前編
正確には、連載では無く短編なのですが、一つの投稿で四万文字までしか入り切らないという罠……orz
――彼女は覚えていないかもしれないが、これで通算九十九回目の決闘となる。
「うおらぁ!」
ショウジ=アルグリフ――地球世界にある『日本』と呼ばれる国で『天川昭司』という名前を持つ十七歳の少年は、気合いの叫びと共にコクピット内の操縦桿のトリガーを引き、自らが操るゴーレムの大剣を振り下ろす。
自動術式システムにより、大振りで隙のある一撃はその動作過程を情報的に限界まで圧縮。その一撃の重さは存在しつつも、ゴーレムどころか人間が振り抜くよりも高速の斬撃と化す。
斬撃の標的となる相手は、昭司が操る全長二十メートルのゴーレムよりも遥かに小さい人間の少女だった。
が、同じ人間と言っても、昭司とは少し異なる。
こちらの世界――地平世界にあるエルフィア王国出身である父と日本人の母の間に生まれたハーフの昭司は、一点だけを除き、日本人とほとんど変わりない見た目をしていた。唯一違うのは、瞳が地球世界を覆う空と同じ青色をしていることだ。もっとも、自身の瞳の色が青であることに気付いたのは、こちらの世界に引っ越して来てからだったけれど。それまでは父親に施された偽装術式により、日本人そのままの黒い瞳をしていた。
一方の少女は、今でこそもう慣れたが、こちらの世界の魔法学校に入るまで日本で生活して来た昭司からすると、まさに別世界の女の子だった。
ポニーテールにした燃える炎のような紅く長い髪、宝石のエメラルドのような緑色と輝きを持った瞳、ファンタジー小説に登場するエルフを思わせるやや尖った耳。
そして、これは地球世界とか地平世界とかは関係なく、彼女特有のものだが、中世的に整った顔立ちと要所要所が引き締まりつつもバストサイズ八十七センチ(友人からの情報。現在も成長中とのこと)と女性らしさを感じさせるグラマーなスタイル。
そんな世間一般で、いわゆる美少女と称される存在である彼女の名は、レオナ=ハーネットと言った。
昭司のゴーレムが放った斬撃は果たして、確かにレオナを捉えていたが、
(……来る!)
魔法と剣術を駆使する『魔法騎士』である彼女が、右手に持つ魔法剣を構えもしない。
これまで何度もレオナと戦って来た昭司は、ゴーレムに搭載した詠唱感知システムが観測するよりも先に魔法使いとしての勘で動く。
頭の中でベクトル中和術式を構築、ゴーレムの脳波リンクシステムを通じて、メインコンピューターにアクセス。術式の規模を拡大、魔動リアクターから術式に必要な魔力を使用、発動。斬撃を強制的に中断する。
その瞬間、斬撃が炸裂するはずだった場所から、レオナが霧のように消える。
『標的ロスト。空間跳躍術式の発動を確認。跳躍推定位置算出……推定位置三箇所。局所展開による防御障壁が有効と判断』
メインコンピューターが脳派と視界情報でレオナが最も得意とする空間操作系術式の発動を伝えて来る。
「いらん!」
システムの判断を無視し、昭司は次の攻撃手順の情報圧縮術式を発動。大剣を背中に固定し、ゴーレムの両手を身体の前で交差するように構える。
「ダブルロケットパンチ!」
昭司がそう叫ぶのと、空間跳躍を終えたレオナがゴーレムの懐に飛び込める位置に出現するのは同時だった。
(やはり前!)
コンピューターが出した跳躍推定位置の一つ。
ゴーレムの両腕前腕部がロケット噴射で弾丸のごとく射出される。レオナの左右を囲むように軌跡を描いて飛ぶ鉄拳を見て、レオナは警戒したらしく、大きく後ろへと飛び、ゴーレムから距離を取る。
「また奇怪なものを」とゴーレムの周辺情報収集システムがレオナの声を拾う。
昭司はレオナと決闘を行う度に、自らのゴーレム『グロウザー』に新たなシステムやら新兵器を搭載して勝負に臨んでいた。
今回の新兵器は、ロケットパンチ……ではなく、射出されたそれから伸びる、魔力で情報構成されたワイヤーだった。
ダブルロケットパンチは高速でレオナを追い回す。レオナは身体強化による脚力と力場操作、空間跳躍を駆使して華麗にそれを交わす。当たる気配は一向にない。
だが、それで問題は無かった。ロケットパンチの魔力ワイヤーは絡まってぐちゃぐちゃになったコードのように空間に設置、固定され、既にレオナを包囲している。
すかさず昭司は、グロウザーの肩部の砲門を展開。空間チャフミサイルを発射する。
魔力ワイヤーの周辺で爆発したミサイルはそれぞれ空間の座標情報を掻き乱す術式を発動。
これでレオナは空間術式を使えない。
こちらの考えを察したらしく、力場操作による飛行でワイヤーの包囲から抜け出そうとするレオナ。
だが遅い。昭司は術式の発動コードをゴーレムに打ち込む。
――爆導策。
グロウザーの二の腕接続部と、ロケットパンチからワイヤーが切り離されたのは同時。
その直後。
全てのワイヤーが無数の火球を作り出し、爆ぜた。結界内に建てられた仮想の民家が次々と吹き飛び、瓦礫と化す。
レオナが爆炎の中に消える。
本来ならばこれで決着だろう。だからこそ、昭司はグロウザーの反重力ブースターを起動させた。
ブレード出力最大、斬撃情報圧縮術式スタンバイ。反重力術式展開、力場展開術式出力最大。踏み込む。
地面の砕ける音がした。
グロウザーの踏み込んだ一歩が仮想の大地を抉り込む。機体はそのまま一気に加速。
途中戻って来たロケットパンチを両腕に連結し、背中のブレードを再度構え、爆炎の中に飛び込む。
加速と同時に起動していた魔力探知システムで、レオナの魔力を感知。彼女は周囲に障壁魔法を展開し、爆発の衝撃を凌ぎ切っていた。
やはり耐えるか。しかし。
「どおりゃあ!」
ブレードを振る。レオナが力場展開術式で加速、斬撃をギリギリで避け、防御障壁を盾にしたまま爆炎から抜け出す。
逃がさない。昭司はその先も仕込んでいる。
空間術式を使えないチャフ拡散領域を抜け出す前に、レオナの進行方向を魔力による六本の光線が阻む。
昭司が爆炎の中に飛び込むと同時にグロウザーの脚部ポッドから射出していた六つの遠隔誘導攻撃端末によるものだった。日本のとあるロボットアニメでよく使われる『オールレンジ攻撃』というやつだ。
一瞬だけだが、レオナの足が止まる。
