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後編

 ――ここ一週間、ショウジとまともに口も利いていない。

 昼休み。レオナは机に突っ伏したまま、動かずにいた。というより、何もやる気が起きない。

「はあ……」

 出て来るのは溜め息ばかりだ。机の上にたまたまポニーテールの先っぽが乗っていたので指に巻き付けて遊ぶ。いじいじ。

 お腹がぐぅと音を立てて鳴った。やる気は無くても食欲は湧くらしい。

 食堂に行こうとは思わなかった。ドランとの決闘に負けて、ショウジから「つまんねぇ決闘だな」と言われて以来、行っていない。それまでは毎日一緒に行っていたのに。

 ショウジはあの日から、休み時間も放課後も教室には居らず、別の場所で何かをしているようだった。ゴーレムの改造だろうかと思ったりもしたが、いつものように「決闘だ!」と言って来ることも無いので違うのだろう。今日も昼休みの鐘が鳴るなり、すぐにゴートと教室を出て行ってしまった。

 シャウンは「大丈夫だって。ショウジくんと話してみたけど、レオナちゃんが思ってるほど、怒ってないから」と何度も慰めてくれたけれど、レオナにはそうは思えなかった。怒ってないなら、どうして口を利いてくれないのだろう。

 かといって、自分からわざわざ話し掛けることも出来ない。ドランに負けた時のような、悲しさと怒り、失望をない交ぜにした瞳をされたら、とてもじゃないが堪えられない。あんな目で見て欲しく無かった。

 だから一週間、何もしないで居た。こんなにも空虚な日々はいつ以来だろう。

 今はシャウンも居なかった。一週間ずっと、休み時間になる度レオナの側に居て、明るく振舞ってくれていた。口には出せなかったけれど、何度感謝しても足りないくらい、心の支えになっていた。今日はどうやらお弁当を家に忘れて来てしまったらしく、購買にパンを買いに行っている。

 何かあったのか、なかなか帰って来ない。

 ……お腹が減った。先に食べ始めていよう。

 家のメイド――クルシカに作って貰った弁当箱を開けて、フォークを持ち、スプリングラビットの唐揚げを口にする。

 素材は学食のものよりずっと良いはずなのに、とても味気なく感じる。一人で食べているからなのだろうか、と思う。

 こうして一人で居ると、中等部の頃を思い出す。それ以前のことも。

 ずっと一人で居た。幼い頃からずっと。

 初等部に入るまでは、同じくらいの歳の子に会ったことも無くて、家庭教師から魔法を習い続けていた。

 初等部に入ったばかりの頃は、友達になってくれそうな子が何人か居た。しばらく仲良くしていたけれど、段々と彼らはレオナから距離を置くようになっていった。

 それはレオナがハーネット家という特殊な家柄だったこともあるし、その関係で教師のレオナに対する態度が他の生徒とまるで違っていたことも原因と言える。後はそう、昔から魔法を習っていたから、レオナが他の生徒と比べて魔法技術を習得し過ぎていたのが何より良くなかったように思える。

 元々人付き合いが得意な性格では無かったし、何度か自分から行動を起こして失敗した経験もあって、初等部の中学年を迎えた頃には交友関係をすっかり諦めていた。

 自分はおそらく、そういうことが出来ないように生まれて来てしまったんだろう。名のある魔法使いの家に生まれるというのはこういうことなのだ。

 そう考えて、魔法使いの家柄に生まれた以上、魔法で頑張るしか無いと、ひたすら魔法騎士としての鍛錬と勉強の日々を重ねて来た。

 魔法騎士としての技術を磨けば磨く程、周囲は距離を置くようになっていった。同じ人間のはずなのに、別世界に住む生き物を見るような、そんな目だった。それが凄く嫌で、不快に思っていた。

 いつからそうなったのか覚えていないけれど、初等部高学年の頃に、ふと自身が笑顔を作れなくなっていることに気付いた。

 笑おうと思っても上手く笑えない。では実際、楽しいことがあるのかと問われれば、そんなものは何一つ無かった。

 魔法の鍛錬と勉強は苦しいだけで全く楽しくない。両親は魔法が上手くなれば褒めてくれるけれど、褒められたところで何かが変わるわけではない。魔法騎士になって、ハーネット家を継ぐ。決まった未来に向けて、ただ決まった道を惰性で進んでいるだけだ。

 もしかすると、最初から笑顔なんて作れなかったんじゃないか。最初入学したばかりの頃、本当に私は笑っていただろうか。そんな風にすら思った。

 中等部の頃は入学直後を除いて、思い出らしい思い出は無い。中等部からは決闘システムが導入されて、高学年の生徒に何度か決闘を挑まれて、全部勝ったくらい。それ以降は誰一人勝負を挑んで来ようとはしなかった。授業を受けて、帰って鍛錬して。それを三年間ひたすら繰り返しただけだ。

 だから、自分は高等部に進んでも、おそらく同じように過ごして行くんだろうと思っていた。

 高等部の進級初日に、教室で彼と出会うまでは。

「びっくりする程綺麗な赤毛だな。……って、聞いてる?」

 最初、聞き違いかと思って無視していた。が、「聞いてる?」と言われて、ようやく話し掛けられていることに気付き、驚いて横の席を見る。

 そこに居たのは、正真正銘異世界から来た黒髪丸耳の少年だった。後にショウジ=アルグリフという名前だと知ることになる。

「え?」

「それってさ、やっぱり地毛なのか? だとしたら、本当に凄ぇな。ルビーみたいじゃん。あっ、ルビーって知ってるか? 球世界にある赤色の宝石なんだけど。あっ、というか、そもそも球世界って言って通じんのかな?」

 彼はとにかく喋りまくっていた。球世界の学校で中等部から高等部に進学するに辺り、両親から引越しと称して半ば強引に連れられて来られたらしい。聞けば父親が地平世界出身で、母親が球世界出身なんだとか。ついこの間まで、地平世界の存在も、魔法の存在も知らなかったらしい。

