ブラックドラゴンの眼球
「召喚主様と共に参ります!」
リフレが翌日、俺の学校に付いて来ると言い出すのは想定内だった。
だから俺は、色々と疲れていたであろうリフレが、親父の部屋でぐっすり寝入った後にしっかりと対策を考えておいたのだ。(お陰で告白のパターンは50通りまでしか思いつかなかった)
「良いかリフレ、俺はどうしても行かなきゃならないが、お前にはここを守ってて欲しいんだ。この家の地下には俺が戦った黒龍、そう、ブラックドラゴンの眼球がある。ブラックドラゴンはまだ生きていて自分の目玉を探し続けているんだ。結界を張って守っていたが、これからは結界に使っていた魔力も蓄えておいて来たるべきブラックドラゴンとの戦いに備えたい。それがリフレ、お前を呼び出した理由なんだ。」
どうだ……?なんなら結界魔法の名前もブラックドラゴンを放った魔王の名前もちゃんと考えてあるぞ。それからブラックドラゴンの攻撃パターンもいくつか用意してあるし、どんな風に眼球だけを奪ったのかもシミュレーション済み。
「召喚主様……、分かりました!このリフレ、命の限りここを守らせて頂きます!召喚主様はどうぞ魔力を温存なさっててください!」
……もう良いのか。
「じゃ、頼んだぞ!」
「お任せください!」
仰々しくそう言って俺は家を後にした。
そうして十歩程だろうか、学校に向かって歩き出した俺は背後から暖かな風を受けた。
そこそこ強い風で、下から巻き上げるように吹きつけ、ブレザーの裾が捲くれ上がる程だったが、とても暖かく、妙に懐かしく……思わず振り返った。
「え……?」
自宅が一瞬緑色の光に包まれた様な……気がした。
リフレのお陰で俺の病気も再発したのかも知れないなと、たいして気に留める事なく俺はまた歩き出す。
「おはよう」
「うぃーっす」
前の席の印南が振り返って俺に挨拶をする。
相変わらず眠そうだと笑う印南は爽やかこの上ない。
「部活してるワケでもないのに何でいつもそんな眠そうなんだよ?」
「お前だって帰宅部じゃないか」
「だから眠そうにしてないだろうが」
印南がまた笑う。
良く笑う男だ。
勉強も運動も中途半端なのは俺と同じだが、顔はクソみたいに男前で女子人気がハンパない。
でもそこそこオタク趣味もあるので、こいつとは中学の時からの付き合いだ。でもさすがに昨日の事を話す気にはなれないな……。
「友城!ちょっと!」
と、そこへ昨日の一部始終を知り、すっかり巻き込まれた凜子が背後から俺の制服の首元を掴んだ。
「い……印南君、ちょーっと友城借りるわよ?」
「おはよう宮前さん。了解~」
昨日の事だろうな、ちゃんとお礼も言っておきたいし、俺は素直に凜子の後に付いて行った。朝のホームルームが始まるまでもうあまり時間はないが……。
「昨日はありが……」
「友城、あんた今日いくら持ってる?」
廊下の隅で、凜子は小声になりさっそく本題に入った。
「お……お金……ですか……?今日はあまり持っていませんが千円くらいならあります」
「やめてよ、何で敬語になるのよ。……それにしても千円か……どんなに安いお店でもセットで買おうと思ったらワンセットも買えないわね。仕方ない、貸しとくわ」
貸す と言う言葉とは裏腹に、凜子は俺に催促するように右手を出した。
思わず、お手。
「お手じゃないわよ!今日部活休んで色々あの子に必要なもの買いに行くから、友城にも少し出してもらうからね、そう言う事!」
そう言って俺の手を払いのけ、もう一度右手を出す。
「あぁ、そう言う事か。必要なものなら全部俺の家から持ってってくれて構わないけど。タオルとか?」
「あんたの家にないものを買いに行くの」
「何だ?」
「うるさい」
妙に機嫌が悪いぞ。面倒事に巻き込んだのは俺だし、何か必要な物があるなら俺が用意してやるべきだろう。でも凜子は責任感が強いから、きっと自分で買いに行くと決めたからには俺に任せはしない。
だったら……。
「俺も行くよ。一旦うちに帰って金持ってくるから」
「あたしが行くから い!い!の!」
「良いって、行くって、もともとは俺がお前を巻き込んじゃったんだし」
「……何それ……」
凜子の機嫌がまた一層悪くなった気がした。
何か俺変な事言ったのか?分からないぞ……。
「友城、何か急に変わった」
確かに。
自分でもそう思うがそれは……な?
男って単純だからさ、凜子のお陰なんだけど、なのにどうしてちょっと寂しそうに言うんだろう。
「やっぱりさ……」
「ん?」
「やっぱり、好きになっちゃったんだね、リフレの事……」
へっ……?!
そこへチャイムが鳴った。もう朝のホームルームが始まる。
「あっと、始まる!とにかく、あたし1人で良いから、お金だけ頼んだわよ!」
軽やかに走り出す凜子は、今、何と言ったのだろう……。