彼女が振り向く。爆導策による全方位爆撃を凌ぎ切ってからの全力移動、加えて空間跳躍による回避は使えない。そんな何もかもギリギリの中で、一瞬でも足を止める。
昭司はその瞬間を待っていた。
グロウザー全身の動作を術式で限りなく情報圧縮し、レオナに肉薄、
「うおぉぉぉッ!」
全身全霊を込めて、上段からブレードを振り下ろす。
レオナが一瞬の内に、幾重にも渡る防御障壁術式を展開する。
ブレードと障壁が真正面からぶつかった。爆発にも似た衝撃波が巻き起こり、爆導策で発生していた辺り一帯の爆煙を吹き飛ばす。
馬鹿みたいに堅い障壁。それも何重に。これを同い歳の少女が生身で発生させているのだから恐ろしいと言う他ない。
けれど、昭司はこのぶつかり合いで自身が勝つことを確信していた。何故ならば。
純粋な物理的パワーと魔力エネルギーの衝突において、巨大ロボットが人間の少女に負けるがはずがない。
伊達にでかい図体で、魔動リアクターを積んでいるわけではないのだ。
「行っけぇ!」
昭司は叫んだ。魔動リアクターが唸りを上げ、膨大な魔力を纏ったブレードがレオナの障壁に罅を走らせ、次々と破壊する。
そして。
ブレードは果たして、全ての防御障壁を貫通し、咄嗟に魔法剣で防御したレオナの身体を百メートル以上に渡って吹き飛ばした。
建造物に背中から激突させ、白煙が巻き起こる。
昭司は追撃を行わなかった。
まだレオナが立つかもしれないと考えたからだった。今の一撃は上段から放ったもので、本来レオナを遠距離に飛ばす意図は無かった。
が、彼女は剣で防御する寸前、わざと後方に移動して攻撃のベクトルをずらし、自ら横に吹き飛ばされたのだ。
だとすれば今、迂闊に動くのは危険。百メートル以上距離が離れたことで、空間術式に干渉するチャフの拡散領域から抜けさせてしまった。
ここはチャフ領域内から動かず、相手の出方を見る。こちらには遠距離武器があるし、先程の一撃はかなりのダメージをレオナに与えた。それは間違いない。チャフ領域内にいれば、空間跳躍による奇襲を受けることも無い。
と、グロウザーの詠唱感知システムが警告を発する。しかし、彼女が空間跳躍して来る様子は無い。
それから、時間にして十秒も無い、けれど昭司にとってはとてつもなく長く感じる、沈黙の間が辺りを支配する。
白煙が止んでいく。建物の壁面に突っ込んだレオナは……仮想の情報で出来た身体に、かなりダメージ量だと分かるノイズを走らせながらも、凛とした輝きを瞳に湛えてその場に立っていた。
その表情は妙に落ち着いていた。右手の魔法剣は光を屈折させ、そこだけ蜃気楼のように歪んでいる。
彼女が発動している術式の名は『空間切断』。高度な空間術式の一つで、剣に纏えば、ゴーレムの厚い装甲だろうと紙のように切り裂く。魔法騎士レオナ=ハーネットが誇る必殺技だ。
昭司は、はっとなった。
モニターにちらちらと何か光が反射して映っていた。
それは細い糸だった。レオナの左手からグロウザーの装甲まで伸びた、魔力で構成された細い糸。おそらくは先程の攻撃で吹き飛ばされる寸前に――
「くっ……!」
咄嗟にブレードを構え、糸を切断しようとするが、もう遅い。
レオナが空間跳躍し、コクピットの前に出現した。
左手で魔力の糸を掴んでいる。おそらく糸を伝って跳躍して来たのだろう。これでは空間の座標位置を狂わし、コントロール出来なくするチャフも意味を為さない。チャフの空間外で詠唱、剣に定着させた空間切断術式に対しても同様だ。
レオナはグロウザーの装甲を斬った。コクピットハッチをこじ開けるように四角を描く。
モニターの機能が潰れて、直後にハッチの装甲板が外れる。外の光と空気が入って来て、騎士の鎧を身に纏い、紅いポニーテールを揺らす少女の姿が、昭司の視界に映った。
彼女は魔法剣の切っ先を昭司の喉元に突き付けながら、言う。
「どうする? 今日はまだ何か策を残していたりするのか?」
「いや……俺の負けだ」
昭司は敗北を認め、脳内の片隅にある情報プレートから仮想戦闘結界の解除を申請する。
意識が切り替わり、昭司の身体はパイロットスーツ姿の仮想のものから、学校の制服を着た現実世界の本物へと戻った。
場所はエルフィア王立魔法学校の中庭。
『勝者・レオナ=ハーネット』と決闘システムがレオナの勝利を告げ、空に戦闘結果を映し出す。
周囲で決闘の様子を見ていたらしい生徒達が「今日もレオナ=ハーネットの勝ちか」「さすがレオナ様!」「うわぁ、ゴーレムライダーの奴、滅茶苦茶惜しかったなぁ!」「けど、ショウジ先輩が見せたゴーレムの両腕飛ばしてからの魔力糸による包囲と爆発は凄かったよね!」「それを言うなら、レオナ先輩の有線跳躍の方が凄いでしょ!」「確かに。よく思い付いたもんだ」と口々に言う。
「ショウジ」
名前を呼ばれて、昭司は振り返る。
制服のスカートを揺らすレオナが、エメラルド色の瞳でこちらを見上げていた。彼女はいつも通りの到ってクールな表情で、
「どうやらお前の糸より、私の糸の方が勝っていたようだな」
「一つ訊いていいか?」
「何だ」
「お前、あの糸の術式は事前に用意していたものか? それとも咄嗟に思い付いて使ったのか?」
「そんなことか」
レオナは背中を向けて歩き出しながら、
「まあ、お前の糸を見ていなければ、あんな手は思い付かなかっただろうな」
「なんて奴だちくしょう!」
悔しさに頭を抱える昭司。
エルフィア王立魔法学校に入学してから一年と少しが経った五月。
レオナ=ハーネットとの通算決闘戦歴は、九十九戦零勝九十九敗。
ゴーレム使いのショウジ=アルグリフは未だ一度として、魔法騎士の彼女に勝利出来ずにいた。
「どうかしたの、ドラン様?」
エルフィア王立魔法学校の中庭がちょうど見渡せる空き教室で、髪飾りで前髪を留めた少女は、背の高い金髪の少年に尋ねた。
空き教室と言っても、それは金髪の少年が作り出したもので、本来校舎の構造では存在しない位置に作られた、言わば彼専用の隠し部屋であった。故に、窓から外は覗けても、外から覗かれることはない。
眉目秀麗な容姿と、紫色の瞳を持つ少年の名は、ドラン=グラニールと言った。
ドランは中庭を颯爽と歩く紅い髪の少女と、悔しそうな顔でその後ろに付いて行く黒髪の少年を見下ろしながら答える。
「いや、ちょっとね」
「?」