 いずれにしても、彼はレオナのことを何も知らずに話し掛けて来たことだけは確かだった。

 だから、レオナは言った。

「お前」

「ん?」

「私に関わるな。お前と私では、住む世界が違う」

「……」

 ポカーンとした様子で瞬きをするショウジ。

 それからHRとガイダンスが始まって、彼が話し掛けて来ることは無くなった。

 なので、これでいつも通りだと思っていた。

 しかし、ガイダンスが終わって帰ろうとした時に、

「なあ、レオナ=ハーネットさん……だっけ?」

 出席を取った際に名前を覚えていたらしい。

 ショウジはまたも話し掛けて来た。

「色々考えてたんだけど、結局分からなくてさ。HRの前に言ってた、住む世界が違うって……どういう意味なんだ? 俺が球世界出身だからってこと?」

 そうじゃない。

「……お前は何も分かってない。私がどんな奴か、私が周りからどんな風に見られてるか」

 ショウジは周囲を見回す。レオナと話していたことで、クラスメイト達の好奇の視線が集中していた。

 彼は眉間に皺を寄せた後、考えるように顎を擦ってから、

「美人だから、とか?」

「は?」

「あれ、違った?」

 レオナは何も言えなくなってしまった。

 こいつは頭がおかしい。

 呆れて思わず口走ってしまう。

「馬鹿なのか、お前は?」

「ばっ……!?」

 ショックを受けた表情をするショウジ。

「とにかくもう、二度と話し掛けるな」

 レオナはそう言って、教室を出た。

 頭の中で、「美人だから」という台詞がやたら印象に残っていた。

 翌日以降も、ショウジは馴れ馴れしく話し掛けて来た。

「レオナさん、おはよう」

「……」

「あれ、無視?」

「お前と話す理由が無い」

「せっかく席が隣なんだから、仲良くしたいと思うじゃん?」

「私は別に思わない」

 また別の日も。

「レオナ」

「呼び方がさん付けじゃなくなってるんだが」

「いや、どっちにしてもつれない態度されるなら、いっそのこと馴れ馴れしく行ってみようかと」

「お前の場合は最初から馴れ馴れしかったけどな」

「こっちの世界で友達が欲しかったんだよ。で、入学初日に隣に見たこともないような美少女が座ってる。そりゃあ、友達になりたいと思うでしょ、男なら!」

「何度も言わすな。私とお前では住む世界が違う」

 またまた別の日。

「よう、元気かレオナ」

「うるさい」

「元気そうだな」

「そう見えるのなら、今すぐ医者のところへ行って、目を治して貰った方がいいぞ」

「目のことはともかく、聞いてくれよ。俺さ、実はゴーレム学科取ってるんだけど」

「マイナーだな」

「昨日、ゴーレム学科のミドー教授に会って、倉庫案内して貰ったら、巨大な鉄の塊みたいなゴーレムが出て来てさ。それがまさに巨大ロボットって感じで、俺、ワクワクしちゃって!」

「巨大ろぼっと……?」

「ん? ああ、分からないか。球世界日本の文化で、まあ、分かりやすく言うと、人が巨大なゴーレムの中に乗り込んで戦う創作物語があってだな。俺はそれに凄く憧れてんだ」

「……ゴーレムの中に乗り込んだら、視界が悪くてまともに戦えないだろう」

「そこら辺のシステムはおいおい説明するとしてだな。とにかく俺は、倉庫にあるゴーレムを直そうと思うんだ」

「まあ、せいぜい頑張れ」

「おう!」

 そうして少しずつショウジと交わす言葉の量が増えていった。

 その一方で、ショウジは誰とでも同じように会話出来る性格だった為に、レオナ以外にも知り合いを増やしていった。

 入学から一ヶ月経つ頃には、ショウジはクラスの一員としてすっかり溶け込んでいた。

 レオナはそれをとても羨ましく思っていた。何年もの間、自分には決して得られなかったものを、異世界から来たにも関わらず、一ヶ月足らずであっさりと手に入れてみせた。

 羨ましくて、その光景を見せつけられる度に苛立ちが募って、ある時ついに態度に出てしまった。

 きっかけは些細なことだった。たまたま魔法戦闘演習の授業で、二人組になって決闘空間で戦うことになり、レオナは親しい友達が居るわけでも無し、中等部での戦績が知られていることもあって、組んでくれるような相手はショウジくらいしかいなかった。

 彼は他のクラスメイト達から二人組になることを誘われつつも、レオナの様子を横目で伺ってから「すまん、俺の相手はもう決まってんだ」と断って、「レオナ、俺と戦ってくれ」とこちらにやって来た。

 素直に頷きたくは無かったが、相手が居ないのも事実だった。しかし。

 クラスメイト達がショウジに「頑張って。せいぜい応援してるからねー」「骨は俺らが拾ってやる」とからかい半分の声援を送るのが見えた。「実は馬鹿にしてんだろお前ら! 巨大ロボット舐めんな!」とショウジが怒ったフリを返してみせて、皆が楽しげに笑う。

