サードオニキス
不倫や離婚と、そのような言葉が少し書かれています。嫌な方は読むのをお控えください。
「春さん今日は何時に帰ってくる?」
「・・・わからない。じゃ、行ってくる」
少し焦ったような声を出し千早の夫、斎藤春樹は休日も仕事へ出勤しに朝早くから出掛けて行った。結婚してもう直ぐ一年、千早の誕生日の日に春樹が婚姻届を出そうと言われ特に気にしないで提出。結婚生活一年で、離婚危機でもあるのではないかと最近不安になる日が多い。
出会った当初から口数が少ない人だった。千早が取引先の会社付近で、自動販売機に飲み物を買おうとした時に春樹と出会う。小銭を入れようとした時に、春樹が一緒に小銭を入れようとしてぶつかって小銭を落としたのだ。小銭を落とし拾っている間に、春樹は飲み物を買って逃げるかのようにさっさと取引先の会社に入って行った。あまりに腹が立ったので、取引先の会社だったが追いかけて文句をいう。
『ちょっと!人に小銭落とさせといて無視は良くないんじゃない?』
『・・・』
一度振り向いたが、そのまま黙って行こうとする春樹に千早は、そこの図体でかい男と叫ぶ。やっと自分の事だと気付いて、千早の所まで来る春樹は『お子様は帰りなさい』と言われた。春樹は長身で千早は低身長、当時の事を聞いた時、春樹は千早が小さすぎて小学生と勘違いしたようだ。スーツ着た小学生が会社にいるはずがないのに、自動販売機は気付かなかったと話していたのを思い出す。春樹に文句を言った日から一年、突然千早の会社に春樹がやってきた。すっかり忘れていた千早は、丁重に接したのだが向こうは覚えていたようで『大人だったんだな』と、言われその時は分からなかった。ずっと言われた言葉が引っ掛かり、気になって気になって頭の中で考えていると。
『・・・てほしい。・・聞いているか?』
『・・・はっ、はい!』
目の前で話し掛けられている事も知らずに、驚いて返事をしたのが運命の分かれ道だった。春樹は、会社が終わり次第迎えに行くとだけ伝え、帰って行く。意味も分からずにぽかーんと口を間抜けな事に開けていたのを、同期の子に叱られた。そして皆が騒ぎ出し、羨ましいだの本気の妬み等色々言われて漸く春樹から告白された事を知った千早だった。本来千早は返事したつもりは無いので、無視しようとした。しかし、いつから居たのか春樹は会社の前で待っている。
何となく会いたくないなぁと思い、会社の裏から出れる所から帰ろうとした。だが、春樹の根回しがあったようで、まんまと騙され春樹の所に連れて行かれる。会社の女子は春樹の笑顔に、買収されたのだ。無視しても話は進まないと気持ちを切り替え、春樹にお付き合いの件はお断りと伝えた。でも、お付き合いという話は、食事のお付き合いと言う事だった。千早は顔から火が出るほど恥ずかしくて、何度も頭を下げ謝る。自意識過剰にも程があると、反省をしてお詫びも兼ねて食事に付き合い奢ると提案する。食事には返事したが、奢られるのは嫌だったようで割り勘にする事にした。
一緒に食事をしても春樹はほとんど喋らないので、何か気に障る事でもしたのだろうか尋ねる。それでも、問題ない、気にする事はない、そんな言葉を繰り返すばかりだった。千早は勘違いした、お付き合いを気にしているのではないか?と心の中で深く反省をする。会話も真面にない状態で、食事は終わりお手洗いをしてる間に、会計は済まされていて千早は何もお詫びが出来なかった。
駅まで送ってもらい、此処で余程のことが無い限り二度と会う事も難しいだろうと感じた。何もお詫びが出来ないのは心苦しいので、何か考えていると春樹の鼻が真っ赤な事に気付く。こんな事でお詫びが出来るとは思えなかったが、真冬の寒い日に温かい飲み物でも飲めば少しは温まるだろう。千早は春樹に断り、走って近くにあった自販機に向った。小銭を出して中に入れようと瞬間、あっーーーと思い出す。そう千早はやっと彼、春樹が一年前に自販機でぶつかって小銭を落とされた相手と思い出したのだ。複雑な気持ちを抱えながら、春樹の為に温かい飲み物を買って戻る。
『どうぞ』
『・・・』
少し怒った声に聞こえてしまったが、春樹は黙って千早が買った飲み物を見ている。もしかして間違えてしまっただろうかと、尋ねたが問題無い様でほっとした。
『何故これを選んだ?』
『だってあの時、買ってたでしょ?普通買う人ってあんまりいないから』
