緑衣の美少女
俺は、燃え盛る炎の中に居た。
この炎は俺が生み出したもの。術者には人肌だが、人類に仇なす魔族にはその身を焼き尽くす業火だ。
また1体、奇妙な声を上げながらその炎に飛び込んできた低級モンスターが灰になって行く。
ふん、お前らに用はない。さっさと消え去るが良い。
俺はものすごくカッコ良くそう思った。
なにせ俺の獲物は肩高5mはあろうかと言う犀の様な上級モンスターだ。数は5頭。
炎を纏いながらゆっくりと近付く。
こいつらはここらに巣食う魔族のボス、ジードレスの番犬の様なものだ。
簡単にはいかないだろうが倒さなければならない。
「行けます!」
と、凛とした声と共に少女が炎の中に飛び込んできた。気持ちは同じだ、必ず勝たねばならない戦いなのだ。
もちろん彼女にも熱さは感じない。
「あっっっつ……!」
?!
「ごめんなさい一旦出ます!」
熱かったか……。まだちょっと魔力のコントロールがあれだな……。
彼女には申し訳なかったが他の討伐軍と一緒に後方支援にあたってもらえば良い。
俺は遠慮なく持てる魔力を解放し、一気に……!!
一気にどうしたんだっけ……?
俺は今朝見たやたらにリアルな夢を思い返しながら通学路を歩いていた。
時刻は17時30分。
間抜けな事に明日提出しなきゃいけないプリントを置いて来てしまったらしく、本日この道を通るのは3回目だ。
当然プリントを回収したら4回目もあるので、暇な道中、あの炎の必殺技の名前を考える事にする。
炎……炎……炎と言ったらやっぱり赤々と燃え盛っているワケだから、紅とか入れた方が良いよな。クレナイと読ませるかコウと読ませるか……待てよ?……緋色ってのがあるな。うん!緋色が良い!あと常に身体に纏っていられたから、バリア的な役割もあるだろう?バリアのかっこいい言い方って何かないかなぁ。あ、壁と表現するのはどうだろう!緋色の壁。イマイチ決まってない気がする。壁が普通なのか。炎と合体させて炎壁!やばいかっこいいぞ?緋色の炎壁!で、ヒイロのエンヘキだ!出来たぁぁぁぁ!
「だいぶ患ってるな!」
笑いを含んだその声を聞いてギクリとする。
すぐそこの角を曲がって来た同じ学校の男子生徒達が、何やらクツクツと声を押し殺して笑っていた。
おそらく、この通学路を通るのは2回目であろう下校中の彼らは特に俺に気を取られる事もなく通り過ぎて行った。
ま……まさか心の声を聞かれたワケではないだろうが…タイミング良過ぎなんだよ……
だいたい、何を患ってるかは知らないが病と戦っている者をあんな馬鹿にした様な態度で笑うのはどうかと思う。
胸くそ悪い奴らだ……そう思いながら、俺は彼らが来た曲がり角を曲がった。
「召喚主様?! あのっ、どなたか、私の召喚主様をご存知ないでしょうか?! たった今リフレが参りましたと! あ、あなた様でしょうか?!」
……なるほど、患っている。
一瞬で理解した。
そこには、下校中の生徒達手当たり次第に、召喚主か否か、そうでないなら召喚主を知らないか、と声を掛けまくる少女が居た。
年は……中学2年生には見えない。
たぶん俺と同じ高校生くらいじゃないか?
だとすれば、そう言うのは頭の中だけでやる様にするもんだ。
なのに彼女は、緑色のスカートに緑色のマント、首には良く分からない模様の、マフラーと呼ぶには長過ぎる何かを巻き付け、まるで漫画の世界の魔法使いみたいな格好をしていた。
今朝俺の夢に出て来て軽く火傷した少女もそんな感じだったな。
その気合いや良し。
しかし人を巻き込んでは……
「召喚主様?!」
下校中の生徒達とは反対方向から来た俺に、少女はハッと向き直り駆け寄りながらそう言った。
心臓がなった。
顔が、めちゃくちゃ可愛かったから……だと思う。
染めているにしてはとても自然な、栗色よりもっと薄いミルクティーみたいな髪色。こう言うの、ボブ……って言うのかな。
色素が薄いのか、日本人離れした白い肌と、大きくてちょっと目尻の下がった茶色の瞳。
若干太過ぎる眉毛を除けば誰が見ても美少女で間違いない筈だ。
でも…いくら可愛くたって「召喚主様ですか?」に「はい」と答えるほど俺は冷静さをなくしちゃいない。
そもそも俺はどちらかと言えば…と言うか、圧倒的に 事なかれ主義 ってやつだ。
ちょっと珍しいものを見てしまっただけで、すぐに日常に戻る為に太眉ちゃんに言う。
「ごめん、違うから。」
太眉ちゃんはその眉毛をハの字にしてそうですか、と俯いた。
……何だろう……
自意識過剰かも知れないがさっきまでの様子と違う。
下校中の生徒達恐らく全員に、違うと言われ、顔を背けられ、それでもすぐに次の生徒に走り寄っていたのに。
まぁ、たまたまこのタイミングで心折れただけだろうけど。
だけど何だか可哀想になって、それでも召喚主とは言えなくて、探してあげるとも言えなくて、ゴホンと不自然な咳払いをしただけで結局俺はその場を立ち去った。
校門まで、もう少しだ。
何となく、ため息が出た。