 その一つ一つが胸に突き刺さるようで、気付けばレオナは口を開いていた。

「……お前は馬鹿か? 私を誰だと思っている」

「レオナ?」

「言っとくが、この間まで魔法初心者だった奴では相手にもならんぞ。それに――」

 後から何度悔やんだことか知れない。

「巨大ロボットだか何だか知れないが、あんな無駄だらけのゴーレムでは、私には絶対勝てない」

「……何だと?」

 グロウザーがミドー教授から託されたもので、ショウジにとってどれだけ大事なものになっていたか分かっていたはずなのに、それでも言ってしまった。

「そもそもゴーレム使いごときが魔法騎士に勝つことは不可能だ」

「そんなのやってみなきゃ分からねぇだろ」

「頑張ってもどうにもならないことはある。何度でも言おう、お前じゃ私には絶対に勝てない」

「……前から言おう言おうと思ってたが……レオナ、お前さ」

「なんだ」

「かなり調子に乗ってるよな」

「何?」

「いっつもそう。自分と他人の間に線を引いてるって言うかさ。ぶっちゃけ、自分は他人と全然違うとか思ってんだろ」

「何の話をしてる」

「お前の話だよ。俺はお前の、そういうところが気に入らない。勝手に自分を決めて、諦めてる」

「知ったような口を利くな。お前に私の何が分かる」

「そうかもな。ただ俺は、出来ないと決め付けてるお前の諦めた目が気に入らない。大っ嫌いだ」

 真っ直ぐにレオナを見つめて来る青い瞳は、一点の曇りも無い。

 レオナは彼の目から視線を逸らすことが出来無かった。

 彼は言う。

「だから、決闘だ。俺は巨大ロボットを使って、お前に勝ってみせる」

「……いいだろう」

 それ以来、一年の間ずっと決闘を繰り返して来た。

 ショウジは何度倒しても、諦めることなく立ち上がって、レオナに挑んで来た。

 今までこんなにもしつこくレオナの相手をするような人間は居なかった。

 ショウジと激突を繰り返す内、何故か親しくしてくれる友達が出来た。シャウンにゴート。それからクラスメイトも段々声を掛けてくれるようになって。

 ショウジへの暴言は後悔してもし切れないけれど、それでも魔法学校高等部に入学してからの一年は、間違いなく私の生きて来た人生の中で最も楽しかった日々だと断言出来る。

 しかし、どんなに楽しくたって、望めないことも当然ある。

 私はハーネット家のレオナ=ハーネットなのだ。学校を卒業したら、ハーネット家を継がなくてはならない。

 そうしたら、ショウジとはお別れだ。今までみたいに接することは出来なくなる。戦うこともない。

 仕方が無いことだ、それは。昔から決まっていたこと。

 ショウジとこれ以上仲良くしたって意味が無いのだ。

 そのはずなのに、ここ一週間、胸が痛い。張り裂けそうで、苦しくて、身体に力が入らない。

 ショウジは「決闘だ」とは言わなくなった。この間までは、毎日のように、事あるごとに言っていたのに。

 この前のドランとの決闘を見て、私に呆れてしまったのだろうか。

 当然だ。私がショウジの立場だったなら、同じように思うだろう。

 もう何をどうしたらいいのか分からない。

 苦しい。涙が出そうなくらい、胸が痛い。

 なあ、ショウジ。

 お前は覚えていないかもしれないけど。

 次でちょうど百回目の決闘になるんだよ――

「レオナちゃん!」 

 と、そこで息切れ切れのシャウンが教室に戻って来た。

「……シャウン? どうした?」

「ショウジくんが……!」

「え?」

 シャウンは何とか大きく息を吸い込んでから、

「ショウジくんが、ドラン先輩と決闘してる……!」

「なっ……!?」

 どうして。どうしてそんな。

 レオナはシャウンの両肩を掴む。

「場所は!?」

「中庭……!」

 レオナは教室を飛び出した。

 校則を無視して廊下を走り、階段を駆け下りる。

 ただの自惚れかもしれない。だとしても。

 ショウジは私のせいで戦っているのではないか。

 そう思ったら、急がずにはいられなかった。




 持っていたブレードごとグロウザーの右腕がひしゃげて、弾け飛ぶ。

「ぐッ!?」

 危険の文字がコクピット内のモニター右半分を埋め尽くし、右腕を肩の基部から緊急パージ。只の鉄塊と化したそれは、轟音を立てて地面に転がった。

 すぐさま損傷解析を行う。右腕接合部に損傷無し。

 ドラン=グラニールがその長身と同等の大きさを誇る大剣を悠々と片手で構えながら、不敵な笑みを浮かべる。

「これは驚いた。まさか破壊の息吹を防ぐとはね」

 そう、防ぐには防いだ。が、一撃受け止めただけでこの様だ。

 昭司は事前にドランのことを調べて回って、彼と手合わせしたことのある上級生から破壊の息吹についての情報を得ていた。

 破壊の息吹の正体は、高密度の情報の嵐。それに触れた物質は、構成情報を掻き乱され分解されてしまう。故に、防御障壁を張ろうとも術式を構成する情報自体が書き換えられ、貫通してしまう。

 だから昭司は今回、破壊の息吹に対抗すべく専用の防御障壁術式を開発して来ていた。

 障壁を構成する術式にスライドパズルに似た構造を持たせ、情報の嵐たる破壊の息吹を受けた際に、それらの情報パターンが掻き乱されて組み変わっても、違うパターンの防御障壁術式に変化するようにした。

 つまりは、術式構造自体が風車のように回転する構造になっており、あえて風を受けて回ることによって、術式構造が異なるも効果の同じ防御障壁術式に変化するというものだ。

 しかし、実際に喰らってみると、術式の強度が全然足りない。

 強い風を想定して作った風車ではあったが、強い風どころか台風が来て、羽をへし折られてしまった感じだ。

 その結果として、威力を抑えることには成功したが、完全には受け切れず腕一本を持って行かれてしまった。

 やはり理論と実践は違う。

 昭司は焦らず、しかし限りなく高速で思考を巡らす。

 この場で防御障壁術式の理論を再構成する。完全ではないにしろ防ぎはしたのだから、ベースはこのままで良い。問題は術式パターンの少なさ。どんなに掻き乱されても術式が発動し続けるように、各情報の配置を考え直さねばならない。

 昭司はグロウザーのコンピューターにアクセスし、自身の脳とコンピューターをリンクさせ、現在ある思考領域を三つに分ける。

 戦闘における行動の判断を下す『パイロット』としての領域が一つ。

 術式を構成、発動する『魔法使い』としての領域が一つ。

 そして、もう一つが破壊の息吹に対する防御障壁術式を作り直す『研究者』としての領域。

 この三つを同時平行で思考する。

 『研究者』の思考領域を増やすに辺り、『パイロット』及び『魔法使い』領域の演算能力の低下が懸念される為、グロウザーのオートパイロットを補助として導入する。

 と、数秒間の思考時間を隙とみたのか、ドランが竜の翼を広げ、突っ込んで来る。

 戦闘再開。昭司はグロウザーの前面に防御障壁術式を展開し、全速後退する。同時に脚部ポッドから遠隔誘導攻撃端末を射出、牽制射撃を行う。

 それと同時に、昭司は自作の召喚術式『武装図書館ウェポン・ライブラリ』を起動。出し惜しみはしない。

 脳内でコード入力。ウェポンコードANR-1。

(換装!)

 グロウザーの右方に亜空間と繋がる魔方陣のゲートが出現する。肩の基部からゲート内に魔力ワイヤーが伸び、そこから閉まってあった兵装を引き抜く。

 出したのは通常タイプの右腕のスペア。ワイヤーを巻き取り、右肩にドッキングする。

「へぇ、腕を交換出来るのか。だったらもう一度!」

 口を開けるドラン。

 空間が焼け付くような感覚と、耳鳴り。

 咄嗟の判断で防御障壁術式を展開し、反重力ブースターで横に飛ぶ。次の瞬間。

 レーザー砲を思わせるような真っ白い閃光が襲って来た。破壊の息吹である。

 専用の防御障壁術式がわずかな時間ではあるが、その攻撃を防ぎ、グロウザーは難を逃れる。

 受け止め切れなかった閃光が漏れ出して、先程まで立っていた地表を抉り取り、クレーターを作り出した。

 暇を与えず、昭司は武装図書館のコードを入力。ウェポンコードG-4及びB-6。

 左右に展開した亜空間ゲートから武装が飛び出し、昭司はグロウザーの両腕を伸ばして、それを引き抜く。左腕に大出力ビーム砲、右腕に秒間五百連射のガトリング砲。

「うおぉぉぉッ!」

 ターゲットロックと同時に両銃のトリガーを引いて連射する。肩のミサイルポッドも展開し、マイクロミサイルを全弾発射。更に遠隔誘導攻撃端末でオールレンジ攻撃を行う。

 地表に当たれば仮想空間の一帯を火の海に変える火力だが、狙われたドランは不敵な笑みを崩さない。

 重力どころか慣性すら無視した滅茶苦茶な空中移動で銃弾と光線の雨の中を踊るように駆け、軽々と振るった大剣でマイクロミサイルを一発残らず切り刻む。

「くっ……!」

 それを可能にしているのは他ならぬ、あの白い竜の翼だった。

 魔法剣士らしい圧倒的な機動力で、グロウザーの足元まで一気に距離を詰めて来る。

 昭司は通常の防御障壁術式を三重に張ってこれを迎え撃つが、ドランは意に介さず、破壊の息吹で障壁を粉砕する。

 至近距離の攻撃で回避出来ず、グロウザーの左腕に息吹が直撃して消し飛ばされる。大剣のリーチ内まで接近を許し、昭司はガトリング砲の連射を続け、薬莢を撒き散らしながら飛び退こうする。