『あの時?』
自動販売機での出来事は覚えていない様子に、少々苛立ちが蘇ったが一年前の事だ我慢。大まかな話を説明をして、春樹が好きだと思ったと伝える。
『でも、お汁粉が好きな男性って珍しいですね』
『そうか・・・』
甘いのが苦手な男性は千早の周りには多かった。だから、男性は甘いものなど好んで口にしないと勝手に思い込んでいた。自販機で売っているお汁粉を買って飲むほどだ、春樹はきっと大好物なんだと見た目の長身と違って面白かった。電車が来る案内放送が流れ、千早は丁重に頭を下げ別れを切り出した。
『付き合ってくれ』
『?良いですよ今度はいつ食事に行きますか』
『違う。俺と男女交際してほしい』
大人の男性が男女交際してほしいと、悪いが当時の千早は心の中でダサいと思い我慢していた。今時、男女交際は古い言い方なのでは?と言いたくなりそうになったのを今でも覚えている。でも、付き合っていく中で春樹はいつでも真剣だったので、真面目なんだと思った。だから春樹の真剣な行動に、笑う事は無くなった。
付き合って一年が過ぎ、突然春樹から結婚をしようと言われる。お互い同い年で、まだ若いつもりだったが三十代もあっという間にやってくる。周りも寿退社ときゃっきゃ騒いでるのを見て、少し焦った気持ちもあり二つ返事で承諾した。しかし春樹が言う結婚は、本当に結婚という言葉だけで式も何もなかった。ただ、千早の誕生日に紙一枚提出して終わり先に婚姻届け提出して、数ヶ月後に式でもするもんだと思ったが来る日も来る日も話はなかった。諦めた頃には、春樹は急に休みの日も仕事だと言い出して休日も家を留守にする事が増えた。春樹を見送ってこの日の朝も、溜息を吐き出しながら千早は家の事に取り掛かる。
◇◇◇
「千早ごめんね」
「いいの、どうせ暇だし」
千早は最近、元勤めていた会社に臨時バイトとして雇われる事になった。バイトは本来雇わない会社だが、派遣を雇うより千早が手伝った方が効率が良いと元同期の子が持ち掛けて来たのだ。元とはいえ一年前の事、皆千早の事は知っているので遠慮なく使われる。春樹にはこの事は秘密にしている相談をしたかったが、仕事が忙しいと休日も含め平日も遅く帰って来る日が多い。帰って来るのを待って相談をしようとしたが、春樹は直ぐに寝てしまう。そんな事が続き返事する日も近づいてきてしまい、黙って仕事を一時復帰する事に決めてしまった。
(どうせ帰って来る時間遅いし家の事ちゃんとしてれば問題ないわ)
黙ってるのが少し引っ掛かってしまい、心の中で自分に言い訳をしながら仕事に集中した。そんな日が一週間過ぎて、相変わらず春樹は帰りが遅い事に千早も気が軽くなり始めて来た。
「ねえ時間大丈夫?旦那怒るんじゃない?」
「いーの!あの人帰って来るのずっと遅いし」
「遅いの?不倫でもしてたりして」
ははっと冗談と笑う元同期に、正直当たっているかもと思った。休日出勤など流石に多すぎで、この二ヵ月は月に一回休みがあるかどうかだ。それは少し可笑しいのではないか?と、春樹の友人にさり気無く忙しいのか聞いてみた事がある。大きな仕事があるわけでも、急に先方からの急ぎの依頼など一つも無いと聞かされ怪しいと思った。半ば勢いで結婚した気もするが春樹は、もしかしたら後悔して一年も経たずに離婚は気が引けて遊びで、不倫しているのではないかと思い始める。男の人は結婚すると縛られて自由がなくなるから、後悔すると聞いた事がある。現に千早の友人数人は、同じ経験して別れている家に帰れば疲れて帰ってきているのに、子供の相手ばかりで自分の事を労わろうとしない。そんな理由で女性と遊び始める人もいると聞いた。反対に相手してくれないから、不倫に走った友人のその友人もいる。
千早は子供もいなければ、春樹が帰って来るまでご飯を待って必ず起きていた。なので相手されてない理由で、不倫は無いと思う。しかし結婚は気の迷いだったのなら、本気の女性が現れたのなら不倫している可能性も出て来る。正直、離婚や別居するなら早く言って欲しいと思う年を取ってからの再就職先は難しいうえ、今なら元勤めていた会社にお願いして働けるかもしれない。願う事なら離婚はしたくないのが千早の本音、でも愛情が無くなったのなら一緒にいても苦痛になるだけだ。そんな事を考え結婚記念日と自分の誕生日が後、一週間と迫った時だった。