少女は首を傾げる。
ドランはそんな彼女の背中に手を回しながら、口元を歪ませる。
――少し、遊び過ぎたかもね。
昼休み。昭司はレオナに加えて仲の良いクラスメイト二人と共に、食堂へとやって来ていた。
「うぅぅぅ……」
「うるさいぞショウジ。変な声を出すな。食事が不味くなる」
テーブルを挟んで向かいの席に腰掛けたレオナが、スプリングラビットの肉をもぐもぐと食べながら言う。
「ぐぅぅぅ……!」
おのれ勝者め、余裕をこきやがってからに。
昭司がレオナと同じスプリングラビットの唐揚げ定食を口にしながら唸っていると、隣に座っているゴートが呆れ声で、
「ゴーレムの次の改造案が思い付かないんだとさ」
「言うな! よりによって、こいつの前で!」
短髪でツンツン頭のゴート=バティーニは昭司の男友達で、術式開発学科。昭司のゴーレムに興味を持ってくれて、よく一緒に改造の手伝いをしてくれている。
「あはは、前にも何度か同じようなことあったよね。というか、よくこれまでネタ切れしなかったもんだと思うよ」
レオナの横の席に座ったシャウン=エルメスが、笑いながら言う。
若草色の髪をしたお団子ヘアーが良く似合う少女である。レオナのような華やかさは無いものの、一緒に居て安心感があるというか、そんな柔らかな雰囲気を持っている。
基本的に、昼休みはこの四人で過ごすことが多かった。
「そう言えば、シャウン。この前はありがとな」
「ん、私? 何かしたっけ?」
首を傾げるシャウンに、昭司は頷く。
「爆導策の術式だよ。シャウンがアドバイスをくれなかったら、上手く行かなかったと思う」
「ああ、気にしなくていいよ。ショウジくんのゴーレムには私も前から興味あったしね。おかげで私の方もいい勉強になったし」
柔らかな笑顔を浮かべるシャウン。うん、やはり彼女の笑顔には癒される。
そういえば、男女共に結構人気があるんだよなシャウンは、などと考えていると、彼女の横から異様な視線を感じた。
レオナである。エメラルド色の瞳をジト目にして、こちらを見ていた。
「なんだよ」
「お前、私とシャウンでは随分と扱いが違うな」
「そりゃまあ、シャウンは素直で良い子だし、球世界出身の俺にも親切にしてくれるしな。それに比べてお前は全然素直じゃないし、俺にも優しくない」
「ふむ……」
レオナは何かを考えるように揉み上げをくりくりと弄くった後、
「唐揚げ食うか?」
真顔でフォークに刺したラビット肉を差し出して来る。
「食いもん一つで優しくしろってお前……。しかし、くれると言うなら貰おう」
スプリングラビットの唐揚げは好物だったりする。
昭司は自前の箸で唐揚げを摘もうとするが、ひょいっとかわされる。
レオナは澄まし顔でその唐揚げを頬張りながら、
「嘘だ」
「嘘なのかよ!」
「むしろ貰ってやろう」
「ちょっ、ふざけんな! 俺が唐揚げ好きだって知っててやってんだろコラ!」
フォークを伸ばして来るので、皿を持ち上げて回避する。
レオナは肩を落としながら、
「冗談だ。とりあえず……そうだな。私に優しくして欲しかったら、一度でも決闘に勝つことだな」
「言われなくとも、そのつもりだ」
彼女と目が合う。頷くでもなく、言葉が返って来るわけでもなかったけれど、凛とした瞳の輝きが答えを言っている気がした。
相変わらずクールな奴だが、昭司とレオナの関係は一年前からずっとこんな感じだ。
ふと、にこにこしながらやり取りを見ていたシャウンが、口を開く。
「そう言えばさ、今日って、ショウジくんとレオナちゃんが決闘するようになってからちょうど一年だよね」
「え?」
そうだったろうか。確かに去年の五月頃に決闘をし始めた記憶はあるが、具体的な日付までは覚えていない。
レオナを見ると、何やら驚いたように瞳をぱちくりさせていた。
「そうだったっけ?」
昭司はゴートに問う。
彼は首を横に振って、
「いや、俺は知らねぇよ。でも、同じくらいの時期だったのは確かだな」
シャウンはポンと掌を合わせて頷く。
「それでね。私、ショウジくんとレオナちゃんに色々と思うところがあって」
「思うところ?」
「二人はさ、これを期に、もうちょっと仲良くしてもいいんじゃないかなって思うんだよ」
「俺が……レオナと仲良く?」
「うん、だってあうっ!?」
その先は言えなかった。隣に座っていたレオナが、シャウンの顔面にアイアンクローを放ったからだった。
「れ、レオナ?」
凄まじい気迫を放つレオナは立ち上がって、こちらを見ないままに告げる。
「ちょっと花を摘みに行って来る」
「あ、ああ、うん。行ってらっしゃい……」
頷くことしか出来ない。
彼女は「痛だだだ、レオナちゃん、めり込んでる! めり込んでるよ!」と喚くシャウンをアイアンクロー状態で連行していく。
残った男二人でシャウンの冥福を祈り合掌する。シャウン、あいつは素直で良い奴だった……。
そんな冗談はさて置き、ゴートが二ヤつきながら、
「好かれてるんじゃない? ショウジくん」
「だとしたら光栄だな」
相手は魔法使いとしての実力も、女性としての容姿も、学園屈指と謳われる美少女魔法騎士だ。
「この機会に仲を深めればどうよ? 俺は凄く良いと思うぜ」
「断る」
「どうしてだよ?」
「どうしてもクソもあるか。お前だって知ってんだろ。俺が何で馬鹿みたいにあいつに挑み続けてるか」
「あー……そうでしたね」
半ば呆れ顔のゴート。
昭司はぐっと拳を握り締めながら、
「俺はあいつをグロウザーで負かす! そして、球世界日本のロマンの結晶たる巨大ロボの強さを証明するんだ! それまではお手々繋いで仲良しこよしなど、こちらから願い下げだ!」
「可哀相だなレオナちゃん……。ごめんよ、こいつがどうしようもないゴーレム馬鹿で……」
「ロボット馬鹿と言え! 俺は必ず巨大ロボットで魔法騎士に勝つ!」
それが昭司の、一年前から変わることのない目標だ。
食堂の外に出たレオナは、そこでようやくシャウンをアイアンクローから解放する。
涙目で「あうぅ……」と額を擦る彼女に、レオナは口を開いた。
「余計なことは言うな」
正直、先程は本当に焦った。レオナは冷や汗で、背中に服が張り付いているのを感じる。
シャウンは痛みが引いて来たのか、ふるふるとお団子二つが付いた頭を横に振ってから、