 ドランが振るった大剣がガトリング砲の砲身を両断し、爆散させた。

「まだ!」

 昭司は武装図書館にウェポンコードH-11を入力。亜空間ゲートから飛び出した取っ手を掴み、引き抜いた勢いのままに攻撃を仕掛ける。

 グロウザーが振るったのは取っ手から鎖の伸びたスパイク付き巨大鉄球。

 ドランが呆れた表情でそれを見た。

「何だそれは?」

 先程の銃弾の雨を易々と潜り抜けてみせたドランからすれば、止まって見えるような遅さだろう。

 その油断により生まれた一瞬の隙を、昭司は見逃さない。

 グロウザーが右手に掴んだ取っ手のトリガーを引いた。

 直後、鉄球が高速回転し、仕込まれていた反重力ブースターが点火。一気に加速し、銃弾にも勝る速度となってドランに襲い掛かる。

「っ!?」

 鉄球がドランに直撃した。そのまま勢い良く弾き飛ばし、仮想フィールドの建物に激突させる。

 昭司はそこでようやく一息吐く。

 思考領域『研究者』にアクセスし、対『破壊の息吹』用防御障壁術式組み換え作業の進行状況を確認する。新たに一パターン発見したが、やはり圧倒的に時間が足りない。障壁の強化は出来ても、完全には防ぎ切れないだろう。

 と、一瞬気付くのが遅れる。鉄球を引っ張ろうとした際に強い抵抗があった。

「緩急を付けて、思考の裏を掻いた一撃か。見事だよ。おかげで両手を使う羽目になった」

 仮想の建物に背中をめり込ませながらも、ドランは左手と大剣を使って鉄球を受け止め、防いでいた。

「だが!」

 まずい、と思った時にはグロウザーの身体が宙に浮いていた。

 ドランが左手の五指を鉄球にめり込ませて掴んだまま、鎖で繋がったグロウザーを逆に振り回したのだ。

 しかし、昭司はあえて鎖の取っ手を離さなかった。今この瞬間、ドランは身動きを取れない。

 狙撃ならこちらに分がある。遠隔誘導攻撃端末によるオールレンジ攻撃だ。

(当たれ!)

 囲むように設置した端末から光線を一斉発射。

 今度こそドランに直撃し、爆発と共に鉄球が離される。

 グロウザーの反重力ブースターを噴射し、機体を着地させる。

 手応えは、無い。

「よくも当てる。だけど、残念だね」

 その口調は落ち着いていて、覗くのは不敵な笑み。

 ドランは何事も無かったかのように、そこに立っていた。見る限り傷一つ付いていない。

 ――これが血継幻想の力か。

 昭司はその強さを肌でひしひしと感じ取っていた。

 血継幻想は特定の魔法使いの家系が扱う、特殊術式のことを言う。その種類や内容は様々だが、グラニール家の場合は『ホワイトテンペスター』という白竜の一部を顕現させる力を持つ。

 地平世界には魔族という希少な種族が居て、ホワイトテンペスターもその一つだった。今現在、純粋種はもう残っておらず、グラニール家の人間がその血を引くのみとなっている。

 血継幻想の理屈としては、体内のDNA情報から白竜の情報を取り出し、それを術式によって顕現させることで白竜と同等の力を得る。

 その力が、羽ばたかずとも重力と慣性を無視する『竜の翼』であり、身の丈もある大剣どころかグロウザーの巨体をも振り回す程の『竜の怪力』であり、オールレンジ攻撃程度ならびくともしない『竜の鱗』であり、あらゆるものを消し飛ばす『破壊の息吹』というわけだ。

 まるで人間サイズに小さく情報圧縮された本物の竜と戦っている気分だ。むしろ小さくなっているが故に小回りが利くし、人間であるが故に剣術と魔法まで使うから本物より強力かもしれなかった。

 ドランは地面はため息を吐きながら、言う。

「そろそろ分かって来たんじゃないかなショウジ=アルグリフくん? どんなに試行錯誤しても、君じゃあ僕の血継幻想は敗れないよ」

 確かに、血継幻想は想像を超えて強い。

 先程鉄球を受け止められた時は運良く助かったが、次も同じような隙を見せれば、破壊の息吹で一撃の下に葬り去られるだろう。

 だが、昭司の心は落ち着いていた。

 同じような逆境なら、昭司はこれまで幾度も立たされて来ている。

 燃えるような紅い髪をした、魔法騎士の少女によって。

「たかが片腕を二度吹っ飛ばしたくらいで調子に乗らないで下さいよ、先輩。レオナだったら今頃、とっくにコクピット攻撃して、試合終了させてますよ」

 ドランが紫色の瞳を細める。

「……僕がレオナよりも弱いと言っているように聞こえるけど?」

「そう言ってるんですよ、先輩。破壊の息吹は脅威ですが、それを除けば、レオナの方が上です。何であいつが先輩に負けたんですかね?」

 機動力なら空間跳躍の方が上だし、攻撃力で言えば、性質が全く異なるものの空間切断も破壊の息吹に匹敵する。

 その他にもレオナは様々な空間術式を使用する。加えて、決してそれに頼り切ることなく、洗練された剣技と魔法戦術の中に取り入れて来るからこそ強い。

 そんな彼女に比べれば、ドランの血継幻想など、どうということはない。一つの力に頼り切ったゴリ押しの単調な強さだ。

 ドランが大剣を構え、不機嫌そうな顔で言った。

「生意気だぞゴーレム使い」

 竜の翼を大きく広げ、一気に加速して懐に飛び込んで来る。

 昭司は横薙ぎにするように鉄球を振り回す。

 ドランが鉄球の鎖部分を大剣で受け止め、弾く。

 昭司はほぼ同時に鉄球の取っ手を離し、グロウザーに握り拳を作らせ、ロケットパンチを発射した。

「ふん!」

 ドランは片手でそれを受け止めた。

 反重力ブースターのパワーにより、幾分か後退りさせることで、わずかながら時間が生まれる。

 昭司は武装図書館にウェポンコードADL-8を入力し、新たな左腕を召喚、ドッキングする。

「邪魔だ!」という言葉と共に吐かれた破壊の息吹でロケットパンチが消し飛ぶ。同時に右腕上腕部をパージして捨てる。

(これで!)