仕事が終わり、たまには春樹の好きな物でも作ろうと帰宅方向とは違う方向にある店に歩き出した時だった。見慣れた顔が目に映る、女性は楽しそうに春樹の腕に絡んでいた。その時、千早の頭の中では何処かでは信じていた思いがあったが、一気に崩れ去っていく。
(当たり前よね。性格キツいし、我儘だったし)
不倫してるのは自分のせいなんだと、なるべく春樹や相手の女性を憎みたくなくて自分の事を可哀そうな人間なんだと思う事にした。その方が自分が傷ついて可哀そうなんだと、悲劇のヒロインに思えたからだ。その日、春樹が帰ってきてもいつもと同じような会話の為、問いただすのは止めた。
「ただいま」
「お帰り・・・今日も遅かったね仕事そんなに忙しい?」
「・・・ああ。でも、もう少しで終わるから」
「そう」
不倫に終わりなんて簡単に直ぐ出来るものなのだろうかと、千早は冷静に春樹の行動を観察して一週間を過ごした。誕生日と結婚記念日当日、仕事が終わって行く当てもなく少しだけの荷物と一緒に、実家に帰る事にした。実家には煩い兄と兄の嫁が両親と同居してるので、本当は気が引けて帰れない。しかし他に行く場所が無いのだから仕方ない為、恥を忍んで煩い兄がいる実家に向かう。今日中にとはいかないが、離婚届を朝テーブルの上に置いてきた。きっと数日中には、受理されバツイチになるのだろう。暫くは兄の事を我慢して、落ち着いたら部屋を借りて独身時代の事を思い出し第二の人生でも歩もう、そう意気込む。そんな時、携帯の着信が鳴り相手を確認し電話に出る。
「なに」
「なにじゃねー。お前今何処?春樹君が家に来たんだけど」
「別に・・・お兄ちゃんには関係ないでしょ」
「何だその態度は!今日、誕生日と結婚記念日だろ家にいないって慌てていたぞ」
どうして千早に電話しないで実家に行くんだと、春樹の行動にムカつく。女心が分かっていないと思いながら、いつも帰りが遅い春樹がこんなに早く知るとは思わず少々驚いた。兄に電話越しで何やら説教をされていたが、最後の分かったか!?の言葉だけ適当に返事しておいた。これでは実家に帰れないではないか、春樹の思わぬ行動に千早は暫く泊めてくれそうな友人を頭の中で探した。
(駄目だ、誰も泊めてくれそうな友達いないかも)
離婚して大変な友人、親と同居して共働き、そんな友人ばかりで頼れそうな人は思いつかない。とりあえず腹ごしらえの為、ファミレスに行く事した。近くまで行ったが、今日に限って込んでいて諦める。他の店も幾つか梯子してみたが、時間帯も含め一人で並ぶのは気が引けテイクアウトでもしようとお店を探していた矢先。
「千早!」
振り向けば、離婚をしようとしてる相手春樹。真夏の中走り回ったのか汗が凄い、他人事のように春樹を見ていた。どうして此処にいると分かったのだろうか?適当に歩いていたのに、何故春樹は目の前にいるのだろう。千早は少しだけ胸が苦しくなりながら、春樹が小言を言っているのにも関わらずぼーっと立っているだけだった。
「おい、聞いてるのか?あの紙は何だ?」
「春さん何でいるの・・・」
「はぁ・・千早を探してたに決まってるだろ」
幽霊でも見た様な顔するなと、頭をこつんと痛くない叩き方をされる。顔を見たら、春樹が汗だくになって探してくれたのを見たら、涙が止まらない。
「泣くな俺が泣かしたみたいだろ」
「九割、春さんのせいだもん」
紙の事は帰ってから聞くからと怒った様子も無い。春樹に手を引かれ、人混みの中泣くだけしか出来なかった千早。手を引く大きな男と、泣きじゃくっている小さな女は周りの興味を引く。春樹はその度睨みを効かし、千早の涙を見せない様にしていたが千早は気付いていなかった。
***
「腹減っただろ作ってやるから風呂入れ」
「私が、作るよ」
「今日は何の日?大人しく言う事聞く」
背中を押され無理矢理、風呂場に押し込まれる。何時の間に沸いていたのか、お湯が溜まっていて驚いた。汗をシャワーで流し、化粧も落として全身綺麗にした。少し長湯してしまい、のぼせそうになった所を春樹に呼ばれ慌てて出る。
「これ春さんが作ったの?」
「ああ、味は多少保障出来る」
「多少なんだ」