「でも、レオナちゃん本当は、いつも昭司くんのこと凄いって褒めてるじゃない」
「……そうだが、しかしそれをわざわざ本人の前で言う必要は無い」
ショウジには一度だって言ったことはないけれど。
レオナは、素直に彼のことを魔法使いとして尊敬していた。
職業として魔法騎士に人気が集中する時世に、そんなこと気にも掛けず、上を向いてゴーレム使いとして努力し、成長を続けるショウジを、レオナは決して馬鹿にすることなど出来ない。
――いや、私だけではあるまい。
この学園内の生徒や、教師、そしてこの王都に住む多くの魔法使い達など多くの人間が既に、彼の実力を認めているはずだった。
それ程に、ゴーレム使いとしてショウジは間違いなく優秀だ。常識外れではあるけれど、強い。
「どうして? ショウジくん、レオナちゃんが認めてくれてるって知ったら、凄く嬉しいと思うよ」
シャウンはそこで辺りを伺うように見回してから、小声になって、
「……ほら、前にショウジくんが魔法騎士学科に転向しろって言われた時なんか、レオナちゃん、これでもかってくらい褒め千切ってじゃない?」
「あれは……仕方あるまい。優秀だとは気付いていたが、まさかあそこまでとは思っていなかったのだから」
今から半年程前、昨年の八月に、ゴーレムに自ら搭乗して白兵戦に拘るショウジに対し、学校側から「そんなにも白兵戦に拘るなら魔法騎士に転向しろ」との通達があった。レオナとの戦闘記録から彼の魔法使いとしての能力が優れているが故の措置であったが、彼は「巨大ロボットに乗りたいからゴーレム使いになったのであって、生身で戦う魔法騎士には全く興味がない」と断固拒否した。
ならば実際に掛かるであろうゴーレム製作の予算は度外視して構わないから、ゴーレム使いとして本来の実力を証明してみせろと言われ、ショウジが学校側への説得用として設計したのが、『ダイグロウザー』と呼ばれる戦略級ゴーレムだった。
本来、ゴーレム使いは魔法騎士にその身を守って貰いながら無人で動く人形を大量に最前線へと送り込み、魔法騎士の盾として運用することが主な役割とされていた。つまり、戦況に合わせて現状に最も適したゴーレムを生み出し続け、かつ戦闘終了まで自身の身を守ることが重要なのであって、決して自ら最前線に躍り出て戦うようなことは無かったはずなのである。
ところが、ショウジのやり方はまるで逆だった。
学校側が提示した実力証明の為の場である仮想戦場――長い間均衡状態が続いているザンビーナ帝国首都の仮想攻略シミュレーションにおいて、彼自ら愛用のゴーレム『グロウザー』に乗り込み、仲間の魔法騎士と共に最前線で戦って、その火力で前線を突破し、首都中央に到達。亜空間から全長百メートルを超す鳥形の無人ゴーレムを召喚し、グロウザーと融合――彼は『合体』と称していたが、それにより全長百二十メートルの戦略級ゴーレム『ダイグロウザー』を呼び出すことに成功した。
そこからはシミュレーションをリアルタイムで観ていたレオナにとって、目を疑うような光景だった。首都中央で暴れ回るダイグロウザーは、桁違いの魔法出力により敵の魔法騎士のあらゆる術式を防御し、敵の魔法砲術士が協力して大規模術式により殲滅を図るも、反重力術式と行動の情報圧縮術式を駆使した機動力で、発動前に術式を粉砕。そして、敵の防御障壁術式を貫通する圧倒的火力を披露し、最終的には敵の集中砲火を浴びて半壊しつつも、帝国首都の主要施設全てを破壊。陥落させるに到った。
その姿はもはや全長百二十メートルの魔法騎士のようであり、少なくともレオナは火の海に立つ鋼鉄の巨人に戦慄を覚えざるを得なかった。
学校側もおそらく同じだったのだろう。シミュレーションの翌日、ショウジの魔法騎士への転向の話は見事に取り下げられた。
そして、ダイグロウザーに関する全ての資料とシミュレーションデータは国で厳重に保管されることになり、シミュレーションを観ていた人間(レオナとの日常的な決闘で、ショウジの存在は既に有名だった為、学園内の相当な人数に及ぶ)にはそのことに関する情報の口外が固く禁じられた。
つまりは、国がダイグロウザーの有用性と危険性を認めたのだ。
それ以来、ショウジはまだ学生の身分でありながら、ゴーレムに搭乗するゴーレム使い、『ゴーレムライダー』という二つ名で呼ばれるようになった。
後でショウジから「実は国に渡したダイグロウザーの資料は全部偽物で、勝手に軍事利用しても絶対に完成しない」という話を聞いた時は、実に彼らしいと思ったものだっけ。
と、思い出し笑いをしそうになっていると、シャウンの大きな瞳が顔を覗き込んで来て、レオナは緩み掛けていた頬を引き締める。
「そういうレオナちゃんが思ってる気持ちをさ、少しでもいいから、ショウジくんへ伝えたら良いと思うんだよ」
「……」
それは今までに何度も考えた。シャウンの言う通り、喜んでくれるかもしれないと思ったこともある。けれど。
「レオナちゃんは、ショウジくんとこれ以上仲良くなろうとは思わないの?」
「仲良くなってどうする」
「もっと色んなことが話せるようになるよ。もっとお互いのことが知れるようになる」
「知ってどうする」
「……レオナちゃんはショウジくんのこと、嫌いなの?」
「いや……尊敬はしている」
「好きじゃないの?」
「好き……というには問題がある」
「問題?」
レオナは頷いた。
「何しろ出会い方が良くなかった。その結果、今の敵対関係が成立している。一度敵同士となってしまった関係を崩すのは難しい。これ以上の変化は望めない」
「そうかなぁ。私はそんなことないと思うけど」
「それはシャウンがショウジと敵対関係に無いからだ」
シャウンと私は違う。私はシャウンみたいに人当たりが良い性格をしているわけではない。そんなに器用にもなれない。
「本当に敵同士だったら、毎日一緒にお昼ご飯は食べないよ。昭司くんは、レオナちゃんをライバルだと思ってても、敵とは思ってない。それにさ、私がレオナちゃんと仲良くなったのだって、元を辿ればショウジくんが居たからだもん」
「それは……」
そうかもしれない。いや、そうだ。ショウジが居たから、私は今、こうしてシャウンと一緒に話せている。
「ショウジくんが来てから、レオナちゃんは変わったよ。中等部までと今のレオナちゃんは全然違う。そうでしょ?」