 昭司はグロウザーの左腕をドランに向けて振るった。

 左腕の先端には拳の代わりにドリルが付いている。使用方法は二つ。一つは単純に、高速回転で敵を貫く。

 もう一つは――

「行っけぇぇぇ!」

 高速回転を開始すると同時に、ドリルの各部から小さなブレードが生える。無数のブレードはそれぞれ空間術式を起動し、高速回転によって一つの現象を発生させる。

「何!?」

 攻撃を回避しようとしたドランの動きが静止する。

 正確には、ドランの動きを昭司が空間術式により封じ込めた。

 ドリルのブレードが放つ空間術式には空間を震動させ歪める効果があり、更にドリルが回転することによって、空間湾曲の渦を作り出す。

 すなわち今の一撃は、攻撃する為に放ったものでは無く、ドランを空間の歪みに巻き込み、動きを拘束する為のもの。

 間を置かず、昭司は脳内で、グロウザーのシステムに大規模攻撃術式の使用を命じる。

『了解。グロウブラスター、スタンバイ。魔動リアクター出力最大。チャージ開始。胸部装甲展開』

 グロウザーの胸部装甲が変形し、二本のレールを作り出す。胸部の中心には魔道リアクターに直結した大口径の砲口がある。

 グロウザーが持つ武装の中でも最大の威力を誇る必殺兵器。魔道リアクターの大出力エネルギーを収束して、砲撃を放つという極めて単純なものだ。

 威力は地上に向けて放てば、見える景色を一変させる程に絶大だが、武装展開から発射までの時間が非常に長い為、相手の動きを封じてからでないと、白兵戦ではまず当たらない。

 それ故に、レオナとの戦いでは滅多に使わない……というか、使わせて貰えない奥の手となっていた。

『チャージ完了まであと三、二、一――』

 システムがカウントを開始する。胸部装甲のレールの間に、溢れ出した魔力エネルギーがバチバチと音を立てて稲妻のように流れる。

 これが至近距離で直撃すれば、さすがの『竜の鱗』でも防げはしないだろう。

「このっ……!」

 大規模攻撃術式発動を目前にして、ドランが空間の歪みの中でもがく。

 システムが術式準備のカウントゼロを告げ、

「シュートッ!」

「当たるかぁぁぁ!」

 グロウザーの胸部から砲撃が放たれるのと、ドランが咆哮と共に破壊の息吹を吐き出したのは、ほぼ同時だった。

 歪んだ空間の中で破壊の息吹が暴風のごとく吹き荒れた。そこへグロウザーの大規模砲撃術式が至近距離から突き刺さる。

 しかし、次の瞬間、状況が逆転する。歪んだ空間に亀裂が走り、ガラスのように音を立てて、目に見える形で砕け散ったのだ。

「うおぉっ!?」

 亀裂から飛び出して来た破壊の息吹を回避出来たのは、ほとんど奇跡だった。左手のドリルアームが破壊の息吹に飲み込まれ、消滅する。

 回避と同時に狙いがそれたグロウザーの砲撃は、仮想の街並みに突き刺さって大爆発を巻き起こす。

 燃え盛る炎を背景にして、ドランが口角を上げながら言った。 

「今のは効いたよ……! だけど、僕の勝ちだ」

 ドランの服装はボロボロになっていた。どうやら大規模砲撃術式は、わずかな時間だが当たっていたらしい。

「ぐっ……!」

 だが、致命的と言える程ダメージを与えられていない。

 まさか破壊の息吹が湾曲した空間すら粉砕するとは思ってもみなかった。血継幻想の強大な力を改めて認識させられる。

 こちらはグロウザーの両腕を失い、次の攻撃への隙が作り難い状況。武装図書館を展開して、新しい腕をドッキングしようとしても、それをドランが黙って見ているとは思えない。

 そんな昭司の思考を読んだのか、ドランは冷たい笑みを浮かべて告げる。

「もう腕は交換させない」

 口調と紫色の瞳から発せられる視線には、静かな怒りが込められていた。

 ダメージを与えられたことに腹が立っているのかもしれない。

 ドランは大剣を構え直す。

「次で決着だ。お前に勝ち目はないよ」

 昭司が思考を再開して、次の手を講じようとした、その時だった。

『ショウジ。レオナちゃんが来たぞ!』

 コクピットに開設していた通信ラインから、ゴートの声がした。

 間に合ったか。昭司は空中を見上げて、レオナの姿を探す。

 学校が取り仕切る決闘システムにおいて、決闘を観覧する者は、仮想空間に意識の半分を飛ばすことが出来る。

 それは仮想空間内に半透明の意識体となって姿を現す。

 果たして、レオナの意識体は近いところから戦場を見下ろしていた。

「ショウジ!」

 彼女が昭司の名を呼ぶ。

 反射的に返事をしそうになったが、昭司はそれを抑えて、外部スピーカーの音量を最大にし、ドランに話し掛ける。

「ドラン先輩」

「ん?」

 訝しげに眉を顰めるドラン。

「どうやらレオナが来たみたいなんで、決着をつける前に一つ、はっきりさせて置きたいことがあるんですが」

「何だい、いきなり」

 ドランも空を見上げて、レオナの姿を確かめる。

 昭司は大きく息を吸ってから、言った。

「先輩は、レオナのこと、どれくらい愛してるんですか?」

「は?」

 口を開けて呆ける長身金髪のイケメン。

「許婚として、レオナがどのくらい好きなのかって訊いたんです」

「いきなり何を」

「真面目な質問です。ぶっちゃけ、この決闘の勝敗を左右する問題です」

「意味が分からない」

「真面目に答えろっつってんだよクソ野郎」

「なっ……!?」

 もうここまで来たら、敬語は使わない。言いたいことを言わせて貰う。

「それとも何か? あんたの許婚っていうのは形だけで、レオナのことはこれっぽっちも愛してないと?」

 ドランの顔色に焦りが見えた。現在の状況を理解したらしい。

 学校の決闘システムは、全ての決闘におけるデータを詳細に保存している。戦闘の内容は勿論、そこでどんなことを喋ったかも逐一記録され、後から誰でも自由に閲覧することが出来る。

