記憶の少女
「!!」
はっきりとした過去の断片が一瞬だけ見えた。そこは森の中、月の光が憐れむようにこちらを見ていた。
しかも自分の口からは真っ赤な鮮血が咳こむたびに零れてくる。その様を無表情に見ていた彼は、今現在ここにいる彼だった。
今の記憶は、いったいどういう状況だったのだろう。もしかしてあれが出会い編だったのだろうか。よくわからない。ぎゅっと頭を押さえていると、ほんの一瞬動揺した彼はしゃがみこんで、頭を抱えている私の左手首をつかんだ。
「何が見えた。何を見た?」
「え?」
頭を抱えるしぐさですぐに記憶の断片を見たのだと気付いた彼は、何をみたのかと尋ねてきた。至近距離でみる彼の瞳にはもう冷たいものはなかった。それに安堵した私はゆっくり口を開いた。
「吐血して倒れてる私を、乙鬼サマが見下ろしてた。なんか、怖かったです。」
「………そこに、その場所に他に誰かいたか?」
――――そこまでは、見えなかった。と呟くと彼は小さく息をはいた。どこかホッとしているように見えるんだけど、なんでだろう。それをわざわざ聞いてくるってことは、その場所にほかに誰かいたってことだよね。
乙鬼サマが今怒っていたのは、龍華サマに会ってしまったことが原因だけど、記憶の断片に見た場所には乙鬼サマ以外いなかったといったらホッとしていた。
つ、つまり私と乙鬼サマの他には――――龍華サマがいた。なんてありえない事を考えてしまっても仕方がないと思う。
ただ、龍華サマは、亡骸となった私が桜の木で眠っているところしか見たことがなかったみたいだし、出会ってるはずないんだけどなー。
一人でぐるぐると考えこんでいると、それを静止するように彼は私を立ちあがせた。そして「臭い」と大変失礼なことを私に向かって言い放つと、そのまま抱き上げられて、家の中に入れられた。
ここから出ることは許さない。と言いたげにじっとりと一瞥すると、いつものようにどこかへ行ってしまった。
仕方なく私はそのままごろんと横になった。いつも退屈に過ごしているだけあって、今日みたいなことがあると、やけに疲労がたまる……。私って結構繊細な心なのね。と笑いつつ、そのまま眠ることにした。
――・―――・―――・―――・――
――――――……巳弥!巳弥ー!どうしたの?こんなに早く戻ってきて……。
どこかへ出かけていた私が、息を切らして走って戻ってきた。吃驚している女の人が駆け寄ってきた。私と同じくらいの年の子だ。
肩を揺らしながらヘラヘラと笑い始める私は、寝癖ありまくりのどう見ても寝起き状態だった。きっと、急いで起きて行かなくてはいけない予定があったのだと思う。けれども、村中を歩く人々はきびきびと働き始めている。つまりもう昼だ。
寝坊したあげくに忘れ物でもして取りに戻ってきたのだろう。我ながら情けない姿だった。もちろんそんな私に呆れながら女の人小さく笑っていた。
『はいこれ、リンゴ忘れたんでしょ?昨日さんざんガキンチョにリンゴ持って行かなきゃって騒いでたのに……あれだけ言って忘れて寝坊するなんて』
『――――ほんと、鳥頭なんだから。』といいながら、さらに笑い始める女の人に私は恥ずかしそうに頬をふくらませながらも、リンゴが数個入っている鞄を渡してくれた。その鞄はもともと学校で使っていたものだ。雑に扱っているのか少しボロボロだった。
「ふう。取りに帰れーなんて言われるとは予想外だったよほんと……。ガキンチョも生意気に磨きがかかってきたなぁ…。わたしは悲しいよ。」
「ま、約束したんだし仕方ないわよ。さ!早く行かないと日が暮れちゃうじゃない。ただでさえ起きるのが遅かったんだから、ガキンチョ君怒ってると思うけど~?」
茶化すように言われ、私は慌てて来た道を走っていった。背後からは、「気を付けてね~!」と先ほどの女の子が大声で言ってくれた。彼女は、私のことを知っている。結構ズケズケと言ってくるところから、かなり親しい中だったんだろうし、私自身楽しそうに話している。
これが夢なのだと気付くのに時間はかからなかった。そして今見ているのは、なくなった記憶の一部だろうか。少し、暖かい気持ちになるところがふと、そう思わせた。