「……」
「関係は変えられるよ。レオナちゃんが変えたいって思えば、ショウジくんは応えてくれるよ。ショウジくんはそういう男の子だもん」
それはきっと、素敵なことだろう。想像するだけで、胸が熱くなって、歓喜しそうになる。
今までの自分を忘れて、違う自分になれるんじゃないかって、そんな気がする。
本当は、いつからだったか、ふとした拍子に、ショウジの顔を見る度に口から零れそうになるのだ。
些細なことだけれど、いつもより嬉しそうな彼の顔を見て、「今日は嬉しそうだな。何か良いことがあったのか」とか。
でも、考えた末に私の口から出るのは「朝から締りの無い顔だな。アホに見えるぞ」みたいな捻くれた台詞なのだ。
「いや……駄目だ」
言えやしない。
「どうして?」
だって私は、シャウンとは違う。
「どんなに願っても、血筋だけは変えられない。私は……ハーネット家の魔法使いなんだ」
素敵な想像の後には、最終的に必ずその現実が立ちはだかる。
そこに考えが行き着くと、凄く悲しくなって、だったら今のままでいいやって、そんな風に思ってしまうのだ。
仲良くなれたとしても、その先は無いのだから、それなら今のままの関係でいい。
親しくなればなるほど、後で苦しくなるだけだから。
だって、私には――
「やあ」
知ってる声に、気持ちが急激に冷えて行くのを感じる。
レオナは背後を振り返った。
「久しぶり。元気にしてるかい? レオナ」
これが私の現実。
そこには金髪で紫色の瞳をした男が立っていた。
「ドラン……」
「前に会ったのは年明けの時だったかな。ほら、お家同士のパーティーで」
「そうだったかな。よく覚えてない」
「相変わらず連れないなぁ」
到って爽やかに笑う男、ドラン=グラニール。
シャウンが驚いたように瞳をぱちくりさせて、
「れ、レオナちゃん。この人は……?」
レオナは自分でも驚く程冷たい声で答える。
「私の……許婚だ」
レオナとシャウン、なかなか戻って来ないな。
昭司がそんなことを思いつつ、唐揚げ定食を食べ進めていると、
「それにしても一年かー」
「どうしたいきなり」
ゴートがメルトラーメン(こちらの世界ではナハリーという料理らしいが、未だに慣れないので、昭司はラーメンと呼び続けている)を平らげて、手持ち無沙汰になったのか、口を開く。
「いや、シャウンがさ、今日でちょうど一年だって話をしてただろ。だからさ」
「俺がゴートと組んでゴーレム弄り始めたのって、どのくらいからだっけ?」
「俺の記憶だと、確かグロウザーが七式か八式くらいだった気がするな。ほら、ショウジが術式分からねぇー、どうしようーって悩んでてさ」
「あったあった。そうだ、行動の圧縮術式がなかなか理解出来なくて。それでゴートに手伝って貰ったんだっけ」
グロウザーが魔法騎士の機動力に付いていく為には、行動を限りなく素早くする必要があった。
それを実現してくれたのがゴートだったのだ。思い出した。
「それにしても、球世界から来た魔法も何も知らなかった奴が、一年でここまでとんでもなく成長するとはね。俺は歴史の新たなる一ページを目の前で見せられてる気分だよ」
「とんでもないのはレオナだろ。俺はあいつに勝ちたくて、ひたすら自分のゴーレムを改造してるだけだ。お前の力も借りてるし」
「アホか。普通の人間はな、一年ぽっちでまともに魔法術式を組めるようになんねぇんだよ天才野郎。レオナちゃんは小さい頃から家で教育受けてて、あの実力なの。おまけに相手は魔法騎士だぞ?」
総合的な能力に優れ、どんな戦場にも柔軟に対応出来る魔法騎士。
本来、魔法使いが術式を使用する際には集中して脳内で術式の構築を行わなければならず、その際他の行動は取れない為、白兵戦を行うことは実質不可能とされていた。しかし、球世界の科学技術を取り入れ開発された『魔法剣』の登場により、魔法剣に内蔵されたコンピューターとリンクし、第二の脳として利用することで、使用者は術式詠唱と同時並行して自由に身体を動かせるようになった。
これにより、騎士としての剣術と、魔法使いとしての術式を駆使して戦う『魔法騎士』は、現代の近接魔法戦闘において最強と言われていた。
余りにも強過ぎて、他の戦闘系魔法使いの存在意義が問われている程だ。
それが地平世界における現状だった。
「ゴーレム使いのお前は本来、それに守られながら、ゴーレムという壁を召喚し続けるサポート役なわけ。だってのにお前と来たら、そんな常識なんか無視してゴーレムの中に入り込んで、レオナちゃんと真っ向から張り合いやがる。明らかに異常だよ異常。学生の中で『ゴーレムライダー』なんて二つ名で呼ばれてる時点で、少しは自覚しろ」
「自覚か……」
いつも負けてばかりいるから、あんまり実感が湧かない。
「お前はもう十分過ぎる程に強いよショウジ。必要ないって散々言われてたゴーレム使いも、お前の活躍で見直されつつある。今じゃあゴーレム改造用の資材だって、タダで手に入る」
最初は学校の倉庫に残ってたサビたゴーレム『グロウザー』を修理するところからだった。
どこを直すにも資材の調達が必要で、苦労しないことは無かった。
ゴーレム学のミドー教授に手伝って貰って、修理を終えたグロウザーが初めて歩いた時は、ただそれだけで涙が出るくらい感動した。
もう二百歳を超えるミドー教授は、「グロウザーを直してくれてありがとう」と言って、昭司よりずっと泣いていた。そうして、その月の終わりに満足した表情で退職された。
昭司はとても大事なものを託された気がした。
クラスメイトのレオナと決闘するようになったのは、それから間もなくのことだった。
忘れもしない一度目の決闘は、惨敗だった。
グロウザーの大振りな攻撃は掠りもせず、隙だらけの足元を擦り抜けて接近して来たレオナが、昭司の喉元に剣先を突きつけて終了。時間にして五秒も満たない。まともな攻防にすらならなかった。
あの時抱いた悔しさを、昭司は一生忘れないだろう。
一度目の改造では、コクピットを作り自ら乗り込むことで、昭司自身がグロウザーの弱点にならないようにした。結果、二度目の決闘ではグロウザーごと真っ二つに両断された。