 更に今現在、上空を見上げれば、レオナ以外にも数え切れない程多くの意識体が浮かんでおり、昭司とドランの決闘を観覧している。

 ここで喋ったことは全て、学校の生徒達に筒抜けなのだ。

 ドランは首を大きく横に振った。

「そんなことはない」

「嘘吐け」

「な、何だと?」

「あんた、さっき教室で別の女の子とイチャイチャしてたじゃねぇか。レオナを本当に愛しているなら、何で他の女に目をくれる!? 答えろよ先輩!」

 ドランは明らかな動揺を顔に浮かべながら、グロウザーに人差し指を向ける。

「う、嘘を言っているのは君のほうだ! 僕はそんなことしていない!」

「そうかい。なら、この場で言ってみろ! レオナのことを愛してると高々と宣言してみせろ! レオナが本当に好きなら、言えるはずだ!」

 俯くドラン。深く思案しているようだった。

 やがて、顔を上げて、

「……いいだろう。レオナ!」

「え? は、はい!」

 彼は恥ずかしさを微塵も感じさせず、大剣を地面に突き刺してから、左手を自らの胸に添え、右手を上空のレオナに向けて差し出すように掲げながら、堂々と口にした。

「僕は君を心から愛している!」

 まるでどこかの国の姫に求婚する王子のようだった。

 困惑した表情を浮かべ、照れ臭そうに頬を赤くするレオナ。「イヤァーッ!」と悲鳴を上げる周りの女子達。さすがイケメン、凄い人気。

 ドランは不敵な笑みを浮かべて、昭司に向き直り、

「これで文句は無いだろう?」

「ああ、凄ぇよ――」

 正直、参った。

 勝手に自滅すると思っていたのに、当てが外れてしまった。

 となれば、昭司が取れる手段はただ一つ。

「じゃあ、次は俺の番だ」

「なに?」

 心臓が激しく脈打つ。今にも爆発してしまいそうだった。

 ドランとの決闘中でさえ出なかったのに、背中から冷や汗が吹き出して、衣服が貼り付く。

 ああ、ちくしょう。本当に言わなきゃならんのか。

「レオナ!」

「な、何だ?」

 紅髪の少女が驚いて、エメラルド色の瞳をぱちくりさせる。

「決闘中なんで、ゴーレム越しで悪いが、言わせて貰う」

 ここまで来て、声がみっともなく震えてしまっていた。我ながら情けない。

 それでも、やらなければならない。

 ただでさえルックスで圧倒的に負けているのだ。気持ちでまで、目の前の金髪イケメンに負けるわけにはいかない。

 昭司は一度、深呼吸をしてから言った。

「俺はどうやら、お前のことが好きみたいだ! だから、こいつみたいなクソ野郎には絶対渡したくない!」




 レオナは、ぼっと火が吹き出るように顔が熱くなった。

 ドランの言葉とは比較にならない程に、心臓がドキドキして止まらなくなる。顔の熱さはみるみる全身に伝染し、恥ずかしいどころの話でなく、視界が揺らいで、危うく倒れそうになる。

