プロローグ
一話目ですが多少話が暗いです。
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「寒い…ですね。これが春の月だとは思えませんが」
森の中で私、藤堂燈は白い息を吐き、空を仰ぎ見ながら呟く。
ここは雪山の近くにある古い山小屋で、ラルフ村の中でも最も立ち入り禁止の山に近く、誰も来ないような辺境の地。
そんなところで私はダグラスおじいちゃんと二人で生きて来て居た。
おじいちゃんと言っても私との血縁など一切なく、それを証明するかのように名前は和国の表記である。
髪は和国の特徴黒髪黒目ではなく銀髪緑目だけれど…おじいちゃんは少し色素の抜けかけた茶髪で青目だった。
まぁとにかく、私はラルフ村の者では無い。
推定、和国出身。
では何故居たのか…
実は私自身にもわかっていない。
目覚めた時にはもうダグラスおじいちゃんに拾われた後で、しかも所謂《記憶喪失》という状態だった。
覚えていることと言ったら名前のみ。
気づいたらラルフ村に居て、気づいたらおじいちゃんが育ててくれていた。
けれど昨日、今年初の雪の日に…
「…おじいちゃん。なんで死んでしまったんですか?……1人ぼっちになっちゃいましたよ?」
そう、ダグラスおじいちゃんはこの世を去ってしまったのだ。
寿命だったのだろう。私が見つけた時にはすでに亡くなっていた。
けど私はそこまで悲しくも苦しくも、まして辛くもなかった。
ただ、あぁもう会えないんだな。
それで終わってしまったのだ。
当たり前の作業のように土を掘り返し、ダグラスおじいちゃんという亡骸を埋め、墓石を作った。
昨日、花束を置いて冥福を祈って自分なりの供養も終わった。
普通の人が見たら何て冷酷無比で不気味な子供だろうと気味悪がるくらいだろう。
感情が無いわけでは無いけれど、ここに来た時にはすでに私の感情は無いも同然だった。
「………ダグラスおじいちゃん。私はまだ死ねないんですよ?すぐにそちらにいけないんです。おじいちゃんは残念ですかね?」
何てふざけて動かない表情を動かそうとする私は世間から見てどうなんだろう。
この言い方、物凄く失礼だとわかっている。
だけど、そんなこと言うんじゃ無いって、もしかしたら怒って帰って来てくれるかもしれないなんて夢を私は見たくなった。
《不死》と言う、本当に、多分老いるしか死に方の無い私のような存在が他にもいるかもしれない。それがおじいちゃんかもしれない…なんてね……
いつこうからなのかも私は知らないし、どうやったら不死じゃなくなるのかもわからない。
それにこの事に気づいたのは結構最近だったりもするわけで…その時の状況は本に書かれてしまいそうなほど笑えるだろう物だった。
経緯はまずラルフ村近辺?での生活にやっと慣れて来た頃、おじいちゃんに頼まれて川に水汲みに行った時に起きた。いざ川に行ってみたら水棲の魔物に水中へ引き摺り込まれて溺れてしまった。多分まずここで一度目の死亡。
そしてふと目が覚めたら川の中、岩に頭を強く打ち付けて二度目の死亡。
また目を覚まして今度はやけに流れが速いなと思っていたら滝壺に転落で三度目の死亡。
またまた目が覚め、川辺になんとか上がり、川を辿って小屋に着くまでに餓死と魔物に殺されここだけで二度も死亡。
合計五回の死を味わった。
最初は気づく暇も、考えもなかったが、流石陸で魔物に襲われて喉を食い千切られた時に理解した。
血塗れの服と服に出来た穴から見える皮膚。明らかに治った後だったからだ。最初におじいちゃんに教えた時は信じてもらえず、首を切ろうとして止められたことが私にとってつい最近の事のように思えた。
もしかしたらこの不死身の体質と感情の希薄さは関係有るのかもしれないけれど、今の状態で分かる筈も無いし…よし、決めた。
表情筋は何処かに起き忘れたということにする。
いずれ分かるかもしれない事を今ちまちま考えても仕方が無い。
今すべきことは別だ。
「………確かおじいちゃん、昔旅人で旅してたんですよね…」
思い出すのはある日言っていたダグラスおじいちゃんの言葉。
彼は昔はそれなりの冒険者で遺跡を訪れては本に書き、各大陸の伝説を追っていたことがあると…
することも目標も何も無い今、その痕跡を追って見るのもいいかもしれない。
「よし、そうしましょう。私自身の為にもなるかもしれないですし…」
今し方決めた目標を胸に、まずは持って行く物を山小屋の中へ入って辺りを見回しながらリストアップして行く。
お金と小さなナイフ、布と裁縫道具、魔道具を解析する為に必要な解析魔道具とカラカラに乾いたパンを数個、世界地図とキュアノーラ大陸の地図、それからお気に入りの飴玉を5個。
私物を合わせても小さな、防腐処理の魔法が刻まれた私の鞄に入るぐらいの量だったことになんとも言えなかった。が、直ぐに服を用意し始める。
シンプルなシャツにシンプルなスカートと初めてダグラスおじいちゃんと会った時、着ていたダボダボの白衣、それと防寒着と動きやすいブーツ。
これらを装備して山小屋を出て戸締まりをしっかりとする。
有る程度離れたところで私はクルリと山小屋の方へ振り返った。
「ダグラスおじいちゃん…今までありがとうございました。こんな私でしたがいつも優しく親切にして頂いて感謝してもし仕切れない位です。又、沢山のお土産話を持って帰って来ますから…それまでお空で見守って居て下さい」
そう言ってぺこりと一礼すると、私は続く道の方へ向き直り、新たな一歩を踏み出した。