二度目の改造では、防御力の強化を図るべく、苦労して魔動リアクターを手に入れて内蔵した。これにより強力な防御障壁術式を展開することが可能になったが、レオナが距離を置いて大規模攻撃術式を放って来て、グロウザーは防御障壁ごと粉微塵に吹っ飛んだ。
一歩一歩、そうやって試行錯誤しながら進んで来た。途中でゴートがゴーレム製作に加わって、改造の幅は大きく広がった。けれど改造の度に資材はいつも足りなくて、グロウザーの容姿は昔のロボットアニメの主役機さながら、華やかな三原色に塗って誤魔化してはいても、ツギハギだらけのフランケンシュタイン状態。学校の生徒達からは、年季の入ったポンコツゴーレムなどと言われていた。
正直、夏頃まではレオナに勝てる気配はまるで無かった。
けれど、夏にゴーレム使いとしての実力を見せる機会があって、そこでダイグロウザーを設計して評価されたことで、ゴーレム改造に必要な資材を学校が用意してくれるようになった。
そこから、少しずつではあるが、レオナとまともに戦えるようになり始めた。
とはいえ、結果敵には今のところ、一度も勝てていないのだけれど。
それでも――
「一年……思い返すと、凄く短かったな」
昭司が言うと、ゴートは頷く。
「ああ、二人でゴーレムの改造して、レオナちゃんと戦っての繰り返しだった」
「夢中になってたんだな。生まれてこの方、こんなに夢中になったことはないかもしれない」
「俺もだよ。お前とゴーレムを改造すんのは楽しかった。おかげで俺も一年前とは比べものにならない程、高度な術式を組めるようになった」
「うん」
「だからさ」
ゴートは昭司の目を見て、言った。
「ショウジは一回、落ち着いて周りを見直してみてもいいんじゃねぇのって話」
昭司が強くなれたのは、いや、それよりも楽しく一年過ごせたのは、レオナが居たからだ。
――そう、レオナと居て、俺は楽しかった。
俺はあいつとの今の関係を、凄く気に入っている。
これからもずっとライバルとして、お互いの実力を磨き合っていけたらと思っている。
レオナも同じように思っていてくれたら嬉しいと、俺は思っている。
「ショウジくん! ゴートくん!」
と、シャウンが慌てた様子で、食堂へと飛び込んで来る。
「どうした? そんなに慌てて」
昭司が尋ねると、彼女は深刻そうな顔で、
「大変なの! レオナちゃんが――」
昭司達三人が中庭に駆け付けると、そこには今現在決闘が行われていることを示す円錐型の『決闘マーカー』が浮いていた。
既にかなりの生徒達が集まって来ていて、決闘の観覧を始めている。
昭司はネットワークリンクの術式を展開し、アクセスする。脳内に決闘に関する情報が流れ込んで来た。
決闘しているのは、レオナと、ドラン=グラニールという三年生の男子だった。
「グラニールって確か……レオナの家と同じくらい有名な、魔法使いの家系じゃなかったか?」
昭司が訊くと、シャウンは頷いて、
「う、うん。グラニール伯爵は、国の騎士団を一つ預かっていることで有名な魔法騎士だよ。ドラン先輩は伯爵のご子息で……」
「二人で席を離れた間に、一体何があったらそんな相手と決闘することになるんだよ」
「それがね、ドラン先輩がレオナちゃんに声を掛けて来て、久しぶりにレオナちゃんの実力が見たいって言い出して」
「レオナは、ドラン先輩と知り合いなのか?」
「えっと……」
何やら口ごもるシャウン。
昭司はとにかく、決闘の様子を見ることにする。
決闘が行われている仮想空間に意識の半分を飛ばして、空間内の情報を取り出す。
そこにあったのは、昭司が一度として勝てたことの無い紅髪の少女が、一方的に押されている光景だった。
「マジかよ……」と隣のゴートが言葉を漏らす。
ドラン=グラニールという金髪の男は、背中に異様な物を生やしていた。
それは、RPGのゲームだとか、ファンタジーの物語に登場する『竜』を思わせる白い『翼』だった。
そこから何か力場を発生させているのか、翼を羽ばたかせることなく常に宙に浮いている。
加えて、竜のイメージを強くする特殊な魔法術式。
そしてその中でも、見ただけは原理が理解出来ない、極太のレーザーを撃つかのような息吹系術式。
たまたま周りにいた生徒の一人が「破壊の息吹」と口にしているのを聞いた。
破壊の息吹が当たった場所は、抉れたように消滅する。仮想の建物は瓦礫も残さず消し飛び、地面に当たれば爆発せずに穴が開く。レオナが張った防御障壁も同様に、盾としての意味をなさずに貫通する。
仮に当たったとしても、決闘空間内における肉体は仮想情報で出来た偽物なので、ダメージが精神にフィードバックして削られるだけで死にはしない。どれだけダメージを受けても、最終的に気を失うだけだ。
けれど、破壊の息吹の威力を目にすると身体が強張るのを感じる。あれは一発まともに喰らったら身体を塵にされて気を失う。そういう代物だろう。
試合は、昭司達が見始めてから五分程で終了した。
レオナは破壊の息吹を潜り抜けて、何度かドランに肉薄し剣戟を行うも、結局何一つダメージを与えられず、最終的に昭司がこれまで幾度となくされたように、首元に魔法剣の刃を突き付けられて敗北を認めた。
周囲の生徒達がざわつく。
「レオナ=ハーネットでも、ドラン先輩には勝てないかぁ」
「ま、そんなもんでしょ。幾ら天才って言っても、相手は上級生だしねぇ」
「キャー、ドラン様!」
「ドラン様素敵ー!」
と、生徒達が次々と道を開けて行く。
昭司が顔を上げると、ドラン先輩が歩いて来た。
彼がやがて目の前まで来る。背は百八十センチ以上あって、昭司より遥かに高い。彼の紫色の瞳が昭司を見下ろし、捉えていた。
「やあ。君がゴーレムライダーのショウジ=アルグリフくんだね?」
「……はい」
ざわついていた周囲が静まり返る。昭司も上手く、その先の言葉が紡げなかった。
ドラン先輩は人当たりの良さそうな、爽やかな笑顔で、
「レオナと戦えるくらい強いゴーレム使いが居るって聞いて、凄く興味があったんだ。だからこうして一度、挨拶しておきたくてね」
「そう、なんですか」
やはりレオナの顔見知りなのかと思った直後、先輩は自然な動作で昭司の手を取って、
「僕は、ドラン=グラニール。レオナの許婚です。以後、お見知りおきを」
と名乗った。到って爽やかな笑顔だった。