「し、ショウジが、私を、好き……!?」

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 死ぬ程嬉しい。

 ショウジの言葉だけで、これまで悩んでたことが全てどうでも良く思えてしまう。

 今、はっきりと自覚する。

 私は、ショウジが好きなのだ。

 それ以外にあり得ない。

 全身から溢れ出る身を焦がすようなこの熱さは、それ以外には。

「貴様、言わせて置けば……!」

 ドランがもはや怒りを隠そうともせずに表情を歪めながら言う。

 対するショウジは、挑発を止めず、

「どうした先輩。さっきの告白より、よっぽど今の台詞の方が感情入ってるぞ!」

「もういい、沈め!」

 戦闘が再開されて、グロウザーとドランが激突する。

 腕が無いグロウザーは周囲の小型誘導兵器を駆使するが、破壊の息吹で薙ぎ払われて全て撃墜される。

 グロウザーが両肩から魔力で構成された糸を伸ばして、生み出した亜空間への扉――確かショウジが『武装図書館』と言っていた――から新しい両腕を取り出そうとするが、

「させないと言ったろう!」

 ドランは風を操る術式で、空気の刃を作り出し、グロウザーの魔力糸目掛けて飛ばす。

 対するショウジは防御障壁術式を張るが、ドランは間髪居れず破壊の息吹を放つ。

 障壁が薄紙のように破られ、亜空間ゲートが消滅する。

 ショウジはグロウザーの目から放たれる砲撃術式や、小型誘導兵器、爆撃術式で牽制し、逃げ回りつつ亜空間への扉を開き続けるが、ドランとの距離は少しずつ縮まって行く。

 破壊の息吹とて無限に撃てるわけではない。撃つ度に高度な術式構築を必要とし、精神疲労は免れない。

 だというのに、ドランは構わず、ほとんど間を開けず撃ち続けていた。どうやら短時間で勝負を着けるつもりらしい。

 やがて、大剣の間合いまで距離が詰まったところで、ドランがグロウザーの懐に飛び込もうとする。

「まだだ!」

 グロウザーの腰の前部分にある鎧が可動し、その裏から二本の隠し腕が飛び出す。腕の先端から魔力の刃が伸びて、ドランを迎撃する。

 直後、ドランが不気味な笑みを浮かべた。

 彼は隠し腕の斬撃を大剣で受け止めようとせず、かわそうともせず、代わりに口を開ける。

 破壊の息吹を放とうとしているのだ。

 魔力の刃が左右からドランの身体に突き刺さる。が、ダメージはあっても致命的なまでには至らない。『竜の鱗』の防御力があるからだ。

「残念だったね。この程度の攻撃じゃ僕は倒し切れない」

「くっ……!?」

 咄嗟に防御障壁を展開するショウジ。

 ドランはグロウザーの胴体に向けて、破壊の息吹を撃ち込んだ。

 防御障壁はどうやら対破壊の息吹用のものであるらしく、筒抜けにはならず攻撃を受け止めてみせる。

 しかし、消滅こそ免れたものの、グロウザーの装甲に亀裂が走り、歪み、弾け飛ぶ。

 ショウジが誇るゴーレムは今、黒い煙を上げながら、仰向けに倒れて動かなくなった。

 その瞬間、周囲から幾つもの落胆の声がこぼれ落ちる。ショウジを応援する生徒達だって、多くいたのだ。

「あ……」

 レオナはその時、自身が両手を強く握り締めていたことに気付く。

 彼に告白されて、勝負が再開された後、いつの間にか握っていたらしい。

 見れば、手の平に赤い爪痕が付いている。

 私も同じだ。

 ハーネット家の跡継ぎで、ドランの許婚という立場からすれば、本来ドランを応援しなくてはならないのに。

 私はショウジに勝って欲しいと、心の底から思っていた。

 でも、ショウジは負けてしまった。たった今、目の前で。

「ショウジ……」

 駄目なのか、もう。

 グロウザーが起き上がる気配は無い。瞳の灯火は既に消えてしまっている。

 ドランは上空から見下ろしつつ、言う。

「これで決着だろう、ゴーレムライダー。君のゴーレムは完全に沈黙した。操縦席から出て来て降伏しろ」

 グロウザーの操縦席を覆う二重構造の装甲が開く。

 と、その時だった。

 操縦席から魔力の砲弾が放たれて、ドランに直撃した。

「何ッ……!?」

 竜の鱗で防ぎはしたようだが、攻撃が当たった肩を押さえるドラン。

 周囲の生徒達がざわめく。

 レオナも驚いた。

 ショウジはこれまで、グロウザーが倒れるか、もしくは操縦席に到達された場合、必ず降伏を行っていた。例外はレオナの知る限り一度も無い。

 操縦席から一つの人影が姿を現す。

 それは、赤青黄の三色に彩られた鎧を全身に身に纏い、頭部を金属の仮面で覆った外見をしていた。

 重装甲の魔法騎士と言えなくも無いが、それにしてもやたら派手で不可解なデザインだった。

 容姿として一番近いと言えるのは、ショウジが作ったゴーレムのグロウザーだろう。

 まるでグロウザーを人間サイズまで小さくしたかのような鎧だった。特徴的なのは首に巻き付けた魔力による光の帯で、レオナにはそれがマフラーのように見えた。

 同じ光が胸部に埋め込まれた球状の物体からも発せられていた。

 レオナは息を飲む。

 あんな鎧、ショウジとの決闘で見たことが無い。

 三原色の鎧は、ショウジの声で言った。

「降伏は、しない」

 仮面に付いている二つの瞳を静かに発光させながら。




『システム、グロウザーの操縦からフォビディオンの単独戦闘へと移行。各データ引継ぎ完了。魔動リアクターフル稼働開始。各駆動系オールグリーン』

 パワードスーツ型のゴーレム『フォビディオン』のシステムが脳とリンクし、情報を送り込んで来る。

 昭司は振り返り、倒れて力尽きてしまった相棒を見る。

 ごめんな、グロウザー。いつもいつも壊してばっかりで。

 今回も勝たせてやれなかった。

 けれど、今日の決闘だけは負けるわけにはいかない。

 だから――。

 昭司は翼を広げ空中に停滞しているドランを見上げる。

「何だ……それは……!?」

 驚愕に染まった表情が、そこにあった。

「ゴーレムだ。不本意だけどな」

「ふざけたことを抜かすな!」

 大剣を振り被り、接近して来るドラン。

 昭司は落ち着いて構える。防御障壁術式は必要無い。グロウザーを操作していた時と比べて、操る機体の体重が圧倒的に軽い。

 大剣の一撃を最低限の動作で回避して、ドランの顔面に拳を叩き込んだ。

「がはっ!?」

 パワードスーツの周囲にある魔力フィールドの力場を拳に集中した一撃。

 フォビディオンに内蔵されているのは小型の魔動リアクターだが、小さな一点に集中すれば、一撃の重さはグロウザーにも劣らない。

「おのれ!」

「うおぉぉぉ!」

 ドランと至近距離で打ち合う。

 逃げずとも真っ向から打ち合える。グロウザーに比べるとパワーは劣るが、スピードならこのフォビデュオンの方が遥かに上。

 更には、情報圧縮術式で攻撃を高速化し、同じ箇所へ瞬時に連続攻撃を加えることで竜の鱗の防御力を上回る。

「飛んでけぇぇぇ!」

 竜の鱗を突破した後、ドランに駄目押しの零距離魔力弾を叩き込む。

「ぐあぁっ!?」

 吹っ飛ばして、地面を転がす。ダメージがあったようで、ドランの身体にノイズが走る。

「あり得ない! その小さな鎧がゴーレムだと……!? そんなもの、見たことも聞いた事もないぞ!」

 ドランが竜の翼を大きく広げ、更に加速する。

「悪いが、あんただけには絶対負けたくない。あり得なかろうが何だろうが、この決闘、勝たせて貰うぞ!」

 フォビディオンのコンピューターに計算させ、相手の動きを予測。昭司は退かずに突っ込む。

 今なら避けられる。例え――

「調子に乗るな、ゴーレム使い風情がぁああぁああ!」

 破壊の息吹が来ても。

 至近距離からの一撃。魔法騎士に匹敵する機動力があろうとも、普通ならば回避するのは困難。

 しかし、昭司はグロウザーに乗っている時から既に準備を続けていた。

 グロウザーが引き継いだ思考領域『研究者』による、対破壊の息吹用防御障壁術式。

 術式を発動し、前面に防御障壁術式を展開する。

 破壊の息吹が真正面から飛んで来る。昭司はそれを回避しない。

 代わりに一つの術式を発動することに、思考の全てを傾ける。

 フォビディオンの機体はただ走らせるだけ。破壊の息吹に突っ込む。

 限界まで新しいパターンを模索し続けた防御障壁は、一秒程度ではあるが破壊の息吹を受け止めてくれる。

 それだけの時間があれば問題ない。

 空間跳躍術式を構築して使用するには、十分に足る時間。

 極めて高度な計算を必要とし、かつグロウザーのような大きな物体を跳躍させることはまず出来ないが、このフォビディオンのサイズで、思考の全てを集中させれば、昭司にも使える。

 昭司はこれまでレオナが使うのを何度も見て来て、勝つ為に研究して来たのだ。術式の構造はとっくの昔に理解している。

 破壊の息吹が障壁を破る前に術式を使い、跳躍する。

 跳んだ先はドランの真後ろ約一メートル。誤差は想定範囲内。

 ドランが振り向き、紫の瞳を驚愕の色に染める。

 昭司はドランの翼を左手で掴む。逃がしはしない。

 右の拳に身体全体の魔力フィールドを一点集中させて、背中に目掛けて打ち込む。

 ドランがもはや言葉にならない雄叫びを上げて、一瞬にして背部に幾重もの防御障壁術式を張り巡らす。

 昭司の拳の連弾が障壁を全て叩き割る。が、竜の鱗に阻まれ威力を失う。

 ドランの口元が笑みの形に歪む。

 諦めろ、勝てるわけが無い。そう言いたげな表情だった。

 しかし、昭司は拳をドランの背中に押し当てる。

 拳によるダメージは最初から期待していなかった。問題なのは、ドランとの距離だけ。

 防御障壁を全て突破し、こうして零距離に潜り込めれば十二分だった。

 グロウザーに搭乗して仮想空間に入った時点で、昭司はとある術式の準備を開始していた。

 術式の種類としては、大規模攻撃術式に分類される。

 が、大規模攻撃術式ではあっても、その攻撃範囲は限りなく狭い。その狭さは意図して作り出したものであり、大規模攻撃術式を小さく圧縮することで、他の全てを捨て、一点突破の威力のみを特化させたもの。

