「…………ねぇ、もうそこまで言われたら何がいるのか見当着くわよ?」
私の思った通りだったらしい、シンさんは振り向いて固まった。
離れて居るのにもかかわらず大きく見える紫色の魔物。
香水の魔物除けが嘘でない…はずだが効いてる様子がないので察してしまう。
シルフィアさんの言ってた、そしてラルフ村でもよく噂になる山の主だ。
敵う筈も無い。
グルグルと言う唸り声とともに涎を垂らし、こちらに向かって走って近づいて来る。
「シンさん。これは流石に…逃げましょう?」
「出来ればさっきの会話を始める前に行って欲しかったわね!!!」
シンさんは地に下り、私は急いで火を消し、走り始める。
それはもう、軽やかに、滑らかに、…脱兎の如く。
「…あの魔物。最近暴君として有名な山の主です。本来もっと山奥に居るんですが何故…」
「そんなのわかるわけないじゃない!けれど…最近は魔物が異常増殖してるし凶暴化してるらしいわよ!?」
「十中八九それ関連ですね。覚えておきましょう」
「…冷静なのがこうも憎たらしいと思う日が来ると思わなかったわ!」
最近の情報や文句を言いながら喋っているが決して余裕なわけでは無い。
寧ろなす術なしのこの状況だからこその口数だ。
なおも近づく獣はもう直ぐそこまで迫っていた。
「ったく!あの時は障害物多かったから良かったけれど今回はダメね…!!」
「成る程、それで逃げ仰せられたんですか。……今回はどうします?私は今のところ良い手段、思いつけてませんが」
「あぁ、もう!魔法使わないようにしてたのに…やけくそってやつね。少し頭の上借りるわよ?」
「了解です」
シンさんはそう言うと私の頭の上に着地した。
おそらくあの小さな短い手で魔法陣を描き始めて居るんだろう。
後もう少しで襲いかかられそうな、魔物が襲って来そうな射程範囲に入るギリギリに、その瞬間に、なんとか完成したようだ。
「よし、行くわよ!《竜巻》!!」
「ガウ!?…ギャウンッ!!」
その発言と共に中級魔法の竜巻が現れ、魔物が吹き飛ばされて行った。
あれでは当分追ってこないだろう。
「や、やったわ…さぁ今のうちに!」
「もちろんです」
「って、あ、あれ?」
さぁ、走りだそうと言う時にシンさんは困ったような声を上げる。
正直この時私には警鐘と言うなの嫌な予感しかしてなかった。
聞きたくは無いが聞かなければいけないのだろう。
「どうか…しましたか?」
「……ごめんなさい。やっぱりやけくそってダメなのね」
シンさんはそう言って竜巻の方を見始める。
私もつられて見たけど…
竜巻が明らかにこっちに来ている。
「ちなみにこれって回避可能ですか?シンさん」
「ごめんなさい。…無理だわ。もうアタシの制御下に戻せないみたい…」
「そうですか」
仕方ないな、そうと決まればやることは決まっている。
「ちょ、な、何して…!?」
私はシンさんを捕まえ上着で包み、お腹に抱え込み、丸くなる。
「シンさんシンさん。私がちっとも動かなくても、まして心の臓が止まっていたとしても一日は離れないでくださいね」
「その怖過ぎる予告は何なの!?」
「さぁ?なんでしょう?とりあえずお願いしましたからね」
「この子について来たの失敗だったわ!!」
その叫び声をバックに目をつむる。
次に来たのは気持ち悪い浮遊感と、私達のように竜巻に巻き上げられた物に強くぶつかる感覚。
シンさんに当たっていたら一大事だっただろうけれど、痛覚もほとんど無い、不死身の私が壁になったから被害は無いはずだ。
例え地面に叩きつけられたとしても、きっとまた生き返ってしまうんだろうな。
そう思いながら私は意識を手放した。
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スニィの実→とても甘い苺に苦味と渋みを足した物。木の実だけどもはや野菜。これを好きと言う人はなかなか居ない。けど栄養豊富
アズバール→ゲンフブル大陸に生息する小動物。リスに羽をくっ付けた感じ。希少。もちろん喋る訳が無い。雄は沢山の模様がある。雌もあるけど色が薄く、あっても一本線位
ベグ→熊、グリズリーに近い?お肉はラルフの人にとって貴重な栄養源。毛皮は売るか防寒具
山の主→山の暴君。中級魔法でも仕留めきれない化け物級の魔物。《会ったら死を覚悟すべし》でも有名。本来は山奥に住んでおり会うことなんてない…はずだった?