取られた手を握り返すまでに、ちょっと間が空いた。
昭司は挨拶を返さねばと思い、
「えっと……ショウジ=アルグリフです。耳の形と髪の色で気付くかとは思いますが、球世界の出身で――」
「うん、知ってる知ってる。有名だからね、君は」
「あ、そうでしたか」
「まあ、そんなわけだから、レオナ共々よろしくね、ゴーレムライダーくん」
「はい、こちらこそ」
握手を交わす。
ドラン先輩は「じゃあね」と小さく手を振って、去って行く。すぐに彼の周囲へ女の子が群がり、「先程のドラン様、とても格好良かったです」「素敵なお姿でしたわ」と口々に褒め称える。
「ありがとう」と彼女達の肩に手を置き、楽しそうに談笑しながらどこかへと向かう彼の後ろ姿には、許婚という二文字がどこか浮いて見えた。
少なくとも、昭司には。
ドラン先輩が居なくなり、周囲がざわつきを取り戻し始める。
昭司はその間を縫うように、一人の人物を探して進む。
そんなに苦労することなく、紅髪のポニーテールを見つける。
彼女は逃げるかのように、背中を向けてその場から立ち去ろうとしていた。
すぐに立ち去らなかったのは、先程のドラン先輩との会話を聞いていたからだろうか。
「おい、レオナ」
昭司が呼ぶと、彼女の肩が見て分かる程にびくりと震える。
「なんだ」
「なんだじゃねぇだろ。どういうことだあれは」
「……あいつの言う通りだ。私はあのドランという男の許婚――」
「そっちじゃねぇよ」
レオナが振り向いた。
エメラルド色の瞳と視線をぶつけ合いながら、昭司は言う。
「お前、さっきの決闘、本気で戦ってなかっただろ」
「……何を言っている。私は本気だった」
「ふざけんなよ。俺が何回お前と戦って来たと思ってんだ」
通算九十九回、常に全力全開で決闘を行って来た昭司には、断言出来る。
さっきの決闘、レオナはまるで本気じゃなかった。
得意の空間術式を適当に使っていた。空間切断のタイミングに到っては明らかにおかしい。あれではまるで、今から撃つので避けて下さいと言っているようなものだ。
昭司はエメラルド色の瞳を真っ直ぐに見つめ続ける。
視線を逸らしたのは、レオナが先だった。
「……お前には分からないことだ。私はあくまでハーネット家の人間だ。時には不本意なことがあっても、従わなくてはならないこともある」
「相手が許婚だから、花を持たせてやったとでも言うつもりか?」
「……」
彼女は俯いて答えなかった。
昭司は湧き出る感情を抑えて、それでも言わずにはいられなくて、口を開く。
「つまんねぇ決闘だな」
彼女は顔を上げなかった。
昭司はその場から離れる。後ろで様子を見ていたらしいゴートとシャウンが、あれでいいのかと何度も言って来たが、昭司は答えなかった。
その夜、昭司は家に「ゴーレムの改造するから、学校に泊まる」と連絡して帰らず、ゴーレム学の格納庫で全長二十メートルの相棒と向き合っていた。
正式名称『グロウザー九十九式』。改造に改造を重ねた昭司とゴートの努力の結晶たる巨大ロボットは、昨年の夏以降、学校から必要な資材を全て用意して貰えるようになったことで、一度全て機体をバラして細かいパーツに到るまで吟味し直しリニューアルを施していた。今ではかつての面影は残しつつも、ポンコツゴーレムとは決して言わせない全身硬質ミスリル製の装甲で覆われた機体となった。デザインは昭司の大好きな日本のロボットアニメを意識して、赤、青、黄色の三原色を配した昭和の王道使用。平面世界の人間には決して通じない表現だと『オーバリズム』を体現したデザインとでも言うべきか。
が、平面世界の人間からすると全く理解出来ないデザインであるらしく、ゴートやシャウンに見た目について感想を求めると「まあ、ショウジが良いならこれで良いんじゃないかな」と苦笑いをされるし、レオナからはジト目でキッパリ「ダサい」と言われる仕様である。昭司的にはこのダサ格好良い感じが好きなのだから仕方が無い。
とにかく、資材が自由に調達出来るようになった今、機体バランスから各武装、システム、デザインに到るまで個人的な妥協は一切無い機体となっている、自慢の相棒だ。
魔動メンテナンスセットを脇においてコクピット内を弄っていると、コクピット前の搭乗用足場で胡坐を掻き、グロウザーのシステムコンピューターにアクセスして術式調整を行っているゴートが、口を開いた。
「ショウジ」
「ん……?」
「家、帰んねぇの?」
「学校に泊まるって連絡した。そう言うお前は帰らないのか」
「俺も泊まるって連絡しといた。お前のその真剣な目は、何かゴーレムの良い改造案思い付いたからじゃねぇの?」
「まあ、改造案というか……一応」
「煮え切らねぇな」
「……」
会話が途切れる。
ゴートは少し間を置いてから、淡々と言う。
「何かさ、お前の気持ちも分かるんだけど、それでも何かもうちょっと、言い方があったんじゃねぇの?」
それはおそらく、レオナについてのことだろう。
「お前が居た球世界じゃあ無かったことなのかもしれないけど、こっちじゃ名門同士の結婚とか割とありがちだぜ? レオナちゃんの立場考えたら、婿さんを簡単に負かすわけには行かねぇだろうよ」
「そうだろうな」
言われなくても分かっていた。
「だったらよ……」
「けど、気に入らないもんは気に入らない――」
理解しても、納得は出来ない。
「そういうのって、あるだろ」
「……まあな」
「あいつが手を抜いたのもそうだし、何もかも全部仕方が無いみたいな顔をしてるのもムカつく。一年前もそうだった」
出会った時、凄く可愛いのに、どこか全てを悟り切ったような冷めた目をして。
今日決闘に負けた彼女が見せた表情と目は、それと全く同じものだった。
「だから、決めたんだ」
昭司はグロウザーの腕から降りて、格納庫の奥にある資材置き場に向かい、そこから一つの大きな箱を取り出す。
反重力術式を使って浮かせた状態で、ゴートの前まで持って行く。
「お前、それは……」
「覚えてるか? ダイグロウザーに続く俺のゴーレム三号機」
資材が幾らでも手に入るようになって調子に乗り、血迷って生み出した失敗作。
作ってからやらかしたと気付き、レオナとの決闘には絶対投入しないこと決め、今日まで封印していたものだ。
ゴートは驚きの表情で昭司を見て、
「何で今更そんなもん……まさかお前……?」