 フォビディオンの右手の甲に内蔵されている武装で、射程距離はわずか三十センチ。武装内部には、杭の形を構成した魔力の塊が決闘開始と同時に情報圧縮され続けている。

 球世界日本におけるロボットアニメの、ロマンの結晶たる、その武装名は――

「ゴーレム使い舐めんじゃねぇええぇええぇええッ!!!」

 パイルバンカー。

 魔力の杭を射出し、ドランの背中に撃ち込んだ。

 杭は竜の鱗を突破して、ドランを刺し貫き、数百メートルに渡って吹き飛ばす。

 ドランが地面を転がり、やがて伏して、動かなくなった。

 その一撃と共に杭は跡形も無く砕け散り、魔力が光の粒子となって大気に溶けて、消えて行く。

 魔力圧縮の際に機体に掛かった負荷が、膨大な熱となって、全身の排熱ダクトから噴出した。




 ショウジの一撃を喰らったドランが目覚める気配は無く、しばらくして意識体が消滅する。

 数秒してレオナの脳内に決闘の結果表示がされる。

『勝者・ショウジ=アルグリフ』

 ショウジが……勝った。

 レオナがそう理解すると同時に、周囲から鼓膜を突き破るような歓声の嵐が巻き起こった。

「やりやがった! ゴーレムライダーの奴、ドラン先輩に勝ちやがった!」

「凄ぇ! ゴーレム使いが魔法騎士の実力者を倒した!」

「ショウジ先輩ー! 格好良いー!」

「伝説誕生の瞬間だろ、これ!」

 決闘の仮想空間が解除され、レオナの意識も完全に現実世界へと戻って来る。

 意識を失ったドランが保険委員の生徒によって担架に乗せられ、運ばれて行き、ショウジは周囲の生徒達から色々言われて揉みくちゃにされていた。

 レオナはその様子を眺めながら、段々と実感が湧いて来る。

 そう、ショウジは勝ったのだ。

 しばらくして、ショウジが人波の中から抜け出て来る。

 レオナに気付いて、ゆっくりと歩いて来た。

「レオナ」

 名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴った。

 顔が熱くなるのを感じる。

「う、うん」

 頷くレオナ。

 すると、彼はどうしてか複雑そうな顔をして、後ろ頭を掻きながら、

「その……前に偉そうなこと言って置いてあれなんだが……つまんねぇ試合見せて、悪かったな」

「え?」

 不可解な言葉に、レオナは訊き返す。

「どうしてだ? 全力で戦って、勝ったのに」

「まあ……確かに全力だったよ。でも――」

 ショウジはレオナの目を真っ直ぐに見て、言った。

「最後に使ったあのゴーレムは、どんなにひっくり返っても巨大ロボとは言えないだろ。お前が一年前に言ったこと、忘れたとは言わせねぇぞ」

 ああ、そうだったな。

 ショウジ=アルグリフは、そういう男だった。

 胸に温かなものが込み上げて来て、

「本当に……ゴーレム馬鹿だな、お前は」

 と、今度は驚いたような顔をするショウジ。

 一体何だと言うのか。

「今度はどうした?」

「いや、レオナの笑顔って初めて見たからさ」

「笑顔……?」

 レオナは両手で自身の顔に触れる。

 自分では分からない。

「ショウジ」

「ん?」

「私は、本当に笑っていたのか……?」

 ショウジは頷く。

「ああ、笑ってた。凄く良い感じだったぞ」

「そっか……」

 ――私、笑えるのか。

「俺は似合うと思うぞ、お前のそういう表情。これからはもっと意識してみれば良いんじゃねぇか?」

「笑顔……か。うん、努力してみよう」

 私は今、笑えているだろうか。

 やっぱり自分では分からない。

 けれど、私の顔を見て、ショウジは「おう!」と嬉しそうに笑ってくれた。

 だから、私はこの瞬間、笑顔で居たい。

 そう思うのだ。




 数日後。事件は早々に勃発した。

「大変だよ、ショウジくん、ゴートくん!」

 昼休みに食堂でゴートと昼食をとっていると、シャウンが慌てて駆けて来た。

 昭司はスプリングラビットの唐揚げを頬張りながら、

「またかシャウン。最近、そういう役ばっかりだな」

「ショウジくんやレオナちゃんがトラブルばっかり起こすからでしょ!? とにかく早く来て!」

 昭司はゴートと顔を見合わせる。

 昭司の代わりに、ゴートが尋ねた。

「今度は何があったんだ?」

 シャウンは「どうしてそうしたのか全然分かんないけど」と前置きしてから、

「レオナちゃんがドラン先輩に決闘を申し込んだの!」

「「はあ!?」」

 ゴートと大声を出した拍子に、昭司の箸から唐揚げがポロリと転げ落ちた。




 決闘の結果から言うと。

 レオナがドランに勝利していた。

 食堂から全力疾走で駆け付けた昭司達だったが、決闘マーカーにアクセスして、仮想空間に意識の半分を飛ばした瞬間、レオナの空間切断で真っ二つにされる金髪イケメンの姿が視界に飛び込んで来た。

「まさか瞬殺とは……」

 昭司があれだけ苦労して倒したというのに。

 白目を剥いたドランが担架で運ばれて行くのをみて、複雑な気分になる。

 ゴートとシャウンが何も言わず、頷いて肩をポンポンと叩いて来る。……って、おい。お前ら、同情してるつもりか。

 と、レオナが昭司に気付き、悠々と歩いて来る。

「勝ったぞショウジ」

「いや、勝ったのはいいけどさ……。どうしてまた、ドランと戦ったりしたんだ?」

「そんなもの決まっている。お前が勝った相手に、私が負けっぱなしでいられるわけがなかろう」

 彼女は澄まし顔で言う。

 理屈は分からなくないが……。

「不満そうな顔だな」

「不満ってわけじゃないけど……」

「言っておくが、文句は無しだぞ。お前だって、ドランと決闘することを私に黙ってたんだからな」

「いや、俺のあれは――」

 レオナに言うと、絶対に止められてしまうと思ったから。

 彼女はそこで、やたら大きく「んん!」と咳払いをしてから、

「まあ、とにかくだ。これで許婚の件は白紙に戻った」

「え?」

「今回の決闘でドランと賭けをしていたのだ。実家も既に説得してある。後は私が勝てば良かった」

「そ、そうなのか……?」

 とんでもないことをさらりと言う。

 どう反応すれば良いのか分からない。

「それでだ、ショウジ」

「ん?」

「今度の休日、私と決闘をしよう」

「おう、それは別に構わないぞ。大分時間も空いちまってたしな。次こそ巨大ロボの強さを証明する時だ」

 そうと決まれば、早速グロウザーの改造だ……と気合を入れようとしたところで、レオナが首を横に振る。

「違う。今回はそうじゃない。異なる戦いだ」

「異なる……? どういうことだ?」

「対戦内容はまず、十の刻を示す鐘が鳴る頃に、街の中央広場噴水前に集合。そこから二人で街を歩き、色々な場所を見て回るのだ」

「えっと……よく分からないんだが。一体何を競うんだ?」

「さ、察しが悪い男だ。要するに――」

 レオナは顔を赤くしながら、言った。

「どちらがより、相手を自分に惚れさせるかという勝負だ」

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