言い方が面白くてくすくす笑ってしまう。春樹は中学校の時、調理実習で料理を作った以来一度も料理をした事が無いと聞いていた。なのに目の前には、千早より上手ではないのかと思う程美味しそうなご馳走が並べられていた。本当は出来るのに何で隠していたのか尋ねれば、春樹の実家で練習していたと告白してくれた。どうして練習などする必要があったのか聞いてみれば、結婚記念日と誕生日の為と春樹は正直に答えてくれ、そして一年前の出来事も一緒に。一年前の千早が誕生日を迎える直前、同僚にプレゼントは何が良いのか悩み相談した事があった。同僚は冗談で結婚がプレゼントで良いんじゃないか提案すれば、春樹はその言葉通り実行。これで春樹は満足だったが、同僚から式はいつやるんだと聞かされ何の事だ?と逆に尋ねたらしい。そして春樹はとんでもない勘違いで千早に、プロポーズ結婚してしまった事を後悔したのだった。春樹の両親からも実家で料理を練習する度、千早の為に早く式を挙げろと小言を言われ続けていた。
「やっぱり後悔していたの」
「違う。俺の自己満足での結婚だった事に後悔したんだ」
指輪も式も全てない。ただ、結婚と言う形だけで千早に誕生日プレゼントしたと満足してしまった事に、他人から気付かされることに後悔したんだと。色々策を練り、結婚記念日と誕生日に千早に喜んでもらおうと計画を立てていたようだった。
「でもあの女性は何?不倫じゃないの?」
「女?」
「一週間前、私の勤めていた会社付近で女と腕組んでいた。だから紙を・・・」
見てたのかと驚かれたが、それで離婚届があったわけかと納得する春樹そして、何事も無く淡々と女性の事を話す。この数ヵ月間千早の為、女性はどんな料理が好きなのか、どんな物が好みでどんな物が好まないのか、女性社員に聞いたところ勘違いした女がいた。他の女性社員から聞いた店をリサーチしていた所を、付きまとって困っていたようだ。鬱陶しいから二度と顔を見せるなと言ってやった、だから安心しろ不倫じゃない。そんな春樹に、少しだけ相手の女性に同情した。
「それと、これ開けてみて」
「??」
二つの箱を渡され、意味が分からず一つ開けてみようとした。しかし春樹が、そっちじゃないともう一つの箱の方を指差す。言われた通り、指差された方の箱を開けてみた。中にはダイヤモンドの指輪があり、もう一つの箱も開ける様催促された。同じような箱の大きさで、開けてみるとそこには二つの大きさが違う指輪があった。
「春さんこれって」
「凄く遅いけど婚約指輪と結婚指輪」
結婚指輪は宝石のバイヤーをしている同級生に、一からお願いして作った世界で一つだけしかない指輪。千早の誕生石であるサードオニキスという石を小さいが、春樹も少し手伝い加工して埋め込まれている。恋人や夫婦の絆を強め、魔除けにもなると教えてくれた。自分の誕生石など気にした事も無かったので、そんな意味があったとは今の自分にはピッタリの指輪だと嬉しかった。何て言葉を掛ければいいか分からないでいると、春樹が婚約指輪を手にし千早の左薬指にはめる。
「俺と結婚して下さい」
「春さん?」
「今更遅いのは分かってる。でも一からやり直し、これから新たな結婚生活を送りたい」
同期に指輪はない、式も挙げず新婚旅行も無い、紙一枚提出など女としてはありえない結婚生活の始まりだと叱られてしまったと言う。確かに式を挙げると期待した時もあったが、諦めていたのでいきなり一から結婚をやり直そうと言われても困惑してしまう。
「これから一つ一つ俺達の家庭をつくっていこう」
「春さんサプライズが大き過ぎて言う言葉がでない」
「ならサプライズ成功だな。千早のサプライズは焦った」
意地悪に笑う春樹に、千早の書いた離婚届が目の前で破られる。そんな仕草も格好良く見えてしまい、これが自分の旦那様なんだと改めて春樹を見つめ顔が熱くなる。千早の顔の表情を見て、春樹はくすっと笑えば顔に手を添えてキスを深く優しく力強く。
「責任とって・・・先に千早を頂きます」
「あ、えっとお風呂入ってないよね汗流して来たら?」
逃げようとする千早に、春樹は逃がさない様に熱のこもった声で千早を誘う。
「じゃあお風呂でいい事しよう。久々にじっくり堪能させてもらうから覚悟して」
千早をお姫様抱っこして風呂場に向かい、二人だけの熱い夜はまだ続く。
最後は、暑く(熱く)なれたでしょうか?本当はホラーを書きたかったですが、私には無理だった。なので、暑いなら暑くなり、涼しさを和らげようと言う事で夫婦の熱さが伝われたでしょうか・・・(下ネタすみません)
※どうでもいいネタ話・・・本当はお汁粉は好きではない春樹さん。間違って、買ってしまったのを仕方なく飲んだわけです。