「ゴート。俺さ――」
決めたのだ。
「お前が言ってた通り、周りが全然見えてなかったんだと思う」
ドランがレオナを負かしてから、一週間が経っていた。
あれ以来、レオナがショウジ=アルグリフと決闘が行う様子はない。
ドランは自身が作り出した亜空間の空き教室の窓枠から、中庭を覗き見る。昼休みの中庭は何事も無く、生徒達が昼食を取りつつ談笑をしていた。
決闘が終わった直後に見せたレオナの顔を思い出して、笑みを零さずにはいられない。
あれは実に良い顔だった。抗う意思があっても、自身の身体に見えない鎖が繋がっていることを理解している犬のような。いや、彼女の場合は狼と言った方がいいかもしれない。とびきり気高く美しい狼だ。
力強く凛とした少女が運命を受け入れ従順になる様は、何度見ても愉快で堪らない。
いずれにせよ、これで彼女に近寄る虫は排除出来た。
「ドラン様、嬉しそうですね。何か良いことでもあったんですか?」
「まあ、ちょっとね。君は何も気にしなくて大丈夫だよ」
ソファーに腰掛けたドランに寄り添う少女の髪を梳いてやると、こそばゆいのか目を細める。
この部屋に連れ込む女子生徒達の中では、かなり気に入っている子だった。
打算とかがあるわけではなく、ただ純粋に自身のことを愛してくれ、従順。
ただ戯れるだけならば、こういう子の方が気を使わなくていい。
特に何か言葉が居るわけでもない。ただ思うままに触れて、感じ合う。
しかし、人生を歩んで行く上では、打算というものは必要になって来る。
ドランにとって、レオナとの許婚関係は絶対でなくてはならない。将来自分が迎えるべき妻として、グラニール家発展の為にも必要な存在。ハーネット家と繋がりを持ち、その血を一族に取り入れることで、魔法使いとしての力と名声を高めて行く。
決してレオナが嫌いというわけではない。何せ、誰もが認めるあの美しい容姿だ。あの身体に触れることは、想像するだけで楽しい。
それに、必死に抗っていても結局のところ従順だ。今回だって自ら屈服した。ドランとて馬鹿ではない。決闘の際に彼女が本気で戦わなかったことくらい分かっている。最も、本気を出したら容赦なく叩き潰す気ではいたが。
今でこそ拒絶されているが、そんな強気な彼女を妻に迎えてからじっくりと堕とすのも悪くない。どうせ長く付き合っていく相手なのだから、むしろそちらの方が面白いだろう。
「君は良いね。実に良い」
「ドラン様? いきなりどうされたんです?」
突然言われて理解が追い付かないらしく、少女は首を傾げる。
「深い意味は無いよ。単純に、一緒に居て楽しいと言うだけさ」
意図せずともこうやって寄って来る女性が居るのだから、それを楽しまない手は無いだろう。楽しめるものは出来る内に楽しんでおかないと。学校を卒業するまでの娯楽には丁度良い。
ドランは少女の頬に触れる。
「あ……」
顔を赤くする少女の唇に、口付けをしようとした、その時だった。
物音がした。はっとなって、音の出所を探ると、校舎の廊下と繋がる出入り口の扉からだった。
次の瞬間、扉の鍵が解除されて、勢い良く開かれる。
「失礼します」
部屋に入って来たのは、
「ショウジ……アルグリフ」
球世界出身の、黒髪丸耳が特徴的な少年であった。
彼はドランと戯れていた最中の少女に目を向けて、「あ」と声を上げる。
「すみません、タイミング悪かったですね。でもこの部屋、外からじゃ中の様子が全く分からないんで。というか、見つけるのも一苦労でしたよ」
正直、侮っていた。
この部屋はハーネット家の魔法使い程では無いにせよ、高度な空間術式を用いて作り出した異空間だ。本来ならば、見つけることすら困難なはず。鍵に到っては開けられるはずがない。
それをやって退けたということは、ドラン以上に空間術式に対する知識を持っているということだ。
一年間に渡ってレオナと戦い続けて来たが故の経験値だとでも言うのか。
だとしても、目の前の奴が自身に相当する空間術式の使い手だということが、気に入らない。
ショウジは平然とした顔付きで、手をひらひらさせる。
「気にしないで、どうぞイチャイチャを続けて下さい。俺としては、話だけ聞いて貰えれば十分なので」
少女は恥ずかしそうに顔を伏せてしまっている。
ドランは内心で舌打ちしながら、ゴーレム使いを睨む。
「どういうつもりかな? 鍵まで魔法で抉じ開けて」
「失礼だって自分でも分かってます。でも、今日はそれを承知の上で来たんで」
彼は一度大きく息を吸ってから、人差し指をこちらに向けて言う。
「ドラン先輩。あなたに決闘を申し込みに来ました」
魔法騎士なわけでもなく。名のある魔法使いの家系でも無く。自身に匹敵する空間術式を用いて、テリトリーに踏み込んでみせる。その全てが気に入らない。
が、何より今こうして青い双眸で真っ直ぐにこちらを見据えて来ることが、一番気に入らなかった。
球世界人の分際で、僕と対等だとでも思ってるのかこいつは。
思わず背中に竜の翼が顕現し掛けて、制服を突き破って飛び出しそうになる。
ドランは出来る限り感情を殺しながら、口を開く。
「……ゴーレムライダーだか何だか知らないが、少し調子に乗ってるんじゃないのかい?」
が、ゴーレム使いの青い双眸は揺るがない。
「俺から言わせれば――」
彼はドランを真っ向から見据えたまま、言った。
「先輩の方こそ、魔法騎士だからって随分調子に乗ってるんじゃないですか?」
ああ、一度分からせないと駄目らしい。
ドランは立ち上がって、無意識でなく明確な意思を持って、自らの中に流れるDNA情報を制御し、竜の翼を顕現させる。
「きゃっ……ドラン様!?」
驚いて瞳を丸くする少女。もはや知ったことではない。
制服の背中部分を突き破るような無様な真似はせず、情報を制御下に置いた上で制服の上から竜の翼を生やし、大きく広げる。
その拍子に室内に風が吹き荒れ、ショウジ=アルグリフは反射的に顔を隠すように腕を構える。
彼は言った。
「血継幻想……」
「へぇ、決闘を挑むだけあって、ちゃんと僕のことを調べて来てるようだね。それでも戦おうって言うのかい?」
腕を下ろして、変わらず力強い視線をぶつけて来る。
「ええ、もちろん」
「だったら――」
力を以って従順にさせるまで。